055
アルデナの発言を受け、室内には沈黙が走る。
いや、沈黙と同時に、緊張感も走っているかもしれない。
悠馬自身は悪羅とアルデナが繋がっていたと聞いて警戒をすることはないが、セレスは違う。
敵対勢力と内通していた事実を自供したアルデナに、セレスは迷わず神器を引き抜いた。
「当時、なぜ悪羅があそこまで見つからないのかずっと疑問でした。貴方が匿っていたのですね」
世界的に指名手配されている犯罪者の中で、特に悪羅のマークは厳しいものだった。
彼はそんな世界中の監視をことごとく掻い潜って見せた。
何十年間も。
それはおかしな話だ。
彼が出没した場所はわかるのに、どこで暮らしているのか、どうやって生活していたのかは全くわからない。
普通ならば少しくらい痕跡が見つかっても良いはずだ。
以前ここで過ごしていたんだろうとか、ここが拠点だったとか、少なからずそういった物的証拠が出てきて良いはずなのに、悪羅に関しては一切の情報が見つけられなかった。
アルデナの自供により、なぜ悪羅が見つけられなかったのかを知ったセレスの表情は、犯罪者を見る眼差しをしている。
彼が悪羅に関する捜査を撹乱していたのだ。
おそらく世界会合の内容や総帥として耳にした秘匿情報も、悪羅へ横流ししていた可能性が高い。
セレスはアルデナに対する警戒度を最大限まで引き上げる。
アルデナはそんなセレスを前にして、両手を上げて戦意がないアピールをした。
「なんとか言ってくれ暁悠馬。君の口から事実を告げないと、このままでは殺されてしまいそうだ」
アルデナは冗談まじりに話す。
コイツ、悪羅が何者なのか知ってるのか?
鎌をかけているわけではなさそうだし、早く事実を言ってくれと言いたげなアルデナに、悠馬は深いため息を吐く。
「ローゼ。神器を下ろしてくれ」
「ですが…」
「ローゼもなんとなく察してるんだろ。…俺と悪羅の関係性」
「っ…」
内通者を見逃すわけには行かない。
そう言いたげに悠馬の指示を拒否しようとしたセレス。
悠馬と悪羅の関係性について察していると言われた彼女は、気まずそうな表情をして俯いた。
「ずっと黙ってて悪かったな。悪羅は俺が辿る中で最も最悪な未来の姿なんだ。あれは俺が時間遡行をした姿だ」
「…察しております」
なるべく考えないようにしていたが、悠馬と悪羅は共通点が多い。
多種多様な異能、国籍、髪色、怒った時の瞳の色、仕草。
あまりに共通点が多い2人だが、それに関して気づかないふりをしてきたセレス。
あの日、16年前空中庭園で悠馬と悪羅が激突した際、微かに聞こえた会話から察しはついていたものの、本人に聞くことはできなかった。
悠馬の口から告げられた言葉で全てを悟ったセレスは、神器を鞘に納め、大人しくなる。
「少しは落ち着いたようだな。話を戻すが、だから俺は、この手紙が悪羅からのものではないと判断している」
「なるほど。確かに悪羅と繋がっていたなら、16年音信不通で突然手紙が届くわけ無いもんな」
悪羅とアルデナがどこまで深い関係性を築いていたのかは知らないが、彼の様子からして悪羅の情報をかなり知っていると見て良い。
そんな彼が悪羅からの手紙じゃ無いと判断したのだから、これは悪羅からの手紙じゃ無いのだろう。
薄汚れた封筒から取り出しかけていた手紙を引っ張り出し、内容を確認する。
「イタリア支部に宣戦布告する。私は悪羅百鬼だ。この国は私がいただく…」
おいふざけんな。
こんな恥ずかしい手紙、悪羅の名前で送ってくんなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ。
共感性羞恥というやつなのかもしれない。
自分と悪羅が同一人物だと知っているからこそ、こんな恥ずかしい手紙を悪羅の名前で送られていると知って、悶えたいほどの気まずさに駆られる。
「俺が書いたわけでも無いのに死ぬほど恥ずかしいんだけど…」
穴があったら今すぐ入りたい。
時間を巻き戻すことができるなら、封筒の中身を読み上げずにアルデナへ返却したいくらいだ。
「子供のいたずらのような手紙ですね。悠馬さまならこんな文章書きません」
そもそもイタリアが欲しいなんて思ってないしな。
手紙の内容を子供のいたずらだと一蹴したセレスは、ソファまで歩み寄ると悠馬の横に座る。
「それで?あまり言いたくないが、悪羅の模倣犯に関しちゃここ10年近くずっといただろ?この手紙がそんなに大事か?」
悪羅が死んでからというもの、彼の模倣犯は何度も現れている。
模倣というか、もはや自分が巨悪になりたいという願望を持った力を持て余した異能力者たちだったが、彼らは全員、各国の総帥や悠馬によって取り押さえられ、事なきを得ている。
今更手紙だけで過敏に反応しているアルデナに理解に苦しむ悠馬は、これの何が問題なんだと尋ねる。
「先日イタリア支部で、確認のないセラフ化反応が確認された」
「こちらでは確認できておりません。誤反応では?」
「各支部からアクションがないから私もそう思ったさ。だがこっちはその日、隊長が失踪した」
アルデナは真剣な表情で話す。
強く拳を握り、真剣な眼差しを向けて。
イタリア支部軍の隊長失踪。
異能王の空中庭園にも高精度なセラフ化反応探知装置が備わっているが、ここ最近でセラフ化反応を捉えたことはない。
空中庭園には常時人がいるようにしているし、反応を見落とすことはないと言っても良い。
イタリア支部の探知装置のみが反応し、その日に軍の隊長が失踪。
悪羅を名乗る人物から、国をいただくという手紙。
セレスは隊長が失踪していると聞き、顎に手を当てる。
「手紙の内容と、隊長の失踪に整合性があるわけではありませんが、ここは一度、2つの事件に関係がないか確認をすべきでしょうね」
「ああ。そういうことだ。無論俺も動くつもりだが、協力を願えるかな?許せないだろう?悪羅を名乗る模倣犯なんて」
「…?まぁ…そうだな」
悪羅百鬼を名乗る模倣犯は許せない。
そう発したアルデナから、一瞬怒りの雰囲気を感じたが、その雰囲気は一瞬で収まる。
今のは気のせいか?
なぜ彼が怒ったのか理解できない悠馬は、自身の感じ取った雰囲気を違和感だと受け流すことにする。
実際、悪羅を名乗る人物が隊長を失踪させたのなら、相当な実力者だろうしな。
仮に悪羅を名乗る者と隊長を失踪させた人物が同一人物じゃなくても、隊長を失踪させるほどの実力ならば悪神繋がりの可能性も考えられる。
アルデナは悠馬の返事を聞いて、ニッコリと口元を緩め頷く。
「助力に感謝しよう。イタリア支部にはいつ頃来れるかな?」
悪羅百鬼を名乗る人物捜索への助力。
悠馬から助力の合意を得たアルデナは、いつ頃イタリア支部には来れるのか尋ねる。
「うーん…明日空中庭園に戻ってから同行する戦乙女を選出するから、明日か明後日中には行けると思うが…」
「承知した。また正確な時間が決まったら教えてくれ」
「ああ。わかった。連絡しよう」
アルデナは話を終えると、満足のいく話し合いに終わったのか、すぐに席を立って去っていく。
彼に聞きたいことが複数浮かんでいたが、明日か明後日にはイタリアに飛ぶのだから、そのタイミングで聞けば良いか。
悠馬とセレスの雰囲気を察し、長居は不要だと判断したアルデナは、見送りは不要だと告げて玄関へと向かっていく。
セレスはアルデナが見えなくなるのを確認すると、そっと悠馬の太ももに手を伸ばした。
彼女の真っ白な手のひらが、太ももに触れる。
2人の静寂が、別荘内を優しく包み込む。
言葉を交わさずとも、心地のいい関係性の2人。
しかしローゼの手のひらからは、何かを伝えたいと言う感情が伝わってきた。
「ローゼ?」
「悠馬さま。先ほどの話ですが…」
「ああ…悪羅と俺の件か?」
セレスの不安そうな表情を見て、悠馬は答える。
彼女はきっと、悠馬が悪羅への復讐を望んでいた中高時代の日々の話を聞いているから、どう判断してどう接するのが正解が分からず、知らないふりをしてきたのだろう。
きっとセレスの中には、確信に近いものもあったはずだ。
悠馬が悪羅を殺してから16年が経過し、完全に話を聞く機会を失っていたセレスは、この際全て話して欲しいと言いたげだ。
「教えてください。私は悠馬さまの深くを知りたいのです」
「あぁ…さっきも言った通り、悪羅百鬼は暁悠馬が全てを失う過程…或いはその結果で完成する人間だ」
悪羅百鬼は花蓮も朱理も夕夏も救えず、美月とは出会わず、他の女性たちとも関わりを持っていない。
悠馬が闇堕ちする過程を経ていないため、全てが中途半端な悪羅百鬼は、失うべくして全てを失ったと言っても良い。
「悪羅は異能島でルクスとティナを迎え撃って、結果異能島の学生は全員死んだんだ。アレはみんなの死によって完成した壊れた人間なんだよ」
遠くを見ながら話す。
暁悠馬も悪羅百鬼の全てを知っているわけじゃない。
彼がいかにしてその歪んだ結論に辿り着いたのか、彼がどのように苦しんだのかは想像の域を出ない。
断片的な記憶はあるものの、正確な彼の気持ち、心情というものがわからない悠馬は、八神の特異点と夕夏の特異点を思い出しながら、セレスの手を強く握る。
「このことをご存知の方は…いらっしゃるのですか?」
「花蓮ちゃんと夕夏、美月と朱理は知ってるかな…。他は多分アルデナくらいだと思う」
悠馬は現状悪羅百鬼が何者であるか知っている4人とアルデナの名前を上げて、セレスに頭を下げた。
「ごめんな。もっと早く知りたかっただろ?」
「いえ。正直なところ、心のうちに留めていた確信が悠馬さまの口から聞けただけなので…クロがクロになっただけです。おそらく愛菜さまとルクスさまも察していることでしょう」
「まぁ、だろうな…」
愛菜とルクスは賢いからな。
あの2人なら答えに辿り着いていて、特に問題視してないから触れてこないのだろう。
ルクスに関しちゃそういったことに興味なさそうだし、愛菜もその辺ドライだからな。
オリヴィアとソフィアはポンコツだから気づいてないだろうが…
名前を上げられなかったオリヴィアとソフィアを思い出して苦笑いの悠馬は、こんな事実も受け入れてくれたセレスに安堵感を覚え、彼女の肩に頭を預ける。
「案外あっさり、受け入れてくれるんだな」
「何年お側で支えていると思ってるんですか?嫌だったならもっと早くに悪羅との関係性を聞き出しています。例えば子供を作る前に」
「随分初期から気づいてるんだな…さすがローゼ…」
悪羅と悠馬の関係性を本気で気にしていて、嫌だったならもっと早くに尋ねている。
セレスとの間に子供ができたのは15年前だから、その頃にはすでになんらかの情報を手にしていたことになる。
まぁ、彼女は元々戦乙女の隊長だったし、その類の情報は誰よりも早く手にしていたことだろう。
まさか出会った時から勘づかれていたのか?とも思いはしたが、さっきの話からして戴冠式のタイミングでほぼ察しがついたってことだろう。
確かにあの時は、ネットでも暁悠馬と悪羅百鬼は同じ異能を保有しているんじゃないかと話題になっていた。
闇しか使えないと思われていた悪羅が使った複数異能と、それを向かい撃つ形で同じ異能をカウンターで複数回放ったりもした。
中には悪羅の死体が残らなかったことから、暁悠馬の自作自演という声も上がっていたし、そういったところからも、なんとなく勘づくことのできる要素はあったはずだ。
幸いなことに戴冠式の戦闘以降、暁悠馬=悪羅説は自然と廃れていったが、最初にこの説を提唱したネット民は、割といい線行っていると思う。
セレスは強く握られた手のひらに、応えるように強く握り返す。
「ふふ、私は悠馬さまの戦乙女ですから。貴方さまの1番の理解者でありたいと思い、日々お支えしております」
「え、めっちゃ嬉しい…子供もう1人作る?」
「いや、この歳から2人目はちょっと…」
厳しいかもしれない。
セレスの発言に感動を覚え、感極まった悠馬は子作りを提案するが、セレスは40半ばに近い。
今から2人目は厳しいものがあると言いたげなセレスは、やんわりと悠馬の提案を断りながら、嬉しそうに微笑んでみせた。
「ですが悠馬さまがもう1人欲しいと言うのであれば、頑張ってみましょう」




