045
そこから議題は着々と進行していく。
各国合同軍事演習の打ち合わせ、軍事協定の見直しなどなど。
恒例となった打ち合わせを消化して行き、時間は1時間を経過する。
「さて。次の議題に移ろうか」
1時間が過ぎ、ローガンを拘束していた異能を解除している悠馬は、席に座る一同を確認し、一度間を空ける。
「すでにご存知の人もいるとは思うが、悪神についてだ」
この場のほとんどのメンツは、結界契約を完了している。
中には契約神と親密な関係を築き上げ、悪神の話を耳にした人物もいることだろう。
これまで悪神についての話を知っていても口外してこなかった面々は、悠馬の発言に大きな反応を見せる。
「悪神…っていうのは何だ?神と付くくらいだから人でないことは確かだろうが…」
ロシア支部の総帥秘書が、手を挙げて質問する。
悪神を知らない人からすれば、今の悠馬の発言は訳がわからないだろう。
いきなり悪神について、なんて言われたって、知らなければ「頭打った?」と心配されてもおかしくない発言。
しかしこの場にいる約半数の人間は、悪神について知っている雰囲気だ。
悠馬は残りの半数の悪神を知らないメンバーのために、説明を始める。
「…悪神っていうのは、御伽話に出てくる混沌に異能を授けた神だ。ソイツが今回、日本支部に現れた」
悪神が日本支部に現れたと発言した瞬間、会場は響めく。
「なんだって?」
「でもアレは存在すら掴めていないと私の契約神は…」
数百年の間に、神々も着々と準備を進めてきたが、悪神の尻尾すら掴めていなかった。
悠馬の予想だにしない発言に、それぞれが契約する神々も、大きな反応を見せていることだろう。
この様子で、この場にいる面々が、悪神の出現については知らなかったと判明する。
日本支部の一件、悪神が現れたことを知っているのは、ごく一部の人間だけだというわけだ。
動揺が駆け巡る会場の中、珍しくざわめいていた一同は、徐々に冷静さを取り戻し、悠馬の話の続きを待つ。
「結論から言うと、直接戦闘には陥らなかったが、悪神が力を授けた人間と戦った。レベル的には覚物と同程度かそれ以上だ」
「なるほど…だから双葉は重傷を負っていたのか」
「となるとグール事件の犯人が悪神の使いだったということですな」
悠馬の発言から考察する総帥と総帥秘書を横目に、話を続ける。
「それで各国に依頼がある」
異能王直々の依頼。
どんな依頼が来るんだと言いたげな面々は、慎重な趣で悠馬の方を見る。
「悪神の関与が疑わしいような事件があれば、迷わず俺を呼んでほしい。詳細は避けるが、イギリス支部でも悪神が関与した事件が発生していた」
「なんと…」
「イギリス支部でも…」
それが悠馬から各国への依頼事項だ。
迷っている間に被害が甚大になるくらいなら、迷わずに自分を呼べ。
どれくらいの速さで問題を解決できるかはわからないが、無論最短で事件解決に尽力するつもりだ。
日本に続きイギリス支部でも悪神関与の事件が発生していたと聞かされた一同は、おそらく脳内で自国内で発生していた事件を思い返していることだろう。
「オイ。異能王」
「なんだ?」
一同が自国を気にしている真っ最中、異能が解けて自由になっているローガンは、悠馬を呼ぶ。
「疑問なんだが、悪神を処理したら結界はどうなる?神器はどうなる?」
「順当に考えて契約は終了だろうな。元々神々は悪神を打ち倒すことを目的として、人間と契約している。目的が達せられたら契約をする必要はなくなるだろ」
目的が達せられたら、普通に考えて契約終了だろう。
「ならオレはお前の案に反対だ。悪神絡みのトラブルはこのまま無視しておけばいい」
「傲慢だな。対岸の火事だと思っていたら、いつの間にかお前の国が焼け落ちるかも知れないぜ?」
「すでに砂漠のお前の国は燃えなくて良さそうだな」
悠馬の依頼事項に真っ向から拒否の姿勢を見せたローガン。
結界契約がなくなってしまうなら悪神は放置しておけばいいと発言した彼は、両手を広げる。
「考えてもみろよ。現在世界の軍事力は結界契約の数で決まると言ってもいい。各国そのために大金を費やして神器を買い漁ったはずだ。オークションで競ったりもしたよな?」
ローガンは続ける。
「だと言うのにこの男は、神器を無価値に変えることで世界のバランスを崩そうとしている。結界契約がなくなってバランスの崩れた世界で戦争が起こったらどうするつもりだ?どう責任を取る?今まで費やした予算の穴埋めはどうするつもりだ?」
神器がなくなれば、各国の戦力的格差が多少なりとも軽減されるはず。
無論神器と結界契約のみに頼っている国はないだろうが、それでも結界契約がなくなることで弱体化は免れない以上、どこかの国は必ず大幅な戦力ダウンを余儀なくされる。
そうなった場合に、戦争が起こったら?
あり得ない話だと一蹴することもできるが、ここにいる面々は戦争が起こらないと断言することはできない。
各国力の均衡が保たれているからこそ安定している現代で、均衡が崩れた場合の想定なんて、誰もできない。どう転ぶかなんてわからない。
今この場にいる総帥が戦争をふっかける可能性だってあるし、もしかするとここに参加していない他国から侵略を受ける可能性だってある。
「いいのか?世界保安協会を名乗っておいて、この男は世界を危険に晒そうとしている。こんな奴を信用できるか!?」
ローガンは捲し立てるように話す。
水を得た魚のように、悠馬の発言から陥れる策を思いついた彼は、心底嬉しそうだ。
しかし悠馬は動じない。
ローガンの意見も一理あると、緊張感を持つ面々を見ながら、テーブルに手を置く。
「話は最後まで聞いて意見しろよ。聞くがローガン、その結界契約は全人類の命より大切か?神器にかけた金は人の命より重要か?」
「あ?」
「俺だってつい先日グングニルの落札に二十兆以上使ってる。そもそもお前の言う、悪神を放置して大丈夫っていう根拠はどこから出てきた?お前の契約神がなんか言ったのか?」
「根拠だと?」
ローガンはそれらしいことを言って周囲を煽動しようとしているが、深いところに触れていない。
神々が人間界に降りて結界契約をすべきだと考えるほどの力を保有する悪神を、放置して問題ないという根拠はどこにあるのか。
これまで問題なかったのだから、これからも大丈夫?
それは思考停止の人間がする考えだ。
人間は思考することで成長してきたというのに、思考停止の現状維持を提案したローガンに、悠馬はため息を吐く。
「悪神は人類を滅ぼすつもりなんだよ。そんな中でどうやって悪神を放置する?」
「なんだと?」
「それはどういうことだ?異能王」
悠馬の口から告げられた、衝撃の事実。
神と戦うとか、神が悪さをしているとかの次元ではなく、単純に人類を滅ぼすつもりだという言葉を聞いた総帥たちは、一気に表情を変える。
「文字通りの意味だ。だから選択肢は最初から一つなんだよ。選ぶまでもない」
悪神を無視して結界契約だけ残すなんて都合のいい選択肢はない。
悪神を殺して結界契約を終えるしかないという現実を突きつけられた各国の総帥の表情には、若干の曇りが見える。
ローガンの話で神器が無価値になることを恐れた人間、自身の結界契約が無くなるのを嫌だと感じる人間、思うことは様々だろうが、答えは一つしかないとわかっていても、どうしても答えられない。
この場で分かったと答えられる人間は、少ないだろう。
他国の返事を聞いてから返答しようとしているのが大半の状態で、1番最初に返事をすればどこかの支部から反感を買う可能性すらある。
異能王側の意見を尊重するか、ローガン側につくのか。
この会場にいる誰もが選択に迷う中、1人の男は立ち上がる。
「俺は異能王の意見に賛成ですよ」
「リーフ…」
「逆に何か選択肢あるんですか?ローガン総帥。代案あるなら言ってください。沈黙は代案なしと見做します」
テーブルに手をつき、堂々とした様子で話すリーフは、さっきまで高圧的な態度をとっていたローガンに対しても、怖気付くことはない。
サハーラ以外がローガンに触れたがらず、腫れ物を扱うように対応している中、あろうことか話題まで振ってみせたリーフは、代案を見つけ出せずに口籠もるローガンに不敵な笑みを浮かべる。
「なしでいいですね?」
「…ああ。人類の存続が掛かっているなら仕方がない。暁悠馬の指示に従おう」
踵を返したローガン。
悠馬の意見を捻じ曲げられるだけの材料がないと判断した彼は、一度この一件から身を引く判断を下す。
今ここで食い下がるのは得策じゃない。
オーストラリア支部総帥のリーフが悠馬の意見を肯定したことで、他総帥もリーフに続くはず。
それに悠馬が発言した、悪神を処理しなければ人類滅亡という話がある以上、下手に食い下がれば人類滅亡を狙う悪神の手先と勘違いされかねない。
「他は?意見や質問はあるか?」
ローガンが従うと発言したことで、悠馬は再度総帥たちに訊ねる。
悪神に関しての情報は小出しにさせてもらったが、現状こうするのがベストだ。
突然命の輝きだのなんだの言われたって、話がややこしくなるだけだし、結論悪神さえ倒して仕舞えば、人類は滅ぼされずに済む。
もちろんその結果、神々との結界契約が消滅してしまうことは避けられないだろうが、仕方のないことだと受け入れるしかない。
無論悠馬だって、各国の総帥たちのように躊躇いがないわけじゃない。
契約神であるクラミツハとシヴァ。
シヴァからは再生という多大な恩恵を受けているし、クラミツハとは闇堕ち直後からの長い付き合いだ。
ここに参席している夕夏や寺坂よりも付き合いの長い神々との縁が切れるのだから、躊躇って当然だ。
しかし異能王として、そんな姿は見せられない。
自分の結界契約が惜しいから、契約神ともう少しそばに居たいからって理由だけで、この世界を危険に晒すことはできない。
葛藤がないわけじゃないが、その葛藤を表に出さない悠馬は、総帥たちからの意見や質問がないのを確認し、テーブルを叩く。
「よし。それじゃあ悪神の関与が疑わしい事件があれば、俺を頼ってくれ」
ローガンを除く総帥たちは、その言葉を聞いて静かに頷く。
総合的に鑑みても、悪神を自国のみで対処するリスクと、悠馬に依頼する難易度や手間を考えれば、悠馬を呼んだ方がいい。
アメリカ支部はどう動くかわからないが、現状アメリカ支部以外の同意は取れたという認識でいいだろう。
悠馬は唯一頷かなかったローガンに一度視線を向けるが、すぐに興味を失ったように目を逸らす。
「これで今回の議題は終了とさせていただきます。皆さまありがとうございました」
予定の議題が全て終わったことで、背後に控えていたセレスが終了を宣言する。
それと同時に、冠位のレッドが退席し、続いてヴェントも退席していく。
冠位の退席に続くようにして各支部の総帥が退席していくのを見送る悠馬は、日本支部の席の後ろに立っている夕夏に気づく。
「夕夏、そっちはどうだ?」
「なんとか仕事は回ってるけど、私が離れるとちょっと厳しそうかな…って感じ。そっちはちゃんと仕事回ってる?」
紺色のスーツに身を包んでいる夕夏は、亜麻色の髪をなびかせながら呟く。
日本支部総帥の業務量を甘く見ていたが、どうやら戀は相当な量の仕事を溜め込んでいたらしいな。
「こっちはローゼのおかげでぼちぼちだよ。仕事自体は問題なく回ってると思う」
ここ最近は日本支部からイギリス支部と、渡り歩くようにしてこの世界会合まで来てしまったから、正確には終わっていない業務もあるが、その辺りはうまくセレスが処理してくれている。
夕夏に仕事が回っているか確認された悠馬は、一度振り返り、セレスを見る。
「?」
セレスはなんで悠馬が振り返ったのかわからずに首を傾げているが、この様子からして業務が滞っている可能性は低そうだ。
「あははは…セレスさんいるからそっちは問題ないか。日本支部にもセレスさんのヘルプが欲しいなぁ」
ほとんどの面々が退席した会議場で、日本語で話す。
願望混じりにセレスのヘルプが欲しいと話す夕夏を見るからに、よっぽど切羽詰まっているのだろう。
夕夏は優秀だから、基本的にどんな仕事でも卒なくこなせる。
セレスが戦乙女の隊長を引き受けなければ、夕夏が戦乙女の隊長になっていただろうと思えるほどだ。
彼女のことを考えると、近々セレスを日本支部に派遣しないといけないかもしれないな。
「う〜ん、近々調整してみようか?」
「うん、よろしくお願いしまぁす」




