クーロ…
暗い森の中を歩く、俺とクーロ…
正確には、俺がクーロをおぶっているから、歩いているのは俺だけなんだけどな。
視界の先、その先には…
何度も見てきた…
光に照らされることがないためか、薄暗い景色が広がっている。
進めど進めど、変わり映えのしない景色…
木や茂みが乱立して、俺が進むのを妨げるような道。
当然、辺りは暗く…
視線の奥を覗いても、見えるのは木と茂み…
それと闇だった。
その闇が、俺の進むことを不安にさせてくる。
1歩進んでも…
数歩進んでも、何にも変わらない景色…
自分がちゃんと道のりを進めているのかが…
自分が前に進めているのかが不安で分からなくなる。
怖い…
俺はこの道のりを進むのがいつも怖い。
自分の数秒後の未来…
数分後…
十数分後…
数時間後…
数日後…
数年…
先の未来を、俺は死なずに生きていけるのか…
そんなことを、想起させられてしまうから…
この世界は、きっときびしい。
ちゃんとは知らない。
だけど、貴族や王様は自分勝手で…
魔物もいて…
だから…
何度も死ぬ思いをしてきた。
森に捨てられ…
ゴブリンに襲われ…
ホブゴブリンに襲われ…
変な店には、連れていかれて…
黒いホブゴブリンには襲われ…
ほんと、碌な目にあって来なかった。
一つ変なのも混じっているが…
全部が、本当に怖かった。
でも、良い人はいた。
ブライスは、俺が寂しくいた時に話しかけてきてくれて、変な店に…
リリスさんは、いつもちょっかいを…
こいつら良い人か…?
なんか違う気が…
いやまぁいいや。
俺にとってこの世界で一番の幸運は、きっと…
「なぁ、クーロ…」
「何…?」
俺の質問に。クーロは力なくぼそっと…
そしてまるで悲し気だった。
「また、俺と一緒にパーティー組まないか?」
心の底からくる、純粋なお願いだった。
ブライスにはお世話になった。
大したこともできない俺を…
当時のブライス視点では、何にもできないと思っていたかもしれない。
それなのに、声をかけてくれた。
そしてパーティーとしても、堅い前衛としかっりとした魔法使い…
すごく強かった。
それに、バランスも良い…
純粋に、良いパーティーだと思った。
ただ、俺がいる場所は…
いたい場所はあそこじゃなくて…
数拍たっても、クーロからは返事が来なかった。
「なぁクー…」
「嫌。」
「へっ…?」
嫌…
クーロから、そう告げられた。
「なんで…?」
そんな端的な言葉で…
短くて良く分からない言葉なんかで納得したくなかった。
「だって…
だって…
だって!!!!
君は強いんだよ。 強くなれるんだよっ!!!!
でも私は違う!!私は弱いんだよ。君についていけないんだよ!!ホブゴブリン1匹も倒せないんだよっ!
私と一緒にいても君は成長できないし、前にも進めない。それなのに、一緒に…?
無理だよ。嫌に決まってるよ!!
最初はいいかもしれない。でも、もう今でさえ気づいてる。ならこの先もずっと、思うし考えるの。私が君にとって邪魔だって…
自分をそんなに騙し続けれないよ。続けたくないよ!!!そんな、我がままでいられないよ。無理だよ…」
悲痛な叫びだった。
最後の方は…
泣いてしまいそうな声をなんとか我慢して、声に出したような…
そんな声だった。
俺はずっと…
クーロが俺を捨てたのは、もっとドライな感じかと思っていた。
もう世話する必要も、泊めてやる理由もないから出ていってね…
それくらいの温度の…
でも違った。
違ってくれた。
すごく俺のことを考えてくれてた。
俺の先の、未来のことを考えてくれてた。
俺はそれが…
すごく嬉しかった。
だから…
俺の中の答えは決まってしまった。
「なぁクーロ。やっぱりさ、俺とパーティー組んでくれよ。」
「はっ!?私の話、聴いてたっ!?」
クーロが声を荒げてくる。
「聞いてたよ。」
「なら、なんで…?」
なんで…
なんでか…
「自分のこと、こんなに真剣に…
こんなに大事に思ってくれる人と一緒にいたいと思うのは、そんなに変か?」
俺の答えはこれだった。
そして数拍の時間が流れてから…
背中にいたクーロが、弱弱しく何度も頭突きしてくる。
「死ね!マジ死ね!ほんと死ね!消えて!ほんとに消えてっ!!!」
言葉はすごく、辛辣…
だけど…
少し涙ぐんでる声が上ずっていた。
背中にいるクーロの表情は見えない。
だけど、簡単に想像できる。
きっと…
きれいで白い肌を真っ赤に染めているのが…
そんな想像の中のクーロの顔がおかしくて、笑いがこみ上げてくる。
「ハハッ…」
「何笑ってるの!!!」
どういう意図で俺が笑ったのか気づいたらしくて、お気に召さないらしい。
「笑ってないよ。」
「いや、笑ったよ!!!」
「はいはい。」
「ほんと君は…」
恨めしそうな声だった。
そしてすぐに…
「いいの…?私で…」
クーロからの確認の言葉がきた。
不安そうで弱弱しい声…
「いいよ。」
「でも、君はもっと…」
「いいんだよ。だって…」
何かを…
先に進むのを諦めた言葉じゃない。
「俺だって、クーロのことが大切だから…」
「へっ…?みゃっ!?みゃーーっ!!!」
そんな声を上げてから…
ゴンゴンと、クーロが頭突きをしてくる。
「痛いって…」
「死ね…」
弱弱しくて、消えてしまいそうな声…
だけどクーロが、俺の背中に額を預けている。
だから…
骨の芯にまで、届いた…
「どういう意味…?」
その言葉も…
どういう意味、か…
「なんだろ…?痛いっ、痛いって!!!!」
ゴンゴンと、クーロが頭突きしてくる。
「死ね。死ね!死ね!!死ねーーっ!!!!!」
「ごめんって。」
「マジ殺す。いつか殺す!!」
今日は、すごくクーロが物騒だ。
言葉が怖い…
だけどさ…
「俺にとって、クーロはほんと家族みたいなもんなんだよ。」
コツンッ…
この言葉で、暴れ狂うクーロが収まった。
続きを言え…
きっとそう言う意味だろう。
「この世界に来てさ、俺すごく怖かったんだよ。
最初は期待したよ?勇者とか最初言われて、俺のすごい物語が始まるのかって…
でもさ、いざ蓋を開けてみると魔法もスキルもない。で、それが気に食わなくて、自称丸い王様はわざわざ森に捨てやがってさ…
目が覚めたら、目の前にはゴブリン…
すごく怖くて、必死に逃げて。その先でも、ゴブリンに殺されかけて…
でも、クーロが助けてくれて、守ってくれて、優しくしてくれて…
それだけが、この世界での俺の救いだったんだよ。しかも俺には何も要求せず、ただただ一緒にいてくれる。それが、俺の支えだったんだよ。本当に、俺はクーロに感謝してるんだよ。
そしてさ、優しくてかわいくて、貧…絶乳で、暴力的で頼りにならなくて、ポンコツでちょっと頭がおかしくて、そして何より…
優しくて…
お母さんみたいな包容力はないけどさ、仲良くて相棒みたいでさ…
なんというか、お姉ちゃん?みたいな感じなんだよ。
だからさ、俺にとってクーロは、年の近い家族みたいな感じなんだよ。そう、感じてるんだよ。」
「そっか…」
クーロからの言葉は、この短い一言のみ…
だけど、俺の背中にクーロはずっと額を預けていて…
それがなんか…
血は繋がってなくても、しっかりとした繋がりがあるような気がした…
そして…
「これからも、よろしくね…」
そんな言葉が聞こえた…
「あぁ、よろしくな。」
「後で、後悔しても知らないから…」
「しないから…」
「だったら、いいけど…」
こうして俺とクーロは、またパーティーを組むことになった。
そして帰り道…
「そう言えばクーロって、男…、じゃないよな?」
ゴンゴンゴンッ…
「ほんと君は!君ってやつは!!!!死ねっ。ほんとに死ねーーっ!!!!」




