陽動…
俺たちは今、草原を走っている。さすがに、悲鳴が聞こてしまったのだから、それを無視したりはしない。いくら俺でも。ということで、俺とクーロの二人は声がした方へと向かっている。
そして声が聞こえてきた、ということはだ、声の持ち主はきっとそう遠くない位置にいる。俺がそう思った、その時、視界の先に人影が見えた。
「君、あそこっ!」
どうやら、クーロも見つけたようだ。
「あぁ、分かってる…」
距離は30メートルくらい先だろうか。距離、それと草の長さのせいでその人影を正確には確認しにくい。だけど草木の陰からチラチラと、なんとかその人影が見える。地面に這いつくばりながらも必死の身体を前進させている、そんな人影が…
そして、動いている影はそれだけではない。なんとか這いつくばりながら前進している影の周りをいくつかの小さい影がぴょんぴょんと飛び回っている。
人影、その影の主はやっぱり女性のようだ。どうやら、ぴょんぴょんと飛び回っている小さい影が、その女性へと目掛けて飛んでいるように見える。だけどとっさのところでその女性が身を地面へとかがめることで、なんとかやり過ごしているみたいだ。でもそんな時間が、俺やクーロ、特にクーロが小さい影を射程に捉えるまで待ってくれる保証はない。
つまり、俺とクーロで今この瞬間になんとか小さい影の気を惹かないといけない。
「クーロ、魔法、無理かっ?」
「無理だよ。どう考えても、届きっこないよっ!」
だよな。届くのなら、もう既に活用しているはずだ。
ということは今この状況、クーロは当てにできないみたいだ。なら、俺がなんとかするしかない。なんとか、何か、何か…
俺の手にはいつもの魔法剣が…
投げるか…?
いや、ダメだ。あんなに飛び回っているんだから、当てれる気がしない。そもそも、飛び回っている影的に、確実に数体はいるんだ。一体にぶつけたところで焼け石に水だ。なら…
なら…
斬撃しかないか…
俺は手元にある魔法剣へと、一瞬だけ視線を向けた。
はは、またこれに頼らないといけないのか…
でも今回では、そんな悪い手でもない気がする。この前みたいに魔物にダメージが行ってくれるなら、それでよし。行かないとしても、気を惹ける可能性は十分にある。
なら…
俺は、逃げている女性へと視点を定めた。狙うは…
「クーロ、俺が魔法剣で斬撃をテキトーに飛ばしまくる。だから、あとは頼んだ。」
「えっ?う、うん…」
クーロからすぐに返事が返ってきた。だけど俺は、クーロの返事はどっちでも良かった。だって、最初からやれることも、やることも決まっているのだから。
俺はいつものように手に力を込めて魔法剣に魔力を込める。そして…
「おら゛ぁっ!!!」
魔法剣を振った。何度も…
ブゥゥーーンっ!!!ブゥゥーーンっ!!!
いくつもの透明、だけど視認できる魔力の塊が女性、正確には女性の周りに飛んでいく。
女性以外へということしか狙っていない。狙ったとしても、動いている的に正確にぶつけれるかは分からない。なら最初から広範囲を狙うべき、そう思ったからだ。そしてまた…
ボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフッ…
この音だ。
ただもしかしたら、この音も陽動に一役買ってくれるかもしれない。分からないけど…
そして、俺は短剣を振り回した。だから今は、クーロがずっと先を先導している。だから…
「クーロ、あとは頼んだ。」
「うんっ!」
音が鳴りやむ。今女性はその場に座り込んでしまっている。きっと、さっきの俺の陽動に驚いたからだろう。
そして嬉しいことに、さっきまで飛び交っていた影は今は見当たらない。倒してしまった、そんなことはないだろうけど、きっと俺がやった陽動が仕事してくれたんだろう。
だから…
クーロが座り込んでいる女性の元へとたどり着いた。
そして…
クーロの声が聞こえてきた。
「『ウインドボール』」
きっと、クーロの位置からは見えたのだろう。
クーロの周囲に、風の塊が3つ現れる。グルグルと風のようなものが回っている。普通は見えるはずのない風がだ。そしてクーロがかっこつけたように手を振るう。すると風の塊が3方向へと発射されて…
白い影を吹っ飛ばした。
こうして俺とクーロは、なんとか悲鳴を上げた声の主を助けることができたみたいだ。
魔法剣も捨てたものじゃない、かもしれないな…




