第3話 チー牛は異世界に転生する
「うあ……」
意識が戻り、ゆっくりと目が覚めた。
俺はベッドの上で寝ていた。知らない、古びた木製の天井が見える。ここはどこだ。
てか、さっきの”声”は何だったんだ。生まれ変わらせるとか言ってたけど。
…待て、俺はなんで生きてるんだ?この感じは、夢なんかじゃない。なんとなくだが、感覚でこれが夢か夢じゃないかはわかるものだ。
それにおかしい、氏ぬ前の痛みも苦しみも何も感じない。意識がないまま10年眠ってたから、痛みが消えたとか?でも頭が重くて起きられない。
やけに視界もはっきりしている。眼鏡をかけていても、ここまでクリアには見えないのに。今まではWiiくらいの画質だったのが、PS5レベルになったくらいにはクリアだ。
「ほほはほこでゃ」
あれ……?「ここはどこだ」って言ったつもりなのに、全然上手くしゃべれてねえ。てか、声がめっちゃガキくせえ。俺の声じゃないぞ。今自分の口から発した声は明らかにガキの声だった。
自分がどうなってるのか気になって、起き上がろうとすると、やはり頭が重い。どう頑張っても起き上がれない。
視界の端に、自分の手が映る。……なんだこれ、ちっちゃ!
え、これってあれか?あの某名探偵みたいに薬で体を小さくされた?こっわ……怖すぎるだろ。
いやでも、若返って人生やり直せるってことか?でも……ブサイクチー牛のままなら結局人生詰むよなあ。ちょっと泣きそう。イケメンに転生したらよかったのに。
にしても、この家……なんか古臭い。全部木造だし、山小屋っぽい雰囲気がある。まるで別の世界のような。
すぐ横に窓があったのでそこからの景色も見る。
村が見えた。この家は少し高いところにあるのだろうか。向こうには家が立ち並んでいる。
景色は、まあ、田舎だな。田舎の病院かどこかに引き取られたか?
上を見あげれば、青空が続いている。緑豊かな農村、という感じか。なぜか視力がいいので、木に生い茂っている葉っぱや幹などの細かいところまでクリアに見える。
ちなみに、俺が眼鏡をかけ始めたのはすでに小学生からだったな。まあ原因はゲームのしすぎだろうが。
今度は家の中を見渡してみると、リビングのような広い部屋がある。今自分がいる部屋とリビングが隣接しているようだ。
ただ、テレビなんてものは無いし、もちろんゲームもない。テーブルにはちょっとした果物が置かれている。
部屋の隅には、杖?のようなものや、剣が置かれている。剣?なんて物騒なものを置いてるんだ。治安が悪いのか?
しかも杖って…。老人がいるのだろうか。
天井を見ても、電気なんてものはない。今は外が明るいが、夜はどうするのだろう。相当昔にタイムリープをしたのだろうか?
考え始めてから、どれくらい経っただろうか。
体感では数時間にも感じたが、実際はよくわからない。
さんざん長く考察していたが、俺はやっと完全に理解した。
ラノベや小説などいくつも読んできたから分かる。ここは異世界だ。多分、俺は、この世界の赤ん坊のガキに転生したんだ。
気づくのが早い?俺は常に冷静で慎重(自称)だからな。てか、確実に氏んだはずなのに生きてるわけがない。生まれ変わったと思うのが正解だろうさ。
だから手も小さいし上手くしゃべれない。
それに現代で電子機器は一つも無いし、剣という物騒なものまで置いてある。あの杖は現代の身体を支えるための杖じゃなく、魔法を発動するための杖だ。よく見れば、指揮棒のような小さい杖もあった。なるほど。
俺はこういうの憧れてたからな、徐々に分かってきたぞ。ちょっとニヤニヤしてしまう。
しかもこれは夢じゃない、現実だ!
俺は、今日から新しい異世界生活が、始まるんだ。地球では散々だったけど、今回はきっと、真面目に生きて、彼女作って、イチャイチャするんだ。できればイケメンだといいな……まさか俺TUEEE展開もアリだったりして?
「何笑ってんだ?」
「ひ!?」
いきなり人の声がした。
マジでビビった。俺は声をした方を見る。
そこには、ガタイのいい、180㎝くらいだろか、背の高い黒髪の若いイケメン男が立っていた。
20代後半くらいか?チッ、羨ましい。こういう顔に恵まれた奴だけがイチャイチャできんだよどうせ。はいはいすごいですねー。
さて。それよりもこの男の正体、可能性としては、この世界の俺の父、だと思うが、念のため聞いてみる。
「あお、ああたは?」
あ、忘れてた。俺今クソガキだったんだ。「あの、あなたは」と聞いたはずだが上手くしゃべることができない。
だが、なぜかその男はパッと顔を輝かせて俺を、ブンと持ち上げた。
うお!マジでビビったぞ、怖いってほんと。
持ち上げられる赤ん坊ってなんであんなに楽しそうにしてるんだよ、怖えだろ…。
「おお!いま言葉をちゃんと喋ろうとしたのか!?すごいぞ!さすが俺たちの息子だ!」
男は俺を持ち上げながらはしゃいでいる。お前は子供か。
で、息子と言ったということは、予想通り、この男は俺の父親だ!厳密にいえば、牛久チーという俺の父親じゃなくて、この転生先の身体の俺の父親ってことだな。
父親がこれだけイケメンなら、父親がこれだけイケメンなら、こっちの俺も……ワンチャン、期待しちゃうぞこれ。
「おお!笑ったぞ!」
つい笑っちまう。あこがれの異世界転生だぜ?
にしてもテンション高いなあ、まあでも、誰だって赤ちゃんが生まれればこんなテンションになるのか?
まあ、育児放棄もされるような家庭もあるし、まず俺はそこんところでは恵まれてる。
ただ、父親は目の前にいるけど、母親はいないのか?見渡してみても、今のところどこにも見かけない。もしかして、父が家事、母が働いてる系?それならそれでいいけど、母親も優しい人だったらいいものだ。
「あ、腹減ったろ、ちょっと待ってろ」
父さんは俺をベッドに寝かせると、台所へ行き、ミルクらしきものを作り始める。
すると何やら父さんは粉ミルクを入れたコップを持ちながら、ぶつぶつと、何やらお経みたいな言葉を唱え始める。上手くは聞き取れないけど……呪文?何の宗教だよ。
唱え終えると、父さんはコップに手をかざした。
…な、なんと、手をかざしたところから、じょぼじょぼとお湯が流れているではありませんか!
あれって多分、魔法、だよな?す、すげえな、やはりここは、剣と魔法の世界なのか!
魔法か、男のロマンじゃないか。俺はきっと、この世界で、魔法を使いこなして、オタク憧れの魔法使いに?
あと、魔法って単純に便利そう。
「お前、今日はずいぶんと機嫌がいいんだな。チー」
ん?チー?って、まさか俺の名前じゃないよな……いや、あるのかよ!
俺は転生してもチー牛かあ。まあ、そのうち分かるだろうと、俺は父さんからミルクを貰い、飲み干した。あっつ。