056
空中庭園に帰還する。
オーストラリア支部の白ゲートから、空中庭園の白ゲートへと抜けてきた悠馬は、側を歩くセレスの横顔を見つめる。
相変わらず綺麗な横顔だ。
彼女が女神だと言われても納得するレベルの顔面偏差値だ。
きっと数千年も前の時代に生まれていたら、彼女は女神として崇められていたことだろう。
凛とした横顔。
柔らかな唇と大きな瞳、整った輪郭を見る悠馬は、彼女の横顔を吸い込まれるように見つめている。
セレスも夕夏と同じで出会った時とほとんど見た目が変わっていない。
「悠馬さま。そんなに見つめても、何も出てきませんよ?」
「あ、ごめん。相変わらず横顔素敵だなって思ってたんだ」
いつでもどこでも美しいセレスに恥ずかしげもなくそう告げた悠馬は、かつ、かつと革靴の音を鳴らしながら執務室へと向かう。
「もう、お世辞を言う間柄ではないでしょう。イタリア支部へはどなたをお連れするか決めましたか?」
セレスは頬をピンク色に染めながらも、お世辞を言う間柄ではないと話す。
いや、お世辞でもなんでもなく、事実を言ったんだけどな。
大講堂の大理石でできた空間を抜け、白亜の壁であしらわれた廊下へとでる。
いつも事実と本当に思ったことを言っているつもりなんだが、まぁいい。
「うーん、誰がいいんだろうな」
イタリア支部に同行してもらう戦乙女。
夕夏やソフィア、セレスは直近で同行してもらったから、他のメンバーから選びたいな。
かと言ってイタリアに詳しい人なんていないだろうし、ここは適当に選んでしまおうか?
廊下に敷かれたレッドカーペットの上を歩きながら、今回同行する戦乙女を検討する。
すると2人は、行く手の廊下の先に立っていた黒髪の女性を発見する。
「あ…」
朱理。
そう言おうとしたところで、彼女は壁から背を離すと、ヒラヒラと手を振る。
明らかにこちらを見ていないような気がしたが、話し声で接近していることに気づいていたのだろうか?
待ってましたと言わんばかりの微笑みを向けてくる。
今日帰還することは伝えていたものの、時間までは伝えていなかったはずだが…
まさかここでずっと待っていたのか?
そんな疑問が一瞬浮かんだが、朱理が歩み寄ってきたことで思考を中断する。
「どこかへ行かれるご予定があるなら、私を同行させてください。きっと役に立ちますよ」
「え?」
どこかに行くなら自分を連れて行け。
そう話す朱理に、悠馬とセレスは顔を見合わせる。
確かに今からイタリア支部に同行してもらう戦乙女を選ぼうとしていたが、朱理が立候補してくれるなら選ぶ手間が省ける。
特別イタリアに詳しい戦乙女は居ないし、結局のところ誰を連れて行っても同じになる可能性が高いのだから、朱理を連れて行けば解決する話だ。
帰還直後に都合良く朱理が待っていて、次の予定への同行を立候補してくれるという奇跡的な偶然に出会った悠馬は、セレスに向かって一度頷く。
「それじゃあローゼ、今回は朱理に同行をお願いしようと思う」
「承知しました。内政は私にお任せください」
「ありがとう。聖魔は空中庭園で待機させるから、何かあったら聖魔にも相談してくれ」
「承知しました」
空中庭園に戻ってきてすぐで申し訳ないが、セレスには異能王としての業務をお願いして、イタリア支部への準備に取り掛かろうと思う。
「どうでしたか?世界会合は」
朱理は尋ねる。
昨日開催された世界会合は、悠馬の様子を見るからに滞りなく終わったと察しはつくが、毎年いざこざは必ず起こる。
悠馬から見て、何か問題があったのか知りたい朱理は、紫色の瞳で悠馬を見据える。
「悪神の話したくらいだな。あとはいつものローガン大暴れって感じ」
「あは。あのカスですか」
「朱理さぁん?カスとか言っちゃいけません、アレでも総帥なんですから」
朱理さんは相変わらず口が悪い。
高校時代から、悠馬以外に関してはとんでもない暴言を吐く彼女だが、それは大人になった今も相変わらずだ。
唯一高校時代から変わったことがあるとするなら、それは面と向かって暴言を吐くのを控えていることくらいだろう。
ローガンに面と向かってカスと言ったことはないが、朱理はローガンの目の前で舌打ちしたことがあるから、そのうち、おいカス。なんて言い始めそうだ。
流石に戦乙女と総帥で一触即発は避けたいし、その時が来たら俺がなんとかしないとな。
そう考える悠馬は、ニッコニコの朱理へとレッドパープルの瞳を向ける。
なんでこんなにニッコニコなのかは知らないが、まるで愛玩動物のように可愛いな。撫でてあげたい。
…いや、そんな事はさておき、彼女には今回の目的地を話さないといけなかった。
会合の話をローガンのことだけで終えた悠馬は、本題である今から訪問する先について話そうとする。
「朱理、今回行くところだけど、イタリア支部に行くから」
朱理に告げる。
今回訪れる先はイタリア支部で、悪羅に関する事件であること、そしてイタリア支部総帥であるアルデナ直々の依頼であること。
依頼の話をすると、朱理は特に驚くそぶりは見せず、人差し指を頬に当てる。
「いいですね、悠馬さんと2人きりでイタリア旅行。ついでにアルデナさんとも話したいことがあるんですよ」
「旅行ではないんだけどな…てかアルデナと面識あったか?」
朱理とアルデナはほとんど面識がなかったと思う。
空中庭園や行事では顔を合わせたりしているが、朱理は基本的に、悠馬以外の男に率先して話そうとしない。
無論相手から声をかけられたら話はするものの、自発的に声をかけることをしない彼女は、アルデナと話したことがないと記憶している。
悠馬自身もアルデナと特別話をする仲ではないし、そうなってくると必然的に、朱理とアルデナは接触が減っていく。
なぜそんなアルデナと話したいのか。
朱理は悠馬の不思議そうな眼差しを受けると、あはっと微笑んでくるりと回転する。
「面識はないですが、イタリアに関することで聞きたいことがあるんです。別に大したことではありませんが」
「そっか。アイツ悪羅と関わりがあったらしいから、話してる時に俺のことでなんか言われたら、包み隠さず話していいからな」
「あは。悪羅のこと好きそうな顔してますもんね。あのイタリア人」
いや、別に好きではないと思うんだけどな…
そもそも悪羅のことが好きそうな顔って、どんな顔だよ。
アルデナは悪羅と繋がりがあっただけで、悪羅に大した好意があるとか、そう言うのじゃないと思う。
そう甘く考えている悠馬だが、彼はまだ知らない。
アルデナが悪羅の熱烈なファンであることを。
実際かなり厄介なヲタクの部類に入るのだが、昨日の表面的な話と怒りだけではそれを察しきれていない悠馬に、朱理はジトっとした眼差しを向ける。
すらっとした輪郭と、肌荒れのない真っ白な肌、妖艶に微笑む口元。
彼女の左目は、綺麗に前髪で隠れている。
右目の紫色の瞳が、悠馬のレッドパープルの瞳と交錯する。
「左目隠したんだ。イメチェン?」
「ま、そんなところです。どうです?この髪型高校の頃を思い出しませんか?」
「確かに、朱理あの時片目隠してたもんな」
高校時代の朱理は、片目を隠していることが多かった。
クラスメイトたちにオッドアイだと知られるのが嫌だったのか、それとも単純に自分が嫌だったのかは知らないが、プライベート以外では黒い瞳を隠していたのを覚えている。
「あは。今、高校時代を思い出して興奮したでしょう?」
「確かに高校時代は思い出したけど…俺の高校時代は朱理の思うほどエロで埋め尽くされてるわけじゃないからな…?」
そりゃあ異能島は全寮制だし、付き合いだしたらやりたい放題だったが、何も高校生活全てが淫らな私生活で埋もれていたわけじゃない。
「あは ♪ どうだか」
「そもそも俺と2人の時は大体片目隠してなかっただろ。まぁどっちの朱理も可愛いけどさ」
オッドアイを見せていようが隠していようが、可愛いのには変わりない。
花蓮や夕夏が茶髪のため、大和撫子として海外人気が圧倒的に高いのは朱理だ。
なにしろ朱理の影響で世界的に日本人女性と結婚したいという外国人が増えたくらいだしな。
実際日本人女性にはマトモじゃないのも一定数いるから、日本人女性と結婚したいだけの外国人は結婚後苦労しているらしいが…
日本の大和撫子(中身は知らない)として紹介されることが多い朱理は、悠馬にどっちでも可愛いと言われ満足げだ。
「確かに、高校時代は私のこの珍しいオッドアイを悠馬さんにたくさん見てもらいたかったからですね。逆に他の人に見せると特別感が薄れるので、学校では隠していましたが」
悠馬に特別感を演出するため、たくさん見てもらうために寮内ではオッドアイを見せつけていたと話す。
彼女がそんなことまで考えて行動しているとは知りもしなかった。
「それじゃあ今回は特別見せたくない人でもいるのか?」
これまで特別を見せてくれていて、それが普通になったとするなら、片目を見せたくない相手でもいるのか?
朱理が外交で不仲な人はいないはずだし、イタリア支部のアルデナやミュランとは不仲なんて話が上がる以前にほとんど関わりがない。
一体急にどうしたんだろうか?
悠馬が首を傾げると、朱理は左目を抑えながら微笑む。
「あってもなくても変わらないので。ただ隠しているだけです」
「…?そう?」
絶対左目見えてた方がいいと思うけどな。
朱理はあってもなくても変わらないと話したが、一度緑内障で片目の視力を失っている悠馬は、圧倒的に両目が見えた方がいい派だ。
人間っていうのは、片方の目が制限されるだけで、日常的な仕事にも支障を来たす。
例えば運転。車の運転は特に、車線変更なんかで死角が増えて事故を起こしやすくなるし、運動やスポーツをするならば、他の人よりも半分以下の視野で動いていると思ったほうがいい。
片目だけでルクスとの戦闘経験がある悠馬は、絶対に両目が使えた方がいいと考えている。
朱理は片目でも十分なのか、両手を広げて前を歩いている。
「…話を戻すけど、今回イタリア支部に訪問するのは、悪羅を名乗る人物から手紙が送られてきたからだ」
「あは。悠馬さんイタリア支部に手紙なんて出したんですか?」
「俺だったらまだ良かったんだけどな。俺はイタリア支部に手紙を送った覚えはない」
実は俺が送ってました!的な軽い冗談で済めば良かったが、残念なことにそんな手紙は出してない。
そもそも自ら悪羅だと公表する気がない悠馬は、朱理の冗談に苦笑いを浮かべながら答える。
「なるほど。悠馬さん的には、悪羅を名乗られるのは不快ですよね」
悠馬は悪羅に家族を殺された恨みがある上に、悪羅は未来の自分だという事実がある。
当然悠馬からすると、そんな悪羅を名乗る人物が現れたら、不快に思ってしまう。
家族を殺した人物を、未来の自分を名乗る人間に、不快感を示すのは仕方のないことだろう。
しかし朱理が思っているほど、悠馬は悪羅を名乗る者に対して不快感を示してはいない。
「特に不快とかはないんだよな。俺としては悪羅は別の自分として受け入れてるつもりだから。誰が模倣しようがそれは偽物だ。アレは越えられない」
最初から断言できることが1つある。
いくら悪羅を自称しようが、誰が悪羅を自称しようが、アレは越えられない。
覚者の域を逸脱し、反転セカイながらもレベル99に辿り着いている悪羅は、暁悠馬でなければ超えられない。
今もこれからも、きっと悪羅の模倣犯は今後も現れると思うが、それだけは断言できる。
そもそも模倣犯たちと立っているステージが違う。
時間遡行者で超越者で、あれだけの犯罪を犯している。
あそこまで派手に事を大きくできるのは、過去にも未来にも悪羅だけだろう。
それに比べれば模倣犯のやってることなんてままごとみたいなものだ。
もし仮にイタリア支部の隊長を失踪させるほどの実力があったとしても、それだけで悪羅と比較するのは烏滸がましい。
子供が行う真似事に不快感を示すか?と聞かれたら、きっとほとんどの人は不快感など示さずにスルーすることだろう。
悠馬はまさに今、その状況だ。
どこの誰が悪羅の真似をしようが、オリジナルを超えることはできないのだから、本物の悪羅でないことだけ知れたらいい。
無論その過程で逮捕するわけだが、そのくらいで絶対に捕まえてやるなどとムキになるつもりがない悠馬は、早足になると朱理の横に並ぶ。
「どちらかというと朱理の方が不快なんじゃない?俺の真似事してる奴なんて」
「まぁ確かに。悪羅ではなく悠馬さんを騙っていたら、殺していたと思います」
いや怖いよ。ちゃんと殺さず捕まえようね?
真顔で悠馬の名前を使っていたら殺していたと話す朱理に、悠馬は顔を青くさせる。
本当に同行してもらう戦乙女この人で大丈夫かな…?
そんな疑問が脳裏に浮かんできた。




