第四話 夜の城、二人だけの時間
漆黒の城の扉が重々しく閉まると、外の森の音は遠くに消えた。
広間には暖炉の火が灯り、月光がステンドグラスを通して床に映る。
城の空気は静かで、冷たく、そしてどこか神秘的だった。
リリィは腰まで届く白銀の髪をそっと撫でながら、広間を見渡す。
天井の高い空間に重厚な装飾。壁には黒豹族の紋章が刻まれ、見下ろすように金の目が輝く。
耳がぴくりと動き、尻尾も小さく揺れる。
――ここが、あの黒豹族の領地。
「緊張するな、リリィ」
背後からカインの低い声がした。
リリィが振り返ると、金の瞳が月光に光り、黒い外套が肩にかかる男が立っていた。
年齢は二十代半ば。青年として成熟した体つきと、獣としての鋭さを兼ね備えている。
その視線は鋭くもあり、優しさも隠れていた。
「城に慣れるまでは、我の側で過ごすとよい」
命令のような威厳を帯びた声なのに、耳を伏せたリリィの心には温かく響く。
「ええ……はい」
小さく頷き、胸の奥がざわざわと高鳴った。
怖さと、少しの期待が入り混じる。
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城での初めての食事。
黒豹族の料理は香り高く、スパイスが鼻をくすぐる。
リリィが箸を持つ手が震えると、カインが静かに声をかけた。
「食べ方に困っているか?」
「少し、慣れなくて……」
耳が立ち、尻尾が小刻みに揺れる。
「なら、教えよう」
カインがひとつひとつ示すたび、指先がリリィの手元に触れる。
触れるたびに耳がぴくんと動き、頬が赤くなる。
「……恥ずかしい」
漏れた声に、カインは微かに笑った。
その笑みは優しいのに、胸の奥が熱くなる。
「我がおまえを守るのは、約束だからだけではない」
彼の低く響く声に、金色の瞳が揺れる。
「おまえの存在そのものを、大切に思っている」
リリィは息を呑む。怖いのに、心がふわりと軽くなる。
――こんなにも近くに、あの黒豹がいる。
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夜、案内された自分の部屋。
広く、黒と金を基調にした落ち着いた空間。
窓からは月光が床に淡く映る。
暖炉の火が小さくはぜ、室内に柔らかな光と影を落としていた。
「……あの、カイン様」
「ん?」
「私、少し……怖いです」
耳を伏せ、尻尾を小さく丸めるリリィに、カインはゆっくり歩み寄る。
「なら、我と同じ部屋で寝るとよい」
リリィの目が見開く。
「えっ……?」
「怖ければ、夜は我が側にいる方が落ち着くだろう」
低く響く声に、胸がどきりとする。
リリィの頬が赤く染まり、耳がぴくぴく動いた。
尻尾も小刻みに揺れる。
――同じ部屋で寝るなんて、こんなに心臓が早くなるなんて。
「……はい……お願いします」
小さく頷くリリィに、カインは微かに笑った。
その笑みは威厳を帯びつつ、温かく、安心感を与えるものだった。
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二人はベッドに入る。
間には少しの距離があるが、互いの呼吸の音が聞こえるほど近い。
リリィの耳がぴくぴく、尻尾がわずかに揺れる。
「眠れぬか?」
「はい……少し」
「なら、話をしよう」
カインの声は低く、穏やか。暖炉の火が揺らす影が、二人を包む。
「リリィ、おまえは耳と尻尾を気にしているな」
「はい……皆、完全な姿になれるのに、私だけ……」
視線を落とすリリィに、カインは静かに言った。
「それは欠けているのではない。強く、誇るべき血の証だ」
「誇る……?」
「おまえの耳と尻尾は、心の感情を正直に映す。おまえはそれを隠せぬほど純粋だ」
リリィの胸の奥がじんわり温かくなる。
――そんなふうに言われたのは初めてだ。
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暖炉の火が静かにぱちぱちとはぜる。
互いの呼吸が聞こえる距離で、リリィはまぶたを重くしながら囁いた。
「おやすみなさい、カイン様……」
低く、優しい声が返ってくる。
「おやすみ、リリィ」
黒と白――異なる毛並みを持つ二つの獣人が、ひとつの静かな夜を共に過ごした。
月は高く、二人の上に柔らかな光を落としていた。




