第3章「男の絆」
木々の枝の葉が、そよ風に揺れていた。
風は穏やかで、空気は澄んでいる。
鳥たちは木の上でさえずりながら、小枝をくわえて飛び回っていた。巣作りに夢中になっているらしい。
優は口をぽかんと開けたまま、しばらく沈黙していた。
肺いっぱいに空気を吸い込み、そして深く長い息を吐く。
「……まさか、本気で言ってるのか?」
「もちろんだ!」
焔羅はわずかに微笑み、優の顔をまっすぐ見つめた。
「夜、狼たちと一緒に過ごしたいって言うなら別だけどな?」
優の頭の中に光景が浮かぶ。――噛みつく、引き裂く、砕く、飲み込む。
背筋を冷たいものが走り、額に汗がにじむ。
彼は引きつった笑みを浮かべ、頬をかきながら言った。
「や、やっぱり木を運ぶのも……悪くないかもな。」
「ハハハ! そうこなくちゃ! それでこそ男だ!」
焔羅の笑い声は爽やかな朝の空気に響き渡り、思わず優も笑みをこぼした。
優は木材の山の一つに近づき、木の香りと新しい鋸屑の匂いを感じた。
両手を木の下に差し込み、深呼吸をして力いっぱい持ち上げようとする。
だが――びくともしなかった。
次の瞬間、木の山がどさりと音を立てて崩れ、細かい粉と木くずが舞い上がった。
「うわっ、重っ……!」
優は息を切らし、胸を上下させながら苦しそうに言う。
「ハハハハハ!」
焔羅は腹を抱えて笑い、涙が頬を伝った。
「お前、本当に面白いやつだな!」
「だって焔羅さん、これ本当に重いんだよ!」
優は眉をひそめ、呼吸を整えようと必死だった。
筋肉は張りつめ、腕には血管が浮き上がっている。
「“さん”?」
焔羅は首を傾げた。
「そんなにかしこまらなくていい。焔羅で十分だ。」
そう言うと、焔羅は別の木の山に歩み寄り、手のひらで木の表面を軽く撫でた。
軽く膝を曲げ、腰を入れて――すっと持ち上げる。まるで羽のように。
「ほら、簡単だろ?」
自信に満ちた笑顔を浮かべながら、木を頭の上まで持ち上げる。
「お前は腕だけで持ち上げようとしたんだ。背中じゃなくて、ちゃんと全身を使えばずっと楽になるぞ。」
優は目を見開いた。恥ずかしさと驚きが入り混じる。
まるで隠された秘密を教えられたような気分だった。
(す、すげえ……。あんなに簡単に……!)
優は再び木材の山に向かい、深く息を吸った。
膝を軽く曲げ、腰を落として――全身の力を込める。
「う、うぐっ……たしかに……ちょっとは……楽かも……」
声は途切れ途切れで、ほとんどうめき声に近い。
腕と脚は震え、汗が頬を伝う。
一歩間違えれば倒れそうで、彼は何度も足元を見つめた。
「やっぱりお前、相当非力だな……」
焔羅は頭をかきながらため息をつく。
「まあでも、飲み込みは早い。悪くないぞ。行くか。」
焔羅は先に立ち、土の道を歩き出した。
人目を避けるように、森の奥の道を選ぶ。
彼の足音は静かで、風のように穏やかだった。
優はその背中を追いながら、足を引きずるように歩く。
「着いたぞ!」
焔羅の瞳が輝いた。
そこには、年月を重ねた木で建てられた大きな家があった。
角や窓には磨かれた石が使われ、太陽の光をやわらかく反射している。
その隣には、美しい庭が広がっていた。
バラ、スミレ、チューリップ、マーガレット、ジャスミン……
風に揺れる花々は、まるで光を放つように咲き誇っていた。
(この世界には、何度見ても驚かされる……。
色も、香りも、音も――全部があたたかくて、優しくて。
でも……何かが、まだ足りない気がする。)
「どんな日でも、家に帰れば全部が報われる気がするんだ」
焔羅は穏やかな表情でつぶやく。
その目は、まるで家そのものに吸い込まれていくようだった。
「……いい家だね」
優は自然と笑みを浮かべ、視線をあちこちに向ける。
「さて、仕事に戻るか。まだ木を運んでもらうぞ。」
「えぇぇ!? もう限界だよ!」
優は地面に倒れ込み、目を回す。
「ハハハ! じゃあ狼の晩ご飯にでもなるんだな!」
焔羅は壁にもたれ、愉快そうに笑った。
優はため息をつき、しぶしぶ立ち上がった。
(……やっぱり、こき使われてるだけなんじゃ。)
残った力を振り絞り、また木材の場所へ向かう。
一つ、また一つと持ち上げ、全身が悲鳴を上げる。
筋肉は痛み、腕は震え、汗が滝のように流れた。
手のひらには新しいマメができ、赤く擦りむけている。
(あと少し……もう少しだけ……!)
朝の空はすでに高く、太陽が真上に輝いていた。
鳥たちは鳴きやみ、代わりに蝉の声が辺りに響いていた。
「お、終わったぁぁ!」
優は最後の木を下ろし、その場にへたり込んだ。
全身が汗でべたつき、筋肉は硬直し、息も荒い。
目を閉じかけたその時――
二つの影が近づいてくるのが見えた。
女性が一人、小さな女の子の手を引いて歩いている。
女性は長い黒髪に、淡い茶色の瞳。
白いドレスには青い装飾が施され、まるで花びらのような模様が散りばめられていた。
女の子は無邪気な笑顔を浮かべている。
短い黒髪が風に揺れ、深いエメラルドの瞳が太陽にきらめいた。
首には緑色の宝石がついたペンダントを下げており、それが陽光を反射して眩しく光った。
(あの二人は……誰なんだ?)




