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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
51/67

051

 心が踊る。嬉しい。すごく興奮する。


 今の気持ちは様々な言葉で言い表すことができるだろうが、この感情をひとまとめにするなら、それは間違いなく喜びだろう。


 頭部が全損したはずのエルドラが再生し、再び混沌と対峙する姿に喜びを感じる悪神は、完全に頬が歪んでいる。


 いくら物語能力者でも、頭部を破壊されれば基本的に死ぬ。


 生物として、脳みそが判断やイメージを作り上げている都合上、頭がなくなればそりゃあ死ぬ。


 だと言うのにそんな常識を覆すかの如く、目の前にいる弱者は頭部を再生させ、自身よりも遥かに格上の化け物に対し、一歩も引けを取らない。


 はじめて人の命が輝いて見えた。


 彼の魂は何色?魂は本当に輝いているの?生きているから輝いているの?運命に抗っているから輝いてるの?死んでも輝きは消えない?


 これまでの長い歴史の中で、人の命がこれほどまでに輝いて見えたのは初めてだった。


 無論これまでも多少のことで興味を持ったり、感動的な場面を目の当たりにしたことだってあるが、頭部全損という状況から蘇るのは彼が初めて。


 絶対的な逆境に立ち向かう彼の姿に、運命に歯向かう彼の姿に、人間の意志の強さに鼓動が熱く脈打つ。


 人智を超えた領域、神の領域に踏み込んでいると言っても過言ではない彼に、悪神は強く心を動かされる。


「やはりこの2人に物語能力を授けたのは正解だった…!」


 欲望のままに動く混沌と、それを阻止し、平和な世界を求めるエルドラ。


 2人の物語能力者が激突するのは必至だったが、悪神は物語能力を多く保有する混沌優勢に物語が進んでいくと思っていた。


 しかし蓋を開けてみれば、直接対決以外はエルドラもそれなりに上手くやっている。


 混沌が表に出た時点で旧世代の人間の死者数や異能力者の死者もかなり増えてはいるものの、レベル差を考えると、エルドラは上手く動いたほうだ。


 加えて現在の直接対決。


 呆気なくやられたかと思いきや、人智を超えた再生を見せるエルドラは、服にかかった砂埃を手で払いながら起き上がる。


「ずっと気になっていた。お前の4割の物語能力。俺の3割の物語能力。ならば残りの3割は、一体どこにあるのかって」


 誰もが疑問に思う。


 最初から7割しかないなら、それは7割ではなく10割と表現されるはずだし、ならば7割と表現される物語能力の、残りの3割はどこにあるのかと。


 エルドラは時間遡行の過程で残りの3割の物語能力を探し求めたが、結局最後まで見つけられなかった。


 もしかすると悪神が持っているかもしれない。


 最終的にはそんな結論を出していたが、悪神も残り3割の物語能力の所在を知らない。


「わからないんじゃなくて、結論から言うと今は未だ無いんだろう。残りの3割の物語能力は、現代に存在しない」


「は…?なんだと…?」


 エルドラの言葉に、混沌が反応する。


 混沌の目的は、物語能力を集めてセカイを手にすること。


 悠馬と同じ異能を手に入れて、神格を得ようとしている彼は、3割の物語能力が現代に存在していないと聞き、首を悪神へと向けた。


「無いだと?俺を騙したんですか?」


 怒りの形相を浮かべる混沌。


 目的が達せられないことを今更知らされ、3割の物語能力がないことを知ってしまった混沌は、悪神に対して敵意を剥き出しにする。


 圧のある殺気。


 流石はレベル89、ラスボスとも言える混沌なだけあって、これがリーフの記憶なのだとしても気圧してしまう自分がいる。


 17年前の自分が、あんな化け物相手によく平然としていられたなと今更ながら感心してしまう。


「それじゃあ、夜空くんは物語能力が必要なかったの?」


 悪神は混沌に敵意を剥き出しにされながらも、冷静に口を開く。


「それは…」


 まるで悪神が嘘をついたように話しているが、逆に3割の物語能力が手に入らないならこの力は必要なかったのか。


 混沌は悪神に尋ねられ、口籠もる。


 彼は3割の物語能力がなくとも物語能力を必要としたはずだ。

 なにしろ彼の元は無能力者。


 旧世代の人間側である彼は、力が与えられると言われたら縋ったことだろう。


 それが不完全な物語能力で、神格を得られるか怪しいと分かっていても、僅かな可能性に賭けたはずだ。


 彼の記憶はもう殆ど残っていないだろうが、この力は必要なかったのかと聞かれ、必要なかったと答えられないほど、物語能力を愛してしまっている。


 この力は自分のものだと、最初から自分のためにあったものだと思っている混沌に、悪神は続け様に口を開く。


「目の前のエルドラくんを倒せば7割の物語能力は手に入るんだよ?そうすれば不老不死なんて容易だろうし、あとはゆっくり3割の物語能力が現れるのを待てばいい。違う?」


 所在がわからないなら、力を蓄えて待っていればいい。


 それが何百年先になるのかはわからないが、物語能力を保有していれば、300年だろうが1000年だろうが、生き延びることはできる。


 だから目の前にいる男を殺して、大人しく待て。


 そう告げた悪神に、混沌はハッとしたように顔を上げて目の前の男を睨む。


 そうだ。敵はコイツだ。


 混沌の敵は悪神や未知の3割の物語能力者ではなく、目の前にいるエルドラという勇者だ。


 危うく敵を見失うところだったが、目の前の3割の物語能力を保有する彼を殺して力を奪うのは絶対条件。


 今この世にない残りの物語能力を気にしている場合じゃないことに気づいた混沌は、闇で生成された剣のようなものを宙に浮かせた。


「そう。それでいい。この物語は2人のうちのどちらかしか生き残れない。そうでしょう?」


 悪神はそう告げる。

 お互いがお互いの目的のための障壁なのだから、どちらか一方は死ぬしかない。


 最後の戦いを見届けようと言わんばかりに、2人から距離を取った悪神を合図として、混沌は異能を放つ。


()()()()()()()()()()()()()()()


 闇の剣が宙を舞い、猛スピードで迫り来る。

 目で追うのがやっとなほどの速さで、的確にエルドラだけを目掛けて飛んでくる8本の剣。


「ディメンションウォール」


 エルドラは自分を明確に殺そうとする8本の剣に、冷静に対処してみせた。


「っ!?」


 次元の壁。

 エルドラが発動させた異能によって、混沌の闇の剣は全て弾かれる。


 何もないはず、無色透明で何も見えない空間に、闇の剣は弾かれて墜落した。


 文字通り、今エルドラと混沌の間には、次元の壁が存在している。


「混沌。お前は俺と戦うのが初めてかもしれないが。俺は違う」


 何千、何万回と戦いを繰り返して来た。

 混沌の放つ異能、攻撃のパターンは知っているから、あとはそれらを綺麗に対処すればいい。


 時間遡行の都合上、何度も死に、その度に再生し混沌に挑み続けたエルドラは、彼に何の異能が通用するかを知っている。


「俺より物語能力を保有してないくせに…でかい口叩いてんじゃねえよ!」


 レベルを取っても異能をとっても格下なはずのエルドラの言葉が、やけに鼻につく。


 本当に自分は混沌と何度も戦ってきたような、全てを知ったような口ぶりに気持ち悪さを感じる混沌は、闇の異能を羽のように伸ばし、タルタロス内を一掃する。


 金属の軋む音と、異応石が砕け散る轟音が響き、悠馬とセレスは耳を塞ぐ。


「どうだ!?これが俺とお前の実力差だ!お前が一生かかっても俺を超えられない理由!圧倒的な力の差!」


 自身の物語能力を誇示するようにそう話す混沌。


 エルドラはそんな混沌を、羽のような何かが生えた背中で飛行し、見下ろしていた。


「俺を見下ろすつもりか?エルドラァ!」


「そう怒るなよ。ただ一度異能を回避されただけだろ」


「っ!」


「グラディウス。蒼の聖剣」


 紫色の羽のようなもので飛行するエルドラがグラディウスと告げると、背後には複数の剣が現れ、彼はその中から蒼の聖剣を手に取る。


 エルドラはそのまま急降下して、混沌の首を狙う。

 混沌は猛スピードで迫り来るエルドラに、咄嗟に体を捩って剣戟を回避しようとした。


「くっ…!」


 蒼の聖剣の剣先が混沌の首筋を掠める。

 スパッと音もなく、しかし確かに彼の首筋を掠めた蒼の聖剣。


 混沌は自身の首筋にヒヤリとした血が流れるのを感じて、目の前にいる男が格下などではなく、自身を殺せるだけの脅威になるのかもしれないと認識し始めていた。


()()()!」


「万全な物語能力者同士に直接的な命令は聞かないよ」


「なんでそんなこと…!」


 なんでそんなこと知ってるんだ!?


 止まれと発言した混沌に、諭すようにそれは効かないと話すエルドラは、再び混沌へと斬り込む。


 おかしい。明らかに何かがおかしい。


 さっきまでは完全にこっちのペースだったはず。

 圧倒的に優勢な状況で、瀕死にまで追いやった。


 目の前にいる男にはもう味方なんていないし、コイツを殺せば全てが終わる。


 なのに何故だ?なんでこっちの攻撃を見透かしたように動ける?どうして物語能力者同士で作用する異能と作用しない異能を知っている?


 蒼の聖剣からの連撃を浴びる混沌は、全身に伴う激痛を感じながら考える。


「まさか…!」


 未来を知っているのか…?


 躊躇いなく間合いに入られた。


 それは間違い無く、混沌が剣術を扱えないことを知っているから。


 近距離の戦闘で分があると判断しているから、エルドラは間合いを詰めた。


「ならば!」


 こちらもそれに適応するのみ。


 エルドラが未来を知っていると結論づけ、そこから仮説を立てて動く必要がある。


 目の前にいるコイツはどこまで知っている?奥の手まで知っているか?


 いや…今結論づけたばかりじゃないか。

 コイツは全てを知っていると仮定して動かなければ、間違い無く足元を掬われる。


 さっきの殺せないという発言がブラフの可能性だってあるし、今の自分を超える必要がある。


 闇を纏い、身体を守る。


 黒を纏い、黒に染まり、黒に成った混沌は、全身を闇で防御した、鎧の姿へと変貌する。


「お前、未来を知ってるんだな。だから俺の行動を事あるごとに邪魔できた。そうだろ?」


「そうだな。俺は多少の未来を知っている」


「通りで上手くいかないわけだ。どんだけ先読みができるやつなのか、俺と似た思考なのか、ずっと考えていたが、こんな単純な理由だったんだな」


 ことごとく妨害され続けたから苛立ちもしたが、同じ物語能力者ならこのくらいやってのけると思い、怒り狂いはしなかった。


 その全てが未来を知っているからだと言うのなら、これまでの出来事全てに納得がいく。


「だがそのアドバンテージはもう失われた」


 混沌はそう話す。


 未来を知っていると言うなら、未来を上回ればいい。


「未来の俺はお前が未来を知っていると気づいていたか?気づいてないならお前の見た未来と俺とじゃ、全くの別物だろ」


 未来を見たからと言って、混沌がその通りに動くとは限らない。


 そう豪語する彼は、再び間合いを詰めてきたエルドラに拳を向ける。


「ッ!」


 エルドラが間合いを詰めた瞬間、混沌はその間合いの中でさらに一歩を踏み出す。


 混沌の拳が、エルドラの腹部を捉える。


 エルドラは腹部を捉えた混沌の拳に、咄嗟に蒼の聖剣でガードを挟んだ。


 直後、バキッという音が聞こえ、エルドラは目を見開く。


 彼がガードに使った蒼の聖剣は、混沌の拳によって剣先が砕け散っていた。


「ほぉ〜…闇を纏うのは初めてだが、これはイイ…身体能力が上乗せされた気分だ」


「グラディウス…光の聖剣」


 拳の感触を確かめる混沌に、エルドラは再び別の聖剣を展開して攻撃を加えようとする。


 一瞬で間合いを詰め、今度は闇の対となる光の聖剣で。


 しかしエルドラの攻撃が混沌に届くことはなく、剣先は空を切る。


「はっ、聖剣が大好きらしいな。知ってるぜ?一説によるとそれは神をも殺せるんだろ?…でも青い方は俺に通用しなかった。へし折れた」


 闇の鎧を纏った混沌に、聖剣は通じない。


 闇を纏う前と違い、スピードも格段に増した混沌に、エルドラはついていけてない。


 光の聖剣で混沌を捉えることすらできず、混沌は優雅にエルドラの背後で佇んでいる。


「どうだ?未来と状況は変わったか?」


「…そうだな。随分と変わったらしいよ」


 エルドラはこんな未来を知らないのか、他人事のようにそう話す。


 前提が崩れた。


 そもそもここで決戦を迎えるようにした真の理由は、タルタロスが地下100層から構成されていることと、混沌が大規模な異能を得意とするからだ。


 だからここで戦えば、タルタロスが崩れることを恐れ、混沌の大規模な異能は阻止できる。


 そして小規模攻撃ならば、近接戦闘が得意なこちらに分があるはずだった。


 しかしエルドラの知る未来を簡単に上回ってみせた混沌は、瞬時にエルドラの背後へと回ると回し蹴りをお見舞いする。


「ぐっ…!」


「いくら再生するって言っても、痛みは感じるんだろ?」


 地面を転がり、体勢を立て直すエルドラ。


 そんな彼の背後に再び移動してきた混沌は、もう一度蹴りをお見舞いする。


 混沌のスピードは、瞬間移動に近い。


 混沌は2度の蹴りで転がっていくエルドラを見下ろすと、闇の鎧の中でニヤリと笑みを浮かべた。


「痛み感じるなら、今から死ねないことを後悔するくらいの激痛を味わわせてやるよ」

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