062
「俺はチョ・テルヘンだ。テルヘンって呼んでくれ」
悠馬が披露したサイコパスエピソードを聞いたからか、衛兵は陽気に自己紹介をしてくれる。
どうやら完全に味方として認識してくれたらしい。
同じ迫害を受けた者、同じ異能力者として親近感を覚えてくれたテルヘン。
悠馬はそんな彼の後を追いながら、口を開く。
「俺は暁悠馬。悠馬って呼んでくれ」
「おお、日本人か。ここ聖王国は、異能力者が集まる国だから、多種多様な国籍の人がいて、きっと驚くはずだ」
「なるほどな。そりゃあ異能力者が一点に集められると、国籍なんて関係なくなるよな…」
悠馬の知っている世界は、全ての人間が異能力者だったから国によってハッキリと人種が違うわけだが、この世界は違う。
異能力者は殺されるか、聖王国に逃げ込むかの2択の為、当然聖王国は多国籍になる。
黒人であっても白人であっても、黄色人種であっても、異能力者であれば入国自体は可能なはずだ。
テルヘンから身分証やパスポートも要求されなかったことから、この国は異能を使えることさえ確認できれば、入国できるのだろうからな。
「ところで…無能力者たちの国では、聖王国の話が一切出回らないんだ。ここに近づくなという話しか聞かないんだが、王国って言うくらいだから王様でもいるのか?」
もう一歩踏み込んだ質問をしてみる。
話からして、無能力者と異能力者の間に、交流はない。
異能力者を見るや否や殺しにかかってくるという言葉や、恨み節なところを見るからに、それは間違いない。
「もちろん、国王はいる。エルドラ様だ」
エルドラが生きているだと?
現在の聖王国国王がエルドラだと知らされる。
そもそも今は西暦で何年なんだろうか?
自分がいつの時代にいるのかわからなくなった悠馬は、不思議そうな表情を浮かべている。
「エルドラ国王って何歳だよ…?」
「ああ…外から来た悠馬は信じられないよな。俺も話を聞いた時は冗談かなんかだと思ったよ。エルドラ様は300歳を超えてらっしゃる。今はほとんど表には出ないが、それでも立派な聖王国の象徴だ」
なにしろこの異能力者の国を作った、偉大なる方だからな!とテルヘンは補足する。
薄々感じてはいたが、やはりエルドラは長生きだな。
悠馬の世界では混沌に敗北し、物語能力を悪神に返していたといえど、300年以上タルタロスの最下層で生きながらえていたし、万全の状態ならば何百年生きていようがおかしくない。
300歳を超えているという話から、この世界が自分の元いた世界と同じくらいの時代であることを察した悠馬は、ようやく城壁内に入る内側の扉まで辿り着く。
「初めての聖王国に圧倒されるなよ」
クリスタル製の扉、美しいその扉の先には、聖王国が待ち構えている。
城門を潜り、ようやく内部の入り口へと辿り着いた悠馬は、テルヘンの言葉を聞いて生唾を飲み込む。
悠馬が頷くのを待って、扉が開かれる。
程よい明るさだった城壁の内部から一転、真っ暗な闇夜と、想定外の景色が視界に入ってくる。
城壁の扉を潜り、聖王国内部へと入った悠馬は立ち止まった。
「……」
眼前に広がる景色は、一言で言うと19世紀のフランスを見ているような感じだ。
建造物的には、圧倒的に旧式の建造物が多い。
オスマニアン建築とアンピール様式、例えるならば先日訪れたイギリス支部に少し近い、昔ながらの光景が広がっている。
道路は石畳式で信号もなく、とても車が走っているとは思えない。
周囲を見渡し、時計塔を発見する。
時刻は午前3時、通りで人が少ないわけだ。
真夜中であることは推測できたが、まだまだ人が寝静まる時間帯、もしかすると早起きな人がもうすぐ起きてくるくらいの時間帯だ。
「ところで、テルヘンは軍人なのか?」
「軍人?なんで思う?」
「こんな時間に城壁に居て、銃持ってたから」
「あー、無能力者の間ではそれを軍人って言うんだな。聖王国は軍人じゃなくて騎士団、俺はその末端の衛兵ってヤツだ」
やはりシステムが変わっている。
軍人ではなく騎士団、末端は衛兵という話を聞いた悠馬は、時代遅れな建築と騎士団という単語に、ある可能性を考える。
悠馬の元いた世界は、旧世代の人間が使用していたシステムを、そのまま居抜きで使用したため文明が発展しているが、もしかするとここ聖王国は、旧世代と共存した都合上、技術を上手く学べずに、あまり発展できていないのか?
十分にあり得る話だ。
テルヘンの話からして、旧世代とは憎み合っているようだし、そんな旧世代の人間が、自分たちの不利になるような技術を異能力者に教えるわけがない。
きっとこの聖王国が作られた際、異能力者の中で建物を建築可能な技術者が、これらの旧様式しか建てられなかったのだろう。
「スマホとかあるのか?」
「スマホ?なんだそれは?」
「携帯電話って言って、小型端末で電話ができたり、メールっていう手紙の代わりみたいな連絡ができるもののことだ」
手で長方形を作りながら、スマホについて説明する。
「ははははは!悠馬、面白い冗談だ。いくら無能力者の技術力が優れていても、流石にそんな話は聞いたことないぞ。きっとお前の渾身の持ちギャグになる!」
説明が終わると、めちゃくちゃ笑われた。
…まさかとは思ったが、どうやら本気でスマホを知らないらしい。
実際にセカイを使ってスマホを生成してもいいが、そんなことをした場合聖王国の文明に大きな影響を与えそうだから、下手なことはせずにジョークとして流す。
「…ところで、入国させてくれたのはすごく助かるんだけど、俺はこの後どこで暮らせばいいんだ?」
ふと、疑問に思ったことを口にする。
国の名前とどういう国なのか、国王が誰なのかを知り、ある程度冗談を言い合えるようになったため、確認を入れる。
ここまで自然と連れてきてもらえたが、この後はどうなるんだ?
冷静に考えて、所持金もないし、入国させて貰えても住む家もない。
行くアテもないし、どうすればいいのだろうか?
「ああ…悠馬は今から、騎士団との審査を受けて、適正職が見つかれば、適正度の高い仕事を割り当てられるんだ」
「へぇ…どんなのがあるんだ?」
「最高職だと騎士団で、他は使える異能によって仕事を与えられる感じだよ。お前の異能は炎と氷だし、きっとすぐいい職が見つかって、家だって用意されるはずだ」
「それはありがたいな。無一文だから、異能で仕事が割り当てられるなら凄く助かる」
騎士団の審査の際、セカイを見せれば間違いなく最高職の騎士団に推薦されるだろうし、そうなればエルドラに接近できる。
現状この世界を救うためにはエルドラに近づく必要があるだろうし、無条件で騎士団の審査を受けられるとなれば話が早い。
「騎士団は俺たち衛兵と同じで、24時間体制だ。上手くいけば今日中に、適職が見つかるはずだ」
「へぇ…24時間って、やっぱり俺みたいに無能力者の国から逃げてくる奴が多いからか?」
「いや、お前みたいなのは特殊だよ。俺が衛兵になって5年が経つが、外の国からここへ来た異能力者は、片手で数えるほどもいない」
衛兵があの場にいた理由は、異能力者を迎え入れるためではなく、無能力者たちからの襲撃を恐れてのことだ。
だから衛兵と騎士団は、24時間体制で聖王国の治安を守っている。
それに、普通に考えて無能力者の国で生まれた異能力者が、悠馬の設定のように生き残る可能性は極めて低いだろう。
なにしろ無能力者にとっての異能力者は、放射性物質のように恐ろしい。
被曝と同じように、長時間晒されることで確実に死ぬのだから、そんな存在生まれた時点で殺すに決まっている。
例えば貴方の周りに、長時間触れ合えば人体を死に至らしめる生物がいたとしたら?
無論遠ざけるか、それが叶わないのであれば殺すことだろう。
人間という生物は、都合が悪ければどこまででも非情になりきれる生き物だ。
同じ人間同士で戦争をするように、都合が悪ければ、自分たちの都合のいい世界にするため、大量虐殺兵器を作り上げる。
核兵器を作り出したように、人間は人間を殺すために、沢山の非人道的な行いを正当化してしまう。
そしてそんな中、明確な害ある異能力者が誕生してしまったのだ。
無能力者は害ある異能力者を、聖王国に送ることなく殺している。
中には無能力者の手から逃れて聖王国に辿り着く人間もいるだろうが、そんな異能力者はごく一部だ。
煌びやかではないものの、華やかなフランス風の建物を通り抜けていくと、総合庁舎と記された建物が目に入る。
ひと目見ても、さっきまでの住宅的な建築とは大きく異なる建物の前に辿り着いたテルヘンは、総合庁舎前で佇む警備兵に敬礼をする。
「壁外警備衛兵、チョ・テルヘン、外界から異能力者を保護しましたので、規則に則り騎士団への謁見申請を申し出ます!」
「そっちの男か?」
敬礼をしているテルヘンを無視した警備兵は、物色するような眼差しでこちらを見てくる。
同じくアジア系だろうか?
警備兵とは思えないほどでっぷりとした体格の男は、のそのそと近づいてくる。
少なくとも日本系の顔立ちではないものの、まるで値打ちを付けるような眼差しを向けられるのは、あまり気分が良くない。
しかしテルヘンの様子を見るからに、外壁の警備をしている衛兵の彼なんかよりも、総合庁舎を見張っているコイツの方が立場が上のようだし、下手な行動は取れない。
「ボディチェックをする。抵抗するな」
「ああ…」
騎士団への謁見ということもあり、武器などを持ち込んでいないか確認される。
ポケットに触れられ、身体の至る所を確認される悠馬は大人しくそれを受け入れた。
すると衛兵は、悠馬の耳元に顔を近づける。
「チッ…男か…外で死んでおけよ」
「……」
随分と物騒な奴だな。
悠馬が男だったのが気に食わないのか、身体に触れて完全に男だと判断した警備兵は、そう毒づくと3歩ほど下がる。
「問題なしだ。通っていいぞ。ま、その様子だと底辺職のカスだろうがな」
「ありがとうございます!失礼します!」
警備兵の失礼な物言いを聞きながらも、テルヘンは表情を崩さず、最後まで礼儀を持って接した。
警備兵が引き下がり、総合庁舎の門が開く。
「あのオッサン、なんなんだ?」
警備兵が離れたところで、テルヘンに尋ねてみる。
「歴の長い警備兵だ。騎士団所属ではないが、この庁舎の警備を任されるほどの実力だから、目をつけられない方がいい」
「へぇ…強そうには見えなかったけどな」
見た感じ異能島の学生と同程度くらいだった。
レベル8やそこらの実力者に見えたが、この世界で異能はレベルで分類されてないのだろうか?
テルヘンと話しているが、レベルについての言及は一切ないし、おそらくそこまで明確なレベルによる分類がされていないのだろう。
「悠馬、随分と強気だな。俺はあの警備兵に怯えてるのに、やっぱ外から来た奴は一味違うな!」
「修羅場は潜り抜けてきたからな。あのくらいは怖くない」
実際にルクスや混沌と戦った時の方が圧倒的に怖いし、あの警備兵の反応くらいで怯えていたら異能王なんて務まっていない。
テルヘンは悠馬がどういう存在か知らないから仕方ないが、例えるなら今の悠馬は、この世界のエルドラと同じ立ち位置だ。
聖王国の王として君臨しているエルドラのように、異能の王として玉座に座す悠馬に怖いものはない。多分怖いのは怒った花蓮くらいだ。
生暖かい風が吹く総合庁舎の入り口へと辿り着く。
薄暗いものの、奥から見える光を確認し、テルヘンは立ち止まる。
「テルヘン?」
「悠馬、俺はここまでだ。ここから先は俺のような末端の立ち入りは禁止されているから、健闘を祈る」
「そうなのか…」
意外と階級社会なのか?
健闘を祈ると言って敬礼をしたテルヘンに手を振り、入り口に入る。
すると入り口に入ったところでは、見覚えのある金髪の女性が軍服を纏い立っていた。
「オリヴィア…?」
金髪に縦ロールのかかった髪と、青色の瞳。
真っ白な軍服に身を包んだオリヴィアの姿は、高校生の時を彷彿とさせ、相変わらず胸の発育がよろしい。
大きな胸を隠すように軍服のボタンが閉まっているが、ボタンを閉めたせいで胸がパツンパツンになっている。
オリヴィアは悠馬が名前を呼ぶと、ピクリと反応を見せて眉間に皺を寄せた。
「…なんだ?外から異能力者が来たと聞こえたが…冷やかしにでも来たのか?」
「え!?いや…」
思わず一歩後ずさる。
オリヴィアに対する親しみや愛情なんかよりも、驚きが上回る。
悠馬がオリヴィアの名前を呼ぶという失言をしたのに対し、オリヴィアも悠馬のことを知っている様子の口ぶりだ。
まさかこっちの世界の俺とオリヴィアは面識があるのか?と考えてしまう。
オリヴィアは悠馬がしどろもどろなのに対し、腰に携えたデバイスに手を置き、詰め寄る。
「団長であるキミが難民のフリをして遊んでいたら、団員に示しが付かないだろう。ちゃんとしてくれ」




