1 落下
気がついたら、青い空を落下している最中だった。
ものすごい速さで落下し続け、顔に当たる風で涙がにじむ。
下には雲が見えるだけで、地上は見えない。
上を見上げてみると、はるか上空に島のような影が見える。
恐怖はないが、いつ止まるんだろう、いつ目が覚めるんだろう、と、頭はぼんやり考えている。
と、黒い影と横からの強い風を、一瞬感じる。
突然、僕の腕と脚に衝撃と痛みがはしる。
落下は止まった。
巨大な鳥が両足の爪でガッシリと僕をつかんで、巨大な羽を開いて滑空している。
両翼7,8メートルありそうな赤黒い巨大な鳥が、無表情な赤い目でこちらを見下ろしている。
クチバシは猛禽類のそれのように、凶悪に曲がり、尖っている。
僕は逃れようと暴れるが、これまた凶悪で強靭な爪は、びくともしない。
不思議なことに、痛みはたいしたことはないし、爪は食い込んでいるが、血が出るほどではない。
しばらく身をよじったり、自由な方の手で鳥の爪を押し上げようとしたり、鳥の足をたたいたりしていたが、この怪鳥はなんとも感じていないようなので、あきらめて、ため息をつく。
つかまれたまま、間抜けな姿勢で景色をながめていると、怪鳥は雲の層を上から下に抜け、地上が見えるようになった。
地上はまだ遠く、遥か彼方まで見通しが利いた。
真下には果てしなく広大な森林が広がっていた。
右手のずっと向こうにだけ、草原のような木の生えていない緑の大地がわずかに見えたが、それ以外は大木の生い茂る森林が、視界をしめていた。
左手のずっと向こうには、高く険しい山が見えた。山は中腹までは緑だったが、そこから上は岩山のような寒々しい色をしていた。その山の向こうは見えないが、周囲を森林に囲まれているように見えた。
そんな観察をしている間に、地上までだいぶ近づいていて、木々の状況も見えるようになってきた。
上から見ると、枝を大きく広げた、一本一本の面積が大きい巨木の林に、この怪鳥は近づいていく。
怪鳥は、てっぺんに近い枝の手前で僕をひょいと投げ上げ、器用にクチバシでくわえなおし、枝に止まる。
そのほんの一瞬の貴重なチャンスにも、僕はなされるままだ。
クチバシは強靭で尖っていて、くわえられた腹と背中に食い込んだが、やはり血が出ることもなく、それほど痛くもない。
怪鳥はその図体に似合わず、周りの気配を慎重にしばらくさぐっている。
そして、安心したのか、数本離れた巨木の大きな枝の上に向かう。
枝の上には、拾ってきた枝を敷きつめた立派な巣があり、僕と同じくらいの大きさの小さな怪鳥が三匹、口を上に開けて待っていた。
巣の縁に止まった親怪鳥は、僕を巣の中に無造作にほうり込んだ。
僕は子怪鳥三匹がなすがままにつつかれまくった。
おそらくエサとしてついばまれているのだろうが、僕は子怪鳥たちのよだれまみれになっただけだった。
子怪鳥たちはあきらめて、つつくのをやめた。
「はぁ」
僕は、ボロボロになってよだれに濡れた自分のシャツを見て、ため息をついた。
親怪鳥は無表情な目で首を傾げていたが、突然僕につかみかかった。
親怪鳥の猛烈なスピードに避けるまもなく、僕はその爪にふたたびつかまれた。
親怪鳥は容赦なくそのクチバシで僕をつついた。
「いたたたた」
僕はさすがに声を出したが、怪我をするほどではなかった。
親怪鳥はしばらく僕をつついたり、くわえて引っ張ったりしていたが、そのうちにやめた。
しばらく無表情な目で僕を見つめたあと、突然、クチバシで巣の外に放りだした。僕は、百メートルくらいの高さから地面に落下し、頭で着地し、意識がとだえた。