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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
64/67

064

 テルヘンと出会い、オリヴィアとのやり取りを終え、束の間の1人時間を満喫しながら王城へ向かう。


 まるで御伽噺のように大規模なお城は、ドイツの歴史的建造物であるノイシュヴァンシュタイン城を彷彿とさせる。


 エルドラはノイシュヴァンシュタイン城を見たことがあるだろうから、模して作った可能性は十分にあり得る。


 夜中ということもあり、静かな街を歩いているが、やはり時代錯誤も良いところだ。


 悠馬の知る日本支部のように、24時間のコンビニエンスストアどころか、そもそもコンビニエンスストアらしきものは見当たらないし、街灯の数も少ない。


 周囲の建物だって電気が付いている気配はない。


 もちろん道端には車も停まっていないし、本当に昔の時代にタイムスリップしてしまったんじゃないかと錯覚してしまうくらいだ。


「んま、アメリカ支部と契約したって言っても、アメリカ支部が損するような国土を渡すわけないからな」


 いくらエルドラとアメリカが秘密裏に取引をしていたと言えど、アメリカが自分が損をするような広大な国土を譲るわけがない。


 無論建物も建っていないような土地を渡してきただろうし、発電所関係は絶対に用意しなかったはずだ。


 ここ聖王国の文明は、見るからに遅れを取っている。


 信号も車もなく、スマホの類もない。

 街灯だってそこまで多くないのだから、日本で言う400年近く前の明治時代くらいに相当しているかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に白水色の髪色をした4、50代くらいの女性が現れ、悠馬は立ち止まる。


 彼女の髪色を見た瞬間、ゾッとする感覚が全身を襲い、本能的に臨戦体制に入る。


 ゆっくりと露わになる、彼女の素顔。


 白人特有の真っ白な肌に、艶やかなピンク色の唇。

 大きくパッチリとした瞳に、妖艶さを纏うオーラ。


 目の前に現れた女性は、見覚えのある…いや、忘れられない人物だった。


 悪羅百鬼が誕生する原因となった人物。


 7番目の王位継承者にして、最悪の黒幕、あのお方。


 ティナ・ムーンフォールンだ。


 悠馬は音もなく目の前に現れたティナに、一瞬戸惑った様子を見せるが、ティナはというと悠馬を確認するや否や、そっと手を伸ばした。


「どうやらソナタは私の知るバカ弟子ではないようだな」


 あの日、ティナの顔面にはクラミツハの神器を一撃お見舞いしてやったが、こんなに艶やかに笑う人だったのだろうか?


 見た目は高校生の悠馬だが、精神年齢は三十半ばのため、ついつい40代ほどのティナの艶やかな笑顔に見惚れてしまう。


 美しい。


 真っ白な浴衣を纏う彼女は儚く美しく、それでいてその真っ青な瞳からは、芯の強さを感じさせる。


 あの日、真っ赤な瞳で吠えていた彼女と違い、青色の瞳のティナは、差し出した手を悠馬が受け入れなかったことで、そっと手を下ろす。


「…俺のことを知ってるのか?」


 ティナに尋ねる。


 こっちの世界の暁悠馬は、ティナの弟子なのだろうか?


 バカ弟子と言われ、自分が誰かの弟子であることを知った悠馬は、訝しげに尋ねる。


 するとティナは、悠馬が反応を見せたことが嬉しかったのか、真っ白な浴衣をくるりと回転させ、コクリと頷いた。


「正確にいうと、ソナタのことは知っているがソナタは知らぬと言うべきか。妾が知っているのはあくまで、聖王国騎士団長の暁悠馬だ」


「…その口ぶりからして、俺の師匠なのか?」


「そうだな。妾が騎士団長を退任する時に、新たな騎士団長に命じたのがソナタだ。妾のできる全てを教えたのだから、師匠と言えるだろう」


「そうか。それで?こんな真夜中に、何の目的もなく徘徊するようなヤツじゃないだろ。アンタは」


 ティナがこんな時間に偶然散歩をしていたとは考えられない。


 口ぶりや様子からして第一線は退いているだろうが、騎士団の団長を務めていたと言うくらいだし、実力は相当なはずだ。


 唯一、エルドラが物語能力を悪神に返していないため、ティナが物語能力を使える可能性は低いだろうが、念の為警戒しておく。


 悠馬が目的を尋ねると、ティナは口元を緩めて肩を落とした。


「大した用ではない。ただソナタがこの聖王国を覆うほどの異能を何度も発動させるから、気になって見にきただけだ」


「あっ…」


 さすが、物語能力を手にする前から異能王をやっていただけあって、害のない異能発動も察知することができるのか。


 本来、サーチを発動されたことに気づく異能力者は少ないが、感覚が優れた異能力者ならば、何かの異能が発動した程度の認識はできる。


 まさかティナの感覚がそこまで優れているとは思わなかったが、サーチに反応して、この場に現れたということか。


 悠馬は歩み寄ってきたティナと向かい合う。


「そのオーラからして、エルドラと同じ…いや、それ以上の力を有しているのだろう。その力は本来、この世界に複数あっていいものではない」


 物語能力について詳しくは知らないだろうが、その感覚からエルドラと同系統の異能だということは察しているようだ。


 悠馬のセカイと、エルドラの物語能力が世界に複数あって良いものではないと考えるティナは、そこから導き出される可能性を考える。


「察するに、他次元からの次元干渉と言ったところか」


「…!」


 ティナは踏み込んだ分析で、見事に目の前にいる男が何者なのか答えを提示してみせた。


 目の前にいる暁悠馬が自分の知る騎士団長の暁悠馬ではないと判断し、エルドラと同じだが、それ以上に強大な力を有していると勘付いた彼女は、それらの証拠から目の前にいる男が次元干渉で現れたのだと結論づける。


 頭の回転が速いな。


 感覚が鋭いことで得られる情報を余さず精査し、正確に状況判断をしている。


 悠馬は惚れ惚れするティナの推察を聞いて、ふっと微笑んだ後に口を開いた。


 これほど優れた人間が師匠として側に居てくれたなら、きっとこっちの世界の暁悠馬は幸せだろうな。


「ま、そんなところだ。俺はこの世界の人間じゃない」


「やはり…か。して妾に対して敵意を感じるのも、それが原因か?」


 完全に隠していたつもりだが、やはり感覚が鋭い。


 明確な敵意を向けたつもりはないが、警戒しているし心の奥底で彼女に対して消せない敵意があるのも事実だ。


 ここは素直に話しておくべきだろうか?


 この世界のティナに罪がないのはわかっているが、元の世界でティナが1度目の死後、エルドラと同じ物語能力を手にしたこと、人類滅亡を計画していたことを話す。


 そして人類滅亡のために、人を使徒に変えたり、死人を操ったりしていたことも。


 別世界の自分の悪行は、あまり気分のいい話ではなかっただろうが、ティナは最後まで否定することも興奮することもなく、冷静に話を聞き届ける。


「なるほど。そっちの妾はそんなことをしでかしたのか」


「そうだ。アンタに罪がないのはわかるが、こっちとしてはどうしても悪人のアンタのイメージが強くて、敵意が完全になくならないんだと思う」


 別に貴女のことを敵として認識しているわけではないんだよと補足する。


 ティナはその話を聞いて3度ほど深く頷くと、顎に手を当てた。


「そちらの妾がエルドラと同じ立ち位置だったのなら、随分と見たくないものを見てきたんだろうな。この世界は人が純粋に生きていくには、あまりに汚い。醜く、薄汚れている」


「そうだな。クソ野郎をたくさん見てきたはずだ」


「自慢じゃないが、妾は心が強い方ではない。感覚が鋭いせいで敵意や悪意を感じやすく、心が休まるタイミングがないくらいだ」


 ティナは話す。


 悠馬の知るティナがあのお方になった経緯はわからないが、闇堕ちする原因はわかる。


 感覚が鋭く、悪意や敵意を感じやすかったティナは、その悪意や敵意に呑まれ、結局世界を力で抑制する結論に至った。


 そうしてみんなが力を誇示するティナに対して、敵意や悪意を隠し、媚を売るようになった。


 権力者たちは表面上で、ティナの望む世界を作り上げた。


 都合の悪いものはティナに見えないようにして、ティナが居なくなるまで、彼女の望む世界だけをビジョンとして提示し続けた。


 感覚が鋭いティナに対し、各国の権力者はうまく立ち回っていたが、ティナが亡くなる寸前に彼らは本性を表した。


 ティナは死の直前に、自身の力による抑制が失敗だったと悟ったはずだ。


 だから物語能力を手にした後、救いようのない人類を根絶やしにして、何もない世界を作るべきだと考えた。


 人間の心に絶望したから、全てを真っ更に変えようとした。


「きっと、隣で一緒に支えてくれる人がいれば、そっちの世界の妾は人類滅亡なんてイカれた目標を掲げなかっただろうな」


 ティナは星空を見上げながら、自重気味にそう話す。


 全く別の世界の自分の話といえど、多少通ずるところがあるのだろう。


 暖かな風が吹き、彼女の白水色の髪が靡く。


 どうやらこちらの世界のティナは、側で一緒に支えてくれる人がいるようだ。


 住む世界が違ければ、出会っていく人も築いていく物語も、全てが異なっていく。


 同じ人間でも、辿り着く結末はきっと、全く別のものになるはずだ。


 きっとこの世界で出会えていたなら、ティナは敵ではなく味方だったはずだ。


 現にこちらの暁悠馬の師匠なのだから、それは間違いないだろう。


「アンタは良い相手が見つかったんだな」


「ああ。歳は離れているが、妾には勿体無いくらい素敵な人だ」


 微笑むティナ。


 胸元に手を当て、誰かを想う彼女の表情は柔和で、とても人類滅亡を掲げたあのティナとは思えないほど美しい。


 こんな儚げで美しい女性にここまで想われる人物は羨ましいな。


 そんな感想を抱いた悠馬は、艶やかなティナを見つめる。


 2人の間に、数秒の沈黙が走る。


 妙に生暖かい視線、なぜそんな艶やかな眼差しをティナに向けられるかわからない悠馬は、恥ずかしそうに視線を逸らす。


 直後、ティナは微笑みながら口を開く。


「ソナタは近々、また妾と会うことになると思う」


「え…?」


 近々、また会うことになる。


 そう話すティナに、驚きの表情を浮かべる悠馬。


 まさかティナともう一度会うことになるなんて、可能性はゼロじゃないだろうが考えられない。


 悠馬の知る世界のティナはすでに死んでいるし、もしかするとパラレルワールドで会うということなのか?


 彼女の直感や感覚が鋭いことから、悠馬はその発言を戯言だと一蹴できずにいる。


 しかしティナは、そんな戸惑う悠馬を前にしても、話を続けるつもりのようで再び口を開く。


「その時は抱きしめてやってほしい。頑張ったって言ってくれれば、きっと妾はそれだけで救われる」


「…ああ…わかった。アンタに次会った時は、そうするよ」


 なんだかわからないが、とりあえず言われた通りにすれば良いんだろう。


 その言葉がトリガーなのかはわからないが、ティナに会った時はそうすれば良いという話を聞いた悠馬は、時計塔の時刻が3時になったのを確認し、彼女を見た。


「それじゃあ、俺はそろそろエルドラに会いに行ってくる。…あんまりこの世界に長居すると、元の世界で苦労することになるからな」


 そう言って悠馬は、歩き始める。


「そうだな。ソナタと話せて、存外に面白かった。気をつけて行ってくるといい」


 パラレルワールドと現実世界は、同じだけの時間が経過することになる。


 今はエルドラの世界に来て1時間ほどだが、そう悠長に構えていては、現実世界で寝たきり状態になってしまう。


 朱理の目が覚めた時、ゆすっても目が覚めない旦那が横で寝ていたら、彼女は発狂して後を追いかねないからな。


 朱理のメンヘラ具合は高校の時から相変わらずだから、本当に発狂しかねない。


 悠馬は手を振り、ティナに別れを告げる。


 ティナは白水色の髪を靡かせながら悠馬に手をふり返すと、悠馬が見えなくなるまで、幸せそうな表情を浮かべたままその場から動こうとしなかった。


 悠馬が見えなくなったのを確認してから、手を下ろす。


 白水色の髪を靡かせ、ゆっくりと振り返る。


 誰も居ない空間、誰も居ないはずの街並み。


 そんな中で青色の眼球を彷徨わせたティナは、目的のものを見つけたのか、何もないはずの空間一点を見つめ、閉ざしていた口を開く。


「これで良かったのか?まさかこんな時間に叩き起こされるとは思っていなかったが…察するにソナタも同じ世界の住民なのだろう。こんな回りくどいことはせずに、その口で想いを伝えればいいものを…」


 ティナがそう発すると同時に、黒い稲妻のようなものが一瞬だけ弾け、そこからカラスのような生物が現れる。


 それは影にも闇にも近い何かで、なんなのかはわからない。


 しかし一つ断言できることは、ソレが夕夏のパラレルワールドで現れた影と同質の何かだということだ。


 ティナはその存在と面識があるのか、何度か言葉を発した後、薄れていくモヤに向かって手を振った。


「まったく、損な立ち回りを…」

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