第2話 チー牛は現実逃避をする
※この作品には、現実の社会問題をモチーフにした描写が含まれています。
物語の序盤には「理不尽な冤罪」や「暴力」など、主人公に対する不条理な描写が登場しますが、これはあくまで物語上の演出です。
特定の性別・属性を否定する意図はありません。
本作の主人公・牛久チーは、ネガティブすぎてめんどくさいくらいの陰キャ思考を持つキャラであり、あくまで彼の視点・受け取り方で話が進みます。
少し偏った言い方や、極端な考え方も多く登場しますが、それも含めて「チーの世界」として、広い心で読んでいただけると嬉しいです。
ある日のこと。
一人の女子生徒が俺を見て、隣の彼氏のような生徒にひそひそとささやく。確か名前は、魏屋琉だ。
基本俺は人に興味ないから名前とか覚えられないんだが、あの明らかなギャルって感じだから嫌でも名前は覚えてしまう。
「あいつ私のことジロジロ見ててキモいんだけど。なんか勘違いしてそうじゃね?」
いや俺見てねえし聞こえてるぞ。なんか嫌な予感する。被害者面をしたということは…。
「はあ?あいつか?」
「そうなの。助けてよ、棒緑~。」
そいつは肩幅が広く、ガタイが良い。背も高く、金髪で、いかにも不良って感じの容姿で、多分この学校の頂点だ(俺が勝手に思ってるだけかも)。
そいつは俺を見て、睨んでくる。あいつはなんだかんだで俺には興味は無いし、いじめには参加してこなかった。いつも寝てるか学校に来てないか、とにかく何かに興味がないようなやつだったのだが、
そんな奴が、俺を睨みながら近づいてくる。
俺はその威圧感に恐怖を感じ、ただただ固まるのみ。
初めて、こいつに絡まれるわけだが、今までのチンピラとは訳が違う。圧倒的なフィジカル差。チワワとライオン、それぐらいの戦力差。不良は俺の胸倉を掴んでくる。
「俺の女に手ぇ出すとか、命知らずもいいとこだな。」
「は、いや、え、違……っす……。マジで……ちが……」
「黙れや」
こういう時は絶対に認めない、謝ってはいけない、俺はすぐに否定する。
まあ意味ないとはわかっていても、もしかしたら聞いてくれると信じて。だが、結局、俺が何を言おうが、聞こうともせず、俺は椅子から引きずり降ろされる。
不良はそのまま俺の襟をつかんだまま、後ろの壁に叩きつける。
後頭部がゴツン、と音を立てて壁にぶつかる。鈍い衝撃が脳天から背中にまで響いて、目の前が一瞬チカッとした。
こりゃたんこぶで来たか?母親にもたまに怒鳴られながら殴られるが、そんなものとは比べ物にならないくらい痛くて頭を触ると、手には赤い鮮血が付いていた。
初めて見た、自分の血に気持ち悪くなる。グロイのは苦手なんだよ…。
母親って、手加減していたのか、単純に力がなかったのか。鍛えている男に暴力を受ければ、そりゃ死ぬほど痛い。
棒緑につるんでいる仲間たちも俺の元に駆け寄ってくる。
誰も助けなんかしない。期待しても無駄だ。魏屋琉は机に座りながら、くすくすと笑い、スマホで俺を撮影し始める。こいつ…。
ネットにでもあげるつもりか?まあ炎上間違いないがそこまでバカではないだろう。まあクラスに拡散はされるか?
俺の明日が、また一つ壊れていく。
魏屋琉また俺を見下しながら口を開く。
「怖ーい、このチー牛私のこと睨んでくるんだけど」
「逆怨みかゴラァ」
棒緑は壁に追い詰められている俺に問答無用で腹に蹴りを入れる。鍛えていない俺の身体にもろに入り、内臓がつぶれるような感覚に陥る。
俺が痛みにもだえる間にも胸倉を掴み俺の顔を殴る。殴る。取り巻きが爆笑する。
「ただでさえきもい顔がさらにきもくなるじゃん」
「こいつ終わったな」
そして棒緑は気が済んだのか、俺が死にそうになったからか、そのまま手を離し教室を出ていく。
俺は意識が消えそうなくらいの痛みで比喩表現ではなく、ガチで死にそうだった。何もできない無力感に絶望する。
体の至る所が悲鳴を上げ、気持ち悪くて吐きそうになる。息もしにくい、肺をやられたか。それにたぶん、骨折れたな。
魏屋琉は俺を見てニヤッとしながら、舌を出して棒緑についていく。
…俺はここまで人に殺意が沸いたのは初めてだった。でも、俺はあのクソアマに、何もできない。殴ってやりたいが、行動にできない。やり返しても、棒緑にその倍やり返される。
俺、ブサイクに産まれただけじゃん。毒親に生まれただけじゃん。こんな仕打ちあるかよ…。
俺は重い身体で家に何とか帰って、そのまま自分の部屋に入っていく。
親に相談?できるかよ。なんでやり返さないとか、鍛えろとか、どんくさいとか、そんなこと言われるに決まっている。てか、親や先生に相談してどうにかなるならみんなやってるだろ。
さすがに、自分でも運が悪すぎると思う。せめて、頭良くて、底辺校に行かなければこうはならなかったか?いや違う、ブサイクに生まれた時点で俺って、詰んでいたのかもしれないな。
まあ、このまま生きてても、つらいだけだし。もう、痛みも何も感じたくない。
こんな世の中で生きてて何が楽しい?希望は?唯一の癒しのゲームですら、今はやる気が起きない。
氏ぬのは怖いと思っていたが、ここまで追いつめられると、氏にたい欲がもうどうにもならなかった。怖い。やっぱり死ぬのは怖い。でも、このまま生きるのはもっと怖い、もっと悲惨な目に合う。
それなら、氏んで、楽になって、イケメンに生まれ変わるのを期待するしかないよ、マジで。
いや、イケメンじゃなくても、普通の家庭に生まれて、普通の顔でもいいんだ。俺は椅子の上に立つ。
怖い怖い怖い。結局今回も行動できないのか?いや、最後くらいちゃんと行動しよう。俺はそのまま覚悟を決めた――。
「さすがにかわいそうだし、その願い叶えてあげるよ」
……は?
何の声だ?願いを叶える?何の話だ?
視界は真っ暗で何も見えない。声だけが響いている。俺の意識に語りかけている?
氏ぬ前の”走馬灯”ってやつ?知らんけど。
「いいからいいから、さすがに私も、君の人生を見て同情するよ。だから――特別に、君を今から生まれ変わらせてあげる。今から行く世界は、君のその絶望は力になる。」
いや誰だよ!あとちょっと何言ってるかわかんない。
「誰でもいいじゃん。あ、最後にひとつだけアドバイス。怒りや絶望に完全に飲まれないでね。じゃ――またねっ」
おい!てかどこだよ!意味わかんねえよ!ここは天国か?お前は神か?何なんだよ――。
……って、やばい……意識が、また、遠のいてきて――。