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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
6/23

006

 美月の執務室へと入ってきた夕夏の手には、日本支部で販売しているであろう週刊誌がある。


 走ってきたのか少し髪が乱れている夕夏は、空いている片方の手で髪を掻き上げると、週刊誌を片手に悠馬の元へと歩み寄った。


「戀の件が?」


「うん、見た方がいいと思う!」


 手渡された週刊誌を受け取り、開く。


 するとそこには、1ページ目からいきなり大きな見出しで〝日本支部総帥、双葉戀 グール事件は私的トラブルか?〟と記されている。


「やられたな…」


 どうやら記者の方に先にすっぱ抜かれたようだ。


 記事の中には、グール事件の捜査関係者が証言したと思わしき内容も多々あり、国民が戀に対して不信感を抱くには十分すぎる内容だ。


「うわぁ、グール事件はタイムリーだから、飛ぶように売れるだろうね…っていうかコレ、パーティーのことも書かれてるけど、この会社呼んでないよね?」


 手にしていた週刊誌を覗き込んでいた美月が、そう呟く。


 言われて見ると、確かにこの週刊誌を刊行した会社は昨日のパーティーには呼んでいない。


 しかしながら、記事の内容はパーティーに参加していなければわからないほど、やけに具体性のある内容だった。


「双葉総帥は異能王主催の戴冠16周年記念パーティーでも露骨な態度で周囲を困らせ、異能王に呼び出された後会場から姿を消した…か」


 事実だな。


 こういうのは誇張して書かれるかと思いきや、報道会社も節度は守ったようだ。


 おそらく今回のパーティーにお呼ばれしていない中、誇張して記事を書いてしまうと次回以降のパーティーにも呼ばれなくなることを危惧したのだろう。


 自分たちは偏見報道はしませんよ、という報道会社の誠意の表れでもある。


 会場内で殺気を撒き散らしていた戀を悠馬が外へ出し、帰宅を促したのは事実だから、何もおかしなことは書いていない。


 それにあれだけの人数が会場にいたのだから、昨日の戀の行動が話題になるのは時間の問題だっただろう。


 記事になるまでがかなり早かったが、ここまで来ると今更悠馬が介入したところで憶測は止まらない。


 犯人の捕まらないグール事件に焦る戀。


 その流れで八つ当たりを受ける警察当局の証言と、記念パーティーでの総帥とは思えない行動。


 本来日本という国の民を安心させることが仕事のはずの彼が、日本支部の人々を不安にさせているのだから、彼がここから挽回するのは絶望的なほど難しいだろう。


 何てったって既に世論が傾きつつある。


 いや、そもそもアイツは挽回する気がないのかもしれない。


 来栖を殺して総帥を辞める勢いだったし、本当に殺して終わらせるつもりだろう。


 記事の中には戀の警察に対する問題ある言動の数々や、グール事件に関する戀の執着などが、面白おかしく書かれている。


 一通り記事を読み終え、パタンと週刊誌を閉じた悠馬は、じっと決断を待っている夕夏へと視線を送る。


 夕夏は目が合うと、右手を胸に当てながら深く頷いてみせた。


「美月、悪いが数日間日本支部に行ってくる。夕夏、一緒に行けるか?」


「わかった、お気をつけて」


「うん、行けるよ」



 ***



 16年前のあの日、世界は震撼した。


 弱冠18歳の少年が、高校卒業と同時に歴代最年少の異能王となり、全世界で放映される前異能王エスカの宣言の中、突如として現れた悪羅百鬼との死闘の果てに、見事勝利してみせた。


 悪羅百鬼は、エスカの一つ前…つまり先先代の異能王、コイル・レーヴァテインを殺害したことで一気に世界最悪の犯罪者として名乗りを上げたが、彼の余罪は数知れず。


 大量虐殺者、テロリストなどと言われているが、誰に聞いたって間違いなく彼は、人類史に残る大犯罪者だろう。


 今ですら、悪羅の起こした事件は社会科の教科書に載っているくらいだ。


 そして話は戻るが現異能王である暁悠馬の鮮烈なデビュー戦。


 宣言の最中に現れた、最強最悪の犯罪者を仕留めて見せたのだから、誰もが彼こそが異能王に相応しい人間だと認めた瞬間であった。


 その後も日本支部のTV局の殆どは、暁悠馬に対する好意的な意見を全面に出し、彼の出身国である日本支部の世論は、暁悠馬にとって盤石なものとなっていった。


 しかしそんな暁悠馬でも、ミスを犯している。


 広々とした部屋の中、何の家具もない部屋に佇む男は、まるで1人社交ダンスを踊るように優雅な動きを見せながら、微笑んでいる。


 暁悠馬は1番最初にミスを犯した。


 悪羅百鬼は殺すべきではなかった。


 あの日世界には、ある大規模な祝福とも呼べる事件が起こった。


 それは悪羅百鬼が契約していた700柱にも上る結界が、全て神器に戻ったということだ。


 今まで既に誰かと契約しているのか、無価値だと思われていた神器のほとんどが力を取り戻し、再契約が可能となってしまった。


 もちろんその状況は各国にとっては嬉しい誤算だろう。


 何しろ現代社会では有事の際、銃火器や戦車なんかよりも、異能が重宝される。


 第5次世界大戦でオリヴィアがシベリアを永久凍土に変えて核兵器よりも異能が強いと証明したあの日から、各国は一夫多妻を取り入れ、より高レベルの異能力者が自国で産まれるよう努力をしているのだ。


 そしてそのレベルの枠組みから少し上の領域に行くためには、神々との契約、つまり結界が必要となる。


 各国が現在血眼になって行っているのは、兵器の開発などではなく、神器の収集と、自国内の結界使用者を増加させること。


 悠馬が異能王となり、戦争がなくなった世界ではあるものの、表面上の平和の中、各国は裏で日夜神器の収集に励んでいる。


 話によるとワールドアイテムも契約可能になっているものが多く、それらは世界的なオークションに流れ、各国が数百、数千億を賭けて奪い合っている。


 直近の目玉は、オーディンの神器、神槍グングニル。


 悪羅百鬼が契約していた神々の中でも、1位2位を争うレベルの高位の神であり、北欧神話の主神。


 エスカのゼウスや花蓮のシヴァと同列に語られ、契約のない神器の中で最も価値のあるグングニルは、今回天文学的な金額で落札されるだろうと言われている。


 推定落札額として、二十兆円。


 来週行われるオークションで出品されるグングニルは、二十兆円の金額での落札予想となっている。


 無論、この熾烈なオークションには各国上層部と資産家たちが参加するため、もう少し上の金額がつく可能性もある。


 1人クラシックを流しながら、社交ダンスを踊っていた男は一曲目が終わり、ゆっくりと手を下ろす。


「1週間後が待ち遠しいなぁ。戀」


 11年前、冷たい牢屋から出てきた時は心底ガッカリした。


 牢屋での7年の歳月っていうのは酷いもので、7年前に見ていた外の世界と、今の世界はまるで違って見えた。

 例えるなら、出てくる時代を間違えたくらいに。


 出来れば夢であって欲しいと、何度も願いながら眠ったくらいだ。


 その度に朝が来て、変わらない現実に打ちひしがれ、何度も絶望した。


 その中でも最悪だったのは、異能王が変わっていたことだろう。


 釈放された頃には、前異能王のエスカが退任し、新異能王に暁悠馬が着任してから、すでに数年が経過していた。


 挙句共に異能王を目指したはずの双葉戀は、腑抜けた顔で日本支部の総帥になっていた。


 許せなかった。


 夢を見ていた異能王の玉座に、同じ国籍の、しかも年下の男が座っているのも、共に異能王を目指したライバルだったはずの男が、総帥なんて立場を甘んじて受け入れて腑抜けているのも。


 だからぶっ壊してやろうと思った。


 玉座に座るアイツも、腑抜けた総帥も。


 10年以上の準備段階を経て、完全に準備を終えた狂人、来栖彰人は窓から見える景色を眺めながら両手を広げる。


「お前のために10年もかけて準備した、最っ高のパーティーなんだ。喜んでくれるといいなぁ」


 思えばあの日、あの時からお前は腑抜けていたのかもしれないな。


 高校時代、夏葉に出会ったお前はたったの2ヶ月で底辺に成り下がった。


 俺は何回も注意したよな?

 その女はお前の成長を妨げるって。


 だけどお前はその忠告を無視したどころか、俺と距離を置いて夏葉に執着を見せた。


 勉強もトレーニングも疎かにして、夏葉といる時間を最優先にした。


 この感情はあの女に対する嫉妬なんかじゃない。


 戀は俺が見つけた宝物なんだ。俺が横に並んで支えになることで、アイツは異能王になるはずだったんだ。


「それをあのクソ女が邪魔したんだ…」


 あの女は戀を色仕掛けで誘惑し、戀の成長を妨げた。


 そもそも第6異能高等学校に入学したのが失敗だったんだ。


 あの女は自分が最強でありたいがために、周りの成長を遅らせる悪魔みたいな女だった。


 俺が必死に探したアキレウスの神器も、アイツは戀から話を聞いて自分のモノにするつもりでいた。


 だから俺はあの女を排除してアキレウスと戀の結界契約を強行したが、排除する際に彼女に怪我を負わせてしまい、それが決め手でフィナーレへの出場資格が剥奪された。


 別にそれでもよかった。


 戀はアキレウスの結界との相性が良く、神話の再現ができてしまった。


 俺との力の差は開いてしまったけど、それは俺が努力をすればまた肩を並べて競い合えると、そう思っていたから。


 お前が俺を踏み台にして、異能王になったって、笑顔で喜べる自信があった。

 笑顔で送り出せる自信だってあった。


 あの時のお前は、確かに誰よりも輝いていたんだ。


 それなのに後夜祭のあの日、アイツはフィナーレでのお前の神話の再現を目の当たりにし、アキレウスの契約を強奪する算段を立てていた。


「だから殺したんだ」


 来栖は悪びれることもなく、吐き捨てるように呟く。


 彼の発言は、本当に死んでも構わない人を殺したんだと言わんばかりに機械的で、淡々としている。


 結界を奪えず最悪の場合に陥ったら、お前を殺すことも辞さないような女だった。


 自分が最強の異能力者になるために、彼氏を殺そうとするようなクソ女だったんだよ。


 もちろん俺だって、最初は口論で済ませようとした。


 でも徐々にエスカレートして行って、掴み合いになった。


 そして気づいたんだ。

 いくら俺がここでこの女を諭したところで、お前はこのクソみたいな女の味方をするって。この女も都合よく被害者ヅラするんだろって。


 結局俺が悪い奴になって、お前はクソ女に良い様に扱われ、最終的に結界を奪われて無惨に殺されるんだろうなって。


 そう思ったら、凄くイライラして滅多刺しにしていた。


 あの時は震えたね。脳みそは冷たいのに身体は熱いんだ。


 脳みそを回っている血は、冷却が済んでいるように冷たいのに、身体は熱って熱って仕方がなかった。


 これがハイになるってやつなんだろうって思った。


 最初は情けない悲鳴を上げていた夏葉は、6、7回刺したあたりからは大人しくなって、壊れたおもちゃみたいに完全に動かなくなった。


 ようやくクソみたいな女が静かになったって思ったら、笑いが込み上げてきたよ。


 しばらくの間笑って、そこから先はちょっと冷静になって、捕まることを悟った。


 まぁ、そりゃ人を殺したからね。しかも同級生。


 いくら事情があったって、どんな理由があったって殺人は殺人だ。法の下に裁かれる必要がある。


 友を守るためとか、あの女を排除するためとか大義名分はたくさんあったが、捕まることは怖くなかった。


 だってあのクソ女は俺がこの手で殺したんだ。将来異能王になる男の未来を、俺が守ったんだ。


 戀ならきっと、俺がいなくても正気に戻って異能王になってくれるって信じてたから。


 それが何だ?


 牢屋から出たら異能王は暁悠馬?総帥に双葉戀?ふざけんなよ?冗談も休み休み言えよ。


 俺が冷たい牢屋にまでぶち込まれてまで見たかったのは、こんな景色じゃない。


 煌々と輝くお前を見たかったのに、何でお前はそこにいないんだよ。


「だけどもういいんだ」


 準備はできてる。


 来週、全世界はグングニルのオークションへと意識を向け、暁悠馬もグングニル獲得に動くと見られている。


 あの男の戦乙女の暁朱理は結界契約がまだだから、戦乙女を寵愛する彼であれば、婚約者のためにワールドアイテム獲得に動くことだろう。


 して各国の総帥もグングニル獲得に動き、残るのはグール事件に夢中になっている戀だけ。


 そうなればあとは簡単だ。


 戀ともう一度話をして、最後の意思確認を行う。


 本当に腑抜けちまったのか、それともまだ夢を諦めていないのか。


 異能王になるつもりがあるのなら、まだ俺は頑張れる。


 しかし、異能王を目指すつもりがないなら…


 来栖は外の景色を眺めながら、手を降ろす。


「この手で。せめて思い出のまま全てを終わらせてあげるよ」


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