050
「消し飛べ」
沈黙を破り、先に攻撃を繰り出した混沌。
彼が右手を伸ばし消し飛べと発すると同時に、堅牢の間には暴風が吹き荒れ、一同は目を細める。
これがリーフの見せている記憶なのだとしても、吹き荒れる風は本物のように感じてしまう。
怪我を負う心配はないものの、それでも混沌の圧によって自然と身体が戦闘体勢に入ったのを感じる悠馬は、熱い鼓動の高鳴りを感じると共に、左手を伸ばしたエルドラを見逃さなかった。
「消滅しろ」
物語能力者同士の本格的な激突。
これまでに夕夏やティナ、混沌と3人の物語能力者と関わってきた悠馬だが、相変わらず想像を絶する事象改変能力だ。
悪羅の世界線で見た夕夏とティナ激突と同じように、この時点で最もセカイに近づいた男と、それを阻止すべく時間遡行を行なった男の激突は、異応石でできた堅牢の間を、石灰岩のように簡単に破壊している。
しかし、セカイを保有する悠馬から言わせてもらうと、この戦いは長く続かない。
3割の物語能力を保有する者同士の夕夏とティナですら、戦闘時間は20分程度。
そして今目の前にいるこの2人の物語能力の保有割合は、混沌が4割でエルドラが3割なのだ。
明らかにエルドラが劣勢、最初からどちらが勝つのかは、目に見えている。
なにしろあの混沌ですら、セカイを手にした悠馬にはジェットストリーム一撃でやられているのだ。比較するまでもない。
ルクスを依代に混沌が蘇った時だって、混沌がセカイで悠馬が反転セカイもどきだったため、実力で行くと混沌の方が圧倒的に格上だった。
混沌は自身が放った異能をエルドラが消滅させたのを確認し、ニンマリと笑って見せる。
「不思議な気分だな。同じ異能、同じ年、同じ国にいるって言うのに、思想はここまで違う」
「きっと最初から、俺とお前は対峙する運命だったんだろうな」
同じ物語能力を授かり、互いの理想のために動くなら激突は必至。
この世界に生まれ落ちた時から、こうして対峙することが運命だったと話すエルドラは、右手を挙げて口を開く。
「凍て付け」
そう発すると同時に、氷の槍のようなものが複数現れ、それらは一斉に混沌に向かって射出される。
まるでマシンガンのように、爆撃のように連続で飛んでいく氷の槍は、止まることを知らず延々と生成され、混沌が立っている場所に命中している。
砂埃が舞い、異応石が砕けたことで視界が悪くなり、混沌の姿は見えない。
土煙のように茶色い砂が漂う空間を見守る。
「なぁおい、お前もわかってんだろ!?お前の異能は俺に効かない!俺のレベルは89で、お前のレベルは77だろうが!」
堅牢の間に響く混沌の声。
自分のレベルとエルドラのレベル、総合的に鑑みて勝てるわけがないだろと話す混沌。
相性の問題や不意打ちなんかで勝てる異能だってあるだろうが、同じ異能であるが故に自分には絶対に勝てないという自負がある混沌は、土煙の中から堂々と現れる。
まるで逃げ隠れも、不意打ちする必要もないと言いたげに、真っ直ぐに。
「エルドラ。ことごとく俺のことを妨害してきたお前だけど、直接やり合うのはこれが初めてだよな」
「…」
「お前だって直接対決じゃ俺に勝てないってわかってたから、裏で手を引いてたんだろ?」
「そうだとしたら?」
「大人しく俺に殺されろ。抵抗なく死を受け入れるなら、スマートに殺してやる」
闇の異能で大きな手のようなものを作った混沌は、土埃を振り払いそう告げる。
抵抗しないなら苦痛なき死を。
抗ったところで苦しんで死ぬだけだと言いたげな混沌は、エルドラの返事を待つ。
互いが一定の距離を保ち、互いの間合いに入らずに、警戒をしたまま。
憤怒のように警戒を解くこともない混沌は、まだまだ余裕綽々だ。
「確かに。俺はお前を殺せないと思う」
「だろうな」
「でも殺せないだけで、殺す以外はなんでもできると思ってる」
「は?なんだと?」
殺すことはできないが殺す以外はできる。
大きく出たとも取れるエルドラの発言に、混沌の表情には苛立ちが浮かぶ。
自分よりも格下とも言える相手に、殺す以外ならできると言われたら、それは不快だろう。
能力がないと思っていた男の挑発とも取れる発言に、混沌は大きな闇の拳をエルドラへと放った。
「頭を潰せ」
エルドラの発言を聞いて即座に闇の異能で攻撃に入った混沌。
彼の放った闇の異能は、蛇行するように伸びるとエルドラの頭を捉え、ぐしゃっと握り潰した。
頭蓋骨の砕ける音と、吹き飛ぶ目玉。
闇の手の隙間から溢れ出す血液と脳みそに、セレスは目を伏せる。
「…?」
悠馬はそんな凄惨な光景を見て、首を傾げた。
頭部全損は、いくらシヴァの再生を持つ悠馬でも、死ぬ確率が高い。
…いや、ほぼ確実に死ぬと言ってしまっていい。
実際試してみたわけじゃないからなんとも言えないが、シヴァの話だと頭の一部が無くなるくらいならなんとかなるが、全部無くなれば流石に再生できないだろうと言っていた。
だからシヴァの再生なんて持っていないエルドラが頭部を潰されれば死ぬわけなのだが、最期の瞬間、些か無警戒過ぎた。
しっかり狙えよと言わんばかりに、混沌の攻撃を防ぐわけでもなく攻撃を受けたのは何故なのか。
普通なら何か異能を発動させようとしたり、抵抗を見せるものだが、エルドラはそう言った類のアクションを取らなかった。
ドサっという音と共に、頭部のなくなったエルドラの身体が倒れる。
「…なんだよ。今の一撃でやられるのか」
買い被り過ぎたか?
これまでことごとく妨害してきたエルドラだから、このくらいなら何とか対応するだろうと思っていたが、簡単に頭を潰されて絶命した。
同じ物語能力者として、なんだか拍子抜け感を感じる混沌は、ステンドグラスの真上で弾けた黒い閃光に反応する。
「おお…!漸く俺の女神が…!」
混沌が呟くと同時に、悠馬は感じたことのある微弱なオーラを察知しステンドグラスを見上げる。
「リーフ!まさか干渉されたりしないだろうな!?」
あのオーラは間違いなく悪神だ。
神である以上、もしかするとこのリーフの記憶にも干渉してくるかもしれない。
どういった力を持っているのか、調和以外の権能があるのか判明していないため焦った様子の悠馬に、リーフは少し考え込むような仕草を見せる。
「これはあくまで俺の記憶ですから…干渉されることはないと思いますが…」
あくまでこの光景は、リーフが見聞きした記憶を再現しているだけ。
だからハイツヘルムの凍えるような氷も、混沌の異能で生じた風圧も、全てリーフが体験したものであって、悠馬が体験したものではない。
そのため悪神の出現も、リーフが見ただけなのだから干渉される可能性は低い。
そう判断したリーフに、悠馬は降り立った少女へと視線を向けた。
「やっほ〜夜空くん。元気してた?」
「……お前…」
高校の制服に身を包んだ少女を見て、混沌は険しい表情になる。
目の前にいる女は、間違いなく悠馬の知る悪神だ。
ひらひらと手を振り、混沌の元へと歩み寄る少女は彼の険しい表情を見て、あっと右手を口元に当てる。
「実は見た目変えてみたんだ?わからなくて戸惑ったでしょ」
「あぁ…そういうこと。それで?残りの3割の物語能力はどこにあるんですか?」
見た目が変わっている理由について説明した悪神に、混沌は尋ねる。
「残りの物語能力に関して、ね…。先に聞かせてもらうけど夜空くん、物語能力が自分の身を滅ぼしてることに気づいてる?」
悪神は尋ねる。
それは聖魔も言っていた内容だ。
過ぎた異能は毒になるというが、混沌は物語能力に適応できず、人格がおかしくなっている。
記憶が混濁し、自分の味方しか区別がついていない状況の彼は、悪神に身を滅ぼしていると言われ、首を傾げた。
「あ?何言ってるんですか?俺はこんなにも正常で健康じゃないですか」
体は至って健康だ。
どこも心配されるようなところなんてないし、調子も悪くない。
一体何が言いたいんだ?と言いたげに、悪神を睨む。
「いやいや、だってこの私の見た目、見覚えがないわけないでしょう?ずっとクラスメイトしてたのよ?」
「はあ?」
そう。
これも聖魔が言っていたことだが、悪神はクラスメイトだったはず。
ずっとそばで混沌の動向を見守り、彼の人格が壊れて記憶を失っていく様を見ていた少女は、混沌が本当に何も気づいていないと知り、額に手を当てた。
「ちょっとショックかも…サプライズとしてこの姿で来たのに、忘れられてるって…そんなことある?」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか。それで?俺の質問に答えてくださいよ」
「あー…うん。答えたいのは山々なんだけど、残りの3割はどこにあるかわからないんだよね」
悪神が保有していた物語能力は4割で、それを混沌に譲渡し、エルドラの3割の物語能力を奪い、ティナに譲渡している。
そこから察するに、彼女が知っている物語能力の割合は7割。
残りの3割の物語能力の行方は、300年後に判明するのだから、今の時点で知っている人などいるわけがない。
これで悪神に未来を見通すような力や、全知全能の権能がないことは分かった。
いくら抗っても未来を見通せるなら詰んでいたが、そういう類の力がないのなら、対策を立てることはできる。
この場で悪神についての情報をゲットした悠馬は、残りの物語能力がどこにあるかわからないと話す悪神に釘付けになっていた。
そんな悠馬の横で、悪神から意識を逸らしたセレスは、エルドラの指先が動いたような気がして、彼の頭部を見た。
「悠馬さま…」
「ん?」
「エルドラさまの頭部が…」
セレスが悠馬を呼び、呼ばれた悠馬はエルドラへと視線を向ける。
するとエルドラの潰されたはずの頭部は、中身や骨部分が形成され、徐々に人の形へと戻っていっている。
「どうなってる…?」
ティナや夕夏も、頭を潰されたら死ぬはずだ。
混沌だって片腕を残しても再生していなかったし、頭部が完全に消失したら絶命するはず。
シヴァや再生系の神の類と契約はしていないだろうし、一体なぜこんな人智を超えた再生が始まっているのか。
悠馬は咄嗟に、リーフへと向き直った。
「物語能力はイメージ。事象改変は当然ですが、想像でき得る事象が発生するのです」
「あぁ…それは最近知った」
夕夏の物語能力の強制力が、彼女の考えるギリギリのラインに設定されていたのは来栖のグールの一件で報告を受けている。ということは…
「まさか…」
「考えている通りです」
「単純にエルドラには、死のイメージがないってことか」
そう、彼には死のイメージがない。
時間遡行を行い、数多の修羅場を切り抜けてきた彼には、死を感じさせるほどの恐怖がない。
混沌を目の前にしても、混沌の異能が直撃しても再生している彼は、自分が死ぬイメージをせずに、生きるイメージをしているから不死身になっている。
これで彼が、混沌に対して殺すことは出来ないが殺す以外はできると話した意味がわかった気がした。
彼は確かに混沌に負けるのだろうが、死にはしない。
永遠と起き上がり続ける不死のエルドラに、悠馬は自分の姿を重ねようとする。
「俺にアレが出来るか…?」
物語能力の上位互換であるセカイでも、エルドラの行っている超再生、不死は理論上可能なはず。
しかし大きな問題は、この不死は使用者のイマジネーション次第ということだ。
エルドラができるからと言って、悠馬ができるとは限らない。
なにしろ悠馬は一度明確にルクスに殺されていて、死のイメージがある。
だから自分は死ぬという自覚があるし、その無意識に染みついた死を、振り払い不死になることができるのか。
きっとリーフが見せたかった光景は、コレだ。
弱者が判断力と策略で圧倒的強者を捩じ伏せられるということ、そして物語能力やセカイは、自分自身のイマジネーション次第で、不死にもなれるということ。
エルドラは徐々に頭部が再生していき、ほぼ元の顔にまで戻ってきている。
「へぇ…残りの3割は行方不明なんだ…」
仰向けになって倒れていたエルドラは、悪神と混沌の会話の内容を聞いていたのか1人で言葉を発する。
「…お前、なんで生きてる?」
間違いなく頭は潰した。
人間であるなら例外なく死んでるはずだ。
さっき頭を潰したはずのエルドラの頭部が再生し、言葉を話し始めたことに困惑する混沌は、自身の体にエルドラの物語能力がないことに気づく。
物語能力は相手を殺せば手に入ると聞いていたが、はじめて物語能力者を殺したためわからなかった。
殺したはずの男が動き始めたことで警戒心を強める混沌は、背後にいる悪神を一瞥し再び闇を発動させた。




