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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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 自称悪羅への警戒レベルが決まり、汚い手紙はすぐに下げられる。


 流石にティータイム中だったこともあって、汚い手紙がテーブルに出たままだと飲み物が進まないからな。


 なぜかミュランはアルデナにだけ飲み物を出していないが、おそらくいつものことだろうからスルーする。


「次は報酬に関してだな。無論今回はイギリス支部と違って正規の依頼、大々的に異能王の訪伊を発表するつもりだが、いいかな?」


 アルデナは遠回しに、今回の報酬はないと告げている。


 基本的に世界保安協会への正式依頼は、無報酬の状態で依頼を受理しなければならない。


 なにしろ悠馬には、何もせずとも各国から毎月、保安費用として数千億円のお金が手元に入ってくるからだ。


 勿論そのお金のほぼ10割は、各国に割り当てがあり途上国の発展に充てられたり、災害に見舞われた国々の補填に充てられるのだが、お金が一時的に世界保安協会に大量に入ってきている観点から、私的な報酬を貰えないのが主流となっている。


 これが異能王の悠馬が儲からない理由だ。


 おそらくエスカも全く儲かっていなかっただろうが、これが世間の明るみに出てしまうと、今後異能王を志望する人は激減するかもしれない。


 悠馬はなずなのおかげでまだ投資という名の稼ぎがあるからいいものの、異能王一筋だと、その辺の中小企業の社長よりも年収が低いと思われる。


「ま、いいけど。ノーマン陛下は別荘くれるらしいんだけどなぁ」


 金のために依頼を受けたわけじゃないけど、報酬無しをチラつかされたためちょっと嫌味を言ってみる。


 確かにイギリス支部の場合は正式な依頼ではなく秘密裏な処理をお願いされたが、依頼は依頼だ。


 なんならノーマンとフレディからの依頼だしな。


 当然報酬がなくても良かったのに報酬を用意してくれたのはノーマンの好意だし、イタリアにはそういった好意はないのか?


 同じヨーロッパ圏のイギリスの国名を出されたからか、アルデナはピクリと反応する。


 ヨーロッパ圏では比較的国家間での競争もあるし、比較されると他のヨーロッパの国よりも下に見られたくないと言う気持ちも強くなるだろう。


「イギリスを出されると痛いなぁ…報酬はミュランでどうかな?ちょっと熟れた感じだけど」


 アルデナはそう言ってミュランを指差す。


 いや、熟れた発言はギリセクハラに入らないか…?大丈夫か?


 ミュランは自分を報酬扱いされ、大きく目を見開いている。


「アルデナ!何勝手に私を報酬にしてるんですか!?」


「え、いいじゃ〜ん。行き遅れなんだし異能王と結婚なんて人生どん底からの大逆転だろう!?」


「誰の人生がどん底ですか!」


「ははははは!君の人生だよ!!」


 勝手にミュランの人生をドン底呼ばわりしているアルデナは、自分の発言に笑い転げ、目尻に涙を溜めている。


「ひぃ…ひぃ…ミュラン、頼むから私を笑い殺そうとしないでくれ…。殺人未遂で収容するぞ?」


「お願いだから勝手に笑い死んでください…暁悠馬さま、朱理さま。アルデナの戯言はお忘れください。私は報酬ではありませんので」


 キッとアルデナを睨みながら、そう捕捉する。


 人を報酬にされたら大問題だから、もし仮に本人の同意があっても絶対に受け取らないけどな。


「ミュランさん、いつかきっといい人見つかりますよ」


「くっ…そんな哀れみの目を向けないでください、朱理さま…」


 グッと親指を立てて、いつかいい人が見つかると話す朱理を見てショックを受けているご様子だ。


 膝から崩れ落ちたミュランは、アルデナの言った通り人生のどん底に見えなくもない…


 あまり人の婚期に関してネタにすると後が怖そうだから、ここはスルーしておこう。


「アルデナ。さっきの話は冗談だから、報酬は考えなくていいよ」


「それを聞いて安心した。そう言ってもらえると助かるな」


 何か貰えたら嬉しいが、別に貰えなくたって構わない。


 現状イタリア支部からもらいたいものなんて…


 そこまで考えたところで、頭にあるものが浮かんでくる。


「あ、ワインくれよ。いいヤツ」


 報酬は無しでいいと言った直後、スカラ座で飲み損ねたワインを思い出した悠馬は、後出しでワインを要求してみる。


 イタリアはワインが有名だし、公務で訪れる機会が多いため、なかなかワインを飲む機会がない。


 自分のお金で買っていったら夕夏やセレスに少ししか飲まないのになんで買ってきたのか問い詰められるし、ここはアルデナに買ってもらうとしよう。


「いいだろう。ワインくらいなら毎年1番いいものをプレゼントしよう」


「え、マジで!?嬉しいー」


 今回だけでなく、今後も毎年ワインをプレゼントしてくれると話すアルデナに、悠馬は身を乗り出して歓喜する。


 ということで、報酬はワインで決定した。


 一体どのくらいのワインを用意してくれるのかはわからないが、イタリア人のアルデナが選ぶワインならどの価格帯でも安心できそうだ。


 本場のイタリア人が選ぶとあって、全面の信頼を寄せる悠馬は、自称悪羅事件の一連の対応、および報酬が決まり満足そうだ。


 もう席を立っても良いだろうか?


 時刻は夜だし、あまり長居するのも申し訳ない。


 日本人は残業をしたがる人種だが、イタリア人のアルデナとミュランは帰りたくてウズウズしているはずだ。


 すでに定時の時間を大幅に超えているのに、緊急の対応とあって残っている2人を、これ以上残業させるのは申し訳ない。


 悪羅について多少聞きたいことはあるが、それはまた時間がある時でも良いだろう。


 そう考えた悠馬は、一度向かいに座る2人を確認して席を立つ。


「それじゃあ、夜も遅いし今日はこれでお開きってことで。何かあれば連絡してくれ」


「遅くまでありがとうございました。飲み物おいしかったです」


「いえ、明日からもよろしくお願いします」


「こちらこそ遅くまでありがとう。お気をつけて」


 朱理は飲み物のお礼を言うと、ヒラヒラと手を振る。


 2人はアルデナとミュランに見送られ、総帥邸の応接室を後にした。



 ***



 イタリアの夜の街並みを歩きながら、ホテルへと向かう。


 アルデナが下に送迎用の車を用意してくれていたが、久しぶりに朱理と2人で歩きたかったため丁重に断った。


「あは。あの日もこんな夜でしたね」


 夜道を歩く朱理は、何かを思い出したのかそう話す。


 彼女が話すあの日と言うのは、赤坂邸でのあの一件のことだろう。


 美哉坂朱理という少女を真の意味で解放し、恋人となったあの日の夜。


 思えばあの日も、赤坂邸から2人で帰ったっけ。


 もう18年も前の記憶だから、あの日2人で何を話して帰ったのかは覚えていないが、それでも2人で夜道を歩いたことだけはしっかりと覚えている。


 悠馬は懐かしい記憶を思い出し、幸せそうな表情を見せる。


「懐かしいな」


「はい。思い返せば、私の人生は全て、悠馬さんとの出会いから始まったんですね」


 初めて出会ったのは高校1年生時の異能祭だった。


 偶然寮の前で出会い、成り行きで異能祭を一緒に見て回って、彼女に強い興味を抱いた。


 美しく儚く、それでいて愛らしい彼女に、きっと初めて出会った時から恋に落ちていた。


 今だからハッキリ言えるが、一目惚れだったのだと思う。


 特に悪い印象も持たず、すんなりと彼女を受け入れられた。


 しかし彼女の周囲を取り巻く闇は深かった。


 赤坂暮人という人間と、父親の美哉坂宗介という障壁。


 それらを全て取っ払って付き合うことになったわけだが、今思い返すと我ながらとんでもないことをやってのけたなと思う。


 いくら紅桜や死神の協力があったと言えど、政治家や元総帥候補を敵に回すなんて、大人になった今では考えられない。


 あの時の無鉄砲な自分を思い出した悠馬は、なんだか恥ずかしい気持ちを感じて頬を掻く。


「私は貴方に出会って、貴方に救われました」


「俺も十分、朱理に救われてるよ」


「だから私の番なんです。次は私が助けますよ」


「んん?ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」


 朱理の発言に一瞬違和感を覚える。

 この前異能王の執務室で話した時と同じで、不思議な何かを感じた。


 そういえばオーディンと契約した当初、彼女は若干気が動転していたが、今は大丈夫なのだろうか?


 世界会合を終えて空中庭園に戻ってきた時には平常運転に見えたが、気丈に振る舞っている可能性もあるため、少し探りを入れておいた方がいいだろ。


 美哉坂朱理…いや、暁朱理という少女は、自分の苦しみや悩みを隠す傾向にある。


 悠馬の手を煩わせたくない、迷惑をかけたくないという思考から、自分自身のトラブルなんかは暮人の時のように、我慢して隠そうとするのだ。


 だから今日のように2人きりの時くらい、弱音を吐いてもらいたい。


 まだ何か迷いがあるのかと、尋ねたい。


 悠馬は無言のまま横を歩く彼女に視線を向ける。


「なあ、朱理」


「どうかしましたか?」


「オーディンと契約した直後、なんか迷ってただろ?」


「まあ…そうですね」


 何かを思い返すように、彼女は闇夜を見上げる。


「困ったことはない?無理してないか?」


 悠馬は尋ねる。

 朱理が無理をしていないか、何かを隠していないのか。


 いつもと変わらぬ彼女。紫色の瞳を覗かせ、悠馬へと視線を落とした朱理は、ニッコリと口元を緩めて見せる。


「無理なんてしてません。私は悠馬さんのそばに居られるだけで十分幸せです。だから私が無理をするのは、貴方のそばに居られなくなった時だけです」


「あはは、心配しなくても、ずっとそばにいるよ」


 悠馬はそう言って微笑む。


 ずっとそばにいられるかはわからない。


 でも、保証できないなんて言えなかった悠馬は、朱理が見上げていた空を見上げ、星々の煌めきを目の当たりにする。


 真っ暗な夜空に煌めく恒星たち。

 黒に白銀の煌めきを見せる星は幻想的で雄大で、心を穏やかにしてくれる。


「ひとつ、聞いても良いですか?」


「ん?なに?」


「私が成すべき事があるって言ったら、悠馬さんは背中を押してくれますか?」


 不意な質問。


 特に意味はないのか、背中を押してくれるかと聞かれた悠馬は、朱理のいつも通りの表情を見て、その言葉に深い意味はないのだと判断する。


 彼女からさっきのような違和感は感じない。


「当たり前だろ?もちろん朱理にやりたい事があるなら背中を押すし、支えにだってなるよ。朱理のやりたいようにやったらいい」


 1人じゃできない事なら頼ってくれて良いし、必ず協力する。


 朱理は悠馬の言葉を聞いて、ニコッと微笑む。


 いつもの作り笑いではなく、心底嬉しそうな表情で。


「あは。悠馬さんならそう言ってくれると思いました」


「俺のこと、よくわかってるな。さすが俺の嫁」


「伊達に16年、悠馬さんの妻をしていませんから」


 朱理はそう言いながら、大通りの白い建物へと視線を向ける。


 ごく自然に、周囲を見渡すような仕草で建物を見る彼女は、そこにイタリア支部博物館という文字が記されていたのを見逃さない。


 彼女が博物館を捕捉するのと同時に、一瞬背後の影が揺れ動いた。


 悠馬は朱理と並んで歩いているため、背後の影が揺れ動いたことには気づかない。


 朱理の影から抜け出した真っ黒な闇は、博物館の中へと消えていく。


「さて、早くホテルに向かいましょうか?眠たくなってきちゃいました」


「そうだなぁ…いくらゲートって言えど、時差ボケはあるからな」


 ゲートは飛行機と違って一瞬だから時差ボケなんてないと思われがちだが、ゲートは一瞬で動ける分時差による影響はモロに受ける。


 なにしろ地球の反対側に一瞬で行けるのだから、さっきまで朝だったのにいきなり夕方になることだってあるのだ。


 今日の場合、朱理は時差の影響で20時間以上起きていることになるだろう。


 時差のことを深く考えていなかったが、こんな状況でよく、オペラを眠らずに見れたな。


 普段の朱理なら眠り被っていてもおかしくないと言うのに、最後まで起きていた朱理についつい感動してしまう。


 よっぽどオペラがお気に召したのだろうか?


 朱理にとってはオペラなんて割とどうでもいいことなのだが、それを知らない悠馬は、彼女がオペラに興味を持っていると誤解している。


 これから定期的にイタリア支部に訪れて、2人でオペラ鑑賞をするのもいいな。


 歌劇の魔笛は素晴らしかったし、入場料自体も特別高いわけじゃないから、アリかナシかで言われたら圧倒的にアリだ。


 オペラ鑑賞デート。もう単語だけで響きがいい!


 貴族さながらというか、高校生の時では考えられなかった大人のデートを妄想する悠馬は、この後朱理をオペラに誘おうと心に誓う。


 しかしこの後、今後オペラデートをしようと朱理を誘った悠馬は、敢えなく玉砕することとなった。



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