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第30話:月夜のバラッド

第30話:月夜のバラッド

ゼノスの容態が、奇跡的に安定した夜だった。

アリアナの献身的な愛と、仲間たちの支えが、彼の魂を蝕む呪いの力を、一時的に封じ込めてくれたのかもしれない。


遺跡の小部屋から出て、一行は、久しぶりに外の空気を吸っていた。

満月が、崩れかけた遺跡を銀色に照らし出し、世界は幻想的な静寂に包まれている。


ゼノスは、まだ少しおぼつかない足取りで、壁に背を預けて座っている。アリアナは、その隣に、ぴったりと寄り添うように座っていた。もはや、主君と騎士の間にあった、目に見えない壁は存在しなかった。


リラは、そんな二人の向かい側で、焚き火の炎を調整しながら、にこにこと二人を眺めている。二人の秘密を知ってしまった今、彼女は、この悲しい恋人たちの、ささやかな幸せの時間を、誰にも邪魔させたくないと思っていた。

アルバスとシルヴァも、少し離れた場所で、静かに夜空を見上げている。


「ねえ、リラ」

アリアナが、静かに口を開いた。

「何か、歌ってくれないかしら。あなたの歌が聞きたいわ」


「うん、いいよ!」

リラは、満面の笑みで頷くと、愛用のリュートを手に取った。

その美しい指先が、弦を優しく爪弾く。ポロン、と奏でられた音色は、月明かりに溶けて、夜の静寂に響き渡った。


そして、彼女は歌い始めた。


それは、彼女がこの旅の中で見てきた、二人の姿を紡いだ、即興のバラッドだった。


『天上に輝くは 紅玉ルビーの星

 そのあまりの美しさに 誰もがただひれ伏すばかり』


リラの、水晶のように澄んだ歌声が、夜の空気に響く。

アリアナは、その歌が自分のことだと気づき、少し照れくさそうに頬を染めた。その姿は、どんな星よりも可憐だった。


『星に仕えしは 漆黒の騎士

 その剣ははがねより硬く その心は誰より優しい

 騎士は決して語らない 胸に秘めたる熱き想い

 ただ、星の光を守ること それが彼のすべてだから』


ゼノスは、その歌詞に、自らの心の奥底を見透かされたかのように、息を呑んだ。彼は、驚きと、そして羞恥に、顔を上げることができない。彼の耳が、またしても赤く染まっているのを、アリアナは見逃さなかった。


歌は、クライマックスへと向かう。


『されど星は知っていた 騎士の瞳の奥の色

 不器用な優しさの裏に 隠された愛の深さを

 ああ、叶わぬ恋と知りながら 二つの魂は惹かれ合う

 紅玉と漆黒が出会う時 新たな伝説が始まる』


歌い終えたリラは、「どう?」と、いたずらっぽく二人に微笑みかけた。その美しい顔は、月光を浴びて、まるで妖精のように輝いている。


アリアナとゼノスは、何も言えなかった。

ただ、互いの顔を見合わせ、そして、はにかむように、同時に視線を逸らした。

その頬は、二人とも、焚き火の炎に照らされて、真っ赤に染まっていた。


リラの歌は、二人がずっと言葉にできなかった想いを、美しい物語として、見事に描き出してくれたのだ。


アリアナは、そっと、ゼノスの手に自分の手を重ねた。

ゼノスは、驚いて彼女の顔を見る。

彼女は、何も言わずに、ただ、優しく微笑み返した。その笑顔には、「あなたの想い、ちゃんと届いているわ」という、確かな答えが込められていた。


ゼノスの瞳から、一筋の涙が、静かにこぼれ落ちた。


リラは、そんな二人の姿を、リュートを抱きしめながら、満足そうに、そして少しだけ切なそうに見守っていた。

アルバスは、「やれやれ、若者の恋路は、見てるこっちが恥ずかしいわい」と、悪態をつきながらも、その口元は緩んでいた。シルヴァは、黙って、森の闇に目をやっていたが、その横顔は、どこか穏やかだった。


月明かりの下、五つの魂は、一つの歌によって、より深く、そして固く結ばれた。

この夜のバラッドが、やがて大陸中に広まり、人々に希望を与える伝説の始まりとなることを、まだ誰も知らなかった。

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