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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
49/49

049

「聖魔…」


 悠馬は呟く。


 目の前にいる聖魔は、悠馬が知る聖魔ではなく、300年前の聖魔だ。


 少し窶れているだろうか?

 目の下に隈があり、スマートじゃない動きを見せる聖魔。


 動きが明らかに不自然だ。


 よろよろと動き、生気のない表情は悠馬の知る聖魔とは全くの別人に見える。


 彼は真っ黒な瞳で、首を切り落とされた憤怒を見下ろし、無表情のまま歩み寄る。


「私の裏切りに気づけない程度の人間が、この世を手にするなんて不可能ですよ」


 聖魔は意識を飛ばした憤怒に呟く。


 憤怒は時期に再生する。


 蒼の聖剣で致命傷を負ったと言えど、あの聖剣は治りが遅くなるだけで、再生を無効化するような特別な力は持っていない。


 六色全ての聖剣を揃えて初めて、不死を無効化する力を持つという聖剣の都合上、蒼の聖剣とて例外ではない。


 だが、その再生時間があれば、エルドラと混沌が決着をつけるには十分な時間だろう。


「彼を知っているんですか?」


 現れた聖魔を前にして立ち止まった悠馬に、リーフが尋ねる。


「あぁ…コイツのことは知ってる」


 知ってるも何も、半生の付き合いだからな。


 リーフや他支部の総帥には伝えていないが、聖魔は現在、悠馬の右腕として仕えている。


 互いに深くは話さないが、聖魔と悠馬は背中を任せられるパートナーと言ってもいい。


 彼が混沌のことを憎んでいるのは知っていたが、まさか300年前から裏切っているとは思わなかった。


 さっきの発言を聞いて、彼が裏切り者だと知った悠馬は、その言葉からこの状況を、エルドラと聖魔が望んで作り上げた状況なのだと理解する。


 どうにかして大罪異能持ちの不意をつき、混沌と1対1の場面を作り出そうとしているのだろう。


 他の大罪異能持ちが現れないのを見るからに、現状はエルドラと聖魔が望んだ形で物事が進んでいるのだと思う。


 しかし唯一問題点を挙げるなら、聖魔は主である混沌には危害を加えられない点だ。


 ここから先は、正真正銘混沌VSエルドラの小細工なしの真剣勝負になるということだ。


「下へ降りましょう」


「ああ、わかった」


 憤怒とハイツヘルムの戦いの決着。


 それは呆気ないものだった。


 御伽噺として語り継がれるように、ハイツヘルムは混沌と戦い美しく命を落としたわけではなく、憤怒と戦い命を落としていた。


 まぁ、大罪異能なんて御伽話には出てこなかったし、綺麗に話をまとめる為には、混沌に殺されたという話の方が美談に聞こえるのだろうが…


 悠馬とセレスはハイツヘルムの亡骸を一瞥すると、そっと頭を下げて歩き始めた。


「異能王。貴方は17年前、混沌が復活した際に渦中にいたはずですが、大罪異能持ちと混沌を同時に相手できますか?」


 歩き始めると同時に、リーフは尋ねる。


 それは17年前の出来事について。


 ルクスを依代に復活した混沌にセカイを奪われ、反転セカイに近い状態で戦うことを余儀なくされたが、正直あの状態で大罪異能持ちまで相手にしろと言われたら、無理だったと思う。


「万全の状態であれば相手できる。17年前の当時の状態じゃ無理だ」


 万全の状態ならば問題なく相手できる。

 それが悠馬の出した答えだ。


 リーフは背を向けたまま階段を下っていくが、その背中は少し嬉しそうに見える。


「初代異能王…エルドラもそれが不可能だと考えました」


 悠馬は万全なら相手できると言ったが、エルドラは大罪異能持ちと混沌を同時に相手にするのは不可能だと考えた。


 だから不可能を可能にするための計略を練った。

 その計略が、分断作戦だ。


 しかし混沌だって馬鹿じゃない。


 最初からエルドラが来るとわかっていれば、大罪異能を保有する味方たちと一緒に、何をするかわからないエルドラを迎え撃つ準備をしたはずだ。


 なのにこの場には、大罪異能持ちがいない。


「憤怒以外はどこにいる?」


 エルドラが大罪異能と混沌の同時相手は不可能だと判断したことは分かった。


 ならば彼らは一体、今どこで何をしている?


 主人である混沌を放置して、あろうことかエルドラの接近を許してしまっている。


 それは混沌に仕える者として、絶対にあってはならないことだろう。


「エルドラはついさっきまで、残りの大罪異能持ちを相手にしていました」


「…なるほどそういうことか」


 なぜエルドラがハイツヘルムの死を引き金にここへワープしてきたのか、察しがついた。


 おそらくエルドラは聖魔と結託し、タルタロスに混沌が現れることを最初から予測していた。


 そして混沌は悪神との接触を悟られぬ様、大罪異能持ちでエルドラを牽制して彼の意識を自分ではなく大罪異能持ちに向けようと考えていた。


 エルドラは混沌がタルタロスに向かうために大罪異能持ちを自分に仕向けるのを知っていた。


 しかしあえて知らないふりをすることで罠にハマった様に見せかけて、大罪異能持ちたちを遠くへと誘導してこの場に最短時間でワープしてきたわけだ。


 どこからワープしてきたのかはわからないが、おそらく国を跨ぐほどの距離に大罪異能持ちを置いてきたはず。


 そうすればあとは憤怒の相手と、混沌の相手をすれば決着がつく。


 ハイツヘルムで憤怒をほぼ相打ちに持っていくことで、彼はほとんど体力を消耗せず、混沌の元まで辿り着いた。


「エルドラさまは人の命を随分と軽く見ているのですね」


 セレスはエルドラがハイツヘルムを切り捨てたことに、心底軽蔑した様な反応を見せる。


 現代人からしたら簡単に仲間の命を切り捨てるなんて許せないと感じる部分だ。


「仲間の死を計画に入れるのは、貴女方からすると理解し難いものでしょうね」


 ハイツヘルムを捨て駒の様に扱っていると罵られても仕方のないやり方だが、実力が乖離している憤怒を最小限の力で効率的に倒すためには、それしか方法はなかった。


 リーフはエルドラの采配を、セレスたちには理解し難いものだと評したが、采配自体は問題なかったと思っている様だ。


 まぁ実際、悠馬がレベル99で混沌を超えているからこそ好き勝手言えるわけだが、混沌と同レベルか少し下のレベルのエルドラからすると、この方法しか手札が残っていなかったのかもしれない。


 御伽噺では都合よく描かれているが、実際物事は御伽噺のように上手く進まず、血みどろの戦いになっている。


 階段を下り終え、タルタロスの最下層へと辿り着く。


 見覚えのある奇妙なステンドグラス、外周を囲うようにして設計されている牢屋の中には誰もおらず、中央部分のエレベーターホール付近には、2つの影がある。


 異応石がふんだんに使用され、普通の異能力者ならば完全に無能力者と化す空間で、勇者と魔王が並び立つ。


 真っ黒な髪の混沌と、真っ白な髪のエルドラ。


「暴食が消えたな…まさか俺の大罪異能たちを掻い潜って、こんなにも早く到着するとは思わなかった」


 タルタロス最下層、堅牢の間。


 エルドラがここに来ることを予感していたのか、彼がこの場に現れても驚く素振りを見せない混沌は、どちらかと言えば嬉しそうな表情に見える。


 エルドラはというと、そんな彼を見て無表情を貫いていた。


「多くの人が亡くなった」


「あ?」


「お前のその思想のせいで、多くの人が人生を狂わされた」


 エルドラは話す。

 混沌のせいで亡くなったのは、旧世代の人間だけじゃない。


 多くの異能力者が彼と彼の仲間に殺され、旧世代の人間もまた、それより多く殺された。


「だから何だよ?」


 エルドラの話に、知ったこっちゃないと言いたげな混沌。


 自分以外の誰かが死のうが、もはやどうでもいいと考えている混沌は、仮に手下の憤怒が死んだとしても驚くこともなかっただろう。


「今からでも遅くない。真っ当にやり直さないか?」


 エルドラはそう言って手を伸ばす。


 きっとこの先の答えは、最初から決まっている。

 混沌の原動力とも言える憎しみ。


 その憎しみを糧にここまで辿り着いた混沌が今更、この手を取ることはない。


 そんなの最初からわかっている。


 でも、彼がこの手を取ってくれたなら、まだ世界はより良い方向に変わっていくかもしれない。


 異能力者を統一することができたら広大な土地が手に入る。アメリカとそう契約している。


 そうすれば旧世代の人間たちを気にすることなく、自分たちの王国を作ることだってできる。


 エルドラは旧世代の人間を憎んではいるものの、全員を憎んでいるわけじゃない。


 育ててくれた家族や友人、それらを殺すという選択肢がなく、非情になりきれなかった彼が選んだのは、広大な土地で余生を過ごす平和な人生。


 憎しみ合うことも争うこともなく、異能力者だけの国で幸せに暮らそうと考えている彼に取って、同じ物語能力を保有する混沌ほど頼もしい存在はいない。


 しかしそんなエルドラの提案を前にして、混沌は鼻で笑って見せた後に中指を立てた。


「俺のおかげでゴミが消え人類が新章に到達するってのに、やり直すだと?お断りに決まってんだろ。俺はお前をぶっ殺して物語能力を手にしないといけない。お前と仲間になったら物語能力が貰えねえだろ?」


 混沌はエルドラの提案をはっきりと断り、交渉が決裂する。


 瞬間、凍えるような沈黙が広がる。


 混沌もエルドラも、互いが敵対勢力のトップで物語能力持ちだと知っているからか、交渉が決裂しても迂闊な攻撃は仕掛けない。


「…お前がやろうとしていることは新章なんかじゃない。最終章だろ。お前の描いた世界に、人なんて存在しない。人類なんていない」


 エルドラは押し出すように、吐き捨てるように発する。


 物語能力に蝕まれた混沌は、人間への憎しみしか残っていない。


 もし仮に混沌が神格を得ることができたとしたら、それは新章などではなく人類にとっては最終章、終末と同義だ。


 果ての世界から時間遡行しているエルドラは、混沌と世界が迎える結末を知っている。


 悠馬は先の発言でエルドラが時間遡行者だということを思い出し、大きく目を見開いた。


 パラレルワールドの夕夏が言っていたもう1人の時間遡行者は、エルドラのことなのか?


 彼女の発言を思い返す。


 異能王の文献の内容を何らかの拍子で知ることとなったのか、それとも全く違う時間遡行者がいるのか。


 彼女が異能王の文献を読んでいなければ、エルドラが時間遡行者だとは知らないだろうし、そうなると夕夏の言う全く別の3人目の時間遡行者が存在していることになる。


 どちらでも解釈ができる状況の悠馬は、夕夏の言葉がエルドラを指している可能性を考える。


 いや、もし仮に時間遡行者がエルドラを指している場合、夕夏が言ったあの子の意味がわからない。


 夕夏が初代異能王をあの子呼ばわりするわけがないし、仮に彼女がエルドラのことを言っていた場合、あの人という単語を使うはずだ。


「3人目か…」


 一瞬夕夏の話とエルドラが繋がったような気がしたが、深く考えるとエルドラが夕夏の話していた人物じゃないと判断できる材料が出てきて、振り出しに戻される。


「…リーフ。お前の知ってる範囲で時間遡行者は何人いる?」


「知っている範囲であれば、確定で2人でしょう」


 彼は指を2本だけあげて、そう告げる。


「悪羅とエルドラか?」


「その通りです」


 悪羅とエルドラが時間遡行者であることは確定。


 元々時間遡行に関して文献を書き記したのはリーフ(キルヤ)のため、彼が2人だと言うならそうなのだろう。


 現状時間遡行について悪羅やエルドラの次に詳しいであろうリーフに、悠馬は質問を続ける。


「他に時間遡行者がいる可能性はどのくらいある?」


「いない…とは言い切れないでしょう。時間遡行者には遡行者だとわかる特徴がないですからね」


 時間遡行者を判別することは難しい。


 なにしろ時間遡行には特別な異能は必要なく、時空神との契約だけでいいのだから、当事者が結界を発動させない限り気付かれることはないのだ。


 それに時空神と契約しているからといって、時間遡行をしているかはまた別の話。


 時空神と契約していて時間遡行をしているのはごく一部の人間なのだから、結界から時間遡行の可能性を分析することはできても、それでクロにはならないのだ。


 セレスは悠馬とリーフの話を聞いて、何か引っ掛かるのか顎に手を当てる。


「あの、時間遡行というものは、簡単にできるものなのですか?先ほどから悪羅やエルドラさまが時間遡行者だと当然のように話しておりますが…」


「あぁ…」


「簡単ではないですよ。だからこの300年間の間で、時間遡行者が2人しか判明していないんです」


 そう、当然のように時間遡行をしている悪羅とエルドラが異常なだけであって、時間遡行は当然の行為ではない。


 悠馬はセレスに対し、悪羅が何者なのか話していない。


 薄々勘づいているところはあるだろうが、そこの所の解釈はそれぞれにお任せしている。


 ちなみに花蓮は悠馬と悪羅が同一人物だと知っている。


 悠馬はセレスに真実を話すか迷いつつ、勇者と魔王へと視線を戻す。


 互いに様子を見ている状態。


 どちらが先に物語能力を発動させるのか、どちらがどんな事象を発生させるか皆目見当もつかない状態で先に動いたのは、混沌だった。


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