そして…
「それにしても今日は疲れたよね。」
クーロから、そんな他愛もない言葉が聞こえてくる。
今俺たちは寝支度を済ませ、互いにベットへと入っていた。
もちろん、違うベットだ。
というかそもそも俺、ベッドじゃなくて布団だったわ。
てへっ…
キモいとか言うなよ。
というか、クーロが許してくれるなら今からでも同じベット…
キモいとか言うなよ。
まっ、ふざけるのはこれくらいで、話に戻って…
「ほんとな。」
俺は、そうクーロに返事をした。
今日は本当に疲れた。
いつもよりも、たくさんのゴブリンを狩ったし。
それに苦しい思いをしながらホブゴブリンまで…
精神的にも身体的にも、疲労がピークにきていた。
気を抜くとすぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。
「ホブゴブリンまでやっつけたし。」
クーロも、俺と似たようなことを思ってたみたいだ。
クーロからしても、今日は大変だったろうな。
相方が倒れた後に不利な相手と一騎打ち…
どう考えても、楽なわけがない。
あー、一騎打ちと言えば…
「そういえばさ、魔法剣の使い方分かったんだよ。」
「えっ…?そうなのっ!?」
「そうなんだよ。」
「そっか、そうなんだっ!良かったねっ!」
クーロから純粋に喜ぶ声が上がる。
その声が、ただただ嬉しい。
「ほんとなっ。実はあれ、距離の縛りがあったみたいだったんだよ。」
「距離…?」
「そう、距離。たぶん一定以上離れたら、見た目だけは飛んでいってるみたいなんだけど、ダメージとかそういう効果はなくなるみたいなんだよ。」
「あ〜、なるほどね。だから、ピンチのときに使えたんだね。」
ピンチ…
俺とクーロが初めてクエストに行った日のことだろう。
ピンチのときは、それだけ敵も近くにいる。
だからその時も魔法剣が使えたんだろう。
「たぶんそうなんだろうな。あの時は、ほんと目の前にいたからな。ゴブリンが…。いやでも、距離かぁ…。気づくとしょうもないなっていうか、なんで今まで気づかなかったんだろって思うわ。」
「君、だからね。」
クーロの声は、楽しそうにからかうような声だった。
「どういう意味だよ、それはっ!!!」
「君はけっこー抜けてるって意味かな?」
「おいっ!!!」
俺の反応に、クーロが小さな笑い声をこぼす。
その笑い声が、自然と俺の口からも笑い声をこぼし出す。
すごく、ゆったりとした時間…
この時間に、すごく幸せを感じる。
急にこっちの世界に連れてこられて、良く分からないまま無理矢理どうしようもできない状況に追い込まれて…
そしてそれは死ぬ寸前だった。
あの時死んでもおかしくなかった。
だけど死ぬ寸前…
クーロが助けてくれて…
世話を焼いてくれて…
色々と教えてくれて…
一緒に歩いてくれて…
戦ってくれて…
守ってくれて…
笑ってくれた。
本当に感謝してるし、これからも感謝し続けると思う。
それくらい、俺はクーロに恩がある。
恩があった。
「でも、そっか。そうなんだ…」
何か考えているような言葉で…
そしてどこか、寂しげだった。
「どうした?」
俺は尋ねる。
だけどクーロからは返事が来なかった。
「なぁ、クー…」
俺は続きの言葉に焦れてしまって…
急かすように言おうとした言葉…
そんな言葉と、クーロの言葉が被ってしまった。
「きっともう、君に私は必要ない…。違うか。きっともう、君にとって私は…」
最後まで続くことのなかったこの言葉…
すごく寂し気で…
悲し気で…
辛そうで…
そして最後まで紡がれなかった言葉が…
俺にとっては、良くないことが起こる言葉だということだけは分かった。
俺にクーロが…
必要、ない…
一体、どういう…
これ以上、この話を続けたくなかった。
だって、さっきまで幸せだった時間が急になくなってしまいそうで…
だから…
だけど…
クーロからの言葉を…
意見を…
お願いを…
無視するなんてできなくて…
だから、俺は黙って聞き続けた。
心構えなんてできない。
不安で…
宙ぶらりんで…
そんな安定していない足場に立たされているみたいで…
「私たち…」
クーロからの、たったこれだけの呟き…
たったこれだけだったなのに…
俺は嫌な続く言葉が…
未来が想像できた。
いや、それしか頭に思い浮かんでこなかった。
でも俺は、黙って聞き続けた。
心の中では、止めてくれ…
それを…
それだけを叫んでいた。
そして…
「さよならしよっか…」
やっぱり、そう告げられた。
頑張って聞いた。
だけど…
理解したくなかった。
聞きたくなかった。
聞こえないふりをしたかった。
夜のクーロの部屋…
いるのは当然、俺とクーロだけ…
何も言葉どころか音すらも遮るものがない空間…
だからあたりまえに…
聞いてないふりなんてできなかった…
まだ、ずっと一緒にいられる時間が続くと思っていた…
なのに…
「どうして…」
俺は、縋る気持ちで尋ねた。
いや、聞かないといられなかった。
でも…
クーロから返って来たのは、鼻をすすった様な音だけだった。
2章終わりです




