やっと…
ホブゴブリンに吹き飛ばされた俺、そんな俺は、ただ空を見ていた。いや、ただ上を向いていただけか。
そしてそんな俺の視界の先には…
木…
いや、視界一面に広がる影に照らされている葉…
それだけが見えていた。光を閉ざしていしまっている木々、そのせいでどんよりとした暗さだけが視界を覆っている。いつも見ている景色、だけど今日は、いつもよりも重々しかった。
身体が痛い、いや、痛くないのかもしれない。
良く分からない。手足に力が、いや神経が通ってないみたいに、今は全くといって動く気がしない。そして、動かそうとかいう気にもならない。
意識はある。だって、自分がぼんやりと上を、上だけを見つめているのが理解できているから。でも、それ以上は何も頭に浮かんでこない。今自分が何をしているのか、何をしていたのか、何をするべきなのか…
何も意識に上がって来ない。
ただじっと、空を見つめていたかっただけだった。だけど…
2回音が鳴った。それだけは分かった。鼓膜には響いてくる。それだけだった。だけど…
ボォッッッン!!!!!…
もう一度…
それは、身体の奥に響いてくるような重低音…
俺の身体の奥にある何かを叩き起こそうとしているように感じた。
視界には赤く揺らいでいる光。そして、それが引き起こしたものかは分からない。だけど…
一瞬だけ…
木の葉が揺れて、青い空が見えた気がした…
赤い光…
火とこの音は…
クーロ!!!!
俺は手に力を籠める。どうやら手の中には、まだ魔法剣があるみたいだった。そして今、俺は何か柔らかい物の上に乗っているみたいだ。
木…
いや、草…
茂みの上かっ!
茂みの上で足掻く。そして足掻いたら、足掻く分だけ枝が刺さっているところが痛む。だけど今は、そんなの気にしている暇じゃない。俺は手で必死に邪魔する草を追いやる。そしてやっとのことで…
ガサッ…
「ッた!!!」
ケツから地面に落ちた。
落ちた俺のすぐ目の前には、上半身から煙を上げながら熱さにもがき苦しんでるホブゴブリンがいた。でも今はこんなやつなんかよりも…
俺は探すべき人を探す。なんとか、首を動かして。身体が重たい。
目が異様にしょぼしょぼとして、目を動かすことすら億劫だ。でも、そんなのを気にしている時じゃない。
左は…
いない…
右は…
!!!
俺が右へと視線を向けたその瞬間、いた。俺の探し人が…
横に倒れて…
遠い…?
クーロがいる場所が異様に遠くな気がした。でも、いた。それは確かだ。そしていつもクーロが羽織ってるローブは、ここからでも分かるくらいにボロボロに見える。少なくとも、かなりのダメージを負ってるみたいだ。
でも見つけられた。そのことが、俺の心に安心感を与えてくれる。だけど…
「ぐぎゃああああぁぁあぁぁ!!!!」
目の前にいたはずのホブゴブリンが大きく吠えた。俺は自然と、クーロから吠えた主へと視線が引っ張らられる。
ホブゴブリンへと戻さられた視線。そしていつの間にか、ホブゴブリンから上がっていた煙は消え失せていた。そして、赤く腫れたやけどの痕が身体の正面にできている。見ていて、少し痛々しい。
そしてそんなホブゴブリンの視線は、クーロがいた方向を、その方向だけをただ視界に収めているようだった。見て分かる。どう考えても今のこいつの狙いはクーロ、それ以外に考えられなかい。そして…
ドスンッ…
重々しい足取りで、ホブゴブリンが一歩を踏み出した。
クーロとホブゴブリンとの距離は遠い。だけど今ここでホブゴブリンを行かせてしまったら、いつかクーロにまでたどり着いてしまう。そして身体の重い今の俺が、あいつに追いつける未来が見えない。なら…
なら…
行かせたらダメだっ!!!
絶対に…
だけど今、俺にできることはない。たった一つ以外は。そしてそれはやっぱり…
だから俺は、いつものように右手に力を込める。
頼む、頼むから。だから…
止めてくれっ!!!!
俺はその思いだけで、腕だけを振った。
高く上がらなかった腕。そのせいで低く飛んでいく斬撃、それが…
グサッ…
「ぐあぁぁっ!!!」
薄く、ホブゴブリンの足を切った。
ドスンッ…
足を切られたことで、前へと倒れる。
そしてホブゴブリンは、俺の方へと忌々しそうに振り向いてくる。ボロボロで痛々しい身体。それなのに生きている姿が、異様な恐怖心を与えてくる。だけど、傷もあり痛覚もある。だからきっともう少しで…
あいつを殺せる。
俺は、もう一度魔法剣を振るった。
飛んでいく斬撃。それから身を守るように、ホブゴブリンは身体を腕で庇う。俺は、庇った右手に傷ができることを期待した。だけど、何故か庇った右手には傷がついていなかった。
また…
なんでだ…?
ピンチじゃな…
違う、きっとそんなんじゃない。もしそうだとしても、一度忘れろ。思考の邪魔だ。
今とさっきとで何が違うっ!?
何が…
立っているか、座っているか…
違うっ!!!
そんなのじゃない。もっとこう単純な…
少し視線の先にいるホブゴブリン…
そしてその少し手前には、さっきの俺の攻撃で出た血が…
血が…
その地面へと落ちていた血からホブゴブリンへと俺は視線をたどらせる。するとその距離は1メートル、ないくらいだけど距離があった。
「はは…」
あー、そういうことか…
しょーもない。だけど、言われてみたら当たり前か。
俺はホブゴブリンへと近づく、そのために、立ち上がるための力を足へと込める。だけど、足がプルプルと震えてうまく力が地面へと伝わらない。
あと、少しなのにな…
なのにあと数歩、たったそれだけを歩くことが遠い。でも、歩かないわけにはいけない。目の目にいるホブゴブリン、いつこいつがまた動き出すか分からない。それにそのうち、どうせ石を投げてきたりもするだろう。なら…
なら…
今ここで、俺が頑張らないといけない。あいつを殺すためにっ!!!
「ああ゛っ!!」
俺は今込めれるめいいっぱいの力を足へと込め、そして立ち上がる。
足元がふらつく。気を抜くと、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。でも立てた。だから…
あとは進むだけ…
俺は一歩、また一歩…
おぼつかない足取り。だけど、それでも前へと進む。
「ぐぎゃ…!」
俺の進行に、ホブゴブリンは気づいている。でも、声を上げて威嚇してくるだけだ。あいつも、ギリギリなんだろう。で、何もしてこないなら、吠えたところで何一つ怖くない。
俺は歩みを進め、そして…
ホブゴブリンは、俺の射程へと入った。
俺は力を込めながら剣を振りかぶる。ホブゴブリンは、俺のその動きに危険を感じたようだ。足掻くように、俺に向かって手を伸ばしてくる。だけど…
俺はそんなホブゴブリンを真っ二つに切り裂く気持ちで…
「あ゛ぁっ!!!」
剣を振り下ろした。
一瞬だけ、光る剣筋…
その剣から出た斬撃は、俺の目が視界に留める前に…
ホブゴブリンを真っ二つにした…




