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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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 人間、不要だと感じている物でも、無くなれば案外寂しいモノだ。


 例えばいつも使っている通学用バッグ、通勤用バッグ。


 早く新しいものに買い替えたいと思い何度も使い、消耗して買い替えのタイミング。


 早く買い替えたいがために使っていたはずなのに、手放すのを物寂しく感じてしまったりする。


 それは人間の心の中に常にある愛着の心理で、悠馬にだってそれはある。


 不要なはずの物語能力を譲渡しただけなのに、なぜだか喪失感のような寂しさを感じる悠馬は、残り4割の物語能力をどうすべきか考えていた。


 3割の物語能力をエルドラに譲渡した悠馬には、現在4割の物語能力が残っている。


 可能なら、この4割は夕夏に譲渡して、保険を掛けるのがベストだろう。


 自分自身が死ぬ可能性が高い以上、物語能力を使いこなせる夕夏に力を授けたい。


 エルドラの世界で物語能力の譲渡ができた以上、この世界でも譲渡自体は可能なはずだ。


 …だがこれから先、エルドラの世界と同じように物語能力を求められた際、譲渡できる物語能力がなければ、詰んでしまう。


 念のため、物語能力は引き続き保有したままで、然るべきタイミングで残っている物語能力を夕夏に譲渡する方がいいのだろうか?


 現実世界に戻ってきてすぐ、目を瞑ったまま考える。


 エルドラはセカイでうまくやるだろう。


 世界を救った判定になった以上、あの世界はうまく進んでいくはずだ。


 夕夏の世界のように、訳のわからない救った判定でなかった以上、彼のことはもう気にしなくていい。


 もし気にすることがあるなら、それは最後にエルドラが言いかけていた言葉の続きだろう。


 まぁエルドラ自身、この世界ではすでに死んでいるし、パラレルワールドのエルドラともう一度会える可能性は低いだろうから、深く考える必要はないか。


 彼がどう思って何を告げようとしていたかはわからないが、そう結論づけて彼に割いていた思考のリソースを破棄する。


 そうしてゆっくり、目を開く。


 ホテルの部屋に備え付けられている時計を確認する。


 時刻は午前5時。


 随分とパラレルワールドに長居していたようだ。


 テルヘンに出会い、オリヴィアと話をし、ティナと遭遇した後に暁悠馬と戦い、最後にエルドラとやりとりをしたのだから、当然か。


 もう少し早く帰ってくるつもりだったが、もう明け方の時間帯だと気づいた悠馬は、ふと静かなベッドの中を確認する。


 昨晩は朱理と共に床に着いたはず。


 寝息も聞こえないし、何をしているのだろうか?


 ベッドの中を確認するが、朱理の姿はない。


 どこかにいるのだろうか?


 そう思いながら、ベッドの中で朱理が寝ていたシーツに触れる。


 ベッドの中が冷えていることから、朱理はかなり前にこのベッドから出ていることになる。


「朱理…?」


 名前を呼ぶ。


 するとすぐに、部屋の中から物音がした。


 ガタッという音が聞こえ、黒い影が蠢くように見える。


「おはようございます。悠馬さん。呼びましたか?」


「あ…いや…ベッドに居なかったから心配になって…」


 …なんだ今の?


 とても人とは思えないような影の動きだった。


 疲れているのか?


 いつの間にか蠢く影は消え、そこに朱理の姿を確認した悠馬は、一度目を擦って彼女を再確認する。


 いつもの朱理だ。


 夜目の中、真っ黒な髪、真っ白な肌、紫色の瞳がしっかりと見える。


 悠馬は朱理に向かって手を伸ばすと、朱理は悠馬の元へと歩み寄り、そっと懐の中に入ってくる。


 桃のような甘い香りが朱理から漂い、鼻腔をくすぐる。


 彼女の柔らかな感触が伝わってきて、心地よさに溺れていく。


 そっと優しく押し倒され、受け入れるようにベッドに背を預けた悠馬は、首筋にキスをされ、目を閉じる。


「早く目が覚めてしまって…悠馬さんを起こすのは申し訳なかったので、1人で時間を潰していました」


「なるほど…そうだったのか」


 普段朱理が起きるのは7時前後だが、早起きする日もあるだろう。


 もし仮に早起きしたから付き合ってくれと叩き起こされていたら、危うく意識がないのがバレてしまうところだった。


 朱理に起こされなくて良かったと安堵する悠馬は、彼女の柔らかな感触に包まれながら、腰を抱いた。


「あは」


「朱理…自称悪羅探しだけど、どうしようか?」


 パラレルワールドがひと段落したことで、本格的にイタリア支部の事件に意識を向ける。


 パラレルワールドの夕夏が悪羅に会えと言っていたし、自称悪羅事件が本物の悪羅に繋がる可能性がある以上、悠馬としては何としてでもこの事件に最後まで関与したいのが本音だ。


 悪羅百鬼を名乗る人物からの手紙、隊長の失踪。


 イタリア支部は警戒体制を敷いているが、自称悪羅の行動パターンは全く読めない。


 イギリス支部のジャックザリッパーのように、明確に誰を狙っているのかもわからないし、イタリアという国を狙っていることしかわからない以上、相手がどんな動きをしてくるのか想像がつかない。


 順当にいけば隊長やアルデナを狙ってきそうなものだが、アルデナたちも警戒心を強めているし、そう簡単にやられることはないはず。


 いくら覚者が相手だとしても、警戒状態ならば即座に連絡の一つや二つ入れることはできるし、連絡が来ればこっちはゲートで即座に移動できる。


 朱理はどう考えているだろうか?


「この国を悠馬さんのモノにすればいいじゃないですか」


「んん…?」


 なんか物騒な発言が聞こえたぞ?

 国家転覆を狙うような発言じゃないか?


 この国を自分のものにすればいい。


 そう聞こえた悠馬は、目を開く。


 すると朱理の紫色の片目が、こちらを窺っていた。


「アルデナさんは悪羅百鬼を匿うくらい悪羅のことを好いているんですよ?だったら悠馬さんがこの国渡せって言ったら、差し上げるんじゃないですか?」


「えっと…俺この国侵略しにきたんだっけ…?」


 なんでそういう話になってるの…?


 自称悪羅を捕まえにきたはずが、なんで国を奪う話になっているんでしょうか?


 相変わらずの朱理の畜生っぷりに恐れ入る。


「あは。だって自称悪羅がこの国をいただくと言っているなら、正真正銘悪羅百鬼と同じ血を持つ悠馬さんが国をいただいた方がいいじゃないですか」


「いや…この国、いらない…」


 いや、いらないっていう言い方は失礼かも知れないけど、今更国王なんてしたくない。


 エルドラの聖王国のような規模を見て、国の統治は大変そうだと感じたから、国王なんて絶対に御免だ。


 朱理が冗談で言っているのか本気で言ってるのかは知らないが、このまま冗談で返すと、彼女は本気で国を堕として来そうだから必要ないと明言しておく。


 すると朱理は、にっこりと微笑んで頷いた。


「残念です。自称悪羅を捕まえる方法ですが、現状は様子見をする他ないでしょう」


「だよなぁ…」


 自称悪羅を捕まえると言ったって、現状証拠は手紙しかない。


 手紙だって動画を見る限り、闇の異能を使って届けられていたし、あの闇の異能だけで犯人を特定するのは、不可能だと言ってもいいだろう。


 隊長の失踪だって、物的な証拠が上がっているわけではなくアルデナの憶測だし、どうしたものか…


「とりあえず、今日はデートでもしませんか?」


「現状できることもないし、そうしようか?」


 アルデナからの正式依頼ではあるものの、即座に行動に移せるような情報がないのだから、少しくらいぶらついてもいいだろう。


 朱理の提案に乗った悠馬は、彼女を抱き寄せると再び目を閉じる。


「それじゃあ…朝までもう少し…眠ろうか」


「はい…」



 ***



 朝。


 着信音で意識を覚醒させる。


 室内にスマホの着信音が鳴り響く。


 パラレルワールドからの帰還でまだ眠い意識を覚醒させ、おぼつかない足取りでベッドから起き上がった悠馬は、ぐっすりとベッドで眠る朱理を横目に、スマホを手にする。


 こんな眠たい時間に電話をかけてくるなんて、どこのどいつだろうか?


「もしもし…」


「暁悠馬くん。緊急事態だ」


 スマホのスピーカー部分から聞こえてくる、アルデナの声。


 時刻は午前9時、ふざけたイタリア人たちも仕事をする時間だからか、アルデナの声は気合が入っている。


 まだ疲れが抜けきれていない悠馬は、そんな気合のこもったアルデナの声を聞きながら、あくびをする。


 緊急事態って聞こえたが、何事だろうか?


「何かあったのか?」


「イタリア博物館から、神器が盗まれた」


「盗まれたぁ?」


 何言ってんだコイツ。


 博物館は神器が保管されているため、どこの国だって警備は厳重だ。


 世界会合でローガンが言っていたように、神器が国力に直結する以上、それを盗まれるなんてことあってはならない。


 だからこそどこの国だって神器は厳重に扱っているし、それを盗まれたとなると大事件だ。


 自称悪羅の一件とは関係ないと言い切れないが、まさか自称悪羅が結界契約しようとしているのか?


「ちなみに盗まれた神器は?」


「ヘラクレス…ヘラクレスの鎌が盗まれた」


「は?1本だけ?」


「ああ…現状被害が確認できているのは1本だけだ」


 普通神器を盗むなら、どの神と契約できるかわからないため可能な限りの神器を盗み出すはずだが、なぜピンポイントでヘラクレスの神器だけなんだ?


 最初に盗み出そうとしたヘラクレスの神器で見事結界契約を終えた可能性も考えられるが、あまり現実的ではない。


 なにしろイタリア支部内で適合者がいなかったからこそ、ヘラクレスの神器は博物館に展示されているわけで、それをピンポイントで使いこなせる人間がちょうどヘラクレスの神器を盗み出そうとする可能性なんて、万に一つもないだろう。


 ならば考えられる可能性は、計画された強盗という線だ。


 イタリア支部の博物館に展示されていたなら、各国情報は持っているだろうし、犯罪者組織が狙う可能性もある。


 しかしなぜ1本だけなのかというのが、最大の疑問だ。

 契約できるかわからない神器1本のために強盗なんて、割に合わない気がする。


 いろんな線を考えるが、盗んだ人物がヘラクレスと契約できる可能性や、盗まれたのが1本だけという状況のせいで、上手い答えが見つからない。


「監視カメラは動いてるんだろ?そっちには何が映ってるんだ?」


 博物館なのだから、警備員もいたし監視カメラや赤外線カメラも万全だったはずだ。


 そっちに何かログのようなものは残ってないのか?


 そう思い尋ねてみると、数秒の沈黙が返ってくる。


「…おい」


「それが…全てシステムダウンしていて、警備員も制圧されていた」


「…警備員のレベルは」


「神器を扱う博物館だから、レベル10以上の実戦経験がある警備員だけで揃えていた。警察上がりと軍人上がりで構成していたんだがな」


 レベル10以上で実戦経験のある警備員を全員無力化し、警備のシステムダウンまでさせるとは相当な実力者じゃないか。


 悠馬自身、その気になれば同じことはできるだろうが、それは悠馬だからできることであって、それを実行するとなると少なくとも覚者クラスの異能が最低一つは必要になってくる。


 警備員が何人いるかはわからないが、気づかれることなく全ての通信を遮断し、誰にも気づかれることなく警備員を制圧し、ログも全て消す。


 少なくとも雷系統の異能は必要になってくるはずだが、その辺りの言及がないことを察するに、システムを破壊されたわけではなさそうだ。


「警備員は生きてるのか?」


「全員生きているが、自分たちが気絶させられたことにすら気づいていない様子だ。…最初は催眠ガスなんかの可能性を疑ったが、ガス系統のモノを使われた形跡はない」


「…相当な強者だな」


 まさか警備員全員を殺さず無力化しているとは思わなかった。


 催眠ガスの系統を使用した可能性も無くなり、完全に実力のみでヘラクレスの神器を盗み出した人物がいると聞いた悠馬は、真剣な表情でホテルの中を見渡す。


「ひとまず、ヘラクレスの神器以外を盗まれていないか再確認した方がいいだろう。…盗んだ犯人が自称悪羅なら協力するが、それ以外の犯人だった場合は、そこまで深入りできないぞ」


 今回は自称悪羅を追い詰めるために、イタリア支部と協力体制を敷いているだけで、全く別の事件に関与する気はない。


 一応電話を受けた身だから、盗難事件自体は把握しておくが、表立って協力することはないだろう。


「もちろんだ。もし仮に自称悪羅が神器を盗んでいるなら、そちらの確保もお願いしたいと思って連絡しただけだ」


 仮にヘラクレスの神器が発見されたなら、イタリア支部所有の物だからきちんと回収して欲しい。


 そういうことだろう。


「ああ、わかった」


 自称悪羅と関わりがあるかわからないもののそう告げたアルデナに、悠馬は返事をする。


 そこでようやく、朱理がモゾモゾと動き始めた。


 まだ眠たいのか、布団に包まりながら目を開いた朱理は、紫色の瞳が前髪で隠れ、真っ黒な瞳を彷徨わせる。


「悪いアルデナ。電話切るぞ」


 アルデナの返事を待たずに、通話を切る。


 どこか明後日の方向を見ている朱理は、こちらに気づいていないのか壁の方向を見ているような気がする。


「朱理?」


「あ、おはようございます。悠馬さん」


 悠馬が声をかけると、朱理は声のした方向を見てニッコリと笑みを浮かべる。


 前髪を払い、紫色の瞳で悠馬を見つめる朱理の姿はいつも通りだ。


「大丈夫か?変な方向見てたけど…」


 念の為尋ねる。


 朱理が何を見ていたのか不安な悠馬は、彼女のもとへと歩み寄る。


「ああ…ぼーっとしてただけですので、お気になさらず」


「それならよかった」


 一瞬何かの病気なのかと思ってしまった。


 明後日の方向を見ていたのは、ただぼーっとしてただけと聞かされた悠馬は、安堵した様子で朱理の頭を撫でる。


「疲れてるならもう少し寝ててもいいからな」

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