004
黒咲との会話を終え、会場へ戻る。
黄色に近いライトが場内を照らす中、ワインの香りと香水の匂いが鼻を抜ける。
会場内は先ほどと変わらず賑やかなままで、今は悠馬に向けられる視線もある程度分散している。
この会場に来ている人たちだって、みんながみんな異能王目的で来ているわけじゃないってことだ。
遠くでは伊奈姫財閥のなずながシャンパンを片手にアメリカ支部の会社経営者と話をしているのが見えるし、この場でコネクション作りを画策している面々も少なからずいる。
それは今後、この世界をうまく動かしていく上でとても重要なことだから、思う存分話し合っていただきたい。
各支部の大企業の社長は、そのために今回招待したのだ。
そんな経営者同士の会話を眺めていると、白金の衣装に身を包んだ翠髪の女性が、横に並んでくる。
彼女の格好は、白を基調とした軍服に近い衣装に、至る所に金色に輝くアクセントが施されている。
まさしく式典用の正装と言ったところだ。
「ご友人とのお話は終わりましたか?」
そう尋ねてきたのは、戦乙女隊長のセレスティーネ・セレスローゼ。
悠馬の婚約者であり、異能王の片腕とも呼べる立ち位置のセレスは、どうやら黒咲との私的な会話が終わるのを待ってくれていたようだ。
彼女に差し出された手を握り、軽く頷く。
「うん、終わったよ」
悠馬はそう答える。
もしかしたら会話途中でセレスが来るかもしれないなどと考えていたが、さすが前異能王から仕えているだけあって、気が利く。
そういえば前異能王のエスカ招待してないや。
自分が戴冠する前の異能王であるエスカを招待していないことに今更気付いた悠馬は、割と重要な人を招待し忘れているというのに、特に焦る様子もない。
まぁ、セレスをあんな形でクビにしたささやかな嫌がらせってことにしておこう。
自分の婚約者であるセレスを酷い形で追放したエスカに恨みを持っている悠馬は、当時から約17年が経過しているのに、まだまだ仕返しが足りていないようだ。
セレスはそんな悠馬を見て、気を遣いながら口を開く。
「他にお話をする予定の方はいらっしゃいますか?お呼びします」
「んー…」
ぶっちゃけ居ないんだよな。
今回は大規模パーティーを実施したものの、特に話したい相手を選んで招待したわけじゃない。
自分で呼んでおいて申し訳ないが、パーティーなんてそんなものだ。
さっき言ったとおり、各支部の大企業の社長なんかは、社長同士で親睦を深めてもらうために呼んだわけだしな。
そんな中に経営したこともない異能王が飛び込んだところで、何を話しに来たんだと煙たがられるだけだ。
だが、そんなものだからと言って、ここから誰にも声をかけないのは、それはそれでダメだろう。
色々考えた結果、あと1人くらい声をかけようという結論に至った悠馬は、できれば母国語で思考停止で話せる日本人がいいななどと考え、視線を動かす。
「なずなは話中だし…美涼は見当たらないし、戀にでもしとくか?」
高校時代、異能島の先輩である戀のことを呼び捨てにする悠馬は、ちょうどグール事件のことも聞きたかったし。などと心の中で付け加え、黒髪を探す。
「戀様でしたらあちらにいらっしゃいます」
「見つけるの早いな。さんきゅーローゼ」
セレスが案内する方角を見た悠馬は、そこに立っている殺伐とした様子の戀を見て、一度動きを止めた。
「おいおい…」
仮にも直属の上司である異能王を祝う記念パーティーで、その殺気はマズイだろ。
悠馬が声をかけようとしている戀の周りには、一定距離を保っている人しかおらず、その誰もが戀と目を合わせようとすらしていない。
それもそのはず、いつもの無表情と違い、今日の彼は人を殺しそうな形相をしている。
つい数秒前に大喧嘩したってあんな顔にならないぞってレベルの形相だし、あれに近づけるお偉方はまずいないだろう。
もし仮に彼に声をかける予定があったとしても、今の殺気丸出しの様子を見れば次の機会を伺うはずだ。
まるで渋々来てやったんだから早く帰らせろと言わんばかりの不快感丸出しの雰囲気に、声かけたら殺すぞと言いたげな表情は、誰だって声をかけたくない。
おそらくパーティー参加者の中で唯一誰とも話していないであろう戀を見る悠馬は、足早に彼へと近づき肩を掴んだ。
「ちょっと表出ようか?」
***
戀を表へ出す。
どこの国のトップが、パーティー会場で殺気撒き散らしてんだよ。
常軌を逸する行動を取る戀に目を細める悠馬は、先ほど黒咲との会話にあった、グール事件の後から戀の様子がおかしくなったという話を思い返す。
「…なんかあったのか?」
彼の瞳の奥は真っ黒で、何を考えているのか読めない。
怒るわけでもなく、冷静に何があったのか尋ねた悠馬は、殺気を収めない戀を警戒するセレスを片手で抑え、尋ねる。
「お前には関係ない。こんなクソみたいなパーティー、早くお開きにしてくれないか?こっちは時間が惜しいんだ」
「貴方…なんですかその態度は」
睨みつけるような眼差しでそう吐き捨てた戀に、セレスが反応する。
先ほどまでは悠馬に抑えられ大人しくしていたが、自分の旦那の記念パーティーをクソ呼ばわりされた挙句お開きにしろと言われたのだから、怒るなと言う方が無理がある。
そもそも戀は日本支部の総帥で、悠馬は異能王。
上司と部下の関係に近いのだから、敬語は使わずとも、最低限の敬意は必ず持っていないといけない。
しかしそんなブチギレのセレスに対し、戀はハッと鼻で笑ってみせた。
「どうでもいいだろそんなの。しょうもないパーティーに参加させられて迷惑してんだよ。わかってくれねえかな?隊長さん」
「貴方…!」
「ローゼ、落ち着いて」
煽られ我慢の限界に達し、腕を伸ばしたセレスの腰を抱き、宥める。
セレスが怒る気持ちはわかる。
何てったって今日のために色々準備をしたのに、クソだのしょうもないだの言われたら、誰だって腹が立つ。
しかも悠馬は異能王だ。
間違っても舐められちゃいけない。
今の戀の発言は、異能王である悠馬の顔に泥を塗ったも同然だ。
だからここはセレスではなく、異能王である悠馬自身が発言をすべき場面だろう。
誰彼構わず当たり散らす戀を見下す悠馬は、高圧的な眼差しを向け殺気を放出する。
悠馬が殺気を放出すると同時に、空中庭園の花々がざわめくように揺れ動く。
「っ…!」
「異能島の先輩後輩のよしみで、優しくしてるうちに大人しくなれよ。テメェ大人だろ。いつまでガキのままでいるつもりだ」
自分の機嫌が悪いから周囲に近寄るなオーラを放ち、宥めるために声をかけてきた人に対して当たり散らす彼の行動は子供のソレだ。
正直戀のこんな姿はこれまで見たことがないから大目に見ていたが、流石に今の言動は目に余る。
悠馬が殺気を放つとすぐ、戀は圧倒的な圧を感じたのか半歩後ずさる。
一瞬の沈黙。
まるで殺し合いが始まる前のように殺気立っている戀は、悠馬の圧力を感じながらも口を開く。
「…お前はいいよな。悪羅殺せて満足か?自分は目的達してるから大人になったのかもしれねえけど、俺はちげえんだよ。アイツをぶっ殺すためなら俺は子供のままでいい。わかったらそこ退け。帰る」
「おう帰れ。報道陣に変な記事書かれる前に失せな」
怒りを露わにする戀に対し、容赦のない悠馬は帰宅を許可する。
今日のパーティーで戀の記事が書かれたら、大事だ。
この会場には、悠馬が選定した報道会社も何社か来ているし、パーティー参加は名誉なことだから間違いなくパーティー内容の記事も出る。
そんな中で日本支部の総帥が、機嫌悪そうに殺気を撒き散らして周囲を圧迫していたなんて記事を出されたら、日本支部の面目丸潰れだ。
だから一度表に出して落ち着かせようとしたが、怒りを収める気がないならもう好きにすればいい。
少し会話をすれば落ち着くと思っていたが、思った以上に拗らせている戀を見限った悠馬は、ポケットに手を突っ込み去っていく彼を無視して溜め息を吐く。
「このままじゃ日本支部はまずそうだな」
「そうですね…。悠馬さま。彼は過去に何かあったのですか?」
「うーん…なんか聞いたことあるような気がするんだよな」
セレスの赤眼と視線を交錯させ、記憶を辿る。
特別深い話を聞いたわけではないが、高校時代に何か聞いたような気がする。
「あ…」
そういえば停学になったって話を聞いたことあった。
まるで自分がガキの頃で止まっているような反応を見せた彼の様子に思い当たる節があるとすれば、間違いなくそこだ。
「アイツ、高校時代に同級生に彼女殺されてんだよ」
「なるほど。…ですが昨年までは正常でしたよね?それでは辻褄が合いません。何度も顔を合わせていますが、今日のようなことはなかったと記憶していますが」
「ああ…そこなんだよな…」
悠馬もセレスも、戀とは何度も顔を合わせている。
確かに戀は無愛想だし感じ悪そうに見えるが、それでも今まではきっちり仕事をしてきたし、露骨に態度を変えることもなかった。
もちろん前年までのパーティーだって参加していたし、その時は他支部のお偉方にも社交的に振る舞っていたと記憶している。
一体何が、短期間で彼をあそこまで変貌させたのか。
悠馬はそこまで考えたところで、グール事件と繋げることにする。
ちょうどタイムリーな話だからこじつけになる可能性もあるが、もしかするとグールと当時の事件に関わりがあるのか?
だから警察との摩擦を考えずに盛大にグールを追いかけまわし、空回りして当たり散らしてるのか?
もしそうだとしたら、辻褄は合う。
自分が悪羅百鬼に対する復讐者だったからこそ、彼の行動の理由が理解できる。
「ローゼ。美月と協力して高校時代の戀が停学になった事件を調べてくれないか。もしかするとグール事件につながるのかもしれない」
まだ可能性の話だが、調べて見る価値は十分ある。
あまり人の学生時代を掘り返すのは気が進まないが、今の悠馬の仕事は総帥が手に負えない仕事を処理することだ。
平常心を失っているあんな状態でまともな仕事ができるとは思えないし、大事になる前に保険をかけるためにも、彼の過去を知る必要がある。
17年越しに戀の過去を知る必要が出てきた悠馬は、セレスに美月と協力するよう指示を出し、彼女の胸元を手の甲でコツンと叩く。
セレスは胸を叩かれると、口元を緩めて微笑んで見せた。
「フフ、任されました。他に依頼事項や要望はございますか?」
「んー…相手方の詳細も知りたいってところかな。ちょうど俺が入学する前の事件だったから、ほんとに何も知らないんだよな」
あの時は異能島の先輩全員が事件のことをタブー扱いしていたし、戀の耳に入ったら何が起こるかわからないからと、軽い触れ込みくらいで終わらせなければいけなかった。
そうしていく中で、戀が卒業する頃には完全にみんなの記憶から事件のことなど消去され、いつしか異能島で殺人事件が起きたなんて話は聞かなくなっていた。
「悠馬様の予想では、グール事件の犯人が戀様の過去の事件の犯人と繋がっている認識、ということでよろしいですか?」
「まぁそうだな。…多分高校生の時、悪羅と再会した俺もあんな顔してたと思うから」
過去を思い返しながら、そう呟く。
悠馬にだって、似た経験がある。
高校1年生時、異能祭が終わった後に悪羅と遭遇した悠馬は、復讐に目が眩み街中で異能をぶっ放した結果、ビルを倒壊させている。
今思い返せばあの時は周りが見えていなかったと思うし、本当に退学にならなくてよかったと恥ずかしくなりながら話すような内容なのだが、まさに戀が今、その状況なのではないかと思ってしまう。
過去の自分と重ね、復讐すべき対象が近くにいるのに捕まえられないことに対する苛立ちが原因なのではないかと考えている悠馬は、グール事件の犯人こそが戀の恋人を殺しているのではないかと推理した。
「少しお時間をください。きちんと情報を精査します」
「ああ。頼むよ。それと他支部はどうだ?パーティーでの動きは」
戀の話が終わり、他支部の話題に移る。
忘れちゃいけないが、パーティーに来ているのは日本支部の総帥だけじゃないということだ。
「特に大きな動きはありません。例年通りといったところですね」
「それを聞いて安心した」
元々一部を除いて問題児が多いわけではなかったし、そうとなれば最悪日本支部のみに注力できる。
現状最優先で片付けるべき仕事を日本支部のグール事件と定めた悠馬は、久しぶりの実力行使の予感を感じ両腕を空に伸ばす。
「日本支部に行くことになったら、久しぶりにみんなに会うのもいいな」




