077
朱理と分身体の戦いが決着する数分前。
朱理に分身体を任せ、オルランド家の扉を蹴破った悠馬は、こじんまりとした家の中、自称悪羅百鬼のユディットを探す。
家の中は灯りがついていて、外と違って暗さは感じない。
視界は良好で、殺気も感じない。
ローマの時のように、不意打ちを警戒する悠馬は、殺気を感じずとも奇襲がある可能性を考えているが、ユディットからの攻撃が仕掛けられることはなかった。
「ユディット・オルランド。ここにいるんだろ?隠れてないで出てこいよ」
さっきからサーチで生体反応があるのはわかっている。
悠馬が声をかけると、家の中から足音が聞こえ、金髪ロングの男が現れる。
髪は腰ほどの長さまで伸びているものの、手入れをしているのか小汚くは見えない。
全てを見透かしているような特徴的な銀色の瞳で、悠馬を見下ろすユディット。
「…」
これで病弱なのか?
高身長で、ガタイもいい。
アルデナの保有している情報では病弱と聞いていたが、とても病弱には見えない姿だ。
そんな感想を抱く。
「仮初の平和は満喫できたか?暁悠馬」
ユディットが尋ねる。
その言葉を聞いた瞬間、彼がローマで襲撃してきた分身体の本体なのだと察する。
ユディットが犯人じゃない可能性も考えていたが、どうやらクロのようだ。
先刻と全く同じ質問を耳にした悠馬は、呆れたようにため息を吐く。
「仮初だと?お前の目にはどの辺が仮初に見えるんだよ?」
次は悠馬が尋ねる。
この世界は未だかつてないほど、平和な世界になっている。
悪羅百鬼が死亡してから16年、犯罪率も減少傾向にあり、テロ活動も殆どない。
暁悠馬が異能王として君臨し、圧倒的な力を保有していることをアピールできたからこそ成り立っている平和な世界は、仮初などではない。
もちろん悠馬の死後どうなるかなんてわからないから、死後の話をしているなら仮初に該当するのかもしれないが、そんな時の話をされたら、いつだって仮初になってしまうだろう。
「全てが仮初だろう。お前は本質そのものが歪んでいる。お前の本質は復讐の類であって、世界のことなんて考えていない」
「……」
痛いところを突いてくるな。
ユディットの言う通り、悠馬の本質は復讐だ。
暁悠馬の人格形成の元となった出来事は、新博多でのテロ事件。
悪羅百鬼によって家族を殺された悠馬は、人格形成の元となる中学生時代に、復讐という負の感情に傾いていた。
人格形成時に傷を負えば、大人になった後もその傷は付きまとう。
例えば小中学生の頃、失敗を馬鹿にされた人は大人になってからも失敗を恐れるようになるし、失敗を隠そうとする。
逆に周囲に褒められて育った人間は、何事にも挑戦しようと率先して動くことができるようになる。
そんな人たちを真っ当に育ったと評価するなら、間違いなく悠馬の本質は歪んでいることだろう。
「参考までに、なんで俺の本質が復讐だってわかるんだ?」
悠馬は自身が暁闇であることを公表していない。
もちろん年齢や異能から、暁闇である可能性はこれまで幾度となく議論されているが、悠馬自身がそのことを否定も肯定もしていないため、悠馬が復讐者であることを知る者はほとんどいない。
ユディットの様子からして当てずっぽうで言っているとは思えないが、何か特別な異能があるのだろうか?
「顔を見ればわかる情報だろう。別に、大したことじゃない」
「要するに答える気がないってことだな。よくわかった。お前にどんな罪状があるのかはわからないが、ひとまず殺人未遂で捕まえさせてもらうぞ」
顔を見たらわかるなんて挑発めいたことを言われた悠馬は、これ以上話しても時間の無駄だと判断し、戦闘体制に入る。
そんな悠馬に同調するように、姿勢を低くしたユディットは、悠馬が足を踏み出した瞬間、身軽なステップで後方に二歩退く。
「っ!?」
「いくらレベルが高くたって、攻撃さえ喰らわなければタダの人間だ」
分身体と違って、動きが早い。
いや、今こっちが足を踏み出した瞬間に、回避行動に出ていなかったか?
攻撃の瞬間、狙っている場所や最終的なモーションを確認することなく攻撃を回避したユディットに、妙な違和感を覚える。
こんな感じの相手と、過去に戦ったことがある。
ユディットの今の回避は、イギリス支部で戦ったティナの側近、ナティアの未来視に近い。
明らかに攻撃が読まれていた。
初手で氷漬けにしようとしたが、それを難なく回避したユディットは、闇の異能を発動させて影に沈む。
「っ…!逃すかよ!」
影の中を移動していくユディットを追って、悠馬も闇の中に沈む。
闇の中は暗く深く、敵の居場所を正確に把握するのは難しい。
しかしサーチで補足できる以上、どこにいるのかはきっちりわかっている。
ユディットの反応が離れていくのを確認した悠馬は、闇の中を移動して彼を追う。
家の中から抜け出し、朱理やアルデナがいる方とは真逆方向へと突き進む悠馬は、直感的に何かを感じ、影の中で咄嗟に身を歪める。
直後に、先ほどまで悠馬が突き進んでいた闇の中には、闇で出来た槍のようなものが突き刺さっていた。
「これを避けるのか。大したモノだな」
「お前…」
なんで場所が特定できる?
聖魔が悠馬の影に潜んでいるのを誰もが気づかないように、いくら闇の異能力者でも、闇に潜んでいる人間を見つけ出すのは不可能。
だからこそ悠馬はサーチでユディットを捕捉しながら追っていたわけだし、そのサーチがないユディットは、こちらの位置が特定できるわけがない。
しかし彼は的確に攻撃を加えてきた。
無差別攻撃ではなく、たった一本の闇の槍を、ピンポイントでこちらに届かせたのだ。
「未来視か」
導き出した結論を口にする。
2度のやり取りで感じたが、未来を見ているとしか思えない。
「未来視?これはただの病気だ」
「戯言を…っ!」
来る。
真っ暗な路地裏、降り注ぐ闇の攻撃。
雨のように降り始めた闇の一つ一つは尖っていて、一つでも直撃すれば負傷は必至。
しかしこの程度の攻撃、これまで幾度となく経験してきた。
悠馬は降り注ぐ闇を確認するや否や、スウォルデンの魔剣モデルを呼び出し、剣を大きく振るう。
悠馬が剣を振るうと、暴風が吹き荒れて闇が吹き飛んでいく。
「…なるほど。そういうこともできるのか」
「病人の割に随分とはしゃいでんな。オイ」
何が病人だ。
影移動もできるしこれだけ異能を使っても疲れた様子もない。
文字通りの健康体じゃないか。
何かの病気があるなら、そこを庇うような仕草を見せるのが普通だが、どこか体の一部を気遣うような仕草も見せないし、動きも良い。
ネリットが軍に入隊するときから、病弱だと嘘をついて周囲に認識づけていたのか?
さっきは未来が見えるような動きを病気だと言ったが、そんな病気は聞いたことがない。
これまでセレスが病という病を治療してきたし、悠馬自身の同じ治癒が使えるから治療を手伝ったりしてきたが、そんな病は存在しないのだ。
最初からまともに答える気がないであろうユディットに苛立った悠馬は、間合いを詰めて彼へと斬りかかる。
「これだけ大規模な異能と襲撃をしておいて、無罪になると思うなよ」
「それじゃあ更に罪を重ねてみようか」
悠馬が魔剣モデルを振り翳すと、何処からともなく表れた真っ黒な剣を携えたユディットは、正面から剣戟を受ける。
「すごい気迫だな」
「そりゃどうも…!」
コイツ、素人じゃないな。
今の剣戟を受けるだけではなく、受け流す動作までして見せた。
剣を扱ったことのない人間であれば、受け流しなんてことはできず、正面から剣戟を受けることしかできなかったはずだ。
悠馬は受け流された剣を軸にして、ユディットへと回し蹴りを入れる。
腹部などではなく、確実に顔面に。
しかしユディットは、回し蹴りを予想していたのか、後ろ側に駆け足で下がると、回し蹴りを回避して、カウンターを仕掛けてくる。
真っ黒な剣型のデバイスで、首筋を狙ってくる。
避けられない。
通常の速度では避けられないと判断した悠馬は、鳴神で急加速し、バク宙でユディットの攻撃を回避する。
「チッ…」
相性が悪いのか?
攻撃の全てが見切られているような気がする。
未来視ではないと言っていたが、やはり未来視を持っている想定で攻撃を仕掛けなければ埒が明かなそうだ。
「暁悠馬。戴冠式のあの日、悪羅はお前を殺そうとした」
「…?ああ、そうだな」
悠馬がユディットに対する対策を考えていると、彼は金髪を払いながら、話を始める。
それは16年前の、戴冠式についてだ。
悪羅は異能王戴冠式に乗り込み、自身が殺されるために悠馬への襲撃を決行した。
それは世間では知られていないことだし、そんな彼らからすると、悪羅は次の異能王を殺そうとして、返り討ちにあったという認識になっている。
だからユディットに対して、実はアレ、悪羅百鬼は殺されにきてたんだよ。なんてことは言えない。
「悪羅百鬼は崇高な思想の持ち主だった。…だからお前のような復讐が本質の人間を、殺そうとしていたんだ」
「…なんだと?」
突然の曲解に、堪らず眉を顰める。
悪羅は崇高な思想の持ち主だから、復讐者のお前を殺そうとした。
そう言われた悠馬は、納得がいかない。
そもそも悪羅百鬼は暁悠馬で、暁悠馬は悪羅百鬼だ。
悪羅百鬼の過去も生き様を誰よりも知っているのは自分なのに、何も知らない人間に、悪羅百鬼を美化されては困る。
「お前が思ってるほど、悪羅百鬼は崇高な思想なんてねえよ」
悪羅百鬼はただ、美哉坂夕夏を生かしたかっただけだ。
そのために障害となる人間を全て駆除して、原因となったティナを殺すことを愉悦としていただけ。
そんな彼に崇高な思想もクソもあるわけがないだろう。
何かと思えば、ただの熱狂的な悪羅ファンじゃないか。
宗教などはまりする人は、こんな感じなのだろう。
自分のいいように全てを解釈して、悪人や犯罪を美化して、相容れない存在を否定する。
ユディットの発言に何から何まで理解ができない悠馬は、ハッキリと悪羅百鬼に崇高な思想なんてものがないことを告げた。
するとユディットの雰囲気が、ガラリと変わった。
ピリついているというか、明確に敵として認識されたようだ。
「普通の目しか持たないお前にはわからないだろうな。別にわかって欲しいなんて思ってないから、ここで死んでくれ」
「それは嫌だな」
彼の背中から伸びてきた闇を回避し、聖異能で迎撃する。
漆黒に染まる闇の中、街灯の灯りを頼りに壁を蹴った悠馬は、建物の屋上に飛び乗り、デバイスを鞘に収める。
「舞え、スイセン」
右手を伸ばし、異能を発動させる。
氷の礫、雪の結晶のような氷の塊が上空に漂い、しとしとと降り注ぐ。
この季節には見ることのできない、降雪。
幻想的な闇夜に降る雪を見上げたユディットは、その瞳で雪が何であるのかを瞬時に理解し、闇の異能を繭のようにして自身の体に纏わせる。
「暗黒繭」
「火に弱そうだな、プロミネンス!」
繭といえば虫。
虫の卵を確実に処分するなら、火を放てばいいという安易な理由で炎を放った悠馬に対し、ユディットは自身を守っていた繭を解除すると、氷の礫をデバイスで撃ち、プロミネンスに直撃させる。
「野球かよ…」
スイセンをプロミネンスに直撃させることで、威力を減衰させやがった。
「不吉なオーラが見えた」
「…へぇ。随分と目が良いんだな」
未来視ではなく、超直感とでも言うべきか。
今の発言を聞いて、未来を見ているわけではないことがわかった。
例えるなら、オーラから次の攻撃の威力やパターンを予想していると言うべきだろうか?
それはそれで厄介だな。
未来視ではないが、ほぼ未来視のようなことができるなら、いくら強力な異能を使ったって意味がない。
だが、だからと言って負ける気はしない。
いくらオーラで攻撃を回避されようが、こちらがユディットの攻撃を喰らうつもりはない。
互いに互いの攻撃を喰らう気がない状態で、戦いを終わらせるためには、想定を超える攻撃が必要になる。
ユディットは悠馬と同じ結論に至ったのか、仁王立ちすると漆黒のオーラを周囲に留め始めた。
「セラフ化…」
彼がそう告げると同時に、オーラの一部分は何処かへと流れていき、残った漆黒のオーラが彼の元に凝縮されていく。
「…それがイタリア支部の隊長を倒したセラフ化か」
「…アレは犯罪者だ。隊長ではない」
金色だった髪がセラフ化で漆黒に染まり、目から頬にかけ、紫色の紋様のようなものが浮かんでいる。
さっきまでが聖人のような見た目だとするなら、今は闇堕ち魔王と行ったところだろうか。
「あまり長く時間をかけるつもりはない。異能王暁悠馬。ここがお前の墓場だ」




