第六話 黒豹の逆鱗
朝の庭園は澄んだ空気に包まれ、カインと部下たちの訓練が始まっていた。
リリィは端に座り、耳と尻尾を揺らしながら静かに見守る。
城門が勢いよく開き、一人の女性――シルヴィア・ナイトフォックス族が現れた。
長い漆黒の髪、赤い瞳を輝かせた彼女は、ナイトフォックス族の中でも少し上の立場にある令嬢だった。
「私はナイトフォックス族のシルヴィア。少し立場がある者として、この城に入る権利はあるはずよ」
自らの地位を盾に、勝手に城を訪れることを正当化していた。
その目がリリィを見つけると、冷たい嘲笑が浮かぶ。
「ふふ……これが噂の小娘の猫獣人……? カイン様の婚約者ですって?」
耳を伏せ、尻尾を巻き込むリリィ。胸がぎゅっと締め付けられ、震えが走る。
シルヴィアはさらに一歩前に出る。
「弱くて、頼りなくて……婚約者に相応しいなんて思っているの?」
「見ていて本当に恥ずかしい……カイン様もよくこんな小娘を選んだものね」
言葉の一つひとつがリリィの心に突き刺さる。
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しかし、カインの怒りが頂点に達した。
金色の瞳が赤く燃え、低く雷のように響く声。
「やめろ……!」
庭園全体が張り詰め、部下たちは息を呑む。
「我の婚約者を侮辱し、脅す者に、この城での居場所はない」
シルヴィアは体が震え、腰に力が入らず、後ずさる。
「ひ、ひどい……」
言葉も出ず、膝から崩れそうになる。
「ま、まずい……!」
よろめきながら庭園を駆け抜け、部下たちの剣をかいくぐり、城門へ向かう。
赤い瞳は恐怖で揺れ、息は荒く、全身の震えが止まらない。
城門を飛び出した後も、彼女は全力で城の外へ。
森の入口にたどり着き、ようやく立ち止まる。
膝をつき、深く息をつく。体はまだ震え、頭の中でカインの圧倒的な威圧が蘇る。
「……なんなの、あの威圧感、もう二度と……あの城には近づけない……」
庭園に残されたリリィは耳をぴんと立て、尻尾もわずかに揺らす。
胸の奥で温かさが広がる。
――私は、守られている。
カインは静かにリリィの肩に手を置き、柔らかく微笑む。
「リリィ、怖がるな。おまえを守る」
リリィは小さく頷き、頬を赤く染め、胸がじんわり温かくなるのを感じた。
月光が庭園を照らし、耳と尻尾を揺らすリリィと、怒りを秘めた威厳あるカイン。
二人だけの静かな時間が、優しく流れていった。




