帰ろう…
今この場には、俺とクーロ、それにさっきまでゴブリンとして生きていたものの残骸だけが残っている。俺たちはやっとのことで、ゴブリンの撃退に成功した。たったゴブリン二体の…
「ハァハァ…」
そんな音が口から俺の意志に反して漏れだす。心臓はバクバクと、右手は力強く短剣を握っていたせいかプルプルと震えている。そして、足も…
ガサッ…
俺は立つことも限界の足で立っているのを諦めて、地面に座り込んだ。
地面に多少の草はあるものの、人の体重をカバーしきる量はなかったみたいだ。尻に少しの痛みが走る。だけど、すぐに気にならなくなった。
胸が苦しい。そんなに走ってもいないのに。生死の別れる行動、その緊張感はとんでもなく俺に重荷だったんだろう。
俺は苦しい胸をどうにかするために、背後に両手をついてから顔を上へと向けた。少しでも、肺に入ってくる酸素を増やしたかった。
酸素を貪るために上を向く、そのまま目を開くと、不気味な木々が視界を埋めている。
光の少ない森、その中の木々はどうしても薄暗い。しかも下からその光景を覗くことで、太陽の光が下から入ってくることはない。だから、葉っぱ一枚一枚が暗かった。そして、少しだけ覗くみることができる、空の青さとの対比によってなのか、より葉の暗さが強調されていた。
それを見て思う。
俺はこの先も、この森に潜らないといけないというのが怖かった。
俺がぼんやりと、そんな空を眺め続ける。すると…
「ん゛ん…」
クーロがいたあたりからそんな声が聞こえてきた。
俺は顔を声がした方へ向ける。すると、仰向けだったクーロは起き上がるためだろう、知らないうちに身体を反対に返していて、今は必死に両手を使って起き上がろうとしていた。
俺は身体に鞭打って、クーロの方へ向かった。
「クーロ、大丈夫か?」
そして、起き上がろうとしているクーロの身体を支えながら、そう口にした。
「ん。頭がくらくらする…」
後ろから頭を殴られてるからな。それはそうだな。
「無理して起きなくてもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、クーロはすぐに…
「起きるよ。君に”また”まさぐられたくないし。」
「また?」
まさぐった記憶のない俺がそう聞き返すと、腕の中にいるクーロは頬を赤くしながら俺の方を睨んできた。
「覚えてないならいいよっ!ごめんねっ、覚えるほどもなくてっ!!!」
何故かクーロにキレられた。俺、マジで身に覚えないんだけど…
「う、うん…」
正直、あいまいに返事するしかなかった。でも、これすら許してくれないらしい。クーロが、ぷくーと頬を膨らして、顔を俺とは逆方向に背けた。
マジで俺、何しでかしたんだっ!?
俺はそんな疑問を抱いたまま、クーロの背を木へと寝かせた。そしてクーロは不機嫌なままでいる、と思いきや、目の前のゴブリンの残骸に気づいたみたいだ。さっきまで不機嫌そうだった顔は何処へやら、俺の方へ真剣な眼差を向けてきた。
「あれ、君がやったの…?」
ゴブリンのことだろう。
「あぁ…」
「でもさ、あれ…、身体が切断されてない?君の短いのだったら、できないと思うんだけど…」
「短いって…、短剣のことだよな?他のとこのことじゃないよなっ!?」
「もちろん、君の粗末な短剣のことだよ。」
「なんで、そんな別な取り方もできる言い方で言うんだよっ!?クーロやっぱり怒ってるのかっ!?」
俺がそう聞くと、クーロはまた別の方向に顔を背けてから…
「怒ってないよ…」
そう小さく声にしてきた。
いや、それ…
「絶対怒ってるじゃんっ!」
「怒ってないって…」
「怒ってるよっ!」
俺の言葉にクーロがこっちへと振り向いて、不機嫌な顔を向けてきた。
「君、自分が何したかわからないんだよね?」
こう聞くってことは、やっぱり怒ってるみたいだ。でも、ほんとに分からないんだよなぁ。
「お、おう…」
俺は素直にそう答える。すると、クーロは冷ややかな視線で…
「死ね…」
冷たい言葉を口にしてきた。いや、冷たくなること言葉か…
俺ほんと、何しでかしたんだろう…
だけどすぐに、クーロが怪訝そうな顔になってからさらに言葉が続けてきた。
「で、あれ、君がしたんだよね?」
俺は”あれ”が差しているものを見つめる。肩から腰までにかけてが切断されているゴブリンを。
そっか、俺の短剣の長さだったら、そもそも切断ができないのか…
「俺がやったはずだ。だけど、俺も無我夢中だったから、自分でもなんでああなったかは分からないんだよな…」
「そっか…」
クーロは当然疑問を持ったままだ。
あっ!
「そう言えばさぁ、一回だけこの短剣から出た斬撃がゴブリンに傷をつけたんだよな。」
「えっ、そうなのっ!?」
「そうなんだよ。でも、その後に同じことをしようとしたら失敗したんだけどな。」
「そっか…」
クーロが返してきた言葉はそれだけだった。クーロは黙り込んでしまった。考え事をしているのか、もしくは話すのもしんどかったのかもしれない。
正直、ゆっくりさせてあげたかった。でも、そんなに呑気でい続けることはできない。
「なぁ、クーロ…」
「どうしたの?」
クーロが笑顔を向けてきた。だけどそれは、なんとか頑張って笑顔を作ったって言うのがすぐに分かった。
「クーロがそんな状態だし、さすがに今日はゴブリン狩り終わりだよな?」
「そう、だね。さすがに難しいかな。」
クーロも自分の状態をちゃんと認識しているみたいだ。
「そっか。どうする?クーロが回復するまで待ってから帰るか、それか、俺がクーロをおぶって帰るか…」
俺の言葉にクーロは顔に苦悩の色が見える。
だけどすぐに、その顔は晴れた。いや、晴れてはいない。嫌そうな顔へと変わった。そして、絞り出すように言葉を口にした。
「おぶってもらってもいい?回復って言ってもいつになるか分からないし。それに、休んでる間に魔物が来たら最悪だし…」
ほんと嫌そうだった。
「分かった。」
どう返せばいいかわからなかったから、俺はそれだけ答えた。
こうして、俺たちは街へと戻った。
帰り道の道中のこと。
「私、重かったりしない…?」
「重くないぞ。」
ほんとはちょっと重かった。けど、さすがにそれは口にしない。いくら俺でも、ダメなのは分かる。
そしてまたクーロから…
「変な感触したりしない?その…、君の背中…、とかから…」
背中…?
もしかして、汗とかかな…
ま、女の子だもんな。気になるよな。
「全くないぞっ。」
ほんとだ。
だけど俺がそう答えると、背中のクーロからすぐに…
「死ねばいいのに…」
そう言われてしまった。
えっ、なんでっ!?
続きは少し先です
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