表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

第1章「灼けるほど美しい紅」

ゆっくりと、彼のまぶたが開いた。


長い眠りから覚めたように強く瞬きすると、眩しい光が視界いっぱいに広がった。目がその明るさに慣れるまで、しばらく時間がかかる。


耳の奥で高い音が鳴り続け、それは次第に遠ざかっていく。


やがて――鳥のさえずりが聞こえた。

風が彼の黒髪をそっと揺らし、草の擦れ合う音が穏やかに響く。


吸い込んだ空気は澄み切っていて、その清らかさが胸の奥を静かに満たした。


ゆっくりと頭を上げる。

そこには、今まで見たことのないほど美しい空が広がっていた。


深い青に、白い雲がまばらに浮かび、鳥たちが自由に空を横切っていく。

太陽の光が差し込むたび、思わずまぶたが震えた。


草の上には朝露が光り、紫の花や薔薇をはじめとする無数の花々が丘を彩っていた。それはまるで色彩が溶け合う絵画のようだった。


気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。


口元に浮かぶのは、子どものように無邪気な笑み。


「こんなにも……美しいなんて……! 夢だろ、これ……!」


その声は震えながらも優しく、彼はこらえきれない涙を腕でぬぐった。


だが次の瞬間、表情がゆっくりと硬くなる。

眉を寄せ、喉に手を当てた。冷たい感覚が背筋を走り、体がこわばる。


記憶が、よみがえる。


「俺は……あの時……死んだはずじゃ……? ここって……“天国”か?」


自分の手を握りしめ、開く。

皮膚の感触、心臓の鼓動――すべてが生々しかった。


「……違う。これは現実だ。でも、なんで……?」


空を見上げる。

ゆっくりと流れる雲、舞う鳥たち。

その静かな光景に、しばし心を奪われた。


「こんな空……見たことない。」


彼は深く息を吸い、静かに吐き出す。


「……よし。まずは、この場所を知らないと。ずっと突っ立ってるわけにもいかないしな。」


独り言のようにつぶやくと、胸の奥から小さな決意が芽生えた。


信じがたい光景に心は揺れる――それでも前へ進もうと、彼は丘を登り始めた。


草の間に続く石の道を、一歩ずつ踏みしめながら。


丘の上に辿り着いた瞬間、優は息を呑んだ。


石造りの家々が並び、木の屋根が陽光を受けて柔らかく輝いている。いくつかの煙突からは甘い香りの煙がゆらりと立ち上り、風車がゆっくりと回っていた。


曲がりくねった石畳の道。

窓辺には色とりどりの花々。


「……中世の村、みたいだ。」


理解が追いつかない。ただ、その非現実さに圧倒されるばかりだった。


道を進むと、小さな村の中心へと入っていった。


人々は薄手の布の服をまとい、ベージュや灰色、茶色の落ち着いた色合いが多い。籠を持って歩く者、井戸のそばで話し込む者――どこかゆったりとした空気が流れていた。


優は完全に見とれていた。

通りの一つひとつ、視界に映る人々の仕草、声――すべてが初めて見る世界だった。


そうして周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていた時だった。


目の前に、誰かが立っていた。


「あっ……す、すみません!」


声がうわずる。

理由は単純だった。


――その男が、あまりにも大きかったのだ。


身長は優に一八〇センチを超え、肩幅は広く、腕は丸太のように太い。胸板は分厚く、筋肉が盛り上がっている。


額にかかる茶色がかった髪。淡い緑の瞳。


そして上半身は裸。

胸を斜めに走る革のベルトには、小さな革袋がぶら下がっていた。


だが、何より目を引いたのは――


男が持つ、巨大な両刃の斧だった。


陽の光を鋭く返す刃。

優の心臓が跳ね上がる。


逃げるべきか、謝るべきか――判断がつかず固まる。


その瞬間。


男はにやりと笑い、突然腹の底から大声で笑い始めた。


「ハハハハッ! こんな妙な格好の奴を見るのは初めてだ! ホウェキオン様もきっと驚いているぞ!」


その豪快な笑い声は大きいのに、どこか不思議と嫌な感じがしなかった。


男は笑いながら、優の肩を軽く叩いた。


「おいおい!」


優は混乱しながら叫んだ。


「お、俺の顔に……何かついてます!?」


顔をまさぐりながら必死に確認する。


男はまだ笑いを引きずりながら息を整えた。


「いやぁ、久しぶりだぞ。こんなに笑ったのは! お前、おかしな奴だな! 名前は?」


「はぁ……」優は、呆れと困惑が混じったため息をついた。


「俺は……松木優。マツでいいです。」


男は興味深そうに彼を観察した。


黒い髪。深い茶色の瞳。透き通るように白い肌。

身長は一七七センチほどで細身。

白いパーカーに黒のスウェット、そして擦り切れた赤いスニーカー。


まるで、この世界の住人とは別種の人間のようだった。


「……マツ、か?」

男は少し眉をひそめた。


「変わった名前だな。」


「まぁ……そう呼ばれるのが好きなんです。」


「ふん、なるほどな。」


男は腕を組み、誇らしげに胸を張った。


「俺の名は焔羅清ほむら・きよし。この村の村長だ!」


「村長……?」優は瞬きをする。


「ここって、日本のどのあたりなんですか?」


清の目がわずかに見開かれた。


次の瞬間、ぽんと頭をかきながら笑う。


「ニホン? なんだそれ、料理の名前か?」


「ここは暁の村(あかつきのむら)。風の王国のひとつだ。ニホンなんて国は聞いたこともねぇ。」


優は言葉を失った。


風の音も、人々の声も、遠のいていく。


胸の鼓動だけが大きく響いた。


現実がひっくり返る感覚。


――そんな、まさか。


だが、清の表情には冗談の色は一切なかった。


この世界は、本物だ。


――松木優は、異世界へと転移してしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ