第122話:ボス、オルトロス
「じゃあ、いってくる」
「うん、気を付けるのよ」
アカネと少しだけ言葉を交わす。アカネが俺の両ほっぺを抑え込もうとしてすかっと空振りしている。これも前にやったな。
「さあ、行くぞ彩花」
「うん、幹也。行ってきますアカネさん」
「結城さんも充分気を付けてね。ボスと対するのは二回目以降としても、オークチーフとはまた一味違うはずよ」
「ええ、全力を出してくるわ。どこまで出来るか試すにもちょうどいい相手だろうし」
アカネの穏やかな声に、わずかな緊張の色が混じる。彼女もまた、制作者としての責任を感じているのだろう。俺はどこか、保護者から引き継ぎの儀を受けているような妙な気分になり、素直に感謝の言葉を出せなかった。
重厚な門の前に立ち、息を吸い込む。冷たい空気が肺を満たし、鼓動が一段と速くなる。彩花が小さく頷き、俺も同じように頷き返した。
ギギィ……と石の門が低く鳴き、地面を震わせながら開く。中は薄暗く、かすかに湿った獣の匂いが鼻を刺した。
オルトロスは、いた。中央で身体を横たえ、二つの頭が重なり合うように眠っている。大きさは三メートルほど。だが、暗闇の中で見ればその存在は遥かに巨大に感じられる。
門を開け放ったまま、一歩、また一歩と足を進める。石の床を踏むたび、乾いた音が部屋にこだまする。その微かな音が、眠る怪物の耳に届いたのか、オルトロスの片目が、ゆっくりと開いた。
黄金色の瞳孔が俺を射抜く。空気が一瞬で張り詰めた。続けて、もう一方の首も目を覚ます。二対の眼光が闇を裂き、咆哮前の吸気が、地鳴りのような低音で響く。
門を開いて中に入り、一定距離近づくと、オルトロスはこちらをみやり、起き上がって伸びをし始めた。もしかして、伸びをしてる間が攻撃チャンスだったか? ちょっともったいなかったな。
「向かって左、俺がやる。右を頼む」
「わかったわ。倒してしまってもいいのよね? 」
「俺もそのつもりだけどな……さて来るぞ」
「「ぐるルルルル……ワォォオォォン!! 」」
オルトロスは完全に起動すると一言、二つの頭が同時に吠えてさぁ今から行くぞと教えてくれていた。
同時に、咆哮による重圧が体に軽くのし掛かる。どうやらこいつも咆哮による威圧を使ってくるらしい。ボスはみんな威圧使ってくるんだろうか。
「彩花、動ける? 」
「威圧っぽいものがきたけど大丈夫、動けるわ」
オークチーフの時からずいぶんレベルの上がっている今の彩花なら、オルトロスの威圧にも耐えられるらしい。予想通り、思ったほどは強くないのかもしれない。頭が二つで威圧も二重にかかるのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。
レベルが10ほどあればオルトロスの威圧は基礎能力だけで充分撥ね退けられる。その実地試験の結果が今出たという事だろう。
オルトロスの前足が地を叩き、砂煙が舞い上がった。その瞬間、風が爆ぜる。突進してくるかな? 反射的に体を横へ。靴底が石を削り、ギリギリで回避する。すぐに振り返ると、巨体が疾走の勢いそのままに通り過ぎ、壁へ激突。鈍い音が部屋に響く。
追い風のように体をひねり、背中を取る。だが、二つの首が同時にこちらを振り返った。視界の中で、牙が白く光る。
左の首に向かって走ると、右の首が彩花の方へ。見事に分担された。これでいい。これが、俺たちの想定していた形だ。
「よし、さっさと顔を殴って目をつぶってもらっている間に首を落として、さっさと倒れてもらおう」
「解ったわ……でも、頭を下げてくれないと届かないわね」
「そういう時は……こう! 」
小さくジャンプしたつもりだが、大きくオルトロスを越える高さまでジャンプしてしまった。しかし、相手の背丈を越えたところでうまく止まってくれたため、そのまま山賊刀で首を殴るように斬る。
殴られた拍子に頭を大きく下げて、地面につくほどに、まるで一発で昏倒したかのように首を下げたオルトロスに追撃を加える。このまま押さえ込めれば楽なんだけどな……等と考えている内はまだまだ見込みが甘いだろうな。
オルトロスのもう一つの頭が俺のほうを向こうとしているが、彩花が攻撃を仕掛けているのでなかなかこっちを相手にできない状況になっている。
その間に昏倒しているほうのオルトロスの首相手に切り傷をつけたり刃を突き刺したりしているが、さすがにボスと言ったところ。なかなかダメージらしきダメージにならない。最初から全力を出した方がいい相手であることは間違いないらしい。
「よし、全力で行くぞ」
「負けないんだから! 」
オルトロスに全力で斬りかかっていく。二人同時に攻撃を仕掛けてくると悟ったのか、一度距離を取ろうと後ろに飛びのくが、俺が全力で近寄った速さに追いつかれ、更に後ろへ後退しようと試みる。その瞬間、空気が裂けるような風切り音が響いた。彩花の剣が閃き、俺の右をすり抜けてオルトロスの足元へ滑り込む。
金属と石がこすれる甲高い音。火花が散り光が跳ねた。彼女の動きが俺の動きに連動している。息遣いまで同調しているのがわかる。
左の首が俺を噛もうとした瞬間、彩花の一閃が顎を逸らした。すぐさま反撃に転じ、山賊刀を滑らせて頸椎を狙う。手に伝わる重い反動。骨を断つような鈍い衝撃が腕を痺れさせる。
「いい動きだ、彩花!」
「そっちもね! でも、まだ終わってないわよ!」
俺がオルトロスを追い詰めている間に、彩花が別ルートから最短距離で近寄り、後ろを取る形で尻尾を切り裂く。
「「キャインッ!」」
予想外の所から攻撃を受けた、とばかりに叫ぶオルトロスだが、俺の方を視界に入れておかないと何をされるかわからない、といった具合に考えているのか尻尾を落とされてもなお俺を視界の中心にとらえているようだ。
さらにオルトロスは後退し、俺と彩花両方を視界にとらえる位置まで下がり切ると、そこはもう壁際。ここから逃げ出すことは難しい、という状態まで追い詰める。
「「ワォオオオォォォォオン!!!」」
二つの首が再び威圧交じりの咆哮を上げる。しかし、俺も彩花も動じていないことに気が付いたのか、いよいよオルトロスも焦りはじめたのか、どうしよう……といった感じで動きがもたつき始める。
「いくぞ、今がチャンス」
「はい! 」
彩花と俺が二人、丁度首を挟み込むような形で、正面ではなく斜め前に走りながらオルトロスを囲う格好にして、それぞれの首に対応する。
オルトロスは首を伸ばし、武器に対して噛みついて剣を取り上げて、それから俺の身体を噛みつきにかかろうとしているようだが、噛みつきの威力はそれほど高くはない様子だ。全力で山賊刀を引き戻すとそのままふらつくこともなくあっさりと手放してしまった。
これはきっと、彩花が反対側で戦ってくれているおかげだろう。向こうも向こうで同じようなことをやっているため、こちらの動きのために体の姿勢を変更するとあちらで不具合が生じる、といった形になるのだろうな。首は複数あればいいものではない、ということがわかる。
そのまま山賊刀で二撃三撃と攻撃を繰り出し、少しずつオルトロスの体力を削っていく。オルトロス側もこちらに攻撃を仕掛けようと首を伸ばして噛みつこうとはしてくるが、その前にこちらが動いて回避するなり山賊刀で撃ち返すなりそれぞれ見合った動きをするので対応できなくなっている様子だ。
奴のほうも、威圧を交えながら攻撃を重ねてこようとしたり、左右の首が時間差で威圧をかけたりと色々手札を出そうとしてくるが、途中から威圧に効果がないぞ? と気付き始めたのか、純粋な肉体言語で戦うようになってきた。
そして、疲れてきたのかオルトロスの動きが徐々に鈍くなってきた。そろそろ決めるか。正面から一気に距離を詰めると、相手の正面から仕掛けるふりをしてサイドステップで横にずれ、首元から一気に切断を試みる。ぐっと骨のようなものに当たった感触はあったが、そのまま振り抜いてオルトロスの左首を切断することに成功する。
これで半分は片付いたな。さて、彩花の方の補助に回らないと。彩花は彩花で、武器の強度が充分ではない分素早い動きで翻弄し、オルトロスの目を回させていた。彩花がしっかりとオルトロスのもう片方の首を引き付けて、移動しないように抑えてくれていたおかげでこっちも楽に左の首を落とせたという部分もある。その分だけ負担がかかっていたと言えるだろう。
「彩花、こっち終わった、後はそっちだけだ」
「わかった、こっちも攻撃に回るわ。遊びはここまでね」
どうやらこっちが攻撃に回って片方の首を落とすことに専念していたので、彩花はもう一つの首の気を散らせることに集中していたらしい。
俺と彩花の視線が交わる。そして、同時にかかって一気に倒そう、という意識が一致したのか、呼吸が重なった。その一拍の間に、二人は走り出す。左右から斜めに滑り込み、それぞれで首を狙う。
オルトロスが牙を剥いた。俺の刀を噛もうとした顎をすれすれで引き戻す。歯が空を噛む。その一瞬の隙を突き、彩花が剣を閃かせた。右の首に深い裂傷を与えることに成功している。オルトロスが苦痛に身をよじる。その動きに合わせて俺も踏み込み、首に渾身の力を込めて刃を振り抜いた。
ズン、という重たい骨を断つ感触。黒い霧が血のように舞い、巨体が崩れ落ち、地面を震わせた。そして、生命活動らしき鼓動が聞こえなくなり、切り口から盛大に黒い霧が噴き出し始めた。
オルトロスの全エネルギーが解放されていく証拠でもあり、モンスター討伐の証拠である、倒した後の黒い霧がかなり派手な量飛び散っている。本物の生物ならこれは黒い霧ではなく血だったのだろうな。
それと同時にフワッと浮き上がるような感覚を覚える。どうやら、このボス戦だけでレベルが上がってしまったようだ。これでレベル15かな? 彩花の方を見ると、彩花もレベルが上がっている様子。あっちはレベル11か。
静寂が戻った。耳の奥がまだ咆哮を覚えている。地面には黒い霧の残滓が漂い、かすかに焦げたような臭いが残っていた。これも黒い霧の匂いなのかな。オルトロスぐらいの濃さがあればそのにおいも感じ取れる、ということなのだろうか。
「ふぅ……やったな」
息を吐くと、身体の奥がじんわり熱を持っているのが分かる。緊張が切れた反動で、膝が少し笑った。
「うん、なんとか、ね。オルトロスって思ったよりはシンプルに行けたわね。怪我の一つでも覚悟してたけど、なんかアッサリって感じ」
彩花も息を荒げながら笑う。その表情は充実していた。レベルも上がったことだし、今日の探索は満点ってことでいいだろう。
「でも、いい連携だった。次はもう少し、呼吸を合わせやすくしてみよう」
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