第100話:夏休み初日、満点の探索
オークエリアをするりと抜けて、そのままレッドキャップエリアも通過する。聞き耳のおかげで通り抜けやすくなったレッドキャップ地帯は、帰り道としてはまだ少々面倒くさい。というか、【忍び足】を手に入れるのが目的でなければそもそもレッドキャップを相手にするのが面倒くさい。オークのように正面からまっすぐ挑んでくれる方が気が楽だ。
物陰から奇襲してくるような相手が多いとそれだけ気を張って移動しなければいけない。その気を張る分の精神力を違うことに使いたいもんだ。
毎回気を張るレッドキャップ地帯を抜けてしまえば後は気を抜くことができる場所だ。ゴブリンアーチャーこそいるものの、聞き耳で動きを先に察知できるので気を抜いていても気づくことはできる。遠距離攻撃手段のない俺たちにとって、遠距離から一方的に攻撃されるというのはストレスがかかるもんだ。
何とかして遠距離攻撃手段を手に入れたいところだな……リザードマンか雷スケルトンあたりからスキルスクロールを拾うことが出来ればそれも可能になるのかもしれない。彩花を二人で潜ったことにして、専用ダンジョンでドロップが出るまで粘る、というのも悪くはないかもしれないな。
無事にダンジョンを抜け終わり、退場手続きを済ませて換金カウンターに並び始める。彩花が持っている分は三本の樹液だけで、それ以外はすべて俺と隆介のバッグの中に入っているので、二人分のドロップ品を集めて換金カウンターで三等分してもらう。
しばらく待って、一人当たり21500円の金額が出てきた。時給換算すればそこそこ稼げてるほうかな? 間違いなく、下手なバイトをするよりは稼げてるのは間違いないだろうな。まあ、元手もかかってるし肉体作業でもあるし、その分だけ高い稼ぎをあげていても文句はないだろう。
彩花から樹液を渡されて、今日のお土産としてそれぞれの家に持って帰る。これを食べてちゃんとダンジョンで探索をしていた、という実感と共に、戦果を味わいあって、ダンジョン活動も悪くない、ということを確かめてもらうのだ。
そういう点で言えばオーク肉でも良かったが、流石に生肉を持ち帰ってベチョッと渡すのはさすがにちょっと引かれるだろうし、今回は出ても自分の分だけとして、ビニール袋を余分に持ってきていないし、そもそも帰り以外にオークに寄ってこなかった。
よって、今回どうひっくり返っても家へのお土産はレッサートレントの樹液以外にはない、という予定できてはいたのだが、後日、小林家あたりからオーク肉のおすそ分けを要求された場合は素直に俺の冷凍庫から分けて差し出す形になるかな。
隆介のお母さんとも顔なじみなので隆介でワンクッション挟まずにこっちに直接言いに来る可能性もあると考えておかないといけない。いざという時用の肉を一枚、冷凍庫に入れておくことにするか。
「さて、無事に分配が済んだところで幹也、今のうちに金を返しておきたいんだが」
「そうか、コンビニと銀行ATMどっちのほうがいい? それとも実弾か?」
「実弾だ。帰りに寄ってくれるとありがたい」
彩花のほうをチラッと見やると、彩花は頷いている。どうやら問題ないらしい。
「わかった、帰りに寄る。彩花も着替えの都合でついてくるけどそれは良いよな? 」
「ああ、構わんぞ。できるだけ短時間で済ませるから二分ほどくれればそれでいい」
「じゃあ、そのままついていくことにする。久々におばさんの顔を見ていくのも悪くないだろうしな」
三人自転車にまたがって隆介の家へ。そのまま隆介の家に着くと、たまたまおばさんは出かけているようで久々にお会いすることはなかった。しかし、無事に金を返してもらうことは出来たのでこれでお互い貸し借りなしだ。
「おし、これで久々に金の貸し借りはなしだな。これでまた惜しみなくダンジョンに籠ることもできる。一人でダンジョンに潜って浅いところで金を稼ぐでも良し、また幹也にお願いして付き合ってもらうのもよし、だな」
「まあ、お互い暇ならな。次あたりはオーク肉も要求されるかもしれんからな。おばさんの性格からしてあり得るから、その分オーク肉を稼いで帰ってこないといけないかもしれないぞ? 」
「それはあり得るな。まあ、その時になったらまた協力を頼むことになるだろうからよろしく」
「近いうちにそうなることを考えて、あらかじめオーク肉を確保しておくことにするかな。まあ、注文があったら出荷できるようにはしておくよ」
駅前ダンジョンで確保するよりも、自宅で確保するほうが効率的だな。早速明日にでもオーク退治とスケルトンの復習作業でもしていようかな。あれは一人で戦えるようになるべきモンスターだ。雷や弓矢スケルトンもそうだが、一対一で戦えるうちに攻略パターンを完全なものにしておきたい。
「じゃあ、またな。連絡があればまた潜るようにするか」
「そうだな。怒られない程度の頻度で潜るつもりではあるからまた近いうちに頼むわ」
隆介の家から離れ、俺の家へ戻る。戻り次第彩花を着替えさせて今日は解散だ。
「小林も小林なりに考えて行動してるのね」
家までの帰り道、雑談しながら彩花と俺の家へ戻る。二人ともそれなりのスピードを出してとっとと帰ることはできるが、そうはせず、普通のスピードで自転車を漕いで帰っている途中だ。
「あいつは俺よりも色々と考えて行動してるさ。まあ、ちょっと下半身に正直なところはあるけどな」
「ふふっ、何それ。まだ見たことないけど、小林が彼女に良いところ見せようとしてるってのはわかるけど、その為に頑張ってるってこと? 」
「そのために今一人で……いや、一人ではないけど、経験を積んで彼女とダンジョンに潜るのが目標なんだとさ」
「よっぽど気に入った彼女ができたのね。そこまで気前よくお金稼いで装備揃えて、ダンジョンに潜っていくまでするのは並大抵の努力ではできないわよ、きっと」
言われてみれば確かに気になる。女慣れしてる隆介がそこまで入れ込む子……いったいどんな人なのか。一度会ってみたい気もするが、怖くもあるな。まあ、機会があればそのうち会うこともあるだろうし、焦って会おうとしたりする必要もないだろう。その時はどうせいずれ来る。それまでは大人しく普段通りに接していればいいかな。
家に着き、彩花が着替えを始める。流石に一日着こんでいただけあって、探索防具の内側は汗やほこりにまみれている。これは今日も洗濯かな。
「着替え終わったら洗濯しておくから。洗濯機のほうに寄せておいてくれると助かる」
「わかった、お願いするわね」
「あら、おかえりなさい。今日も順調だったかしら? 」
アカネがふらりと姿を見せたのでただいま、と声をかける。彩花もただいまと返し、脱いだ装備を洗濯機に入れて軽く洗い始める。
「そういえば、彩花はなんでアカネ”さん”なんだ? 」
「一応年上だし、目上の人でもあるし、頭が上がらない部分もあるからかしらね。なんだかんだでアカネさんのおかげでこうして幹也とも仲良くなれてるわけだし。愛着と尊敬を込めて、というところかしら」
「私としてはどちらでも良いんだけどね。まあ、呼びたいように呼んでくれればそれでいいわよ」
「だ、そうなので私はアカネさん呼びで行くわ。おかげで良い男も捕まえられたんだから私にとっても立派な神様よ」
なんかこそばゆいことを言われているが、まあ他人の評価を一々訂正するのも面倒くさいし、俺がかっこいいと思ってくれている人が少なくとも一人いる、ということを俺が知っているのはメンタル面での心やすめになるのでありがたく受け取っておこう。
「それじゃあ、私は帰るわね。……だから、んー」
両手を開いて待ちのポーズをしている彩花に、そのまま吸い込まれていくようにスポッと彩花の腕の中に納まる。そしてこちらからも抱きしめる。ハグをすると、人は幸せホルモンを分泌することができるらしい。今幸せホルモンを大量に分泌している最中、ということなのだろう。
思えば今日は朝から一緒にいたのにイチャイチャする暇もなくひたすら戦い続けていた。その分のイラつきや我慢もあったのだろう。少し強めに抱きしめてやると、力が抜けていくように彩花がとろけていく。
思えば、彩花も俺たち二人だけの時と他人の目線がある時では態度があからさまに違う。多分、俺の前だけでは見せてもいい、甘えてもいいという一つのサイン的なものを出してくれているんだろう。男としては信頼されていてうれしいし、俺だけ知ってる彼女の姿、という特別感を演出してくれているのは間違いない。
いわゆるツンデレって奴の一種なのだろう。デレデレが過ぎる気もするが、細かいことは突いたところでたいして建設的な議論にはならないだろうし、彼女の気持ちや心の置き所をなくしてしまうかもしれない。今はただ、こうして二人でちゃんと仲良くやっている、ということを二人だけの秘密として、ダンジョンと共に共有しておくほうが良いんだろうな。
しばらくハグの時間が続く。彩花は完全に体重をこっちに預け、甘える猫のようにじゃれついてくる。猫ならゴロゴロと気持ちのいい音を立てながら、時々“なー”と鳴くところだろうか。
満足するまで五分ほどかかった。たっぷり俺成分を補充した彩花が離れていく。もうちょっと長くても良かったかな。
「じゃあ、またね。潜る時は教えてね。こっちのダンジョンもアカネさんが拡張してるんでしょ? 」
「そのはずだ。今日行った範囲ぐらいはもう作り終えてるかもしれないな」
「なら、稼ぐときには絶好の場所よね。レベルも上げたいし、お金も欲しいわ。また潜りましょ」
そう言って彩花は帰っていった。そういえば、いつものキスは今日はなしだったな。良くハグだけで我慢できたもんだ。俺が彩花だったらハグの後さらにディープな奴をこれでもかと口腔内にねじ込み、しっかりと味わった後でトロリと脳みそがとろけるような快感の中で帰る道を選んだだろうに。
「そこまでしなくても一緒に居られて幸せだったってことじゃないの? お熱いわね」
アカネに脳みそを覗かれているのを忘れていたな。まあ、毎回アレではそのうち歯止めが効かなくなるのは目に見えている。もう一歩踏み込んだ関係になるには、まだちょっと早いかもしれないしな。いまここで踏みとどまっているお互いの距離感を大切にしていこう。
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