071
サーチ発動に意識を割いていた悠馬の背後へと忍び寄る影。
真っ黒な闇のようなソレは、鎌を振り被り、悠馬の首を切り落とそうとする。
洗練された手つき、流れるような動作。
どこを切り落とすか最初から決めていたように、大きく振り被った鎌が最高到達点へと達し、振り翳される。
その瞬間だった。
朱理の紫色の瞳がギョロッと動き、悠馬の背後に迫る影を捉える。
朱理が紫色の瞳を影へと向けると、直後に彼女の背中からドレスの間を縫うように這い出た闇は、黒い影を地面へと叩きつけた。
ドス!っと鈍い音が響き、朱理の闇が地面にめり込む。
「さんきゅ…」
うわぁ…
今めっちゃ鈍い音したよ?
大丈夫かな?
朱理に感謝を述べようとした瞬間、背後に広がる光景を見て言葉が止まる。
グレー色の石畳が50センチほど減り込み、朱理の闇によって何かが押しつぶされていた。
叩きつけるだけじゃ飽き足らず、地面に押しつぶして闇の異能を解除しようとしない朱理に、悠馬は口をあんぐりと開ける。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
悠馬を狙ってきたからなのか、容赦なく人が死にそうな火力で攻撃を繰り出した朱理は、砕けた鎌を踏みつけ、指先を弾いて闇の異能を解除させる。
朱理の闇が霧のように霧散していき、周囲を行き交っていた人々は自然と朱理から距離を置いていく。
あまりに突然の出来事に、悲鳴を上げることすら忘れた通行人たちは、距離を置くので精一杯のようだ。
見られたらやばいと思っているのか、なるべく目を合わさないようにしながら、粛々と歩いていく。
朱理の発動させた闇が完全に霧散し、鎌を持っていた人物の正体が露わになる。
朱理は鎌を持った人物を目視で確認し、小さくため息を吐いた。
「ダミーですか」
「ああ…闇の異能で作った分身体…だな…」
朱理が叩きつけた影のようなものは、その場に闇の痕跡だけを残し、消滅していく。
どうやら攻撃を仕掛けてきた張本人は、別のところにいるらしい。
認識阻害の異能を使っていたが、なぜピンポイントでこちらを狙って来れたのだろうか?
イギリス支部の司祭のように、認識阻害を無効化する異能を持っているのかもしれないな。
そもそも、今の攻撃に殺気を一切感じなかった。
普通無差別殺人であっても、少なからず殺意や殺気は感じ取れるものだが、殺気を感じないことを考えるに、相手は人を殺すことに慣れている可能性が出てくる。
例えるなら連太郎たち、裏の人間に近いと言ったところか。
そう考える悠馬は、徐に朱理の腕を引いた。
突然腕を引かれた朱理は、よろめきながら悠馬に抱きつく。
「あら…」
朱理がよろめきながら悠馬に抱きつくと同時に、さっきまで朱理が立っていた場所には、ナイフのようなものが突き刺さっていた。
まただ。
殺気は感じないが、確実にこちらを殺しにきている。
「どうやら、狙いは俺たちらしい」
銀色に反射するナイフを見ながら、朱理に向けて話す。
「そのようですね」
どこから付けられていたのかはわからないが、相手の狙いは最初からこちらのようだ。
敵の姿は見えないし、サーチを使用しても怪しい動きをしている人も居ないから、完全に一般人に扮して攻撃をしてきている。
「随分慣れた手つきだ。軍人上がりが特殊部隊と言ったところかな?」
相手の耳に入っているかはわからないが、鎌をかける。
人間、いくら平常心を装っていても、身に覚えのあることで鎌をかけられると、多少の動揺を見せる。
だからメンタリストなんてものが存在しているし、その細かな動揺から駆け引きを生んで、賭け事が成立するのだ。
悠馬は遠巻きに歩く人々の中でカマをかけたが、残念なことに反応を見せる人影はない。
「チッ…逃げたか」
殺気を押し殺すのが得意なようだ。
攻撃をされた時ですら、殺気を感じることはなかった。
2回の攻撃を受けた中で、1度目は首筋に、2度目は朱理の腹部に目掛けてナイフを投げていることから、殺すつもりはあるはず。
逃げられたことに小さく舌打ちした悠馬は、再度周囲を見渡すと、そっと朱理へと手を伸ばした。
「?」
「目立ちすぎた。少し離れてアルデナに連絡しよう」
「はい♪」
周囲の人々は、目を合わせてこないが意識をこちらに向けている。
当然と言えば当然のことだが、目立ちすぎたって悠馬たちは返って動きにくくなるだけで、得はない。
今の攻撃で相手の素性がわからなかったのは悔やまれるが、ここは一旦、場所を移してアルデナに報告をしておくべきだろう。
足早に大通りを抜けて、路地裏へと辿り着く。
今回は常にサーチを発動させ、周囲の警戒を怠らずに路地裏についた悠馬は、ポケットからスマホを取り出して、アルデナに電話をかける。
するとコールが3回ほどなった後に、アルデナからの応答があり通話が始まった。
〝どうかしたかい?〟
アルデナのいつも通りの能天気そうな声が聞こえてくる。
悠馬は彼の能天気な声を聞きながら、単刀直入に話を切り出す。
「ローマで奇襲を受けた。闇の異能に、鎌形のデバイスとナイフでの攻撃だ」
〝なんだと?今朝君との協力体制を発表したばかりだぞ?なんでもう…〟
アルデナの驚く気持ちもわかる。
こっちだって多少なりとも驚いているからな。
あまりにも早いと言いたいのだろう。
今朝発表したばかりの協力体制の話を耳にして、悠馬と朱理を補足するにしてはあまりに早い。
アルデナが協力体制を発表したのが今朝の10時、現在が14時過ぎだから、犯人は4時間程度で悠馬たちの認識阻害を補足の上発見し、攻撃を仕掛けたことになる。
動揺を隠せないアルデナの声を聞きながら、思考を巡らせる。
「最近、優秀な軍人や特殊部隊の人間が退役したりはしなかったか?」
「…いや…覚えはないが…何かそれらしい仕草があったのか?」
「ああ。殺気を感じなかったんだ。とても素人とは思えない」
「なるほど…だが残念なことに、イタリア支部で闇の異能を持つ軍人や特殊部隊の人間はいない。そもそも聖異能の使い手すらいない状態だ」
「だよな…」
聖も闇も、どこにでもいるありふれた異能力者ではないし、その異能で軍部に進んでいる人間はごく僅かだ。
特に闇堕ちで軍部に進んでいるのは過去にも今にもルクス1人だし、聖異能の軍部の人間は、閃光のルーカスと、オーストラリア支部の軍隊長1人のみ。
アルデナが言うように、イタリア支部にそんな特殊な戦力はいないだろう。
「しかし、君が殺気を感じ取れないほどの攻撃と言われると、軍部の人間である可能性が高くなってくる」
現状、軍部が疑わしいのは事実だ。
あまりに早すぎる奇襲、悠馬たちが動き出してすぐに攻撃をしてきたことや、殺気を感じないことから鑑みるに、イタリア支部内部に敵がいると考えるのが最もしっくりくる。
それをわかっているからこそ、アルデナも今の話を聞いて、真っ先に軍部に疑いを向けているのだろう。
本来であればイタリア支部の総帥であるアルデナだけは、自国の軍部は関与していないと信じるべきなのだろうが、タイミングがタイミングなだけに、軍部を疑わざるを得ない。
この国には日本のような裏の人間がいないのだから、疑うべきは間違いなく軍部だ。
「今一度軍内部に、異能を申告していない人間が在籍していないか確認してみる。それまでは引き続き、警戒にあたってほしい」
「ああ、わかった。あとローマで異能を使って、道路を壊してしまった」
「それはこちらで処理をするから気にしないでくれ」
道路の破損くらい、必要経費だ。
異能王と戦乙女が迎撃目的で異能を使ってその程度で済んだなら、まだ安い方だろう。
日本史部総帥邸の惨状をモニター越しに見ているアルデナは、悠馬がその気になればこの国がどうなるかを知っているため、道路の破損をすんなりと受け入れる。
悠馬はアルデナへの報告が終わり、携帯端末から耳を話すと、人の気配を察知して上空を見上げた。
路地裏の建物の上に、闇で生成された人影が見える。
「さっきから、なんだお前?よくもまぁ簡単に俺たちのことを見つけられるな。GPSでも仕掛けてんのか?」
見上げた先にいる真っ暗な闇に、レッドパープルの瞳を細めながら尋ねる。
闇を纏っているのか、闇の異能を操っているのかわからないが、輪郭すら掴めない。
黒いモヤのような、霧のような全身で、まるで人の形をした気体のようにも思えてしまう。
「おいストーカー。喋れないんですか?」
言葉を返さない闇に痺れを切らした朱理が尋ねる。
彼女は背中から闇を発動させ、路地裏一帯を闇で飲み込みながら、上空を見上げる。
「アカツキユウマ…カリソメノヘイワハマンキツデキタカ?」
「…あ?」
闇を纏っているのだろうか?
朱理に喋れないのか訊かれ、辿々しく話し始めた。
試したことはないが、闇に発声器官はないはずだから、言葉が話せるとは思えない。
間違いなく、あの中に本体がいる。
そう判断したが、彼の発言した仮初の平和という単語が気になり、攻撃を踏み止まる。
「オマエハソノザニフサワシクナイ。ワタシガアクラヒャッキニナロウ」
「お前が?どうやって?」
お前は異能王の座に相応しくないから、自分が悪羅になる。
戴冠式の話をしているのだろうか?
コイツの言っていることはよくわからないが、イタリア支部に手紙を届けた自称悪羅は、今目の前にいるこの闇だと結論づけてもいいだろう。
「コウヤルノサ」
悠馬がどうやるか尋ねた瞬間、彼は闇の異能を発動させ、周囲を真っ暗闇に染め上げる。
「へぇ…手紙を総帥邸のポストに入れ込むのに苦労していたから素人だと思ってたが、あれは演技だったのか?」
彼が発動した闇の異能は、悠馬たちを閉じ込めたというよりも、ローマ全体を覆っている。
外部からの侵入を防ぐためなのか、大規模な闇異能によって強制的に閉じ込められた悠馬は、特に気にしたそぶりもなく訊ねる。
「オマエニハカンケイナイダロウ。ココデシヌノダカラ」
「随分と強気だな。…だけどな、俺はお前みたいな奴を過去に何度もとっ捕まえてきてるんだ。あまり失望させてくれるなよ?」
こういう強気な犯罪者とは、これまで幾度となく戦ってきた。
特に悪羅が死んだ後、世界各国の犯罪者たちは自分が次の悪羅百鬼になって伝説を作ろうとしたが、その誰もが悠馬に敗れ、捕えられてきた。
自分なら暁悠馬を越えられる、殺せる。
そう思い込んでいた勘違い野郎は全員刑務所にぶち込んだつもりだったが、まだ目の前に残っていたとは。
ローマ全体を覆う闇の異能のせいで、太陽の灯りがなく自動点灯式の街灯が点灯し始める中、悠馬は闇の異能を発動させる。
「朱理!」
「わかってます。サポートはしますが邪魔はしません」
朱理はそう言って、悠馬を見送る。
この程度の敵なら、悠馬の相手ではないという判断なのだろう。
一緒に戦うのではなく、サポートと見学に徹する朱理は、悠馬が放った闇の礫を見つめる。
「カオスレイン」
「キカナイヨ」
悠馬が放った闇異能、カオスレインは、彼を目掛けて飛んでいったが、当たる直前でスルスルとすり抜けていく。
「っ!?」
「サッキソノオンナノコウゲキデマナンダ。オナジテハツウジナイ」
「ああそうかよ」
自信満々にそう豪語する闇に、悠馬は続け様に闇の異能を展開しながら頭を回転させる。
どういう原理だ?
闇異能は確かに実態を持たせたり、そのまま透過したりできる優れた異能ではあるが、人の形を残したまま物体を通過させることは不可能なはず。
だから聖魔は影の中に潜むようにして高速移動をするし、悠馬も闇の異能を使うのではなく、ガードを選択するわけだ。
だというのに目の前の闇は、実態を持っていないように闇の異能によるダメージを負わなかった。
闇の異能はルクスと同じくらい熟知しているつもりだったが、あんな使い方ができるのか?
色々と試してみる必要がありそうだ。
どういう原理で攻撃を回避したのか気になる悠馬は、展開した闇異能を指先に凝縮し、放出する。
「ゲヘナフレイム」
悠馬が凝縮した闇の異能は紫色に変貌し、炎のように揺らめきながら彼に直撃する。
すると今回は、悠馬が放ったゲヘナフレイムは貫通することなく、闇に纏わりつくようにして発火し、彼を焦がした。
「ッ…!?」
「どうやら効く異能もあるらしいな」
「スコシオドロイタダケダ!」
悠馬に効く異能があると指摘されたのが嫌だったのか、声を荒げた彼は、黒く煌めく闇を見せた。
まるで黒い星々を見ているように美しい。
街灯で照らされているからか、幻想的に見える攻撃。
悠馬は彼が闇の異能を発動させるのを見て、クラミツハの神器を召喚した。
「全部ぶった斬ってやる」




