第17話:古代の森と竜の一族
第17話:古代の森と竜の一族
旧都ルミナを後にした一行は、賢者アルバスの案内で、禁断の遺跡が眠るという「古代の森」を目指していた。
アルバスが仲間に加わったことで、旅の雰囲気は、また少し変わっていた。
「おい、そこの石頭の騎士。もうちっと愛想よく歩けねえのか。お前さんの背中を見てると、こっちまで気が滅入らあ」
アルバスが、ゼノスの背中に向かって、悪態をつく。
「……」
ゼノスは、無言で歩き続ける。
「ちょっと、アルバス!ゼノはね、喋らないんじゃなくて、喋るのが下手なだけなんだから、いじめちゃダメだよ!」
リラが、ゼノスを庇うように、アルバスを睨みつける。その美しい顔は、仲間を守ろうとする真剣な表情で、庇護欲をそそる。
「いじめてなんかいねえよ。コミュニケーションだ、コミュニケーション」
アルバスは、やれやれと肩をすくめる。
アリアナは、そんな三人の様子を、少し後ろから微笑みながら見守っていた。
この旅に出てから、彼女は、ゼノスがこれほど多くの言葉(主に反論やため息だが)を発するのを見たことがなかったし、リラが誰かを庇う姿も、新鮮だった。そして何より、自分自身が、こんなにも穏やかな気持ちで仲間を眺めていることに、驚いていた。
(…これも、悪くないわね)
彼女の美しい唇に、自然な笑みが浮かぶ。その、女王の仮面を脱ぎ捨てた柔らかな微笑みは、道端に咲くどんな花よりも、可憐だった。
数日後、一行は、ついに「古代の森」の入り口に到着した。
そこは、人の理が及ばない、神々の領域だった。巨大な木々が天を覆い、昼でも薄暗い森の中は、苔の匂いと、どこか懐かしいような土の匂いに満ちている。
「ここから先は、気をつけな。この森は、ただの森じゃねえ。古代の竜族が、自らの領域として守っている、聖域だ」
アルバスが、いつになく真剣な声で警告する。
「竜族…?本物のドラゴンがいるの!?」
リラの翠の瞳が、好奇心にきらきらと輝く。
「さあな。今もいるかどうかは、分からねえ。だが、その末裔が、今もこの森を守っているという話だ。彼らは、人間を信用しちゃいねえ。下手に刺激すれば、命はねえと思え」
アルバスの言葉通り、森は、神秘的でありながら、どこか張り詰めたような、侵入者を拒む気配に満ちていた。マナの汚染は、この聖域にまで及び、一部の木々は黒く枯れ、まるで助けを求めるように、苦悶の形に枝を天に伸ばしている。
アリアナが、その痛ましい光景に心を痛めていると、突如、風を切る音もなく一本の矢が飛来し、ゼノスの足元の地面に深く突き刺さった。
警告だ。
一行が身構えると、木々の間から、まるで森の一部であるかのように、一人の女性が音もなく姿を現した。
年の頃はゼノスと同じくらいだろうか。しなやかな体つきは、引き締まった獣を思わせる。銀色の長い髪を無造作に束ね、その瞳は、森の奥にある湖のように、静かで、底知れない色をしていた。
彼女の美しさは、アリアナやリラとはまた違う、野性的で、触れることさえ許さないような、気高い種類のものだった。
彼女は、狩人シルヴァ。
アルバスが語った、竜の血を引く一族の末裔にして、この森の守護者。
「人の子よ」
彼女の声は、冬の空気のように冷たく、張り詰めていた。
「なぜ、この聖なる森を蝕む?答えによっては、ここで、その命を絶つ」
彼女の瞳は、一行を、明確な敵として捉えていた。
マナ汚染の原因が、人間にあると、彼女は信じきっているのだ。
アリアナは、一歩前に進み出た。
「私たちは、森を蝕む者ではありません。むしろ、その逆。この森を、そして、この国を蝕む、本当の元凶を断つために、旅をしています」
その声には、一切の偽りも、揺らぎもなかった。
シルヴァは、アリアナの、女王としての気高さと、その魂の輝きの清らかさに、わずかに目を見張る。
しかし、彼女の人間への不信感は、根深い。
「言葉だけでは、信じられん」
交渉は、決裂か。
一行の間に、緊張が走る。
その時、森の奥から、大地を揺るがすような、巨大な咆哮が轟いた。
マナ汚染によって理性を失い、凶暴化した、森の主の咆哮だった。
事態は、予期せぬ方向へと、動き出そうとしていた。




