第25話:魂を喰らう力
第25話:魂を喰らう力
世界を白く染め上げていた光が、ゆっくりと収まっていく。
後に残されたのは、神々の戦いの跡のような、半壊したドームと、しんと静まり返った沈黙だけだった。
暴走するエネルギーの奔流は、ヴァルカン軍に甚大な被害を与え、彼らを撤退させるには十分だった。総大将ガイウスは、忌々しげに舌打ちすると、「呪われし騎士め…面白い。その力が貴様をどう変えるか、見届けてやろう」という不気味な言葉を残し、闇の中へと姿を消した。
「ゼノ…!」
アリアナは、腕の中でぐったりとした彼の名を呼んだ。ゼノスは、彼女を抱きしめたまま、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。彼を包んでいた紅玉色の光は消え、代わりに、彼の体が、まるで陽炎のように、ところどころ半透明になっている。その向こうの瓦礫が、ゆらりと透けて見えていた。
「ゼノ…!しっかりして!ゼノ!」
震える声で、彼女は彼の体を揺する。しかし、彼はぐったりとして意識がない。触れた肌は、まるで冬の石のように冷たい。
「…うそ…でしょ…」
駆け寄ってきたリラの、掠れた声が聞こえた。彼女は、目の前で起きた信じられない光景に、腰を抜かして座り込んでいた。その美しい顔は恐怖と絶望に青ざめ、翠の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちている。
アルバスとシルヴァもまた、言葉を失っていた。
「…あれは、禁断の魔法の、反動じゃ…」アルバスが、呻くように呟く。「術者の魂そのものを、喰らい尽くすという…」
アリアナは、意識のないゼノスを必死に支え、仲間たちと共に、遺跡内の比較的安全な小部屋へと運び込んだ。そこは、かつて神官が祈りを捧げた場所なのだろうか、壁には色褪せた星図が描かれている。
彼女は、何日も眠らなかった。
なけなしの魔力を振り絞って彼の体を温め、布に含ませた水で彼の乾いた唇を湿らせる。彼女の美しい顔は、疲労と心労で見る影もなくやつれている。それでも、その紅玉の瞳に宿る、彼を救おうという意志の光だけは、少しも衰えていなかった。
仲間たちもまた、献身的に二人を支えた。
リラは、持ち前のすばしこさで遺跡の中を駆け回り、食べられそうな木の実や、傷に効く薬草を探してきた。
アルバスは、古文書の知識を元に、彼の呪いを和らげる方法を探し続けた。
シルヴァは、常に部屋の外で見張りに立ち、あらゆる危険から彼らを守った。
(死なせない…絶対に。あなたが私のためにこうなったのなら、私があなたを生かす。どんなことをしてでも…!)
アリアナの心は、ただその一つの想いだけで満たされていた。
そして、数日が過ぎた夜。ゼノスが、静かに目を覚ました。
「ゼノ!気がついたのね!よかった…!」
アリアナの顔が、久しぶりに喜びに輝く。その笑顔は、どんな宝石よりも美しかった。
しかし、ゼノスの反応は、彼女の期待を無慈悲に打ち砕いた。
彼の瞳には、光がなかった。ただ虚ろに、目の前で泣きながら喜んでいる美しい少女を見つめている。彼には、彼女が誰なのか、理解できていないのだ。
戸惑ったように、彼は掠れた声で問いかけた。
「…あなたは…誰だ…?ここは…どこだ…?私は…なぜ、ここに…?」
アリアナの心臓が、凍りついた。
時が、止まった。
彼が、自分のことを忘れてしまった。
禁断の魔法は、彼の肉体だけでなく、彼の記憶と魂をも、静かに喰らい始めていたのだ。
アリアナの美しい顔から、すっと表情が消え、大粒の涙だけが、何の感情も映さない瞳から、静かに、静かに頬を伝って落ちた。
「そんな…そんなことって…」
部屋の隅で、リラもまた、息を呑んで二人の様子を見守っていた。あの、誰よりもアリアナを大切にしていたゼノスが、彼女のことを忘れてしまうなんて。
絶望が、冷たい霧のように、小さな部屋を満たしていく。
物語は、最も過酷で、悲しい局面を迎えようとしていた。




