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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
7/23

007

 真っ白な砂浜の上で、漣の音を聞いて目を覚ます。


 少し肌寒いような、それでいて心地のいい肌触りの砂の上で目を開けると、そこには満点の星空が見えた。


 まるで宝石を真っ暗な世界に散りばめたように、自分はここにいるよと、人々から忘れられないように輝く星々。


 この星空は見覚えがある。


 3年間の青い春を過ごしたあの島で、3年間借りていた寮の砂浜から見える星空だ。


 身体は自然と動く。


 そのことから察するに、どうやら夢や異能で作られた空間ではないようだ。


 目を覚ましてからゆっくりと状況を読み込んでいく悠馬は、両手を動かし感覚を確認しつつも、そこから微動だにしない。


「懐かしいな…何年ぶりだ…?」


 懐かしい空間で感傷に浸る悠馬は、自身の高校生活を思い出しながら呟く。


 誰の返事も返ってこない島の中で呟いた悠馬は、そこから数分目を瞑った後に、ゆっくりと上体を起こした。


 すると起き上がるのと同時に、青い画面が視界に浮かび上がった。


「……んだこれ」


 悠馬の目の前に浮かび上がっている青い画面には、ただ〝この世界を救ってください〟とだけ記されている。


 ゲームで例えるならシステムウィンドウというやつだろうか?長方形のような画面の中に、白字で記された文字はあまりに淡白で、機械的だ。


 これまで見たことのない謎の画面に目を細める悠馬は、青い画面に触れてみる。


「っ!?」


 悠馬が画面に触れるとすぐ、浮かんでいた文字は一瞬にして消え、一気にゲーム世界から現実に引き戻されたような感覚になった。


 冷静に状況を把握しよう。

 ここは間違いなく日本支部の異能島だ。


 夜で海の色なんかはわからないが、背後に見える慣れ親しんだ寮も、アホみたいに騒ぎ合っていた通学路も何もかも、異能島であることを物語っている。


 そして今のシステムウィンドウ、この世界を救ってくださいっていうのは、多分星屑が言っていた、救えなかった全ての可能性を救う必要があるってヤツに繋がってるんだろう。


 つまりパラレルワールドってことだ。


 そう仮定すれば、この世界は暁悠馬が選ばなかった結末だということになる。


 異能島が舞台であるということは、高校生の選択ということか?時期はいつ頃だ?この時期は何をしていたんだ?もしかすると自分の身体も高校生に戻っているのだろうか?


 様々な憶測が浮かび、一旦寮に向かうことにする。


 何をするにも情報が必要だ。今の状態ではあまりに情報が少なすぎる。


 寮から何らかの情報を得られると判断した悠馬は、砂浜から寮のテラスの柵を越え、中を見る。


「…これは…」


 ガラス越しに見える、自分自身が3年間の青春を過ごした寮内。


 そこに広がっている光景は、悠馬が想像しているような思い出の空間ではなく、埃で覆われた古びた空間だった。


 何年経ってる?一体この寮が使われなくなって、何年経過したんだ?


 外観はあの時の記憶のままなのに、内装はあまりに違いすぎている。


 これは一度、寮の中に入って確認すべきだろう。


 そう考えた悠馬は、ゲートの異能を発動させると、靴を脱がずに寮の中に入る。


 黒い渦を潜り寮の中に入ると、ツンと鼻を刺すカビの臭いと、危うくむせそうになるような粉っぽい埃を感じて鼻と口を手で覆う。


「2.3年放置ってレベルじゃないな」


 少なくとも5年…いやそれ以上放置されている可能性もある。


 家具の上に積もっている埃を指で拭き取った悠馬は、止まった時計とカレンダーのかかった壁を見る。


「時期は…高校2年の6月か」


 6月ってことは、ティナの辺りか?それとも少し前?

 17年も前の記憶だから正確に何が起きたのかまでは覚えていないが、2年の夏辺りがティナや混沌と戦った時期のはずだ。


 つまりこの世界を救う条件はティナと混沌を殺せばいいってことか?


 そこまど考えたところで、寮の窓をドン!と叩く音が聞こえ、ビクッと震える。


 もしかして人が居るのか?


 埃だらけの寮内から、てっきり人っ子一人いない世界を想像していた悠馬は、音のした窓の方へと振り返り、そこにいた懐かしい人物を見て目を輝かせた。


「通…!」


 悠馬の目線の先に居るのは、黒髪小柄な少年、桶狭間通。同じ第1異能高等学校で苦楽を共にした、数少ない親友だ。


 彼の姿は、記憶にある高校時代と変わらない上に、制服まで着ている。


 その姿を見ていると、本当に過去のパラレルワールドに来たんだなと、改めて実感させられた。


 悠馬は通の顔を見るとすぐに、テラスの窓のロックを解除した。


 ロックを解除して窓を開けると、通がいきなり飛びついてくる。


「うぉ!?どうしたんだよお前…!」


「悠馬…!お前生きてたんだな!本当に良かった…」


「なんの…」


 何の話だ?


 目尻に涙を溜めながら、心底安堵したように抱きしめてくる通に、悠馬は戸惑う。


 高校時代のコイツは、感極まったって男と抱擁するような奴じゃなかったし、人の励まし方も知らないようなイカれた奴だった。


 むしろ男と抱擁しようものなら、ゲロ吐きそうなほど気持ち悪がるような男だぞ?


 そんな奴が、パラレルワールドではまともになるのか?


 まともになっている通の姿に混乱する悠馬は、嗚咽を漏らす彼の背を叩き、微笑んで見せる。


「おい、もうこの辺でいいだろ。どうしたんだよいきなり」


「いきなりも何も…!お前あの日に…20年前にいなくなっちまったから…どこに行ってたんだよ!」


「にじゅ…」


 20年前?どういうことだ?ふざけてるのか?


 通の発言から出てきた想定外の年数で、この寮が20年も放置されていたことを知る。


 だが20年経過しているにはあまりにおかしな点がある。


「20年も経過してんのに…何でお前まだ制服なんて着てんだよ?」


 彼がなぜ制服姿なのか尋ねる。


 そう、20年経過したという割に、通の容姿は高校生の頃の記憶と変わらず、制服だって見事に着こなしている。


 彼の言うことを信じるなら、通はコスプレおじさんということになる。


 高校から20年経過しているというには、あまりにおかしな光景だ。


 すると通は、不思議そうに首を傾げる。


「何言ってんだよ…?歳取らないのは八神のおかげじゃねえか!」


 この世界は、八神の異能で歳を取らなくなった世界線なのか?


 いや待て、何かが引っかかる。もっと前に、高校生の時にこの世界を見た記憶が…


 そこまで考えたところで、悪羅百鬼の最低最悪の結末を思い出す。


 そうだ。この世界は悪羅百鬼…いや、暁悠馬がぶっ壊した、八神が物語能力を複製した世界。


 そこまで思い出したところで、悠馬は俯く。


 彼の表情は、読み取れない。


「通」


「なんだ?」


「この世界のこと、教えてほしい」


 通にありのままを話したところで、コイツはバカだから理解できないと思う。それに理解できたところで、別の世界から来たって言ったって誰も信じないだろう。


 ならば単純に、この世界のことを教えて欲しい。この空白の20年、もっと前の八神がどうやって物語能力を手にするに至ったのか、敵は何だったのか。


 悪羅がこの世界で八神を殺したのは知っているが、それ以外のことを何も知らない悠馬は、首を傾げる通にお願いをする。


 すると通は、不思議そうにしながらも、肩をポンと叩いて微笑んで見せた。


「いいぞ!八神は忙しそうで、俺様の話し相手がいなくて困ってたんだ!俺様がこの偉大なる八神伝説について説明してやる!」


「おう頼む」


 この感覚も懐かしいな。


 懐かしむ余裕なんて見せていいのかわからないが、高校生の姿の通と話していると、何だか昔に戻ったような気がして自分も高校生の気分になってしまう。


 いや、今は高校生か?そんなことを考える悠馬は、咳払いをする通の方を見つめる。


「美哉坂さんをティナが連れてっちまった後、お前もそれを追っていなくなっちまっただろ?あの後、しばらくしてから世界をこの暗闇が覆って、日が登らなくなったんだ」


 断片的な話からの推測だが、この世界の夕夏はティナに負けて連れて行かれ、それを悠馬が追った。


 してその後、混沌が異能を発動させたということだろうか。


 物語能力を集めることに固執していたティナと混沌だから、かなり激しい戦いをしたはずだ。その余波がこの明けない夜なのだろう。


 そしておそらく、状況から察するにこの世界の暁悠馬はその戦いに巻き込まれるか、それ以前に死んでいるのだろう。


 そう判断した悠馬は、黙って頷く。


「数日間は良かったんだ。日が登らなくても、みんな初めて極夜なんて見たってはしゃいでたんだけど…どんどん気温が下がっていってさ、なんつーの、氷河期?みたいな感じ!」


 1週間も日が登らなければ、気温はマイナス数十度から数百度になっていたはずだ。


 到底人類が生き残れる気温ではないし、科学に頼ったところでそう長くは保たない。


 そこで八神の話になるのだろう。


 悠馬が八神の話になると予想すると、その通りだったのか、彼は決めポーズを取りながら話を再開する。


「マイナス80度くらいになった時、八神が美哉坂さんの異能を複製してさ!八神のやつ、代わりに身体の半分めちゃくちゃになったんだけど、おかげで辛うじてこの異能島と近海は、気温が適温に保たれてるんだ」


 なるほど。


 八神は物語能力を複製し、気温調整に使ったのか。


 混沌やティナの物語能力の夜を、八神の複製で打ち消すことはレベル差的にできないだろうから、上手い使い方をして絶滅を逃れたなと、感心してしまう。


 しかし疑問は残る。気温を適温に設定したのはわかった。


 でもなぜ、彼らは見た目が変わってないんだ?


 見た目が高校生の頃と変わっていない通の姿の説明がなく、疑問を覚える。


「おぅおぅ、その顔は見た目の話がないじゃんってだろ?八神が異能島に異能を使った時、一つ問題が起きてさ」


 悠馬の視線を感じた通は、わかってるよと言いたげに、ドヤ顔で説明を始める。


「異能島は電力供給は島内で完全に賄えるようになってたから問題ないんだけど、食料問題っつーのがあって!お前知ってるか?」


「当たり前だろ。俺はユニセフに募金してんだ」


 何が食料問題って知ってる?だよ。


 多分食料問題を高校生にもなって初めて学んだのはお前だけだよ、通。八神の異能で学べてよかったな。


 馬鹿な発言をした通に呆れてツッコミもしない悠馬は、心底バカを見るような眼差しで彼を見つめる。


「知ってるなら話が早い、俺たちも食料問題に陥ったんだ。ほら、異能島には野生動物なんてほとんどいないし、野菜の生産だってたかが知れてるだろ?」


 通の言う通りだ。


 ここ異能島に、家畜はいない。

 そりゃそうだ、こんな離島でしかも学生がほとんどの都市に、コストのかかる家畜を連れ込むよりも、食肉加工された肉を持ち込んだ方が、圧倒的に安く済むからだ。


 そして野菜も同じ。ごく少量、果物なんかも異能島でも自生しているが、そんなの微々たるものだ。


 だからこの異能島で防衛戦をしたら、すぐに食糧難が来て詰む。


 ならばどうすべきか。八神は考えに考え抜いて、結論に至った。


「案の定食料が目に見えて減って、それに危機感を覚えた八神は、異能で俺たち全員の身体の成長速度とかいろいろを、極限まで遅くさせたんだ」


「なるほど…」


 理に適っているかもしれない。


 いくら八神が物語能力を複製していようと、それは本物の劣化に過ぎない。


 もちろん物語能力では満腹にするなんてことはできないし、肉や野菜を生成したところで、この異能島の生徒全員の食糧を物語能力で賄うことは不可能。


 ならばどうするか。

 極限まで代謝を抑え、老化を抑え、成長速度を抑えることで、身体が消耗するはずの養分をゼロに近い状態にしているのだ。


 そうすることで、20年もの歳月が経過しているのに老化していない人間が出来上がる。


「んま、そんな感じ!飯が食えねえのはちょっと寂しいけど、みんな仲良くやってるぜ!」


 ご飯を食べる必要はないが、やはり何か味のするものを食べたい時はあるだろう。


 それに20年もの歳月が経過していたら、いくら成長速度を抑えても、多少お腹が空く時もあるはずだ。


「お前らどうしても何か食いたいときは、何食ってんだ?」


「あー、魚が多いなぁ、ほら、異能島の周りも八神の異能の範囲に入ってるから、その中で生きてる魚とっ捕まえる感じ!」


「そういうことか」


 20年前に終わるはずだった物語の中、必死に紡いでいる命。


 この世界の先の結末は、もうなんとなく察しがついてしまった。


 八神が望んだのは、進展や後退ではなく、停滞。


 彼はおそらく、物語能力で緩やかに体力を消耗していっていることだろう。


 異能島に残された生徒たちは、きっとこの事実を知らない。


 物語能力の上位互換のセカイを保有する悠馬だからこそわかる、悲しい現実。


 この世界は八神清四郎の体力がゼロになると同時に、みんなが凍え死んで幕を閉じる世界なのだ。

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