逃げれそうにない、から…
ドスンッ…
俺はその音に慌てて振り返る。そしてそこにいたのは、なんとホブゴブリンだった。
はぁっ!?なんでっ!?
訳が分からなかった。
俺たちの進む先にはこんなやつ全く見当たらなかった。なのに、急に現れたように後ろに…
俺たちの後を付いて来てたとしても、その図体、背丈2メートルはありそうなほどの巨漢から出る足音は消せようがない。そのはずなのに…
なのに今、俺たちの目の前にいる。
どうして…
そしてその巨漢はゆったりと、だけどスムーズな動きで腕を上へと持ち上げる。その動きの中で一番目に引かれたものは、やけどの後だった。
こいつ…
昨日の…
だけどそれどころではない。手には何もない。だけど持ち上げられた手。だから目の前にいるこいつがやってくるのは…
急遽、動き出す手。一瞬だけだったけど、上げている動作なんかよりも断然早く感じた。俺はその動きを見るや否や、クーロに向かって急いで飛び跳ねた。
グッ…
途中から景色が反転して、飛び跳ねた後自分たち以外のことで何があったか分からない。とりあえず俺とクーロは、なんとかホブゴブリンの攻撃を回避して、俺がクーロの上に被さるように乗っていた。
俺はそのままホブゴブリンへと視線を向ける。するとやつは、手を地面へと振り下ろした状態でいた。そしてこっちを、忌々しそうに見てくる。
「君、手っ!!」
なぜか、クーロの張り上げた声が聞こえた。柔らかい感触、とかいうのはなく、ただ皮膚の上にある布を触っている感覚だけが手から伝わってきていた。もしかしたら、お腹でも触っているのかもしれない。たしかにそれは悪いな。
俺は手をのけて、立ち上がった。そしたらクーロも立ち上がっているのが、視界の端に映った。
「君は、ほんとっ!!!」
何故か、クーロの荒げてくる声…
おかしい。さっきの感触からして、ラッキースケベなんてしたはずなんてない。ただお腹とか触った、それくらいのはずなのに…
なんでだ…
まぁ、どうでもいいか。今はそれどころじゃない。
俺の視線の先には、ホブゴブリン…
そして、今は背後にいるみたいだ。俺たちが最初に標的にしていたゴブリンが…
つまり、挟まれているのか…
正直、一番取りたい手段は…
「クーロ、逃げれるか…」
「厳しいと思う…」
だよな。
ホブゴブリンとの距離は数メートル、そしてゴブリンたちとの距離はそれよりか少し遠い。だけど、そこまで離れているわけでもない。
おそらく一人でなら、俺とクーロはどちらでも逃げ切れていたと思う。だけど今は二人…
挟まれていない、左右どっちに逃げようとしても、先頭になるどっちかがどうしても邪魔になって、後方の初速が出ない。並走になるまでに、下手したら捕まってしまうだろう。つまり、今この戦況を悪化させてしまうだけだ。
なら二手に逃げるか…
これも今この状況だけを考えるなら案としては良い。きっと逃げ切れるだろう。
だけどその後が致命的だ。アクシデント次第で、どっちともが平気で死にうる。だから、きっと他の手が…
「クーロ、俺がホブゴブリン、クーロは火魔法でいいからゴブリンを素早く殲滅してくれ。」
「えっ?君っ!?」
クーロの驚く声が聞こえてくる。だけど、そこはしょうがない。
「ゴブリン、いけるか?」
「まぁ、火を使っていいなら、いけるとは思うけど…」
俺よりも頼りになる。
「なら、頼む。」
「分かった…」
こうして、俺たちとゴブリン達の戦闘が始まる。
ホブゴブリンからのクーロへの視線を外させるために、俺はホブゴブリンを起点にするように円を描くように歩く。そしてホブゴブリンの視線は、動く俺を追っている。
もしかしたら、昨日の悪口を忘れてないのかもしれない。
それが、この現状を作り出した原因かもしれない。だけど今この時に限れば、それは都合がいい。
俺は少しの間歩き続けて、ホブゴブリンの向かっているヘイトは俺のまま、上手いことクーロから引きはがせた。ホブゴブリンとクーロの距離は10メートルないくらいだろうか。そして俺とクーロの距離は、クーロとホブゴブリンとが一緒に視界に収まっている。つまり、ホブゴブリンより俺の方がクーロから遠い。でも、問題にならない。いや、しない。クーロがゴブリンを倒すまでは、俺がずっとこいつのヘイトをかい続けるつもりなのだから。
そして、俺とホブゴブリンのにらみ合いが始まった。
距離は数メートルだろうか。その距離は埋めるために、ホブゴブリンがじりじりと近寄って来る。だけど俺も、ホブゴブリンに合わせるようにじりじりと後退する。ホブゴブリンの気が変わって、クーロの方に行かないように慎重に…
そして視界の端で、赤い光が見えた。クーロも始めたようだ。
ドスッ…
ホブゴブリンが急に、力強く一歩を踏み出してきた。腕もすでに引いてあった。
俺は急いで、引かれてた手とは逆にステップで跳ねた。すると、ホブゴブリンは殴る動作は見せずに、俺へと近寄って来る。このまま殴っても届かないと、気づいたみたいだ。
次にホブゴブリンが見せた動きは、力を足に溜めるようにしゃがみ、いや、踏ん張り始めた。そしてすぐに…
ガッ…
勢いよく突進してきた。
はっ!?
はやっ…
俺は急いで、横へと転がった。
反転する視界、自分と地面と空の関係だけが頭に入ってくる。俺はそれを頼りに、地面へと受け身を取った。そしてすぐに、ホブゴブリンがいるであろう、場所へと顔を向ける。
ホブゴブリンは俺が元いた気がする位置よりも数歩先に、体勢悪く停まっていた。だけどすぐに俺へと方向を変えてくる。
はぁはぁ…
こわ…
自分よりも何十センチも大きい巨体、それが突進してくる様は、なかなかに怖いものがあった。
でも、なんとか時間だけは稼げる。
俺が今こいつに気をつけるべきことは、見て分かる通りの巨体、その筋肉から生まれているであろう一歩目の加速、それだけだった。
ふー…
なんとかいける。このまま…
「こっち、終わったよーっ!!!」
このタイミングで、クーロの声が聞こえてきた。俺は、クーロの声に導かれるように声の主へと視線を向ける。するとクーロの数歩先には、焼け炭の何かがあった。
よし、これで…
きっと、タイミングが悪かっただと思う。
「前っ!!!」
クーロからの声…
前…
前!!!
俺は急いでホブゴブリンへと視線を返す。すると、ホブゴブリンは目にも留まらない速さでこっちへと向かってきていた。
やば…
俺が出来たのは…
なんとか、顔の前に手を出すことだけだった。
突進してきたゴブリン、そして俺は…




