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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
48/51

048

 立ち上がろうとしていたハイツヘルムは、両手を氷の上についた状態でぴたりと動きを止める。


 衝撃の提案、憤怒からの勧誘。


 混沌は人間を滅ぼすことを目的としていて、エルドラはこの世界の人類全てが、互いを尊重し合い生きていける世界を求めている。


 真逆の思想、真逆の人間側から裏切りの提案を受けたハイツヘルムは、俯いたまま動かない。


 きっと屈辱的なはずだ。


 もう敗北は目前だというのに、負けを認めさせるわけでもなく、寝返りの提案を受けたハイツヘルムは拳を強く握る。


「オマエもわかってるだろ。その程度の実力じゃあ夜空さんどころか俺にも勝てねえ。俺から夜空さんに頼んでやるよ。大罪異能持ちを誰かぶっ殺して、すぐにオマエの席を開けてやる!」


 そうすれば一石二鳥だ!と微笑む憤怒。


 脳筋の彼からしたら、この上ない提案だろう。


 ハイツヘルムを大罪異能持ちにすることで、自ら強敵(味方)を作り出すことができるし、現在の大罪異能持ちを殺す口実もできる。


 ハイツヘルムを味方にするために仲間割れをして、自分の望む戦いをしたい考える憤怒は、まさに戦闘狂だ。


 自分の戦いたいという欲求のためだけに、味方を殺して敵を味方にしようと考える憤怒は、眼下に疼くまる男を見下ろす。


 死にかけの人間が考えることなんて大抵一つだ。


 こうやって自分の実力が相手に遠く及ばないと知った時、曝け出すのは死にたくないと死から逃れようとする情けない姿。


 別にそれに関してとやかく言うつもりはない。


 憤怒としてもそれで生き延びてくれれば、次また強くなって再戦できるかもしれないと期待をするし、絶望して立ち直れなくなるような奴らより遥かに嬉しい。


 ハイツヘルムはどうだ?


 彼は自分の実力が憤怒に遠く及ばないと知り、どんな反応を示す?


 生かして欲しいと懇願するか?


 それとも大罪異能を受け入れるか?


 あるいは全く別の…思いもよらない返しが返ってくるか?


 憤怒は期待した。


 ハイツヘルムほどの技術者、実力者がどんな結論を導き出すのか。


 エルドラを裏切るのか、それともここから形勢逆転するだけの何かを持っているのか、絶望して精神を病むのか。


 痺れるような体験を求める憤怒は、赤く染まった氷から、反射する彼の表情を探る。


「大罪異能を…俺に?」


「あぁ!オマエも知ってるだろ!?大罪異能は譲渡ができるんだよ!もちろん夜空さんが譲渡をするわけだが、大罪の種類によって、貰える恩恵も変わるんだよ!」


 憤怒や強欲、傲慢や嫉妬。

 大罪異能はそれぞれ得られる恩恵が違う。


「知ってる。…知ってるに決まってるだろ」


 国をひとつ制圧できるほどの異能であることも、目の前にいる男の化け物じみた実力も。


 最初からわかってる。


「だが憤怒。お前は知らないだろ?」


「何をだ?」


「俺がお前と戦った理由。その真意を」


 ハイツヘルムは最初から憤怒に圧勝できるなんて考えていない。


 負ける可能性が9割、勝てる可能性は1割未満だと考え、その中で大罪異能持ちの誰になら勝てるか考えた。


 無論誰と戦っても負けは確定だったろうが、目の前にいる男、憤怒ならばまだ可能性があると踏んだ。


 それは彼が戦いを心から楽しんでいて、短い戦闘で終わらせようとしない点と、戦闘狂であるが故に、相手を多少なりとも尊重するからだ。


 憤怒以外の大罪異能持ちならば、いくらレベル差のあるハイツヘルムが相手だろうと、全力で叩き潰しにきたはずだ。


 油断しきった憤怒の顔に、蒼の聖剣を向ける。


 手を差し出すために近づいてきていた憤怒は、突然ハイツヘルムが立ち上がり剣を向けてきたことで、背筋が冷たくなるのを感じた。


 憤怒。


 彼はこの混沌とも呼べる超常が日常となった世界で、世界で最も早く、この世に適応してみせた。


 暴力が日常だった家庭で育ち、力こそが自分を証明する唯一の手段だと考え生きてきた彼にとって、この背筋の凍るような冷たさを感じるのは2度目。


 1度目は混沌に出会った時。

 初めて混沌に出会った時、彼はごく平凡に見えた。


 取るに足らない存在だと判断し、混沌のことなど眼中になかったが、彼と戦い、死の寸前までボコボコにやられ、背筋が凍るような恐怖を覚えた。


 これが死の恐怖ってヤツか。


 これまで死ぬ直前の人間の気持ちなんてわからなかったが、死という恐怖の感覚は彼にとって非常に不快だった。


 自分が怯えているということ、その事実が許せなかった。


 だから混沌の配下に加わり不老不死になる事で、完全に死の恐怖を克服できると思っていた。


「ぐっ…!」


 顔面に一閃が入り、鮮血が舞う。


 セレスは憤怒の顔面に入った一撃を見て、口に手を当てた。


 鮮やかな不意打ち。


 実力的には素人が見ても圧倒的に憤怒の方が上。


 覚者を相手にしても、オリヴィアや愛菜を相手にした時のように軽くあしらって見せたが、ハイツヘルムに強い好奇心を示したことが仇となった。


 おそらくハイツヘルムは、憤怒の性格を読んでこの展開を待ち望んでいたのだろう。


 血反吐を吐きながら、憤怒の顔面を切り裂いたハイツヘルムは、小さく舌打ちをする。


「チッ…」


 首を捉え損ねた。


 首を切り落とすつもりだったが、憤怒が一歩後ずさったことで焦点がズレた。


 憤怒は赤く染まる視界の中で、大きく目を見開いて激昂した。


「テメェこのクソ野郎!ぶち殺してやるよ!」


 タルタロスに響き渡る怒号と同時に、憤怒は拳を放つ。


 彼の拳は音を置き去りにし、瞬間、ハイツヘルムの腹部には穴が空いた。


「ぐぷっ…」


 内臓が飛び散り血が吹き出す腹部に、思わず吐血する。


 堪えることもできず、口から勢いよく血を吐き出したハイツヘルムは、よろよろと崩れ落ちながら、蒼の聖剣でバランスを取る。


「ハァ…ハァ…」


 嫌なことを思い出した。


 憤怒は大罪異能を得て少ししか経過していない為、死に対する恐怖は克服できていない。


 これまで混沌以外の格上と戦う機会がなく、混沌の配下に加わる事で死という名の恐怖から逃げ切れたと思っていたが、実際はそうじゃなかった。


 弱者と戦う事で、死の恐怖を感じていなかっただけの彼は、300年後の憤怒と違い、まだ未熟さが見え隠れしている。


 自分の弱い部分、死の恐怖を見つけ出された憤怒は、それを見つけ出したハイツヘルムに対して怒りを露わにしている。


 人間、強がって隠していた内面を無理やり見つけ出されると、不快に感じるものだ。


 憤怒はまさに今、その状況。


 その弱さを知られないが為に、怒りと暴力で包み隠す憤怒は、大きく肩で息をしながら不用意にハイツヘルムに近づく。


「ぐちゃぐちゃにしてやる」


 せっかくの提案を無視して顔面に斬り込んできたハイツヘルムに、拳を振り上げる。


 その瞬間だった。


 ハイツヘルムは氷の異能を発動させて腹部の傷口を塞ぐと、まるで怪我などしていないように剣を振り翳し、幾重にも連なる斬撃を憤怒に放つ。


「ぐぁぁぁっ!」


 まるで一つの攻撃のように、幾重にも連なった斬撃は止まることを知らない。


 蒼の聖剣が煌めき、流星のような斬撃を浴びせるハイツヘルムは、血を吐きながら笑みを浮かべていた。


「これは想像してなかっただろ?」


 人間は腹に風穴を開けられたら死ぬ。


 それは常識であり、普遍のルールと言っても過言ではない。


 しかしその常識は、あくまで旧世代の人間の常識だ。


 悠馬が致命傷を受けても再生するように、セレスが治癒で他人を癒せるように、異能力者の中には致命傷を負っても延命できるだけの力を持つ人物もいる。


 ハイツヘルムの場合は、腹部を氷で塞ぎ、臓器と血管を氷で生成し、なんとか生命を維持している。


 無論、この延命には体力を消耗していく為、死は免れないだろうが、この数十秒間で死ぬことはない。


 腹部に走る激痛を、熱く脈打つ心臓の熱を、氷の血管が冷まし、体に爽やかさすら感じる。


 憤怒は斬撃を浴びせてくるハイツヘルムを見て、人生ではじめて死を恐れない者を目の当たりにした。


「いてぇじゃねえかよ!オイ!」


 全身から血飛沫をあげる憤怒は、咆哮をあげる。


 まるで猛獣のように、大気を揺るがす彼の叫びに、ハイツヘルムは冷や汗を流す。


 ビキっという音と共に、ハイツヘルムの腹部の氷にヒビが入る。


「想定外だな…まさか声だけで氷を割るとは…」


「この状況でまだ話す余裕があるのかよ!?そのタフネスは認めるが…不意打ちで俺を殺せなかった時点でオマエの負けは確定だ」


 あの不意打ちで、憤怒を殺すには至らなかった。


 蒼の聖剣を持ってしても、深手を負わせることができなかった憤怒の傷は再生が遅くなるだけで、徐々に再生は進んでいる。


 一撃で首を切り落とせていたら結果は変わっていたかもしれないが、ハイツヘルムの一撃が憤怒の首に届かなかった時点で、この戦いの勝敗は決していた。


 腹部の割れた氷を再び氷で塞ぐハイツヘルムに、憤怒は一気に距離を詰めて拳を打ち出す。


 今度は腹部ではなく、心臓に。


 確実に息の根を止める。

 コイツの実力は異能力者の中で上位の部類で、最上位の憤怒には届かないが、戦闘に長けているため油断は禁物だ。


 さっき勧誘した時のように、再び不意打ちで死にかけることがないよう、今度は確実に仕留めるための攻撃を放つ。


 ハイツヘルムは自身の心臓の鼓動が、一度大きく高鳴ったのを感じると同時に、その鼓動が聞こえなくなったのを感じ、口元を緩めた。


「タイムリミットだ」


 彼がそう告げた瞬間、バチっと何かが弾けたような音がして、ハイツヘルムの足元から白い光が放出される。


「っ!?なんだ!?」


 確実に殺した。


 ハイツヘルムは確実に殺したが、殺した上で言わせてもらうが、彼にこんな異能が備わっているなんて聞いていない。


 彼の死をトリガーとして、何かの異能が発動したことを本能で察知した憤怒は、その光の中から伸びてきた右手に、咄嗟に拳を突き出した。


「殺す!」


 先手必勝!と言わんばかりに憤怒が拳を突き出すと、伸びてきた右手は蒼の聖剣を掴み、憤怒の首へと刃を向ける。


 その蒼い煌めきは、憤怒の瞳には死神の鎌に見えた。


 瞬間、憤怒は自身の胴体が視界に移り、眉間に皺を寄せる。


「あ?」


「お疲れ。…俺が来ないように色々と対策したんだろうけど、そのせいですっかり油断してただろ」


 白い閃光の中から現れた白髪の少年は、転がる首に向けてそう告げる。


 憤怒はそんな彼の顔を見て、そっと目を閉じた。


「クソ野郎が…味方の死まで計算して戦ってんのかオマエは」


「お前を釘付けにするにはハイツヘルムの死が必須だった。それだけのことだ」


 翠色の瞳を覗かせ、迷いなくそう告げる。


 悠馬は彼の姿に見覚えがあった。

 Aさん。いや、初代異能王エルドラ。


 彼はハイツヘルムの死を引き金として、強制ゲートを発動させてタルタロスへと降り立った。


 おそらく彼の発言からして、混沌たちはエルドラをこの場に来させないようにしっかりと対策をしていたのだろう。


 しかしハイツヘルムが死ぬことにより発動する異能で、彼はその対策を無きものにした。


 憤怒は地下から響く音を聞きながら、薄れゆく意識の中でため息を吐いた。


「後は好きにしろ。どうせお前じゃ夜空さんには勝てない」


 捨て台詞を吐いた憤怒は、そのまま眠りについたように動かなくなる。


「勝つさ」


 エルドラはそう告げて、地下の階段へと向かっていく。


「リーフ…この下には何がある?」


 最終決戦の舞台である、タルタロスの下層。


 断片的な情報で、最下層には混沌がいることと、その混沌がエルドラを最下層へ近づけさせない為に対策をしていたことがわかった。


 憤怒はただ力を振るいたいが為にここへ訪れたのだろうが、混沌とエルドラの目的は何だ?


 タルタロスに収容されている異能力者を開放するという大義名分の他に、何か思惑があるような気がしてならない。


 リーフは悠馬に尋ねられると、ゆっくりと歩き始めながら口を開いた。


「下層には悪神がいます。だから混沌は、タルタロスを襲撃したように見せかけて、悪神への接触を図ったワケです」


「なるほど。囚人解放はブラフか」


 囚人を開放することで、タルタロスに囚われた異能力者たちを救うのが目的のように錯覚させるが、実際その裏で悪神と接触しようとしているわけか。


 そうなればエルドラが入って来れないように対策していたのも、憤怒が混沌と別行動を取っていたのも理解ができる。


 地上にいる旧世代の人間たちは脱獄した囚人たちの対応で手を焼くだろうし、外部からタルタロス地下層への接触は望み薄。


 となればエルドラだけを完全対策して仕舞えば、悪神の接触を邪魔されることもない。


 リーフは地下層に悪神が居ると告げると、そっと後ろを振り返り、そこに立つ黒髪の男を見つめる。


「聖魔…」

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