欲
リンゴ飴を持った樹くんが、男性が掴んでいた私の手を掴んで、近くに寄せた。
男の人達は、あっさりいなくなって、人混みの中に消えていった。
助かった……けれど、彼女って……! 嘘なのは分かっているけど……
「紗理奈さん、怪我ない? 大丈夫?」
心配してくれる樹くん。そうよね、なんとも思ってないわよね。
「大丈夫よ。助けてくれて、ありがとう」
「なら良かった。ちょっと移動しようか」
ベンチがある場所に連れて行ってくれて、そこに2人で座った。
「樹くん、飲み物買ったのだけれど……ブラックコーヒーで良いかしら?」
「ありがとう。俺がブラックコーヒー好きなの、知ってたんだ」
「えぇ……よく飲んでるもの」
話しかける機会も勇気もなかったとき、私は貴方を見ることしかできなかった。少しでも、知りたくて。
樹くんは、ブラックコーヒーを受け取って飲んでくれた。
私は、その横でリンゴ飴を食べる。ちょっと熱くて、すごく甘くて、大きくて、重い。
「美味しい?」
「……えぇ。あっ、お金! 何円だったかしら」
お財布を取り出して払おうとすると、樹くんは断った。
「いいよ。紗理奈さんが自分から食べたいって言ってくれたの、嬉しかったし。それに、コーヒーもあるしね」
樹くんは、そう言って頑なに受け取ろうとしなかった。
「樹くん、私舌真っ赤じゃないかしら?」
かき氷シロップで舌がブルーハワイの青やレモンの黄色になるように、リンゴ飴でも赤になってるんじゃないかしら。
「あ、ほんとだ。真っ赤だよ、唇もだね」
手鏡で確認すると、口紅を塗ったみたいに真っ赤になっている。
リンゴ飴を食べていると、アナウンスが流れた。
「もうすぐ花火始まるみたい。ここからだったら見えるね」
「そうね。去年が凄かったから、楽しみだわ」
まず、ひとつめの花火が上がった。
赤色のもので、まだ小さい。徐々に大きく、華やかになっていく。
「今の星の形してたわね!」
「あ、今度は青だ」
花火を好きな人と見れるって、こんなに幸せなのね。……もう少し、欲を言っても良いかしら。
これからは、どの景色も一緒に見たい。貴方も、私と同じ気持ちで見て欲しい。
流石に、これは我儘よね。
次々と打ち上がる花火の大きさと音に驚きながら、動画を撮って楽しそうにする貴方。
「樹くん……」
また、服の裾を掴んだ。




