第10話:通常ダンジョンはこんなもん
同じところをグルグル回る。二層は一層に比べて広いので、他の探索者に出会うことなく一匹か二匹のゴブリンと危なげない戦いをしている。ゴブリンは簡単なら一匹、多くても三匹出てくる様子だった。
三匹出てきた時は流石に厄介だったが、立ち位置をうまく考えて常に一対一で戦えることを意識しながら体の動きを制御することで上手く戦えるようになった。その時はきちんとドロップもでたので苦労した分の収入はあったと考えられるだろう。
時計を見るとちょうど昼。昼までに稼いだ魔石はゴブリンの魔石が4つとスライムの魔石が3つ。ゴブリンの魔石はいくらで買い取ってもらえるんだろう。どんなに安くても1400円。逆に言えば、午前中使っても1400円しか稼げなかったということでもある。午後はもうちょっと気合を入れて戦っていかないと、普通にバイトした方が儲かるようでは探索者の意味がない。
おにぎり二個と飲み物で腹を満たして、動き回った分だけ腹が減っているが贅沢は言えない。このまま二層を巡り続けて、夕方までにいくら稼げるかちょっくら試し作業を続けていくことにしよう。
ゴブリンとスライムが適度に混ざり合った二層と一層の境目辺りは人もあまり寄り付かず、こんなところでおたおた探索をするよりも装備をそろえてとっとと奥に行くらしいので俺一人で稼ぐにはもってこいの場所となっている。
次々に出てくるモンスターたち相手に、冷静に弱点らしきところを攻撃していく。どうやらスライムもゴブリンも、倒した時に出てくる黒いもやで出来ているらしくて、武器として使っている包丁がすり減る様子はない。おそらく黒いもやで構成されているのか、それとも血が出ないのにはそれなりに理由があるのかは解らない。
しかし、防具が中古品でもかなり綺麗なもので一式中古屋に並んでいるあたりを考えると、モンスターの汚れで武器や防具が傷つくという可能性はかなり低いものであると言えるだろう。
なるほど、それなら防具が中古屋に一式揃っているのも納得か、と歩いていると、不意に横から気配がして、そのスキに膝を殴られる。どうやら隠れていたゴブリンが居たらしい。膝パッド部分が無かったら膝を負傷していたな。持っててよかったぜ膝パッド部分。どうやら膝パッド部分と肘パッド部分を使って体を守るのは合理的な理由があったらしい。ゴブリンの背丈からして、振り落として当たるのがちょうどそのあたり、ということらしい。
奇襲してきたゴブリンにお返しに槍を突き付けると、今度はその槍を狙って俺の手を殴りにくるもう一匹のゴブリンが現れた。考え事をしていたから油断していたようだ。ゴブリンは全部で三匹。しかも完全に囲まれている。これは、ソロだとちょっと危険だったかもしれないな。だが、三匹のうち一匹はもう仕留めたので残り二匹を同時に相手にするしかなさそうだ。
たかがゴブリン、されどゴブリン。油断せず、両方の動きを観察しながらいつでも攻撃に移れるように意識を戦闘に集中する。やがてしびれを切らしたゴブリンが片方、一気に距離を詰めて襲ってくるが、集中している間はゆっくりに見えて、ゴブリンのこん棒が通り過ぎるであろう場所が見える。
その場所をギリギリで回避して、そのスキに攻撃に意識を向けているゴブリンを逆に攻撃する。包丁付き槍はその切れ味を落とすことなく、ゴブリンのこめかみにヒットすると、そのままズブリと頭に入り込んだ。
ゴブリンはその攻撃が致命傷になったのか、黒い粒子になって霧散するが、それを見送っている暇はない。もう一匹ゴブリンがいるんだ。そしてそっちも攻撃を加えるべくこちらへこん棒を振りかぶり襲ってきている。
刃先がこん棒に当たらないように槍の中間部分でこん棒を受け止めると、そのまま力を横に流してゴブリンの力の方向を明後日の方向へ向けさせると、ゴブリンは面白いようにそっちへと体を流されていった。そしてがら空きの胴体に二回、三回と槍を突き刺していく。
その三回の攻撃で体力を失ったゴブリンが横たわるように倒れたので、トドメの一撃を頭に向かって突き刺す。どうやらゴブリンは全身が弱点みたいなものらしいが、頭を狙えばより早く止めをさせるような気がする。
三匹ともゴブリンを倒し終わり、ドロップを確認すると魔石がちゃんと一個残っていてくれた。膝にダメージを受けて報酬がなにも無しでは、装備がすり減るだけ無駄な攻撃を受けただけで終わる所だった。しかし、すり減った装備分の補填をしてくれる魔石なのかどうかはまだ解らない。大きさ的にはスライムの二倍ぐらいはあるんだが、本当にそれだけの価値があるかどうかは……まだ不明って所か。帰りに換金する時にそれぞれの数を数えておいて、どれがいくらなのかをちゃんと見積もっておくことが大事だな。
しかし……一人で潜るのは少し寂し気ではあるな。ほとんど人が居ないという状況もそうだが、もっと奥の方でより大きな稼ぎを得ているであろう探索者のことを考えると俺もいつかそっち側へ行って見せるからな、という気持ちと、本当にこの稼ぎでやっていけるんだろうかという不安とがせめぎ合っている。
こんなことは探索者初日で考えるべきことではないんだろうが、それでも不安になってしまうのはこのドロップ率の低さ、もしくはモンスターの湧き具合、それらを勘案してのことなのだろう。もしかしたら自分が今潜っている一層二層はモンスターの濃度が薄めで、もっと奥に行けばより強いモンスターが複数いるのかもしれないしな。とりあえず今日は観光気分で来てることを忘れそうになっていた。
よし、大事なのは気持ちの切り替えだ。顔を軽くはたくと、頭の中の考え方を切り替えていくことにする。
今日はもっと探索を楽しもう。魔石が出ればラッキー、魔石以外が出たらよりラッキー、ぐらいの気持ちで潜るつもりでいこう。午後もまだ時間はあるんだ、そんなに焦ってもドロップする量が変わるわけではないし、倒した分確率ででるなら数をこなすことでそれはドロップ率と呼ばれるものに集束してくれるはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇
午後の作業も一息つき、魔石はスライムが20個、ゴブリンが21個でた。少なくとも8000円は超えたな。一日の重労働には追い付かないかもしれないが、ゴブリンの魔石の換金価格で探索者稼業が美味しい仕事がそうじゃないかがわかる。さて、換金しに帰ろう。
戻る途中のゴブリンで更に魔石を一つ拾い、22個になった魔石をダンジョンを出た後換金カウンターに提出し、魔石を現金に換えてもらう。しばらくした後、換金したレシートと共に現金が出てきた。15000円になったらしい。丸一日働いて腹を空かせて15000円はかなり良いレベルの稼ぎではあるな。このペースで週一で通えば、隆介に防具代も払えるし安心できるな。
ちなみに計算すると、やはりスライムは200円、そしてゴブリンの魔石は500円で換金してくれることがわかった。手間を考えたらゴブリンとスライムでは大きな差はないことになる。どっちも等しく狩っていくことにしよう。
帰り道に今日一日がんばったご褒美としてチーズどら焼きをコンビニで買い、甘い糖分とチーズの爽やかさで疲れ切った身体に糖分をみなぎらせる。
一旦家に帰って装備品を取り外すと、これまでのへそくりを財布に入れて買い出しに出かけた。久しぶりに塩パスタ以外の食事が出来そうだ。野菜類を買い込み、米やみそ、調味料も含めて今家に足りない食材を一気に買い込む。肉も買ってしまおう。豚肉、鶏肉、牛肉……は今回はなしかな。流石に予算オーバーだ。
一通り買い込んで家に帰ると、アカネも待っていた。
「おかえりなさい、一度帰ってきてどこに行っているかと思ったら買い出しに行ってたのね」
「ああ、一日がんばって色々と収入があったからね。今しかないと思って思い切っていろいろ買ってきた。今日は豪勢な夕飯を作ろうと思う」
「それはお供えが楽しみね。そうそう、あなたが外のダンジョンに行ってる間に、二層とゴブリンぐらいまでなら出てくるようにしてみたわよ。次に潜る機会があったら試してみてね」
ゴブリンが出るということは確定で500円の収入があるということ。これはかなり換金で美味しい思いが出来ることになる。今から楽しみだし、これで懐事情も大きく改善しそうだ。
夕食は思い切って鍋にしてみた。鍋の素が余っていたのと、野菜も肉も買いこんだおかげでもある。久しぶりの鍋と米。一人分だが、普段の夕食の価格からしたらなんと贅沢なことだろう。この贅沢が出来るのもひとえにアカネのおかげでもある。いつもよりさらに信心深くアカネに捧げものとしてお供えして、手を合わせてお礼を言う。
「ここまで導いてくれてありがとうございます。こうして贅沢な夕食を取れるのもアカネ様のおかげです、どうもありがとうございます」
「そこまで面と向かって祈られると照れるわね。でも、悪い気持ちじゃないわ。むしろ頑張らないとという気にさせてくれるのはあなたの気風がそうさせるのかしらね」
いつもよりも青く光る量が多い。祈りが通じているのか、それとも食費がかかっているからなのか。何にせよ、お供えは無事に終わったので温かいうちに食べてしまうとしよう。
「アカネも一緒に食べられるとより便利……というか、寂しい食卓じゃなくて済むんだけどな」
ついポツリと本音が漏れる。アカネの姿を見られるのは俺だけ、ダンジョンには入れるのも俺だけ、ということを考えると、アカネに直接お礼をしたいと思うのも当然の行きつく先なのかもしれない。
「今は気持ちだけ受け取っておくわ。その内、神力がもっと溜まったらそういう未来もあるかもしれないわね」
明後日の方向をむきながらそうつぶやくアカネ。どうして向こうを向いたままなんだろう。今のはいつも通りこっちを向きながら揶揄してくれてもいい場面だったろう。
まあ、温かいうちに鍋を食べよう。おさがりさんの鍋、というのも全国的には珍しいものかもしれないが、やはり肉と野菜の旨味をたっぷりと吸い込んだ鍋は美味しかった。週一とまではいわなくても、月に一回ぐらいは食べられるように頑張って稼いで行くことにしよう。
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