第56話 チー牛は陰キャとサボりを企む
始業式を終え、一旦寮に戻る。夏休みだったとは言え、少しずつ肌寒くなってきた頃合いだ。暑さも和らいできて、風が涼しい。
これ位が快適で良い。俺は冬が一番嫌いでその次に夏、春と秋が一番好きだ。快適だからねえ……。
俺は部屋でくつろいでいた。ユリアは昼食の準備だ。
「そう言えば、チー君は剣技大会には出るの?」
「え?あ、その、なんすかそれ」
剣技大会。まあ聞いたことはある。一応聞いておく。
「え、知らないの?毎年学園で開催される剣士の強さを決める大会だよ。実力を考慮して1年、2年、3年のグループで別れているっぽいし、チー君なら優勝できる――」
「嫌です」
「即答……。え~、なんで?」
冗談じゃない。俺はそんな全校生徒の前で戦いたくない。恥ずかしさが勝る。無理に決まってる。優勝?まさか。俺より強い奴は大勢いるだろうよ。多分、ブルーも出るだろうな。次に戦っても、あいつに勝てる気がしない。
どうせやるなら勝ち抜きたいし、でも初戦の方で敗退もメンタルに来る上恥ずかしい。
「目立ちたくない、ブルーに勝てる気がしない。以上です」
「う~ん、まあチー君らしいけど、つまんないの」
わかってんじゃん。これが俺だ。もし強制されたら駄々こねてでも絶対拒否してやるところだった。
あ、それと剣技大会ってことは、剣のみの戦いってことなんだろうか。
「ちなみに、魔法の使用はOKなんすか?」
「禁止だと思う。”剣技”大会なので。まあ、チー君みたいに剣と魔法を同時にこなす人は稀だしね。あくまで個人の剣技を競うものだからね」
魔法はだめか。まあそうだよな。剣技大会なんだから、己の剣術のみで戦う、ってのが当たり前だろう。
「ちょっと残念。私の騎士様はすごいって見せつけられたのに」
「勘弁してください」
待て待てユリアさんそんなに出てほしいみたいな視線を向けないでくれ。
俺の気持ちにもなってみてくれ。俺は誰の視線も気にせず、陰で、静かに、普通に暮らしたいだけなんだ。俺はユリアの期待の視線から逃げるようにすぐにベッドにもぐりこんだ。
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翌日の登校。
「チー、お前も剣技大会出るだろ?」
「え、いや出ません」
「は?」
レッドにも昨日のユリアと同じことを聞かれ、即答した。まあ、レッドは絶対出るだろうなとは思ってた。
「なんでだよ!」
「目立ちたくないから。視線が怖いから」
「……つまんね。チーと戦ってみたかったんだけどな」
「えっと、俺と戦いたいんなら、剣技大会じゃなくても、いつでも言ってください」
「いや、そういう問題じゃないんだけど、こういう公式の場で堂々と戦ってみたいじゃん」
「嫌っス」
「ちぇ」
仕方ないだろ。そんなつまんなそうな顔すんなよ。てか、俺、嫌われた?怖い。せっかくできた友達が……。レッドの顔が一瞬曇った気がして、心臓がズキッとした。それは嫌だ。俺はレッドに頭を下げる。
「すいませんした」
「え?いやいやなんでそんなに真面目に頭下げて謝ってんだよ!」
「え、あ、嫌われたと思って」
「そんなことくらいで嫌わねえよ!安心しろって。参加の意思なんて人それぞれだろ?まあ、お前の気が向けば来年参加してほしいけどな」
良かった……。嫌われたわけではなかった。
まあ、そういうのとか、互いに気遣い合いながら、だよな。友達でも結婚でもなんでも。まあ、レッドのちょっとつまらなさそうな顔をしたままだったが。
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「師匠は剣技大会に出ないのですか?」
「嫌です」
「さすが師匠っすね。あえて出ないという選択肢を取るとは……これが強者の余裕ってやつっすね……」
教室でもネクラに同じことを聞かれたが、レッドとは真逆のリアクションだった。
いや、あえて出ないとかじゃないんだけどね?恥ずかしいだけだからね?なんかいい方向に勘違いしてるけど、違うからね?
てか、俺期待され過ぎじゃね?友人全員に出場可否聞かれたんだが?
しばらくして、リーファが教室に入ってくる。
「よし。知ってると思うが、明日からは学園祭の準備に入っていく」
は?
「なので、今日は何の出し物にするか、色々決めていきたいと思う。いいな?意見ある奴はいるか?」
が、学園祭?そんなの聞いてねえぞ?俺は絶対に出ないぞ。あんな陽キャやリア充しか得をしない行事なんて。
みんな一斉に相談などで、ざわざわし始める。どうしよう、ここは寝たふりを……。
「チー君?寝た振りしてないでさ、なんかない?」
「……」
俺は寝たふりを貫いたのだが、ユリアに横腹をツンとつつかれる。
「うひ!?」
「ねえ、なにやりたい?」
くそ、この女……。人がせっかく気持ちよく寝たふりをしているというのに……。
やりたいこと?ないに決まってんだろ。地獄だったぜ、前世の学祭。クラスの知らん奴に無理やり手伝わされ、発表でも陽キャどものただ躍ってるダンスを強制的に見せられ、周りはカップルだらけでルッキズムの現実を見せられ……。
なにがなんでもサボってやる。
「あ、ゆ、ゆり、あ……」
「どしたの?」
「は、腹が、痛くて……ぐ……」
「……特に魔素も乱れてないし、嘘だよね。サボりたいんだよね」
クソが!
ユリアに嘘はつけない。でも、どうにかしてこのリア充イベントを回避しなければ。
「ネクラ」
「はい、なんすか師匠」
「サボろう」
「え、は、はい?」
「ネクラも嫌っすよね?このイベント」
「……な、仲間がいた……さすが師匠っす……はい、俺もサボります」
よし。共犯者ができた。それに、暗殺技術のあるネクラはこういう逃げ隠れするのにちょうどいいんだよ。
「ネクラはあの壁をすり抜ける技術、俺にもできるんすか?」
「あれっすか、ヒキコーモリ家に代々伝わる秘術っすから。他人には使えないんすよね、残念ながら」
何だその選ばれたものしか使えないチート能力みたいなのは。でも使えないんじゃなあ。
「マジすか……なんかいい方法ないっすかね」
「そうっすねえ……もう普通に明日から不登校になればいいんじゃないすか?」
「それが良いんすけど、ユリアに絶対無理やり行かされる……」
「大変っすねえ、師匠も」
大変だよ、クソ真面目な人がいるせいで。まあ、ユリアのおかげで今何事もなく生きていけてるんだから、あんまり悪く言うのもあれなんだが。
「じゃあもう、昼休み終わっても、学園終わるまで屋上に居座りますか」
「いっすねえ。楽しみっすねえ、サボるのも青春っすねえ」
サボるのも青春、ネクラもいい事言うじゃん。そうだよ、サボるのも青春だ。ネクラという陰キャ仲間ができて良かった。