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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
59/67

059

「どうやら随分とお待たせしてしまったらしいね」


 総帥邸の一室。


 茶色のアンティーク調の家具で全てが統一された空間の中、旅行用のトランクケースを転がしながら現れた金髪の男、アルデナ。


 彼の視線の先には、テーブルを囲うように椅子に掛けて、ティーパーティを開催している3人の姿があった。


 異能王の暁悠馬と、その戦乙女である朱理、そして自分自身の秘書であるミュラン。


 真っ白なティーカップに注がれたコーヒーを飲む悠馬とミュラン。


 朱理はコーヒーではなく、ホットミルクを飲んでいる。


「あ、アルデナ。お疲れ様です」


「なんだよ、あ、アルデナ。って…俺は付属のオマケか何かか?」


 アルデナは依頼主のはずなのに、ミュランの冷めた対応にガックリと肩を落とす。


「はぁ…俺は悲しいよ…相変わらず年下の男のケツばかり追いかける女が俺の総帥秘書なんて…」


「ぶふぅ…!」


 アルデナが両手を広げ、露骨に凹んでいるような仕草を見せる。


 それと同時に、ミュランは年下のケツを追いかけていると聞いてコーヒーを吹き出した。


 ミュランの吹き出したコーヒーが、顔面にぶっかかる。


 漂うブラックコーヒーの香りと、静寂に包まれる総帥邸。


 ミュランは自身の吹き出したコーヒーがかかった悠馬を見て、みるみるうちに顔を青くさせた。


「す、すみません!アルデナ!早くタオル!タオル持ってきて!」


「おっと…うちの総帥秘書が客人に粗相をしたようだ!これはマズイぞぉ!総帥の私が尻拭いをしないと!」


 アルデナはそう言って、ウキウキでその場を後にした。

 アイツ、間違いなくこの状況を楽しんでやがるな。


 ミュランは異能王の悠馬に、自分の口からコーヒーを吹きかけたことでかなり焦っているご様子だ。


 自分の上司であるアルデナにタオルを持ってくるよう指示を出したミュランは、悠馬のスーツのジャケットに手をかける。


「や、火傷とか大丈夫ですか!?」


「あぁ…一応炎の異能使えるからね。問題ないよ」


 いくら異能王でも、さすがに予測していない攻撃は回避できない。


 何の前動作もなく、ミュランの口からコーヒーをぶっかけられた悠馬は、されるがまま彼女にジャケットを脱がされる。


 ま、ご褒美ってヤツだよ。


 ミュランは46歳の割に綺麗だし、年齢もセレスと近しいし、海のように広い心で許してあげよう。


「しっかし、まだショタコンなんだ?」


「ブハッ!暁悠馬さままでやめてください!なんで20年近く前の会話を覚えてるんですか!」


 18年も前の話なのに、なんで2人とも覚えているの!?


 何気ない会話の一言だったのに、アルデナだけでなく、悠馬にまでショタコンという話を覚えられているミュランは、目を白黒させている。


「あは。ミュランさんはガキが好きなんですか?」


「ガキて…」


「私、教養のない子供は嫌いなんですよ。親がどんな教育してるのか…ぁぁ、親の頭にハンディキャップがあるから子供も同じように育つんでしょうね」


 朱理がかなり偏った発言をする。


 確かに、世の中には教養のなってない子供も多いが、ハンディキャップは言い過ぎだと思うぞ!


 彼女の発言をミュランからどう捉えられるかわからないため補足しようとするが、悠馬が発言をする前に、ミュランが動く。


「いえ、私は教養のある年下が好きなんです。ガキが好きなわけではありません」


「その歳でよくもまぁ堂々とそんな発言できますね。日本だと捕まってますよ?」


 教養のある年下が好きな女、ミュラン。

 教養のないガキは嫌いだと発言した彼女に、朱理は火の玉ストレートを放った。


 日本…というかどの国もだろうが、未成年淫行に関する罪は重い。


 無論ミュランだってそのことは知ってるはずだが、こんなに堂々とショタコン発言をしていて大丈夫だろうか?と不安になる。


 悠馬は世界保安協会のトップのため、一応部下に当たるミュランが危険人物ならば、早急に対処しなければならない。


 この16年間、特に問題を起こしてないから大丈夫だと思いたいが、裏でショタを食い漁ってたりしないよな…?


 疑惑の視線を彼女に向ける。


「……というか私、精通していない男の子が好きなわけじゃなくて、年下が好きなだけですからね!?そんな犯罪者を見るような眼差し向けないでください!」


「あっ、安心した」


「なんだ。犯罪に手を染めていると思って期待したのに…残念です」


 朱理はスンっと冷たくなる。

 きっとミュランが悪事に手を染めていたら面白そうだなと思っていたのだろう。


 しかし実際話を聞いてみると、ミュランは年下が好きなだけで特別ショタコンなわけじゃないと判明した。


 悠馬はミュランがただ自分より年下がいいだけだと知り、安堵の表情を浮かべた。


 マジで良かった。

 戀が抜けて急務に追われる夕夏のように、ミュランが犯罪を犯していたらイタリア支部にも誰か派遣しないといけなくなるところだった。


 悠馬が安堵していると、勢いよく扉が開く。


「お待たせ!いやぁ、うちの総帥秘書がとんだご無礼を!こちらイタリアのタオルです」


 タオルを持って帰ってきたらアルデナは、イタリアという単語を強調しながらタオルを見せつける。


「寄こしなさい!アルデナ!」


「君の失態だろう!?なんで俺が怒鳴られてるんだ!?」


 そりゃあタオル持ってきただけでタオル渡さないからでしょうよ。


 早く寄越せと言わんばかりのミュランの圧に負け、文句を言いながらも大人しくタオルを渡すアルデナ。


 悠馬は柔らかなタオルで顔にかかったコーヒーを拭かれながら、上機嫌なアルデナの方を見た。


「世界会合の時と違って随分と機嫌が良さそうだな」


「いやぁ、恥ずかしいことに時差ボケでしんどくて…あの日は軽口叩く余裕がなかったんだ」


 アルデナはそんなことを言いながら頭を掻く。


「それで、本題にはいつ入るんですか?」


 メンツは揃った。

 イタリア支部総帥のアルデナと、総帥秘書のミュラン。

 異能王の暁悠馬と、戦乙女の朱理。


 もう待つメンバーがいないのに、軽い冗談の応酬で和やかな室内で、朱理は本題に入らないのか尋ねた。


「いやすまない。そうだな、冗談はさておき、本題の話を進めておかないといけないな」


 アルデナはそう言って、悠馬と朱理の向かいの席に座った。


「先日、イタリア支部総帥邸に悪羅百鬼を名乗る者から手紙が届いた」


 本題を切り出す。

 この辺りは聞いた内容だし、実際の手紙も見せてもらったから驚くようなことはない。


「そしてその手紙がこの2通だ」


 アルデナはスーツの内胸のポケットから薄汚れた封筒を2通取り出す。


「…アルデナ総帥の内ポケットの中、そんなに汚いんですか?」


「…いや、これは俺のポケットが汚いわけじゃなくて、この手紙が汚いんだ」


 朱理の指摘に、気まずそうに答える。


 まぁ、あんな汚いものを平然と胸ポケットから出したら、ポケットの中が汚いのを疑うよな。


 本来絶対にポケットに入れたくないくらい汚れているものを平然とポケットに入れているあたり、アルデナはイカれている。


 そんな辛辣な評価をした悠馬は、続いてアルデナが2通の封筒から手紙を取り出し、机に置いたのを確認する。


 1通目の内容は、

 イタリア支部に宣戦布告する。私は悪羅百鬼だ。この国は私がいただく。


 2通目の内容は、

 悪羅百鬼だ。準備はできているか?そろそろこちらも動き出すぞ。


 という短文だった。


 1通目で読むのをやめていた悠馬は、2通目の動き出すという文字を見て顎に手を当てる。


「そして2通目の数日後、正体不明のセラフ化反応を確認し、その日にイタリア支部の隊長の1人が行方不明となった」


「なるほど。ですが手紙なら、足がつくんじゃないですか?」


 郵便だろうがなんだろうが、投函された場所くらいは割り出せるはずだ。


 2通も証拠があるなら十分捜査もできたんじゃないか?と疑問を抱いている朱理に、アルデナは首を横に振る。


「これを届けたのは闇だ」


「闇?」


 闇が届けたって、どういうことだ?

 アルデナの発言に、悠馬と朱理は顔を見合わせる。


「こちらをご覧ください」


 ミュランは顔を見合わせた2人に、大画面のタブレットを渡す。


 手渡されたタブレットには、数日前の日付の映像が映し出されていた。


 特になんの変哲もない、真夜中の総帥邸入り口のポストが映し出された映像。


 人通りもなく、総帥邸も真っ暗なことから人が居るようには見えない。


 しかし注意深く動画を見ていると、遠くから何かが転がってくる?ように見えた。


 そんなに早いスピードではなく、歩き始めたくらいの赤ちゃんがよちよち歩く程度のスピードで、何かが接近してきている。


 その物体を注意深く見ていると、数分してようやく、正体が見えてきた。


「手紙…?」


 地面に引きずられるようにして動く手紙。


 闇夜に奇妙に動く手紙は、総帥邸の前まで辿り着くと、進路を変えて総帥邸の外門の柱を登り、自らポストの中へと入ってしまった。


 世にも奇妙な光景だ。


 ずるずると引きずられるように、不自然にポストの中に投函された手紙。


 終始映像には人が映らず、最後まで手紙が勝手に動いてポストに投函される映像だった。


「そこでお二人に聞こう。お二人は闇の異能でこういうことは可能か?」


 アルデナは真剣な眼差しで尋ねる。


 悪羅と同等の闇異能力者のエキスパートとして挙げられるのは、悠馬とルクス、そして朱理だ。


 各国には闇堕ちが少ないから、イタリア支部ではこの映像が闇の異能に起因するものなのか、それとも別の異能なのか判断が付けられなかったのだろう。


「結論から言うと、可能だな」


 手紙を動かす程度なら、闇で容易にできる。


 悠馬はそう告げると、闇の異能を発動させ、ティーカップを中にスライドさせて見せる。


「ほぉ…これは…」


「無論手を使わずにコーヒーを飲むことだってできる。闇異能は汎用性が高いからな」


 人気はないが、汎用性だけで行くと他の異能と一線を画すのが闇の異能だ。


 闇堕ち=過去にトラブルがあるという印象から未だに忌み嫌われている力ではあるものの、今実際にカップを動かしたみたいに物体を不自然に動かすことだって可能だ。


 聖魔がやっているように人の影を利用して闇の中に潜むこともできるし、その気になれば混沌のように闇を纏うことだってできるはず。


 闇堕ちした人の数が少ないことから汎用性に気づかれていることはないだろうが、これらを知っている人間は、十分厄介な存在になり得る。


「なるほど。ということはこの手紙の犯人は闇堕ちである可能性が高いと思っていいだろうか?」


「まぁ…他にはサイコキネシス系も考えられますが…この動きからして闇の線が濃いでしょうね」


 映像だけじゃ判断できないが、サイコキネシス系統ならもっとスムーズに動かせるはずだ。


 悠馬や朱理は闇の扱いに慣れているから、サイコキネシスと同等のスピードで物体を動かせるが、慣れていない人間が闇を使うと映像のようになる可能性が高い。


「なるほど。では隊長を消息不明にできるほどの闇堕ちがイタリア支部に潜伏しているということですね。差し詰め覚者と言ったところでしょうか…」


 2人の話を聞いて、ミュランは顎に手を当てたまま呟く。


 悠馬は彼女の発言に、一点訂正を入れるか考える。


 映像を見る限りでは、この闇を使用した異能力者のレベルは、覚者の域には遠く及ばない。


 無論手紙を送るような闇の使い方をしてこなかったから慣れていない可能性もあるが、その点を加味しても、隊長に匹敵するかは怪しい所。


 映像を見ただけだから手の内はわからないが、現状はその結論に至るのが自然な流れだ。


 果たしてイタリア支部の隊長が、この程度の闇異能力者に負けるだろうか?という疑問が浮かんでくる。


「覚者ではないかと…映像を見る限り、卓越した闇異能を保有しているようには感じません」


 悠馬が考え込んでいると、朱理が口を開いた。


 映像の限りでは、大した闇堕ちには見えない。

 そう発言した朱理は、頬に右手を当てながら左手で映像を巻き戻す。


「この動き、明らかに闇の扱いが雑です。覚者クラスならばこれと同じことを初めてやっても、もっとスムーズに動かせます。感覚が制限でもされていない限り、こんな動きにはなりません」


 朱理はそう言って、ズル、ズルと引き摺るようにして動く映像を再生させた後に、闇異能を発動させてテーブルの手紙を動かして見せる。


「そうだな。映像と朱理さんの手紙の動きを見れば、どちらのレベルが高いかは一目瞭然だ。しかし…こちらの隊長が消息を絶っているのもまた事実。現状では覚者クラスを想定して警戒にあたるのがベストだと俺は思う」


 朱理の意見は尊重しつつ、それでも隊長が消息を絶っているから、油断はできないと話すアルデナ。


 どちらの意見も正しい。


 言い争っているわけではないのだが、朱理が発した敵は覚者よりも弱いという意見も、隊長がやられた可能性があるから覚者を想定して警戒すべきだと意見するアルデナの意見も、よくわかる。


 数秒の沈黙が、室内に広がる。


 朱理は数秒の沈黙の後、アルデナの意見を聞いて、コクリと深く頷いた。


「そうですね。無論警戒はすべきだと思います」


「それじゃあ、イタリア支部としては、覚者を想定してこの事件の警戒にあたるとしよう」

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