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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
52/66

052

「どうした!?こんなもんかよ!」


 闇の鎧を纏った混沌は、エルドラの腹部に拳を打ち込む。


 腹部に響く、鈍い衝撃。

 ドスッという音と共に、内臓が破裂したのがわかる。


 エルドラは吐血しながら、潰れた自身の腹部を見て顔を顰めた。


「はは…未来が一つ変わった程度で対処できなくなるんだな。それがお前の限界か」


 混沌はステンドグラスを見上げながら呟く。


 たった一つ。

 たった一つの異能が大きく戦況を左右した。


 絶対的な防御力と、圧倒的な攻撃力を同時に併用する混沌に、エルドラは歯が立たない。


 いくら死なないと言っても、着実にダメージが蓄積しているエルドラは、口元の血を拭い、ゆっくりと起き上がる。


「まだやるか?」


「ああ。ここでお前を止めるのが、俺の役目だから」


「止める…?俺を?お前が?」


 この場で止めるのが自分の役目。


 そう話すエルドラにピクリと反応した混沌は、瞬時にエルドラの目の前へと移動し、顔面に回し蹴りを放った。


「くっ…」


「やってみろよ…!やれるもんならな!」


 2人の戦闘は、互角なものから一方的なものへと変わっていく。


 悪神はそんな2人の戦いを見下ろしながら、満足そうな表情を浮かべている。


「2人とも私の想定を超えてる…エルドラくんが時間遡行をしているのは想定外だったけど、まさか私の目すら欺いてここまで隠してたとはね…ほんっと、この2人は最後まで楽しませてくれる」


 悠馬は悪神の言葉を耳に挟みながら、コツコツコツという足音を耳にする。


 スーツ用の革靴のような、ソールと地面が接触する音は、タルタロス内で響いていたどの音とも違い、その正体が気になった悠馬は背後の階段を確認する。


 まるで世界を飲み込むような暗闇が、背後には広がっていた。


 階段は暗く、何者がいるのかわからない。


 唯一言えることがあるとするなら、今聞こえている足音は、やけに落ちつき払っていて、走るでもなく、急ぐでもなく淡々と階段を降りてきているということだ。


 脱獄者でもなく、どちらかの援護でもない。

 憤怒のようにドスドスとした足音でもなく、聞き覚えのある足音に感じる悠馬は、徐々に音の正体が近づくにつれ、リーフの方を見た。


「リーフ…まさか…」


「ああ…正真正銘、魔王の登場だよ」


 御伽噺の混沌はよく魔王に例えられるが、悠馬たちの生きる現代で魔王と呼ばれている人物は全くの別人だ。


 異能王殺し、世界最悪の時間遡行者、不老不死の魔王。


「よっ」


 スーツを纏い階段から降りてきたその男は、リーフに向けて軽く会釈をすると、片手をポケットに突っ込んだまま、壁に背を預ける。


「なぜ悪羅がここに…」


 セレスは大きく目を見開く。


 セレスは壁に背を預ける悪羅を見て、混乱している。


 悪羅がどれだけの歳月を生きてきたかは諸説あるが、まさかこんな重要な局面に関わっているとは思わなかった。


 リーフは横に並んだ悪羅には目もくれない。


「彼がここへきた理由はそのうちわかりますよ」


 今話す必要はない。


 悪羅に関する話はそのうちわかるのか、そんなことよりもエルドラと混沌の戦いを見ろと言いたげだ。


「そろそろ時間だろ」


「はあ?ねんねの時間か!?」


 仰向けに倒れているエルドラの顔面を踏み潰すべく、混沌は足を下ろす。


 闇を纏い増幅した混沌の、力づくの足踏みを転がって回避したエルドラは、光の聖剣で彼の足を切る。


 ガキンと金属音が響き、火花が散る。


 エルドラは弾かれた光の聖剣を見つめ、混沌は鎧の中でニヤリと微笑む。


「どうやらその聖剣よりも俺の闇の方が強いらしいな!」


「そうらしい。だけど…」


 聖剣は通用しない。


 今の攻撃で混沌の闇に傷すら入らなかった時点で、聖剣は意味を成さない。


 しかしエルドラは、そんな現状を目の当たりにしても動揺することなく、冷静な表情で立ち上がった。


 混沌はそんなエルドラを見て、違和感を覚えると同時に妙な脱力感を感じ、フラッとよろめいた。


 方向感覚がわからなくなったように、一瞬力が抜けた混沌は、フラッと一歩踏み出したところで、立ち止まる。


 それと同時に、混沌の纏った鎧の顔部分に、ピシッと亀裂が入る。


「は…?」


 混沌は鎧の顔部分に亀裂が入り、低い声を上げる。


 顔面に攻撃など喰らっていないはず。

 自分の受けた攻撃は一度しかないはずだ。


 エルドラの光の聖剣の一撃しか受けた覚えがない混沌は、なぜ亀裂が入ったのか理解できずに、一歩後ずさる。


「最高に燃費が悪いだろ。ソレ」


 エルドラは知ってましたと言わんばかりに、混沌へ言い放つ。


「まさか…」


 まさかこの力を知っていたのか?


 エルドラの知る未来を越えるべく挑戦した異能だったが、まさかこの力まで未来で把握していたと言うのか?


「お前がその力を使うのは分かってた。燃費が悪い代わりにこの世の終わりみたいな火力を出せる形態だが、無論それを耐えればあとは勝手に弱体化してくれる」


「だからさっきまでサンドバッグになってたのかよ?」


「ああ…これで体力面では俺の方が優位になった」


 自分の方が優位であるものが増えた。


 未来を知っていること、体力が多く残っていること。


 混沌の体力を自ら消耗させることに成功したエルドラ。


 混沌はそんな現状を突きつけられ、歯軋りした。


 ギリギリと、彼の歯軋りの音が聞こえてくる。


「それで!?体力が優位になったら何ができるんだよ!?そのカスみたいな物語能力で俺を超えられンのか!?」


 さっきまでの戦いで、エルドラの実力はある程度分かった。


 見たことのない異能を使われもしたが、物語能力ならばそれは想定の範囲。


 致命的な異能を隠している線も薄いし、体力が減ったとしても実力はまだこっちの方が上手。


 今から下手に体力消耗しなければ、問題なく勝てる相手だ。


 さっきまでが遊びだったとするなら、ここからが本気だ。


 頭を使い、力を配分し、相手をねじ伏せればいいだけ。


 いくら体力を消耗していても、絶対にエルドラには負けないという自信を覗かせる混沌は、右手を伸ばすと黒い影の中から槍を取り出す。


「お前、槍は使えないだろ」


「そう思うなら試してみろよ」


 混沌は槍を使えない。


 そう判断したエルドラに対し、混沌は自信を覗かせる。


 使えないと思うなら試してみろ。


 そう言って槍を突き立てた混沌に、エルドラは間合いを詰めない。


 わからない。


 本当に槍が使えるのか、ハッタリをかましているだけなのか。


 これまでの時間遡行において混沌が槍を使用することなんてなかったため、間合いを詰めるのに躊躇いが生まれる。


 混沌はエルドラの迷いを、見逃さなかった。


 間合いを詰めることを躊躇ったエルドラに対し、槍を構えた混沌は一気に詰め寄る。


 身体強化系の異能を使い、アスリート顔負けの速度で走る混沌は、そこからさらに同じ身体強化系の異能を重ね掛けし、急加速する。


 目にも留まらぬ速さ。


 残像を残すほどの勢いで加速した混沌は、瞬時にエルドラの背後へと回り、槍を向ける。


「っ…!」


 速すぎて反応が追いつかない。


 背後から感じる殺気。


 殺気を感じ取ったエルドラは、大きく目を見開き、振り返るよりも早く身を捩る。


 直後、先ほどまでエルドラが身を置いていた所を、漆黒の槍が貫く。


「チッ…当たっておけよ」


 混沌は小声でボヤく。


 寸前で混沌の攻撃を回避したエルドラは、振り返ると同時に光の聖剣を振りかざす。


 それは流れるようなカウンターで、エルドラの一撃は綺麗な一閃を描き、混沌に直撃する。


 ズパッと勢いよく振り抜かれた光の聖剣。


「っ…!」


 茶色のタルタロスの床に鮮血がこぼれ落ちる。


 ポタポタポタと、真っ赤な混沌の血液は、水道を少し捻った蛇口のように、じわぁっと広がっていく。


 混沌は腹部を切り裂かれ、歯を食いしばった。


 腹部が熱い。

 それが光の聖剣による効果なのか、それとも斬られたことによって傷口が熱を持っているのか定かではない。


「ってぇなぁ゛〜〜!」


「いくら身体強化したところで、槍の扱いは素人だね。想定外ではあったけど想定内だ」


 まさか奥の手を隠していたのかと思ったが、ただのハッタリで武器を生成しただけ。


 身体強化で技術を補おうとしているが、ある程度武術に精通していれば、今の槍の動きが素人の動きなのは見ただけでわかる。


 十中八九、完全に未来を予測されていると考え、王道の剣ではなく槍を生成して混乱を誘ってきたのだろう。


「想定外だが想定内だと?」


 混沌はエルドラの発言が不服なのか、目を細める。


「ああ。想定外は想定できるだろ。それができなければこんなところには来ていない」


 想定外であることを想定する。


 それは人の解釈によっては可能なことだ。

 自分に想定できないことが起こりうることを想定する。


 そのことを想定すると言っていいのかは人それぞれだろうが、想定外を想定することによって、有事の際に冷静な判断ができる。


 何かが起こるかもしれないと考えているからこそ、突然の出来事にもパニックにも思考停止にも陥らず、動くことができる。


 混沌はエルドラの想定の話を聞き、小さく舌打ちした。


「言葉遊びしてんじゃねえよ!」


「そう解釈するのもお前の自由だ」


「もういい。このタルタロスごと、お前を吹き飛ばしてやる」


 エルドラがここを最終決戦の場に選んだ理由。


 タルタロス内ならば混沌が大規模な異能を発動できず、実質近接戦に持ち込めるから。


 いくら再生すると言っても、近づけずに延々と死に続けるのはしんどいことだし、決着にかなりの時間を要する。


 だから全ての条件を揃え、この場で決着をつけると決めた。


 混沌にまともな思考ができる間は、タルタロスを崩壊させるなんて考えないだろうから。


 しかしそんなエルドラの想定と異なり、混沌はタルタロスを吹き飛ばすと話した。


 少しずつ未来が変わり始めている。


 明確な原因があるのかどうかはわからない。これがバタフライエフェクトというやつなのかもしれない。


 しかし明確なのは、これまでとはまた違う結末が、この戦いの先にはあるということだ。


 悪神は2人の戦いを見て、若干の違和感を覚えていた。


 別に盛り上がりにかけるとか、期待通りの動きをしてくれないとか、そんなのじゃない。


 エルドラはよく頑張っているし、混沌の火力は相変わらずで、格闘技を観戦しているような気分で観ていられる。


 しかしなぜか、エルドラの物語能力の使用数が明らかに少ない気がする。


 混沌が大量の物語能力を発動させているのに対し、エルドラは攻撃を防ぐのをメインとして、他には神器の召喚程度にしか物語能力を使っていない。


 無論、再生に全神経を注いでいたと言われたらそれまでだが、まだ何かを隠している気がする。


 何を狙っているの?何を隠しているの?


 明らかに混沌優勢ではあるものの、エルドラに奥の手があると考える悪神は、2人を凝視する。


 混沌は堅牢の間に闇を放つ。


 人の形をした禍々しい何か。


 悪鬼という言葉が相応しいだろう。

 人とは呼べず、影の鬼のようなその存在たちは、タルタロス内に一度広がると同時に、地面の中に沈んでいく。


「カオスフィールド」


「…ここを沈める気か」


「はは、そうだ。いくら再生するって言っても、闇の中に沈めて異能を解除したら、流石に死ぬだろ?」


 闇の中に人を沈み込め、異能を解除する。


 本来氷や炎であればそう言ったことは不可能だろうが、闇異能だからこそできる、最低最悪な使用方法。


 簡単に訳すと闇の中で潰れて死ねという意味だ。


 エルドラはゆっくりと周囲が沈み込んでいくのを見渡すと、自身の足に纏わりつく闇の手へと視線を落とす。


 まるで複数の死者が、お前もこっちに来いと引き込んでいるようだ。


 エルドラは自身の足に纏わりつく闇を見下ろすと、ふっと微笑んだ。


「タイムリミットだ」


 エルドラが告げる。


 それと同時に、混沌は背後から寒気を感じて目を見開いた。


「っ…!」


 数多の星を見た。


 混沌の背後に開かれた、ナニか。


 漆黒の扉、漆塗りの扉が開かれた瞬間、それが何なのかはわからず、しかしそれが近づいてはならないものだと瞬時に理解する。


 混沌の闇が侵食する堅牢の間を吸収するように、扉は闇を掠め取り、混沌を飲み込もうとする。


「なんだその異能はッ!エルドラァ゛!」


 混沌は叫ぶ。

 得体の知れない異能。自分の知らないナニか。


 同じ物語能力で作られたものなのか、はたまた別の異能なのかもわからない。予想もできない。


 暴風が吹き荒れるタルタロスの内部で、混沌は鎖を掴み、漆黒の扉からの吸収をなんとかして逃れようとする。


 エルドラはそんな彼を睨みながら、膝をついた。


「…ハァ…ハァ…手を離せよ…楽になるぞ」


 体力の大部分を消耗。

 このためだけに体力を温存し、準備した。


 混沌は殺せないが、次元の狭間に幽閉することで世界の危機を救おうとしたエルドラは、扉の吸収から逃れようとする混沌を見る。


 抵抗が激しい。


 そう長くこの扉は維持できない。


 体力はみるみるうちに削られているし、持って後数秒程度。


 その数秒で混沌を次元の狭間に幽閉できなければ、この世界は混沌に侵食されてしまう。


 あと一手、あと一つのピースが足りない。

 完成したけたパズル、最後になって1ピース足りないことに気づいた。


 きっと最初から足りていなかった。

 だけどそのピースは気づいていないだけで手元にあると思っていた。


 そんな希望的観測。

 最後のピースを見つけられない自分を、誤魔化し騙し続けた。


 エルドラはここに来てようやく、自分の整えた盤面だけじゃ、混沌に敵わないことを悟った。

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