第15話:旧都ルミナと堕ちた賢者
第15話:旧都ルミナと堕ちた賢者
「だって、ゼノは、アリア姉ちゃんのこと、好きでしょ?」
リラの、あまりにも純粋で、あまりにも残酷な問いが、夜の静寂に突き刺さった。
その瞬間、世界の全ての音が、遠のいていくような気がした。
ゼノスの思考は、完全に白紙に戻っていた。ただ、目の前で焚き火の炎に照らされて、困ったように、そして恥ずかしそうに頬を染めている、主君の美しい顔だけが、彼の視界の全てだった。
アリアナもまた、どう反応していいか分からず、ただ視線を彷徨わせる。リラの言葉を否定することも、肯定することもできない。彼女の雪のように白い肌が、ほんのりと薔薇色に染まっている。その姿は、夜露に濡れた花のように、儚くも、蠱惑的だった。
「えー?なんで二人とも黙っちゃうの?図星?」
リラは、悪びれもなく、大きな翠の瞳をきらきらと輝かせている。彼女にとって、それは、物語の姫君と騎士が結ばれる、当たり前の筋書きに過ぎなかった。
沈黙を破ったのは、アリアナだった。彼女は、女王としての威厳をかろうじて取り繕うと、咳払いを一つした。
「リラ。…もう、夜も遅いわ。そろそろ休みましょう」
それは、明らかに、話題を逸らすための、苦しい一言だった。
「はーい」
リラは、まだ何か言いたげな顔をしていたが、素直に頷くと、アリアナの隣にちょこんと座り、すぐに安心しきったような寝息を立て始めた。その無防備な寝顔は、天使のように愛らしい。
後に残されたのは、アリアナとゼノス、そして、どうしようもなく気まずい沈黙だった。
アリアナは、彼の顔を見ることができない。ゼノスもまた、彼女の顔を見ることができない。
ただ、焚き火の炎だけが、二人の気まずい心を映すかのように、パチパチと揺らめいていた。
数日後、一行は、ついに旧都ルミナに到着した。
そこは、寂れてはいるものの、メルクの街とは違い、どこか自由で、混沌とした活気に満ちていた。様々な人種が行き交い、路地裏からは、陽気な音楽と、怪しげな薬の匂いが漂ってくる。
「わあ!すごい!ここ、面白そう!」
リラは、目を輝かせながら、人混みの中へと駆け出していった。
「あっ、こら!リラ!待ちなさい!」
アリアナが慌てて後を追う。ゼノスもまた、二人の護衛として、その後に続いた。
三人は、リラが握っていた情報――「賢者アルバスは、街一番の安酒場で、賭け魔術に興じている」――を頼りに、目的の酒場を探し当てた。
酒場の扉を開けると、そこは、埃と安酒、そして諦めの匂いが混じり合う、吹き溜まりのような場所だった。
カウンターの最も暗い隅で、一人の男が、世の中の全てに興味がないといった顔で、グラスを傾けていた。その瞳は、かつての知性の輝きを失い、ただ虚空を映している。
アリアナは、彼の前に静かに立った。
「賢者アルバス。あなたにお願いがあります。禁断の魔法について、知っていることを教えてほしいのです」
その声は、女王としてではなく、一人の探求者として、真摯な響きを持っていた。
アルバスは、面倒くさそうに顔を上げた。目の前の少女の、人間離れした美しさに一瞬息を呑むが、すぐに皮肉な笑みを浮かべる。
「禁断の魔法?やめときな、お嬢ちゃん。そんなもんに手を出しちまうような奴は、ろくな死に方をしねえ。世界なんてもうすぐ終わりさ。美味い酒でも飲んで、静かに待つのが一番賢い生き方ってもんだ」
その投げやりな言葉に、アリアナは怯まなかった。彼女はまっすぐに彼の濁った瞳を見つめ返す。
「世界が本当に終わるというのなら、私は女王として、最後の瞬間まで民と共に在り、戦います」
その時、人混みをかき分けてきたリラが、アリアナの隣に立った。
「そうだよ!助けてあげなよ、おじさん!」
彼女は、アルバスのグラスをひょいと取り上げると、クイッと中身を飲み干してしまった。
「こんな綺麗なお姉さんたちに頭を下げさせて、男として恥ずかしくないの!?」
「お、おじさん…!?それに、俺の酒…!」
アルバスの眉が、ぴくりと動いた。
アリアナの、曇りのない気高さ。
そして、リラの、常識外れで、しかし憎めない小悪魔的な魅力。
二人の、あまりにも対照的で、あまりにも強烈な美しさを前にして、世を捨てた賢者の、凍りついていた心が、ほんの少しだけ、動き出したような気がした。




