046
世界会合が無事終了し、廊下へと出る。
外で寺坂が待っているからと先に離席した夕夏がいなくなり、セレスと横並びで歩く悠馬は、頭の中で今回の会合を振り返る。
内容自体は良くもなく悪くもない話ができたと思う。
軍事演習の打ち合わせもある程度できたし、悪神の話もできた。
ローガンが反抗的なのはいつものことだし、彼の行動はアメリカンファーストを体現するため、アメリカ支部のことを思ってのものだから大目に見ている。
無論今日のような出過ぎた真似をすれば注意するし実力行使にも出るが。
心残りは悪神の具体的な対策の打ち合わせができなかったことくらいか。
いずれかの国の総帥ならば、悪神に関する情報を掴んでいるかもしれないと期待を寄せたが、そんな希望的観測は虚しく外れて各支部有用な情報は持っていなかった。
現状では悪神と直接接触した、悠馬が持っている情報が最も多いはずだ。
各国は悪神という存在を脅威に感じながらも、詳細はわからないという状況に陥る。
まるでティナの時のように、得体の知れない存在を相手取らないといけない。
だが、心残りな現状を悲嘆する必要はない。
今日世界会合で悪神について話をしたことで、各国の総帥は自国の上層部に悪神の話を報告するはず。
無論各国表立って悪神対策をすることはないだろうが、それぞれが自分自身の契約神に話をして、多少なりとも有益な情報が出てくるかもしれない。
だから今日の悪神の話は、多少の心残りはあるものの未来のための種蒔きとして見ることにした。
各国、自国が滅びることは考えたくないだろうし、協力は必ず得られる。
そうなれば自ずと異能王の耳には、必要な情報が入ってくる。
「悠馬さま。この後のご予定は?」
「そうだな…」
廊下を抜けてエレベーターホールに着くと、セレスが口を開く。
世界会合では議事録を残すために静かにしていた彼女は、真っ赤な瞳で悠馬を見つめる。
世界会合が長引くのを想定して、今日の予定はある程度整理してきている。
滞りなく会合が終わったことでぽっかりと時間が空いてしまった悠馬は、レッドパープルの瞳でセレスの真っ赤な瞳を見据えながら、この後のことを考える。
このままオーストラリア支部の総帥邸に行って白ゲートで帰ってしまってもいいが、せっかくだったらオーストラリア支部をゆっくりしてもいいかもしれない。
「別荘もあるしな…」
実は悠馬が唯一所有している別荘は、オーストラリア支部にある。
世界会合の会場であるここから、車で10分もかからない所に一戸建ての別荘がある悠馬は、空いた時間を別荘で潰そうと判断し、ちょうど開かれたエレベーターへと乗り込む。
「ローゼ、少し別荘に寄っていこうか?」
「かしこまりました」
真っ白なエレベーターの中へと乗り込み、セレスと2人だけの密室が広がる。
世界会合の会場だった、ここゴールドコーストのハイタワービルは、超高層ビルと呼ばれるもので、地上96階まである。
その最上階である96階で世界会合をしていたため、エレベーターは1階まで降下するのに数分程度かかる。
悠馬は前に立っている彼女の後ろ姿を眺めながら、降下していく感覚を体で感じていた。
「なぁローゼ」
「はい?」
「エスカの時は空き時間に何かしてたのか?」
エスカの時はほぼ毎回戦乙女を全員参加させていたようだし、その後親睦会みたいなのはあっていたのだろうか?
ふとそんな疑問が浮かび、尋ねて見る。
「えぇと…エスカさまはフラッといなくなることが多かったため、ほぼ捜索していましたね…」
先代異能王のエスカとの世界会合を思い出したセレスが振り返ると、彼女は苦笑いを浮かべていた。
「あぁ…大変そう…」
彼女の発言と表情に、悠馬はなんとなく苦労を察する。
悠馬はエスカと共に仕事をしたことはないが、彼が好き勝手していたのは知っている。
自由奔放な性格に見えて、何も考えてないように感じるエスカだが、彼はそうやって自分自身の本来の能力を隠していた。
そのおかげでセレスがかなり苦労をしていたのだが。
セレスと結婚している悠馬にとっては、エスカは害悪そのものだ。
自分の嫁に仕事を押し付けるだけ押し付けて、容赦なく切り捨てたエスカは、会合の後もセレスを困らせていたらしい。
会合後は自由時間じゃなくてエスカの捜索をしていたと話すセレスに苦笑いを浮かべた悠馬は、チンという音を立て、完全停止したエレベーターの扉が開かれるのを待つ。
静かな駆動音と共に開かれるエレベーターの扉。
1階へと辿り着いた悠馬とセレスは、エレベーターホールの柱の前で待機している男を見て、立ち止まった。
大ホールとも言えるエレベーターホール。
壁面は全て白亜の大理石、天井にはシャンデリアが飾られ、各国のお偉方がよく会議で使用するゴールドコーストを象徴するハイタワービル。
誰もが一度は訪れたいと思う美しい空間の中で待機していた男は、悠馬が立ち止まると同時に片手を振って挨拶をした。
「暁悠馬。待っていました」
「リーフ?」
1階のエレベーターホールにて待機していたオーストラリア支部総帥のリーフ。
彼はエスカ時代からの総帥で、支持率も安定していることから辞職をすることもないが、これまで悠馬と特別深い仲を築いてきたわけじゃない。
何なら彼のエスカ時代の世界会合時での行動は、問題が多めで欠席も目立ったと聞いている。
セレスやルクス、オリヴィアからはエスカ以上の自由人、会議中に勝手に帰ったりすると聞いていたが、彼は悠馬が異能王になってからというもの、すごく大人しかった。
そんな彼が、いったいどうしたんだ?
悠馬が不思議そうな視線を向けると、リーフは口角を釣り上げお辞儀をして見せる。
「少し昔の話をしようと思ってお待ちしておりました」
彼は悠馬を待っていた理由を告げる。
「昔の話?」
エスカ時代の話だろうか?
もし仮にエスカ時代の話ならセレスに聞けばわかるし、間に合っている。
昔の話と言われても、特に聞きたい話が思い浮かばない悠馬は、眉間に皺を寄せ、昔の意味を考えて見るも思い当たるようなものは浮かばない。
「初代異能王と混沌の話…はいかがでしょうか?」
彼の発言を聞いた瞬間、セレスは空気が冷えたのを肌で感じる。
悠馬の目つきが変わった。
まるでメニューを提案するように、初代と混沌の話と口にしたリーフは、悠馬のオーラが警戒の色に変わっても焦りすらしない。
「…何か知ってるのか?」
「空中庭園には文献が残っていますよね?それは読まれましたか?」
初代異能王が混沌に敗れた話。
世界の誰もが知らない真実。
時間遡行についての言及も、その本で初めて見た。
何なら時間遡行の方法も、その本で見なければ知らないまま死んでいたことだろう。
高校1年生時のフェスタ優勝のお祝いで、エスカから本を見せられていた悠馬は、瞬時にその文献について話していると理解したものの、同時に疑問が浮かんできて、リーフに対する警戒をより一層強める。
「あぁ…読んだが。いったいなぜ、総帥のお前がその文献について知ってる?」
歴代異能王しか知らないはずの文献の存在。
エスカが見せた可能性もあるが、それなら今日まで黙っていた理由がわからない悠馬は、尋問するようにリーフへと尋ねた。
「…知っているも何も、あの本、俺が書いたんですよ」
「は…?」
彼の口から発せられた言葉に、悠馬は困惑する。
ということはあの文献は偽物の創作品ってことか?
文献に載っている時間遡行の方法や、初代と混沌の話は悪羅や聖魔の発言からも事実だと思っていたが、どうなっている?
適当に書いたにしては事実が多すぎるし、そもそもアレは二代目異能王が書き記した文献のはず。
数秒の間で過去最大の情報を流し込まれた悠馬は、思考を逡巡させて彼の言葉の意味を理解しようとするが、残念ながら理解できない部分が多い。
「わかりやすく言うと、俺が二代目異能王ってことです」
「いや、いやいや…」
「リーフさま、何をおっしゃってるんですか?二代目異能王は、キルヤ・サパンさまではありませんか」
自分が二代目異能王だと発言したリーフに、悠馬は手を振って否定し、セレスも二代目は貴方じゃないと話す。
そもそもリーフとキルヤじゃ名前も掛け離れているし、仮にそうだったとしたら300歳越えのヨボヨボおじさんだ。
しかしそんな否定的な悠馬とセレスに対し、人差し指を自分に向けたリーフは、にっこりと微笑んでみせた。
「そ。俺がキルヤ・サパン。二代目異能王」
改めて自己紹介をして見せたリーフは、自分がキルヤだと明言する。
本当に二代目異能王なのか、それともただの精神異常者なのか。
現状では後者寄りとしか言えない。
物語能力でもない限り300年も生きられるとは考えにくいし、3割の物語能力は夕夏が、残りの7割は悠馬が保有している。
いくらレベルが高くたって、300年もの歳月を生き永らえる異能はないはずだ。
寿命を伸ばす系の異能はあるだろうが限度があるし、八神は物語能力で代謝を落とすことで老化を抑えていた。
彼も代謝を落とす系の異能ということか?
色々可能性を考えて見るが、やはり答えは出ない。
一度リーフの話を全て聞いた後に、彼が本当に二代目異能王なのか判断すべきだろう。
そう考えた悠馬は、今脳内に浮かんでいる全ての疑問は、リーフの昔話の後に回す判断をする。
「…それじゃあ、お前の知る昔の話でも聞かせてもらおうかな?」
悠馬がそう発言すると、リーフは待ってましたと言わんばかりに指を鳴らす。
パチン!という音と共に、周囲は一瞬にして暗転する。
「っ!?」
「悠馬さま!」
悠馬は咄嗟にセレスを抱き寄せる。
何の異能だ?見たことのないタイプの異能だ。
周囲は暗転しているせいなのか全く見えない。
「安心してください。これはゲームのロードみたいなものです」
「ロード?」
暗転した視界の中で、リーフの声が聞こえてくる。
どうやら悠馬に異能を発動されたら困る状況のようだ。
「そう、ロードです。今、俺の記憶を遡っています。もうしばらくお待ちを」
彼からしばらく待つよう伝えられ、大人しく数秒間待機する。
すると徐々に、暗転した視界は明るさを取り戻していった。
赤黒いレンガの建物の中。
気づけば薄暗く、松明で照らされる空間に立っていた悠馬は、横に並ぶセレスと、前にいるリーフがいることを確認する。
「ここは…」
見覚えのある空間だ。
記憶にあるものより新しいエレベーターには多数の血痕があり、この先がどれだけ過酷な空間なのかを物語っている。
幾重にも響く足音や叫び声、階段を登ってくるナニかを察知した悠馬は、咄嗟にセレスを庇うように前に出て、攻撃の姿勢を取る。
「ハァ…ハァ!こんな牢獄とはおさらばだぜ!」
「もうすぐ地上だ!俺を裏切ったアイツ絶対に殺してやる!」
タルタロス地下1階。
フロント、エントランスとも言える牢屋スペースの無いエレベーターと階段のみのその空間は、世界最悪の収容所と言ってもいい。
階段から駆け上がってくる犯罪者たちの足音は徐々に大きくなり、真っ暗な階段の先から、囚人服を着せられた少年が転ぶようにして駆け上がってくる。
その少年は、犯罪者と呼ぶにはあまりに童顔で、とても強力な異能を持っているようには思えない。
いや、実際異能は見た目で判断できるほど優しいものじゃ無いから、とんでもない異能を持っている可能性もあるのだが。
しかし頭の中で纏まっていく予想、考えが正しいのであれば、これは300余年前の、聖魔が話していた隔離時代の記憶だ。
囚人服の少年は、悠馬たちの存在など見えていないのか、地上に繋がる最後の階段を目指して過ぎ去っていく。
それに続くようにして、地下から遅れて階段を登ってきた若い囚人たちも、最後の階段へと向かって行った。
「おいリーフ…これは」
「そ。初代異能王…エルドラと混沌の争い。全ての物語の始まり。俺はそれを貴方に見せたかった」
「…悠馬さま…これはいったい…」
セレスはタルタロスに収容されていた人々があまりにも若く、中高生に見えたため困惑したことだろう。
今階段を登って行った人だけでも、ざっと80人近く。
その誰もが若かったのだから、普通に考えてタルタロスに収容されるような犯罪を犯した人じゃ無いというのは察せたはずだ。
彼女は長らく戦乙女隊長を務めてきたため、異能犯罪には詳しい。
彼女が導き出した結論は、中高生でタルタロスに収容される可能性はほぼゼロに近いという結論だっと。
リーフは困惑するセレスを横目に、地下へと繋がる階段へと進んでいく。
「とりあえず、降りながら話しましょうか?」




