037
ノーマンとの話が終わり、宮殿を後にする。
時刻は午前2時半ということもあり、辺りは静寂が包み込み、夜が一層深まっている。
こういう1人の時間は、ついつい物思いに耽ってしまう。
異能王になってから16年が経過したが、悠馬に1人の時間は少ない。
花蓮たちや子供たち、異能王の公務として外交的な取引などをする都合上、滅多に1人になることはないのだ。
無論執務室では1人になる時はあるが、こうして外で単独行動をしているのは、何年ぶりだろうか。
別に1人の時間が欲しいとか、そんな気持ちはないが、たまには1人の時間があった方が、気持ちの整理ができるってものだ。
「はぁ…」
思えば随分遠くまで来た。
最初はただ悪羅に復讐が出来ればいいと、本気でそう思っていた。
連太郎と出会い、チャンと出会い、自分自身の異能について学んだ。
高校に進学してから夕夏と出会い、彼女と触れ合う中で心にゆとりができて、でも自分が暁闇だって知られるのが怖くて、一歩踏み出すことを躊躇って異能祭では花蓮を遠ざけた。
なぜなら闇堕ちは、世間での評判があまりにも悪く、彼女に嫌われるくらいなら、先に自分から拒絶して楽になろうって思ったから。
でも結局、好きなものは好きなままだった。
星屑に花蓮が死ぬと告げられ、居ても立っても居られなかった。
木場に逃げるなと言われ、花蓮と向き合った。
答えは思っていた以上にシンプルだった。
悠馬は花蓮のことが好きで、花蓮も悠馬のことが好きだったから。
花蓮と付き合い、仲を深めていた夕夏とも付き合うことになった。
アメリカ支部の襲撃の際、美月の気持ちを知って付き合った。
朱理の過去を知り、彼女を救いたいと思った。
オリヴィアと出会い、彼女に縋った。
ソフィアにはいろいろ無茶を言って、イギリス支部のセラフ化の研究データが欲しいなんて言ったりもした。
ルクスには半殺しにされたし、セレスは他人の戦乙女隊長だったし、愛菜の結婚式をぶっ壊したりもしたな。
苦難や困難はたくさんあったけど、人生を振り返ってみると、順風満帆な人生と言ってもいいくらいだ。
好きな人と、大切な人たちと20年近く一緒にいられる。
それは当たり前のように聞こえるかもしれないが、ずっと珍しいことだ。
少し肌寒いイギリス支部の景色を眺めながら、過去を思い出す悠馬の表情は晴れやかだ。
ノーマンとの話も上手く纏まっているため、あとはジャックザリッパーを捕まえるだけ。
そう考えながら歩いていると、街灯の下に立っている2人の女性の姿が見えた。
「ソフィ…?」
「悠馬!」
認識阻害の異能を発動したままにしているが、この異能は発動者と使用者は互いを認識することができる。
おかげでひと目見てソフィアだと気付いた悠馬は、なぜこんな真夜中にソフィアがいるのかと思いつつ、奥に立っている女性を見た。
「ルナ?」
2人に気付き、足早に近づく。
「ごめんなさいね、やっぱり迎えに行こうかなって思ってたら、偶然ルナに出会ったの」
「こんばんは」
「ああ…こんばんは」
ノーマンの宮殿付近まで迎えに来ていたと話すソフィア。
まぁ、行き先は教えていたし、迎えに来てもらえるのは嬉しいが、ジャックザリッパー事件もある中で無警戒に歩く彼女に不安を感じてしまう。
ルナもルナだ。
周りの人間が死んでいるというのに、どうしてこんな時間に外をほっつき歩いているんだ?
紫髪の女性が立て続けに3人亡くなっていて、しかもそれが自分自身の周りで起こっている出来事だというのに、午前3時近くに外を歩いているルナに疑問を抱く。
「悠馬、ルナなんだけど、何かに追われているらしいの。さっき偶然出会って、相談されたから一緒に悠馬を待ってたの」
「それは大変だ…」
悠馬の横に並び、そう話すソフィア。
ルナは怯えたような表情で、ソフィアに同調するように首を縦に振った。
「そうなの。悠馬、ソフィ、私を助けてくれない?次は私の番かもしれない…」
両肩をさすりながら、そう呟くルナ。
紫髪を靡かせ、自分の番だと話す彼女に、悠馬はそっと手を伸ばした。
「参考までに、どうして俺たちが悠馬とソフィだって気付いたんだ?」
「え…?」
「何言ってるの?悠馬…」
悠馬の質問に、ルナは硬直する。
ソフィアも意味がわかってないようだが、今日ルナと出会ったあと、教会に侵入する際、認識阻害の異能は変更している。
つまり何が言いたいかというと、認識阻害の異能を変更しているため、ルナは今日話した悠馬とソフィが、今目の前にいる男女2人だと識別できるわけがないのだ。
認識阻害が効いていないのか、もしくは視覚以外から識別するような異能を持っているのか。
悠馬はソフィアを背後にやると、訝しげにルナを睨む。
「……えっと…確かに見た目変わった?」
ようやく見た目が違うことに気がついたのか、ルナはしどろもどろになりながら訊ねる。
「おかしいよな?紫髪の女性が3人も殺されてるのに、なんでアンタ平気で真夜中にほっつき歩いてんだ?死にたいのか?」
「いや、だから何かに追われてて…」
「いいや追われてない。周囲に俺たちを見ているような気配なんてないんだよ。そのわざとらしい被害者ヅラをやめろ」
今思い返すと、おかしな点はあった。
パラレルワールドでは10人だったはずの紫髪の女性が、この世界では11人になっていたことも、最初から3人が死んだと判断していることも、金髪の司祭を怪しんでいるのに、懲りずに同じ教会に通っていたことも。
答えは単純だ。
街灯で照らされる彼女の毛根には、うっすらと金色の毛が見えている。
彼女は地毛が紫髪なわけじゃない。
ただ染めているだけだ。
多分紫髪にすることで、自分も被害者候補の1人として上手く逃れようとしていたのだろう。
そして3人が死んだと知っているのも、彼女がこの事件に関わりがあるからだ。
あの時は紫髪の女性の中にコミュニティがあり、そこで噂になっていると思っていたが、アレは疑惑の視線を金髪の司祭に向けるための単純な撹乱。
そこから判断するに、金髪の司祭は何の関係もない。
多少怪しい人物を黒のように見せかけ、自分にかかる捜査の目を逸らそうとしただけだ。
ルナは悠馬に追われていないと明言され、何も言い返せなくなったのか俯いて黙り込んでいる。
「おい、何とか言えよ。ジャックザリッパー」
「……主は醜いアジアの猿が美しくなることを望んでいます」
「はあ?」
誤魔化せないと判断したのか、俯き加減で呟くルナ。
醜いアジアの猿と言われた悠馬は、目を細めて彼女を睨む。
その直後だった。
「っ!?」
彼女を睨んでいた悠馬は、突如として身体の方向感覚がわからなくなったように感じ、一瞬よろめく。
何の異能だ?いや、貧血か何かか?
一瞬視界が歪んだような、方向感覚がわからなくなったような気がしたが、その異常は直ぐに消えていく。
得体の知れない違和感を感じ取った悠馬は、咄嗟に背後にいるソフィアへと振り返る。
「ソフィ!?」
しかし悠馬が振り返った先には、ソフィアではなくルナが立っていた。
「効いてきた?」
「…何をした?」
見たことも聞いたこともない異能だ。
座標反転?いや、それにしてはさっきまでルナが立っていた空間と今見ている振り返った空間が同じように見える。
そこから察するに、単純に座標を変えてワープしているような異能でない。
ならばソフィアは何処に。
「悠馬!?」
悠馬が声のした方向を確認すると、ソフィアは明後日の方向を向いて悠馬を探している。
「なるほど…」
「気付いたって逃げられないのが私の異能。悠馬は今から、為す術なく綺麗な絵画になるの。その醜さを捨ててね!」
そう呟き、面白おかしく微笑むルナ。
「感覚を狂わせる異能か何かか」
彼女の異能は、感覚逆転。
人間は産まれ落ちた際に、方向感覚を知覚している。
どちらに動けば目的の場所に行けるのか、どう動けば元の場所に戻れるのか。どの向きが正常なのか。
人間は無意識に脳内でそれらを処理して動くわけだが、その感覚が逆転したら?
前を向いているはずが後ろを向いていて、左を向いたつもりが右を向いている。
そんなわけのわからない、あべこべな異能に、悠馬は嫌な表情を浮かべる。
さっきの一瞬の違和感は、異能を使われて生じた感覚のズレだ。
油断していたつもりはないが、上手くしてやられた。
明後日の方向を向いているソフィアと、状況を把握した悠馬を見るルナは、ナイフを片手に歩き始める。
「まさかたった1週間でイギリス警察が私のところまで来るとは思わなかったけど、これで捜査は振り出しかな?」
ルナは悠馬に間違った認識を抱いている。
昼の質問から、悠馬のことをイギリス支部警察だと勘違いしている彼女は、勝ち誇ったような余裕を見せる。
「俺が警察だと思ってんのか?」
「警察でしょう。3件目の現場、もう少し後に見つけられると思ったのに、急に現れるんだもん。まだ椅子作ってる最中だったのに、危うく私の関与がバレちゃうんじゃないかってヒヤヒヤした」
椅子はまだ完成していなかったと話すルナは、慣れた様子でナイフを回す。
「まぁどっちでもいいや。それで?どうやって俺とソフィを見破ったんだ?そう簡単に見破れるような細工ではなかったと思うが」
「…ターゲット。私は言葉を交わした任意の対象にマークをつけることができる。だから危険だと感じた貴方たちの動きをマークするために、あのカフェでターゲットを付けさせてもらったの」
「なるほどな。割と初期から俺たちのことを警戒してたんだな」
まだ異能王だとはバレてないようだが、序盤から警戒対象として認識されていたようだ。
こっちは被害者だと思って接していたのに、とんだサイコパス野郎だな。一体どんな気持ちで被害者の演技してたんだ?
ターゲットがどんな異能かはわからないが、発言から察するにカフェの時点からどう動いてたのか筒抜けになっているわけか。
被害者たちもおそらく、ターゲットでマークをつけられ、人気が少ないところで殺されたのだろう。
彼女の異能にかかったおかげで、どうして被害者に防御創がなかったのかわかった。
防御創は抵抗した際にできるものだが、彼女の異能で感覚が逆転していたなら、明後日の方向に抵抗をしたはずだ。
いくら軍人でも、いきなり感覚が逆転したら抵抗できないし、それを一般人の女性が使用されて襲われているのだから、適応できずに殺されていったことだろう。
「つくづく嫌らしい異能だな」
「焦らないんだ。方向感覚もまともに機能してないのに、それで私と戦えるとでも?」
「さあな?やってみたことないからわかんないよ」
「それじゃあ試してあげる!」
悠馬に挑発され、ルナはナイフを振り翳す。
未だにハッキリとどう感覚が狂っているのかはわからないが、シヴァの再生がある以上致命傷でもなんとかなる。
そう判断した悠馬は、一旦ナイフが向かってくる方向へと回避してみる。
「っ…!」
ルナのナイフが腹部を裂き、鮮やかな赤色の体液が滲み出る。
「回避しようと思ったんだろうけど、そう簡単じゃないでしょ?」
確かに上手く避けれると思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
さっきは真逆を見ればルナとソフィアの位置を把握できたから、今回も逆でいけると思ったが、今回は上手くいかなかった。
そのことから察するに、感覚のズレは一定じゃないってわけだ。
対策のしようがない、とんだクソ異能だ。
世の中には崩壊や洗脳のようなクソ異能が存在するが、コレもクソに分類されるレベルのものだと思っていい。
一体どれだけの人間に同時に使用できるのかはわからないが、数百人に同時使用できるなら溜まったもんじゃないぞ。
それに腹部に感じる違和感。
ナイフで切り裂かれた腹部は、痛みではなく心地よさを感じ、再生が始まるとそれを苦痛に感じてしまう。
シヴァの再生で治っていく腹部が燃えるように熱く、苦しい。
「…こりゃ抵抗なく死ねるわけだ」
本来であれば激痛のはずのナイフで刺されるという行為が、彼女の異能を使えば心地よく感じてしまう。
痛みではなく、むしろ気持ちいいという表現が近いようなこの攻撃は、誰もが最初は抵抗しようとするだろうが、一度攻撃を喰らってしまうとどうでも良くなってしまう。
腹部を滅多刺しにされるのも、顔面をぐちゃぐちゃにされるのも、きっと椅子の形に切られて整形されるのだって、心地よく感じてしまったハズだ。
「マジで胸糞悪いクソ異能だな…」
ルナの異能を胸糞悪いと評する悠馬は、腹部の激痛が治ったのを感じ、ソフィアを見た。




