第8話 チー牛、初めての会話にテンパりまくる
※登場キャラの名前は、基本的に名前ジェネレーターや雰囲気でそれっぽく決めてます(笑)
深い意味はないので、雰囲気で楽しんでもらえたら嬉しいです
ある日、今日も稽古が終わって、父さんと一緒に家の前の庭で一休みしていた。
稽古の後のそよ風が気持ちいいのだ。風でなびく髪、整った顔──
自分でも思うけど、たぶん俺、まだガキなのにイケメンすぎる。
……俺が女だったら惚れるちまうぜ。……いや、さすがに冗談だ。でも──鏡を見るたび、どうしても思い出すんだ。前世のあの、気持ち悪い顔を。
イケメンになったのに、俺の心は何も変わってない。
休み中、遠くで人が通るたびに俺はうつむいて目を反らしてしまう。
俺はどう思われてるんだろう。何だこの陰キャ、なんて思っているのかな。
イケメンに生まれ変わりたいと願い、実際イケメンになれば自信が持てるなんて思っていた。
だが、これは記憶がないままイケメンに生まれ変わればの話だ。
前世の散々な記憶を持ったままイケメンに生まれ変わっても、前世の性格は残ったままなので、陰キャイケメンが完成する。
自信が無さそうなイケメンは、チー牛ほどではないが関わりにくい。
イケメンではあるけど、心はブサイクなままで、時折、自分がブサイクだったと思い出してしまう。
鏡を見ると、時々前世の顔を思い出して気持ち悪くなる。
はあ……こんなんじゃ彼女はおろか、友達すらできないだろうなあ。
と、悲しみに浸っていると、隣で休んでいた父さんが何かを感じ取る。人の気配か。
俺は父さんの視線の方向を見る。そこには、明らかにメイドって感じの服装の女性と、俺と同じくらいの金髪の少女が立っていた。
か、可愛い。三つ編みでまとめたサイドの髪、ふわっと揺れる金色。 ショート寄りの髪なのに、どこか品があるというか……
あ、目が合った。
って、なんで逸らすんだよ俺。いや、あっちも逸らしてたけど!
全体的に清楚というか貴族というか……そんな感じだ。
メイド服の女性は俺たちに軽く会釈をすると、静かに口を開いた。
その声音は、礼儀正しくもどこか芯のある響きだった。
「あなたが、剣聖様、ですね」
父さんは見たことのない顔なのか、少し警戒しながら答える。
「はい。そうですが……あなた方は」
「剣聖様へのご挨拶が遅れ申し訳ありません。1ヶ月ほど前からこちらの村に越してきました。メイドと申します。そしてこちら、ユリア・メイネルスです。」
少女は軽く頭を下げる。その少女はユリアというらしい。
ユリア、か。一瞬見た感じの印象では、俺と同じ人見知りっぽい気がする。
父さんは警戒を解き、前に出る。
「そうですか。でも別に挨拶などいいのですが」
「いえ。この村の代表はあなただとお聞きしたので。今後ともよろしくお願いします。」
「はい。ようこそオンターマ領へ。よろしくお願いします」
「ご歓迎ありがとうございます。それと、是非、その子とユリア様と仲良くしてくれると嬉しいのですが」
「だとよ、チー」
え、いやいや、いきなりそんなことを言われても。人と関わりたくないって思ってんのに。
ユリアは可愛い。でも、その裏で何を考えているのか分からない。俺をどう思っているのか分からない。
すると、ユリアが俺の目の前に来る。俺は不安で心臓がバクバクする。
父さん以外の他人としゃべるなんて何十年ぶりになるだろう。
ユリアは俺を見て、口を開く。
「あの……あなたの名前、聞いてもいい?」
俺は目を合わせることもできず、小声で何とか言葉を絞り出す。
「え? あ、その……な、名前……?」
なんでこんな簡単なことも言えねぇんだよ、俺……。
困っている俺の代わりに父さんが答える。
「わりいな、ユリアちゃん、だったっけ?こいつ極度の人見知りでさ。俺からも仲良くしてやって欲しい。チー、名前くらいは言えるだろ?」
「え、あ、はい。チー、です。チー・オンターマ……す……」
ユリアは聞き取れたのか、すぐにぱあっと笑顔になる。
「へえ。そしたらチー君って呼ぶね」
……君付け!?前世で一度も君付けなんてされたことないのに!?なんかすげえ変な気分。逆に怖えよ。
ユリアはそのまま続ける。
「えっとね、いつも見てたよ?稽古受けてるところ。その、頑張り屋さんなんだね」
稽古しているところを見られていたのか。恥ずかしすぎるんだが。
てか、別に頑張ってるわけじゃない。ただの暇つぶしだ。勘違いしないで欲しいところだ。
すると、ユリアは急にに不安そうになってメイドに何かつぶやく。
「ねえ、この人、全然何もしゃべらないんだけど、私変なこと言ってるのかな」
「いえ、ユリア様は正常です。チー様は極度の人見知りの様なので。仕方ありません。根気よく接してあげてください」
「わ、わかった……この人、ちょっと変な人だね……」
「ユリア様、シッ」
地味に聞こえている。変な人でごめん。
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メイドとユリアは、そのまま俺たちに軽く礼をして帰っていく。
……可愛い子だったな。幼馴染、ってやつか。
まあ自分でも分かってる。第一印象、完全に終わってた。
名前すらまともに言えなかったし、目も合わせられなかった。
なんて答えればよかった?いや応えるも何も名前言うだけだしもっと声くらい出せただろ。……でも、俺の声、まだガキ臭くて嫌なんだよ。クソ。言い訳しか出てこねぇ。
もういいや。どうせ二度と会わないし。……はあ。
父さんはため息をつく俺を見て聞いてくる。
「おいチー、ユリアが可愛すぎて言葉出なくなったんだろ?」
「違います。可愛いのは否定しませんが」
「正直者だなおい。まあ、お前の人見知りもあの子と接して治ればいいんだが」
嫌だよ、あの子と話したりしたらいつか社会的に終わるかもしれん。
あ、いや、俺今世はイケメンだから問題ないのか?
そんなことを考えながら父さんと家の中へ戻った。