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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
8/43

008

「んま、あらすじとしてはこんな感じだな。どうだ?天才的な俺様の説明はバカのお前でもわかりやすかっただろ?」


「うーん、ギリ欠点いかないくらいだな」


「んだとぉ!?20年ぶりなのに相変わらず憎たらしいヤツだな!」


 いや、そこは欠点って言われなかっただけ喜べよ。


 聞きたい情報はある程度聞けたし、冗談も混ぜつつ厳し目に評価したが、どうやら欠点いかないくらいという評価は気に入らなかったようだ。


 悠馬の評価に憤慨する通は、まるで般若のような顔をしながら怒ってますよアピールをしている。


「冗談だよ。わかりやすかった。それで、八神は今どこにいるんだ?」


「ああ…八神は多分セントラルタワーだ。ここ3ヶ月くらい、忙しいのかずっと引きこもっててよ。…でも、悠馬が帰ってきたって言ったら喜びのあまり出てくるかもな!下手したらおしっこちびるんじゃねえか?」


「引きこもってるのか…」


 てっきりこの島の管理者として巡回でもしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 八神のキャラ的に引きこもる姿は想像できないが、親友の通がそう言うくらいだから、本当にセントラルタワーから出てきていないのだろう。


 電力的に監視カメラは機能しているようだし、もしかすると島全体を監視しているのだろうか?


 忙しいって言ったって、異能王でもない限り3ヶ月も引きこもって何かをしている可能性は低いはずだ。


 そう考えていると、窓際からガタッという音が聞こえ、振り返る。


 振り返るとそこには、白髪の好青年が立っていた。


 彼は高校生の時の容姿に近いが、身体の左半分がボロボロになっていて、左腕なんかミイラのようになってしまっている。


 きっとこれが、通の言っていた夕夏の異能を複製した代償なのだろう。


 そんな彼を見ながら、口を開く。


「八が…」


「おい悠馬(クソ野郎)。性懲りも無く何しに来やがった?」


 悠馬が名前を呼ぶ前に、被せたように八神は罵る。


 彼の表情は、旧友との再会を喜んでいるというよりも、汚物を見つめるそれに近い。


 悠馬はその理由がわからなかった。


 なにしろこの世界の暁悠馬は通の話だと20年前に消息を立っていて、八神に恨まれている可能性は低い。


 仮に恨まれていたって、20年も経過していたらよっぽどのことじゃない限り許しているはずだ。


 だというのに、彼の瞳の奥に見え隠れするのは憎悪と殺意。


 明確な悪意を持って声をかけた八神に、何と答えればいいのかわからなくなった悠馬は、無言のまま立ち尽くす。


 八神と悠馬の間に流れる、数秒間の沈黙。


 2人にとっては永遠にも近い沈黙を破ったのは、通だった。


「お、おい八神…20年ぶりの再会なのに、いくら何でもそれはないだろ…悠馬だってほら、何て答えればいいのか戸惑ってるじゃねえか!」


 いくら鈍感な通でも、この状況がまずいことは察せたのか、冷や汗を流しながら八神を宥める。


 しかし八神は通の言葉を聞いても、依然表情は固く憎悪と殺意を明確に向けている。


「ソイツから離れろ通。俺たちの知ってる暁悠馬は20年前に死んだ。このクソ野郎は悠馬じゃない」


「な…」


 考えたらすぐにわかる。


 この異能島は八神の異能によって何とか持ち堪えているが、外界は到底生命活動を行えるような環境ではないはず。


 氷点下273℃近い環境である外界で、人間が生き残れる可能性は0だ。


 もちろん文明が栄えている状態なら数日は持ち堪えられるかも知れないが、20年の生存は到底不可能。


 つまり暁悠馬が20年間行方不明で偶然再会なんてことは、絶対にあり得ないのだ。


 通だってそんなこと気づいていたはずだが、彼はそこにあえて目を瞑った。


 一緒に青春を過ごした親友が戻ってきてくれたのだから、そんな親友を疑うのは間違っていると思ったから。


 だが八神から悠馬は死んだと告げられて、否が応でも考えてしまう。


 今目の前にいる男が、自分の知っている暁悠馬ではないことを。


 八神は硬直し、戸惑う通を横目に口を開く。


「おいクソ野郎。何とか言ってみろよ…それとも俺とは話したくないか?」


「八神…一旦落ち着いて話を…」


「落ち着ける訳ねえだろ!」


 悠馬が声を発した瞬間、叫びにも近い怒鳴り声で話を防いだ八神は、真っ黒な異能を発動させて悠馬を攻撃する。


 黒い竜巻のような渦が龍のようにうねり、悠馬はクラミツハの神器を召喚しようとするが、伸ばした右手には神器が顕れない。


「っ!?」


 轟音と共に、寮は崩れる。


 3年間の青い日々を過ごした空間は呆気なく、虚しいほどに残酷な形で見るも無惨な姿になってしまった。


「あぶねぇな…いきなり殺す気かよ」


 ギリギリのところで寮から飛び出して八神の異能を回避していた悠馬は、半壊した自分の寮を眺めながら呟く。


 マジで随分な挨拶だな。友達に向けていい火力じゃないだろ。


 今の直撃してたら、いくらシヴァの結界持ちでもタダじゃ済まねえぞ。


 いや、そんなことよりもパラレルワールドだから結界も神器も使えないのか?


 異能を使わず神器で対応しおうとした結果、危うく八神の攻撃が直撃するところだった悠馬は、不安を感じながら思考する。


 状況から考えて、ここではシヴァの再生も適応されないと考えるべきだ。


 異能は使えるだろうか?

 念のため確認しておきたいが、今のブチギレ八神の前で異能を使うのは、敵ですと言っているようなものだし、やめておいたほうがいいと思う。


「逃げてねえで戦えよ。そのために来てんだろ」


 道路のど真ん中で思考をまとめていると、半壊した寮の中から現れた八神は、そう呟く。


「戦うために来た?勘弁しろよ。俺が異能使ったら全土が消し飛ぶぞ」


 いくら八神が複製の異能持ちでも、こっちの異能はセカイだ。


 物語能力の完全上位互換な上、レベルですら八神より格上の状態で、戦いに来たなんてあるわけがない。


 そもそも異能を使った同士で争った場合、八神が物語能力を使用できようが脅威として認識していない悠馬は、強気な態度を見せる。


「やってみろよ。()()()()()()に、全部ぶっ壊せばいいだろ」


「前みたいにだと?待てよ。お前さっきから誰と勘違いしてんだよ」


 いくら自分が闇堕ち野郎でも、流石にそこまで好戦的じゃないぞ。


 戦いに来ただの前にぶっ壊しただの、身に覚えのない前科で口撃される悠馬は、人違いですと言わんばかりの表情だ。


 しかし八神は、そんな悠馬の発言に怒り心頭なのか、顔を真っ赤にして半壊した寮の壁を殴った。


「この期に及んで惚けんのか?知ってんだよ!お前が時間遡行するために俺の世界を破壊しにきたことくらい!これが初めてだとでも思ってんのか!?」


「時間遡行だと?」


「ああそうだよ!お前また自分が失敗したからって性懲りも無く現れて、俺たちの物語を踏み躙ってやり直して、恥ずかしくねえのか!?」


「待て!お前は一体何の記憶を持ってるんだ!?少なくとも俺がこの世界に来た理由は、時間遡行のためなんかじゃない!」


「それ以外にこの世界に来る方法なんてねえだろ!」


 時間遡行、記憶の保有、この世界へ来る方法。


 八神と口論しながら、断片的にこの世界について知っていく悠馬は、ある結論を導き出し、異能を放とうとする八神に向かって両手を上げた。


「…多分だけど、お前が言ってるクソ野郎の暁悠馬は死んでるよ。俺が殺した」


 八神が言っている男は、きっとずっと前にこの世界に来た、悪羅百鬼だ。


 時間を巻き戻すため、夕夏と共に生きる世界を取り戻すために時間遡行をした悪羅百鬼は、1番最初にこの八神の世界を破壊した。


 可能性を破壊することで時間遡行をするという都合上、敵対関係に回らなければならない酷な立ち回りだが、悪羅は心を鬼にしてこの特異点を乗り越えた。


 タルタロスで深淵を覗き、悪羅の記憶を若干共有している悠馬は、愕然とする八神を見つめる。


「はっ…なんだよ。アイツ死んだのか。じゃあお前は何しに来た?」


「…この世界を救いに来たらしい」


 少し話を聞く気になっている彼に、自分の知り得る情報を話す。


 この世界に来て、青いシステムウィンドウからこの世界を救えという指示を受けている悠馬は、何か情報を知っていそうな八神に告げる。


「起きたらこの世界にいて、青いシステムウィンドウにこの世界を救ってくださいって書いてあったんだ」


「何だそれ。俺はお前を信用できねえぞ。一度お前に裏切られてこの世界は滅びたんだ。信用できる要素がない」


「別に信用して欲しい訳じゃない。とりあえず知ってる情報全部教えてくれ。それまで攻撃すんな。わけが分かってねえのはお互い様なんだから」


 今の状況を理解するには、お互いの知っている情報が必要になる。


 そう踏んでいる悠馬は、信用できなくていいから情報の交換だけしようと提案する。


 すると八神は、距離を置いたまま壁に突き立てていた拳を額に当てた。


「わかった。だがそれ以上近づいてくるな。話をするにはこの距離で十分だろ」


「ああ…」


 話はするが、警戒は解いた訳じゃないってことだろ。


 十数メートル離れた距離からの情報交換を提案してきた八神に応じる。


「だがその前に…通は?」


「通はセントラルタワーに移動させた。流石の俺だって、通巻き込んでまで異能は使わねえよ」


「そうか。よかった」


 八神は悠馬を攻撃する寸前、通を巻き込まないようにゲートの異能を使い彼をセントラルタワーへと逃がしていた。


 寮の半壊以外に人的な被害はないと知った悠馬は、どこから話そうかと考え、顎に手を当てる。


「まず俺の情報だけど、俺の世界はもうみんな三十代半ばだ。みんな生きてるし、時間遡行をする必要すらないことだけ先に伝えておく」


「お前…あのバケモノを殺せたのか?」


「バケモノが何かはわからないが…いろんな偶然が重なった結果、なんとかな」


 そもそも悠馬の世界の物語は、悪羅百鬼がいなければこちらの世界のように何かしらのバッドエンドを辿っていたはずだ。


 しかし悪羅が現れたことにより物語が捩れ、結果暁悠馬が望むすべてのものが救われる世界が完成した。


 悠馬は過去を思い返し、どこか懐かしく感じながら呟く。


「じゃあ俺の〝1回目〟の話だ。今のお前みたいに、20年経ってから暁悠馬が突然現れて、そいつに裏切られたんだ。その結果俺の物語能力は崩れて、この世界は崩壊した。…そして目が覚めたら、俺が物語能力を手にした直後に戻っていた」


 八神の言う1回目は間違いなく悪羅だ。

 彼は悪羅にこの物語を破滅へと導かれ、消え去るはずだった。


 しかし目を覚ますと、また過去の場面に戻り、そこから人生を再スタートさせている。


 タイムリープ?いや、無限ループに近いのか?


 可能性は色々と考えられるが、おそらくこのバグにも近いループ現象は、悪羅百鬼が存在したことにより発生している可能性が最も高い。


 悪羅百鬼は全ての可能性を破壊して時間遡行をしたが、その結果暁悠馬が同一世界に2人存在することとなり、暁悠馬が物語を進めるにつれて、他の可能性の世界も再構築された。


 つまりこの可能性の世界は、少なくとも悪羅の分と悠馬の分があり、2人が同一世界に同時に存在したことで、不具合的に記憶を保持する者が現れたということだ。


 それがこの世界の主人である、八神清四郎だった。

 そう考えた方がいいだろう。


「大体仮説は立てれた。…八神、お前に相談したいことがある」


「なんだ?」


「俺さ、もうすぐ元の世界で死ぬらしいんだ。俺なりに頑張って、ティナも混沌も倒したけど、多分次の敵はもっと強大で、俺の死は確定してる」


 星屑に言われたありのままを打ち明ける。

 こんな話、元の世界の誰にしていいのかわからない。


 あの時はクールに死を受け入れたような雰囲気を出していたが、死を受け入れられないのは悠馬だって同じだ。これは妻にも子供にも、親友にも話せる内容じゃない。


 八神は悠馬の相談を聞いて、表情を暗くさせた。


「つまりどの世界線でも、俺たちは救われないってことなのか?…いや、お前の世界で三十代まで生きれてるから、ある意味救われてんのかな…」


 停滞した世界ではなく、進展していく世界の中、着々と歳をとり人並みの生活をして三十代になっているんなら、それは人生の物語としては平均点くらいはいってるだろう。


「そして俺が最善の死に方をするためには、俺が選ばなかった全ての可能性を救う必要があるんだ。…俺は死ぬけど、俺の世界にいるお前たちは絶対に死なせたくない」


悠馬は言葉を続ける。


「…だから教えてくれ。お前はこの世界で何が起これば…何をしたら救われたって思う?」


 星屑の君〝は〟死ぬという発言から察するに、うまくやれば悠馬以外は死なないということだ。


 そう考える悠馬は頭を下げ、この世界を救うべく八神の救われるの基準を訊ねる。

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