第27話:光の楔と優しい歌声
第27話:光の楔と優しい歌声
それからの日々は、静かで、そして過酷な戦いだった。
ゼノスの呪いは、まるで満ち引きを繰り返す潮のように、彼の意識を奪い、そして返した。記憶を失った彼に、アリアナが語りかけ、その魂を呼び戻す。その繰り返しが、一行の日常となった。
遺跡の小部屋は、彼らにとって、世界から切り離された小さな砦だった。
アリアナは、女王としての責務も、国の未来への不安も、一旦胸の奥にしまい込み、ただひたすらにゼノスの看病に専念した。
彼女は、ゼノスに二人の思い出を語り続けた。
それは、彼の魂に、二人が共に歩んできた道のりを刻み込むための、祈りのような行為だった。
「…王都の執務室でね、私が『石頭』ってからかうと、あなたはいつも、とても真剣な顔で悩んでいたわ。自分が、本当に石頭なのかって。ふふっ、本当に、可愛かったのよ」
彼女は、楽しかった頃を思い出し、悪戯っぽく微笑む。その笑顔は、ゼノスの心を照らす、何よりの薬だった。
「旅の途中、私が泣いていた時、あなたは何も言わずに、ただ水袋を差し出してくれた。不器用で、でも、誰よりも優しかった…」
彼女の声は、慈しみに満ちている。その美しい横顔を、記憶を取り戻したばかりのゼノスは、ただ黙って、しかし熱心に見つめている。
アリアナが語りかける傍らで、リラはいつも、リュートを奏でていた。
彼女が紡ぐのは、言葉のない、穏やかで優しいメロディ。それは、ゼノスの荒ぶる呪いの力を鎮め、彼の魂を安らぎへと導く、不思議な力を持っていた。
リラの超絶的な美貌と、彼女が奏でる天上の音楽は、この薄暗い遺跡の小部屋を、まるで神殿の一室であるかのように、神聖な空気で満たしていた。
アルバスは、そんな三人の姿を、少し離れた場所から、腕を組んで眺めていた。
「…呪いを、愛と歌でねじ伏せるか。前代未聞じゃが、面白い」
彼は、古文書の知識を元に、ゼノスの呪いを和らげる薬を調合し、一行を支えた。
シルヴァは、常に部屋の外で見張りに立ち、あらゆる危険から彼らを守った。彼女の鋭い目は、仲間を傷つけるものを、決して見逃さない。
ある夜、ゼノスの呪いが、これまでになく激しく暴れ出した。
彼は高熱にうなされ、悪夢の中で、見えない敵と戦い続けている。
「来るな…!陛下に…近づくな…!」
その苦しむ姿に、アリアナの心は引き裂かれそうになった。
彼女が、いつものように彼の記憶を呼び覚まそうと、必死に語りかけても、彼の意識は戻らない。
「どうしよう…このままでは、ゼノの魂が…!」
アリアナの美しい顔に、絶望の色が浮かぶ。
その時、リラが、静かにリュートを構えた。
そして、歌い始めた。
それは、彼女がこの旅の中で感じた、二人の姿を紡いだ、即興の歌だった。
『緋色の光に仕えしは 漆黒の衣まといし騎士
その剣はただ光のため その魂はただ光の傍らに…』
リラの、水晶のように澄んだ歌声が、部屋に響き渡る。
それは、ただの歌ではなかった。彼女の、二人を想う純粋な心が、魔力となって音色に宿り、ゼノスの魂の最も深い場所に、直接語りかけていた。
すると、奇跡が起きた。
ゼノスの苦悶の表情が、少しずつ和らいでいく。荒かった呼吸も、次第に穏やかになっていく。彼の魂が、リラの歌声に導かれ、悪夢の底からゆっくりと浮上してくるのが分かった。
やがて、彼は静かに目を開けた。
その瞳には、確かな光が戻っていた。
「…陛下…?…リラ殿…?」
彼は、心配そうに自分を覗き込む、二人の美しい少女の顔を見て、安堵のため息をついた。
アリアナは、リラを強く抱きしめた。
「ありがとう、リラ…。あなたが、ゼノスを救ってくれたわ…」
リラは、照れくさそうに笑った。
「へへーん。私の歌も、たまには役に立つんだから!」
その笑顔は、部屋の闇を祓う、小さな太陽のようだった。
三人の、呪いとの静かな戦い。
アリアナの「記憶の呼びかけ」という光の楔。
そして、リラの「魂を癒す歌声」という優しい調べ。
二人の美しき少女の愛と献身が、仲間の支えの中で、一人の騎士の消えゆく魂を、かろうじてこの世界に繋ぎ止めていた。
彼らの絆は、この過酷な試練の中で、より強く、そしてより深く、結ばれていくのだった。




