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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
47/50

047

「異能。魔法や超能力とも呼べるこの力は、本来最初から人間に備わっていたものではありません。もちろん、進化の過程で備わったモノでもない」


 階段を降っていくリーフに、悠馬とセレスも続く。


 階段を駆け上がっていく異能力者たちを見送る悠馬は、この物語のあらすじを聖魔から知らされているため、驚きはしない。


「ではなぜ、突然変異とも呼べる異能が日常になってしまったのでしょうか?セレスさんはご存知ですか?」


「…異能力者しか完治しない病が蔓延したと調べております。そこから察するに、旧世代の人類は数を減らしていったと予測できます」


「…お詳しいですね。その類の文献はほとんど焼き払われたと記憶してましたが…まさかセレスさんがそちらをご存知とは」


 正解ではないものの正解に限りなく近い解答をしたセレスに、リーフは背を向けたまま拍手する。


「大学では歴史学を専攻していましたので…」


 セレスは階段を降りながら、照れ臭そうに答える。


 特に役に立たない知識を披露してしまったと思っているのだろうが、彼女の回答は核心に近い。


 リーフはセレスの回答を聞いて満足そうにしながらも、続いて一度悠馬の方を振り返る。


「なるほど、では異能王。貴方はどう考えますか?」


「異能病。旧世代の人間は異能力者と長期間接することで不治の病を患う。そう聞いた」


 即答する。


 ここで知らないふりをしてもよかったが、わざわざ時間をかけて聞く必要のない内容のため、聖魔から聞いた異能病について答えた。


「正解です。そして異能病は、不治の病であるが故に、突然死が発生する。…旧世代の人間は、その原因とされる異能力者を恐れて、異能島とタルタロスに収容しました」


「……隔離、ですか」


「ええ。新種の病原菌が見つかった時、現代ではどうしますか?セレスさんならわかるでしょう」


「ええ…」


 セレスの表情が曇る。


 地上を求めて階段を駆け上がっていく学生たちを見送るセレスは、記憶にあるものより綺麗な階段を振り返り、遠くなっていく彼らの背中を見る。


「彼らは罪を犯してないんですね」


「罪と言うならば、まさしく異能を持って生まれてきたことこそが罪なのでしょう」


 彼らは悪いことをしたわけじゃない。


 ただ、異能を持って生まれ落ちただけだ。


 セレスは異能を持って生まれたことを罪とは言わなかったが、リーフは異能を持って生まれたことは罪だと言った。


「しかしそれと同時に、無能力者として生まれた旧世代の人間もまた罪。弱者は自然淘汰されるのがこの世の摂理。適応できない生物は絶滅していくのは世の理でしょう」


 異能を持って生まれたことを罪だとするなら、異能を持って生まれなかったことも同時にまた罪である。


 適応できない生物が絶滅するか、もしくは適応した生物を駆逐するかの2択。


 どちらかしか生き残れない世界だと知っているリーフは、適応できない生物は自然淘汰されるのがこの世の摂理だと話した。


「さて、そろそろ見せたい光景です」


 タルタロスになぜこんなに若者が収容されているのか、そしてなぜ、旧世代の人間がいなくなったのか。


 そのことについて話をしたリーフは、最下層付近に辿り着いたタイミングで、そう呟いた。


 直後、金属と金属がぶつかり合うような音が響き、悠馬たちは開けた空間に出る。


「おいハイツヘルム!自慢の異能を使って来いよ!」


 5メートルはあろうかという大剣を片手で振り回す大男、憤怒。


 見覚えのある巨漢、最強のフィジカルモンスターである憤怒の姿は、17年前に悠馬が戦ったあの時と、全く変わらないように見える。


 2メートルを優に超える身長と、真っ赤な髪。


 唯一違うところがあるとするなら、彼の顔にまだ傷が入っていないことくらいだろう。


 憤怒は目の前で青く輝く剣を構える男を、ハイツヘルムと呼んだ。


「あれが…」


 オリヴィアの祖先か。


 金髪の髪に、白人特有の真っ白な肌。

 オリヴィアと同じ青色の瞳に、凛々しい表情。


 憤怒ほどとは言わないが、鍛え抜かれた体は軍人を彷彿とさせる。


 筋骨隆々という言葉が相応しいハイツヘルムの姿は、相手が憤怒でなければ、巨漢という表現が最も相応しかったかもしれない。


 そしてそんな彼が右手に構えるのは、蒼の聖剣。


 現代ではオリヴィアが所有しているワールドアイテムに分類される神器だ。


 まるで空を吸収したような鮮やかな蒼色の剣は、タルタロス地下層だというのに、輝きを失っていない。


「そんなに異能を使って欲しいのか?」


「当たり前だろ!?俺はその為にここに来た!異能を自由に使用できる、力だけで成り立つ世界の為にな!」


 暴力の世界の為に、タルタロスを襲撃した。


 そう話す憤怒は相変わらずの戦闘狂。


 ハイツヘルムを前にして、興奮気味に話す憤怒は大剣を地面に突き立てる。


「俺ぁずっと戦っていたいんだよ。お前ならわかるだろ!?なぁ!」


 憤怒の真っ赤な瞳は、ハイツヘルムの真っ青な瞳を捉える。


 憤怒の思考回路は単純明快だ。


 ただ戦っていたい。戦う為にはどうしたらいいか。

 どうやったら相手を戦いのステージに引き摺り出せるか。


 そんなことしか考えてない彼が選んだのは、タルタロスの襲撃。


 当然だがタルタロスを襲撃することで、憤怒が手にするメリットは大きい。


 今の世界がどういう情勢かはわからないが、タルタロスに収容されていた旧世代に恨みを持つ異能力者たちが、日本支部を闊歩するのだ。


 さすれば当然、日本の秩序は完全に崩壊する。

 暴力がものを言う、混沌とした世界の完成だ。


 世界最悪の収容所、日本支部で唯一高レベル異能力者を収容できるここタルタロスは、憤怒にとっては待ちに待った大舞台というわけだ。


「俺は戦いが好きなわけじゃない。ただ目的のために、力を誇示する必要があるからそうしてるだけだ」


「はあ?」


「戦いたいだけ、殺したいだけのお前とは根本が違うって話だ。俺にとって異能は数あるうちの一つの手段で、お前にとっての異能はなんだ?」


 ハイツヘルムにとって、異能は自分の目的を達成するために必要な手段のひとつ。


 憤怒はそんな彼の話を聞いて、眉間に皺を寄せた。


「…まさか本当にエルドラのヤツと王国を作るつもりか?」


「ああ。それが俺たち異能力者と、無能力者の本土の人間が共存できる唯一の手段だから」


「わからねぇ…わからねえな!無能力者を生かす!?銃火器持ってないとロクに戦えないヤワな奴らと共存だと!?そんなつまらねえ世界、頼まれてもお断りだぜ!」


 憤怒は叫ぶ。


 王国を作り上げるというエルドラの思想に反し、その思想をつまらないと評した彼は、ハイツヘルムの共存話に耳を傾けない。


「王国って言うのはなんだ?」


「エルドラ…初代異能王は異能力者を抑制する代わりに、アメリカ政府に広大な土地を要求しました。彼はその土地で、異能力者だけの国を作ろうとしていたんです」


「…なるほど」


 聖魔にその辺りは聞いていなかった。


 まさか初代異能王が、そんな交渉を政府に持ちかけていたとは思わなかった。


 実際、異能力者と旧世代の人間が共存するためには、エルドラの判断がベストだったのかもしれない。


 異能病の原因である異能力者のみで広大な土地をもらって国を作り、そこから出ずに暮らしていくことで、旧世代の人間とも共存できる。


 無論接触は不可能だが、広大な敷地で安定して暮らせるのであれば、それはそれでいいと考える人も多くいるだろう。


 結局、現代を見て貰えばわかるが、エルドラの理想は叶わなかった。


 エルドラはこの戦いで混沌に敗れ、王国は作れない。


 しかしもし仮に王国が実現していたら、また別の結末があったことだろう。


 もちろん旧世代の人間と会ったことなんてないからどんなふうになるからわからないが、結末が変わることは断言できる。


「平行線だ。これ以上話す必要はないな」


「ハッハァ!待ってたぜ!その冷気、その異能!」


 ハイツヘルムが憤怒との話は平行線だと判断した直後、地下には冷気が漂い始める。


 異応石で作られたタルタロスの中でも発動できるほどの、強力な異能。


 憤怒が喜びを露わにするとともに、彼が吐く息は白くなり、地下の温度が急激に下がっていくのがわかる。


 タルタロス内には霜が降り始め、茶色の壁には氷が纏わりつく。


「覚者…?」


 セレスはハイツヘルムの氷を見た瞬間に、小さく呟いた。


 異能は遺伝しないとよく言われるが、オリヴィアは御伽話のハイツヘルムと同じ氷の異能力者だった。


 しかしまさか、覚者なのも一緒だとは思わなかったな。


 隔世遺伝という言葉があるが、もしかすると異能にも隔世遺伝はあるのだろうか?


 色々と思い浮かぶことはあるが、今はひとまず、彼らの戦いを見届けたい。


 リーフがこの景色を見せるために記憶を遡っているため、悠馬は憤怒とハイツヘルムの激闘へと意識を向ける。


 ハイツヘルムが動くと同時に、地面は凍る。


 冷気が吹き荒れ、空間一体を氷漬けにした男は、金髪を靡かせながら一気に距離を詰める。


「来いッ!」


 片手に携える蒼の聖剣を大きく振り翳し、憤怒の左肩から右腰までを斜めに両断するよう斬り伏せる。


 憤怒はハイツヘルムが剣を振り翳した瞬間、地面に刺さった大剣を引き抜いて、蒼の聖剣を受け止める。


 2人の攻防が重なる瞬間、大きな金属音と火花が散る。


 まるで爆発のような音と共に、花火のような火花が散り、憤怒は白い歯を見せた。


「そんな小さな剣でよくこれだけの力を入れられるな…!」


「力があるからって大きな剣を無闇矢鱈に振り回せばいいというわけじゃない。お前にはわからないか」


「イチイチ癪に触る野郎だなぁオイ!」


 ただ力比べがしたいだけ、実力勝負がしたいだけの憤怒は、いちいち指摘してくるハイツヘルムに不快感を露わにする。


「実力は認めるが、その口は随分と人をイラつかせるらしいな!俺はそういうの大嫌いだ!」


 異能は手段の一つだとか、大きな剣を振り回せばいいだけじゃないとか、そんな御託はどうだっていい。


 そんな小さな指摘の積み重ねで興が削がれたくない憤怒は、ハイツヘルムの腹部へと回し蹴りを入れる。


「ぐっ!?」


 大剣を軸にしてぐるっと回った蹴りが入る。

 瞬間、ハイツヘルムは十数メートル先に転がっていた。


 蒼の聖剣を片手に、氷の上を滑るようにして転がっていくハイツヘルムは、体制を立て直す事はない。いや、体制を立て直せない。


 今の蹴りはモロだった。


 ハイツヘルムは実力的には覚者の領域だろうが、正直に話すと憤怒には勝てないと思う。


 憤怒の実力は知っているし、それがオリヴィアやルクス以上だということも、悠馬は理解している。


 自分は一撃で憤怒の頭部を吹き飛ばしたが、そんな芸当は他人にできない。


 レベル的にも60近い単純な身体強化系のバケモノに、氷の覚者が勝てる可能性はほぼゼロだと言ってもいいだろう。


 現にハイツヘルムは死んでいて、憤怒が生き延びているのだから、結果は最初からわかっている。


 悠馬はこの戦いの勝負が合ったと悟り、視線をリーフに向ける。


 するとリーフは、悠馬の視線を感じたのか振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ここからですよ」


「…?」


 悠馬が勝負ありだと判断した直後、憤怒も勝負は終わったと判断したのか、深いため息を吐く。


「はぁーあ…いくらオマエが強いつっても、それは旧世代基準でだろうがよ。本気で俺に勝てると思ってたわけじゃないよな?」


 圧倒的なレベル差。

 憤怒も多少なりとも異能を使っているだろうが、ハイツヘルムよりも大規模な実力は行使していない。


 彼の言ったように、ハイツヘルムの実力は、混沌基準で強いわけではなく、旧世代基準での強さというものだ。


 無論その基準の中でも枠組みを超えるに値する覚者ではあるが、覚者を凌駕する憤怒や混沌には、敵わない。


 ハイツヘルムが氷の上を滑って行った先を見下ろす憤怒は、額に手を当てる。


「やっぱりダメだな…ウォーミングアップにもならねえ…」


 ハイツヘルムは実力者だと聞いていたが、蓋を開けてみれば足りないレベルを技術力で補っただけの男だった。


 憤怒からしたら、氷の異能力者は覚者だろうがそうじゃなかろうが、簡単に砕ける氷の力の使い手程度の認識だ。


 オリヴィアや八神の氷の異能を拳で粉砕したように、そもそも氷の異能力者が相手ではない憤怒は心底落胆しているように見える。


 ようやく好敵手に出会えたと思ったのだろうが、所詮は旧世代基準で持て囃されていただけ。


 ハイツヘルムがダメとなると、後はエルドラくらいだろうか?


 どうやればもっと楽しく戦えるのか。

 憤怒が求めるのは、楽しい戦い。


 血が湧き踊る戦いを希望する彼は、ふと自身の大罪異能、〝憤怒〟を思い出し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「カハッ…」


 血を吐き出しながら立ちあがろうとするハイツヘルムに、手を差し出す。


「なぁハイツヘルム。オマエも夜空さんの側に付け」

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