第2章「澄んだ空気の中の静けさ」
優の顔には、ただ驚愕だけが浮かんでいた。
信じられないといった表情のまま、汗が頬をつたって落ちていく。
彼は自分の両手を見つめ、ゆっくりと開いたり閉じたりした。
視界がにじみ、黒い斑点がちらつき始める。
――じゃあ……あれは本当だったのか……?
優は、息を漏らすようにかすかに呟いた。
「おい、少年。大丈夫か? まさか酒でも飲んでないだろうな?」
焔羅が眉をひそめ、困惑した様子で声をかける。
彼は優の肩を掴み、軽く左右に揺らした。
「ほら、しっかりしろ! 昼間から酔っぱらいが村をうろつくなんて許さんぞ!」
「えっ……? あっ! す、すみません! ちょっと考え事をしてて……」
ぼやけていた視界が徐々に戻り、優は目の前の焔羅を見つめた。
まだ混乱しているようだった。
「まったく……この時間に酒なんて、若者は何を考えてるんだか!」
焔羅は呆れたようにため息をつく。
「さ、酒!? ぼ、僕はお酒なんて飲んだことありません! その……ただ……」
優の頬が、一瞬で真っ赤に染まった。
顔が熱くなり、火でも出そうなほどだった。
「はいはい、言い訳はもういい。落ち着け、若者!」
焔羅は腕を組み、真剣な表情になる。
「罪滅ぼしとして、少し手伝ってもらうぞ。ついて来い!」
返事を待つ間もなく、焔羅は優の背中を押し、歩き出した。
優は頬をかきながら、小さくため息をつく。
(……ずいぶん強引だな)
歩きながらも、優の視線は周囲の人々に吸い寄せられていた。
(……やっぱり。ここは僕の知っている世界じゃない。
服装も、建物も……まるで中世のファンタジー世界みたいだ)
彼に向けられる視線があちこちから集まってくる。
立ち止まって見る者、こそこそ囁き合う者、興味を隠そうとしない者。
明らかに注目の的だった。
「おいおい、少年……どうやら人気者みたいだな! ラッキーじゃないか、ははは!」
焔羅は笑いながら、優の背中を軽く叩いた。
だがその明るい笑い声とは裏腹に、周囲の好奇の視線は消えない。
「お母さん! あの人、変な服着てるよ!」
目を輝かせた少年が、母親の服を引っ張りながら優を指さす。
「こら! 失礼でしょ! 知らない人を指さしちゃいけません!」
母親は慌てて息子を連れ、その場を足早に離れた。
優はまばたきをしながら、心の中で呟く。
(……やっぱり、本当なんだ。
僕は……死んだんだ。あの地獄は、夢じゃなかった……)
彼は首を横に振り、思考を振り払う。
(でも、もうどうでもいい。
きっと僕は、死んだあとこの世界へ転移したんだ。
ここでは僕は自由だ……誰にも縛られない。
そうだ、ここが――僕の夢見た世界なんだ!)
「着いたぞ、若者!」
焔羅が満面の笑みを浮かべる。
目の前には、切り出された木材が山のように積まれていた。
大きいものから小さいものまで、それぞれ八つずつきれいに並べられている。
焔羅は新鮮な朝の空気を深く吸い込み、満足そうに息を吐いた。
「償いとして、お前の仕事はこれだ! この木材を村の中心まで運んでもらう!」
「えっ!? な、なんですって!? 本気ですか!?」
優が目を見開く。額には汗がにじみ、口を開けたまま言葉を失った。
唾を飲み込み、青ざめた顔で呟く。
(……どうやってやればいいんだ……?)




