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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
3/23

003

 一面大理石で敷き詰められた、真っ白な床の上に敷かれるレッドカーペット。


 天井は豪華なシャンデリアが複数吊り下げられ、壁には中世風の蝋燭の飾りや絵画が飾られ、美術品のような石像が飾られている会場内は、スーツやドレスを着た人々で賑わっている。


 パッと見ただけでも、ざっと1000人近い。


 そんな大人数が集まっても、会場内は溢れることなくむしろ余裕があるのだから、この会場の規模がどれだけ大きいのかは、言うまでもないだろう。


 しかも会場内を行き交う人々を見てみると、テレビやネットでよく見る著名な人物が殆ど。


 どこかの会社の社長や、総帥、大統領に皇族王族などなど。


 その中でも、一際目立つ人物がいた。


 この世界には異能の王が存在する。

 それはどの国にも属さず、絶対平等の名の下に世界の平和を維持する、象徴的な王。


 現在この地球で生きる大半の人間が憧れ、焦がれ、現実に打ちのめされ諦めていった理想の職業の一つであり、人類で最も優れた異能力者として、人々から認められる唯一の職業。


 それが異能王だ。


 パーティー会場の中、長い茶髪にエメラルド色の瞳の女性をエスコートしながら歩く9代目異能王、暁悠馬は、白を基調とし金の装飾が施された王族衣装に身を包み、各国のお偉方から挨拶をされていた。


「いやはや、暁様は本当にお美しい奥様をお持ちで羨ましい」


「私もあと10年生まれるのが遅ければ、5人は娶っておったのに…」


「はは、ありがとう」


 真っ白な髭男に、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら花蓮を褒められる悠馬は、表情ひとつ変えない。


 以前の悠馬ならば、彼女たちに何か害がありそうな人間を見れば真っ先に敵意を剥き出しにしていたが、今は表情ひとつ変えずにかなり落ち着いている。


 17年の歳月が経過していることもあり、大人になっている悠馬は、相手の瞳の奥底に見え隠れする邪な感情を読み取りながらも、不快感を示さずに淡々と話す。


 特にこれといった興味を唆られるような話はないものの、社交辞令としてどうでもいいような会話を律儀に聞き届けた悠馬は、最後に会釈をしてから移動を始める。


 主催者が言っていいのかはわからないが、本当にこういったパーティーは面倒だ。


 仲良くなりたいわけでもないのに、常識だからなんだのと形式的な挨拶をして顔色を伺って、互いになんの益もない。


 これが会社のパーティーだったなら、媚びに媚びて上流階級からお情けをもらえるのかもしれないが、異能王として絶対中立の悠馬にとっては、媚びや挨拶なんて意味をなさない。


 横を歩く白金のドレスを纏う花蓮は、ニコニコと笑みを浮かべながら悠馬と腕を組んでいる。


 肌が触れ合う距離感の2人は、誰がどう見たって良好な夫婦仲だ。


「招待状送った時から思ってたけど、今年はずいぶん盛大ね」


 周りに聞こえない程度の声で、花蓮は呟く。


 彼女の言う通り、今回の記念パーティーは前年と比べて倍以上の人々が集まっている。


 それは単に、去年まで出席を辞退していた人たちが都合よく参加できたなどと言うわけではなく、単純に悠馬が招待人数を増やしたから。


 招待状を送った時から思っていたが、それにしても人が多いと思っている花蓮の表情には、少しの疲れが見える。


 パーティーが始まってから、3時間弱。


 ある程度のお偉方との挨拶が終わり、あとは私的な挨拶や自由な時間が過ごせそうなタイミングにはなっているものの、最初から悠馬の横につきっきりだった花蓮は、精神的にも疲れていることだろう。


「花蓮ちゃん、ローゼと交代する?」


「そうね。少し休ませてもらってもいいかしら?セレスを呼んでくるわ」


「うん。ありがとう。ゆっくり休んでね」


 正妻と言うこともあり、パーティー開始からずっと挨拶に付き添っていた花蓮は、悠馬の言葉に甘える形で足早に会場の外へと向かっていく。


 そんな彼女を見送る悠馬は、離れていく花蓮の近くを歩いている黒咲を見つける。


 黒咲も悠馬の視線に気づいたのか、目が合うと小さく手を振って近づいてきた。


「久しぶりだな。暁。主役が1人か?」


「ああ、久しぶり。嫁はちょうど休憩に行かせたところだ。お前も1人か?」


 17年ぶりの再会だが、2人ともそこまでの思い入れはないわけで、感動的な雰囲気にはならない。


 人々が賑わうパーティー会場の中、同じ日本人の同い年と遭遇した悠馬は、少し嬉しそうに口元を緩めている。


「俺も今日は嫁と来てるんだ。あっちに飲み物取りに行ってる」


「へぇ…!お前結婚したのか!」


 顔馴染み程度の関係だが、知っている人が結婚し嫁と来ていると聞いた悠馬は興味津々だ。


 どこのどいつがこんな人格破綻者と結婚したんだ!?


 黒咲の性格が終わっていることを17年前から忘れていない悠馬は、面白いもの見たさに黒咲が指差した方向を見つめている。


 こんな無礼で失礼な奴が結婚できるんだから、世の中捨てたもんじゃないよな!


「お前、失礼なこと考えてないか?」


「いやぁ、お前が結婚するなんて意外すぎてさ、どんな人と結婚したか気になるじゃん?」


「意外って何だよ。俺だって良い歳なんだから結婚の一つくらいする」


 会うたびに失礼なことを抜かしていた黒咲に対し、今度はこっちの番だと言わんばかりに弄る悠馬は、真っ赤なドレスで駆け寄ってきた女性に反応する。


「おーい律くん!あっちに伊奈姫財閥の伊奈姫なずなも双葉総帥もいたよ!めっちゃ豪華〜って、えぇ!?暁悠馬!?」


 真っ赤なドレスで駆け寄ってきた金髪の女性、黒咲花音は、伊奈姫なずなや双葉戀がいたと大興奮だったが、自分の旦那の前に異能王の暁悠馬がいると知り、大きく目を見開いている。


「ほ、ホンモノ!?ニセモノじゃないですよね!?」


 いや、流石に異能王主催のパーティーに偽物が参加してたらまずいでしょうよ。


 まさかホンモノかどうか尋ねられると思っていなかった悠馬は、笑いながら頷く。


「本物だよ。黒咲の奥さん?」


「あっはい!黒咲律の妻の黒咲花音です!サイン貰ってもいいですか!?あと写真も!」


「いいよ、はい」


 まるで高校生が推しのアイドルと会った時のようにはしゃぐ花音を見ていると、なんだか新鮮な気分になる。


 普段は自分より歳上や年齢の近いお偉方と話すことが多く、ピリピリとした雰囲気に慣れていた悠馬は、久しぶりの高校生のようなノリを新鮮に感じている。


 花音に言われた通り、サインを書いて写真を撮った悠馬は、はしゃぐ花音を横目に、黒咲へと視線を戻した。


 黒咲は悠馬と目が合うと、それだけですぐに何かあると判断したようだ。


「悪い花音。少し思い出話をしたいんだ、席を外していいか?」


「あ、うん!2人は顔見知りだもんね、ごゆっくり〜!」


 自分を呼んだ理由。


 絶対にお呼ばれしないと思っていたはずの記念パーティーにお呼ばれした黒咲は、絶対に裏があると判断し、目線の指示通りに悠馬と完全に2人になる状況を作り上げる。


 花音は悠馬のサインと写真を貰えたことが嬉しいのか、2人が離席することに特に気にするそぶりもないし、今がチャンスだ。


 黒咲は花音に離席することを伝えると、奥に見えるテラスへと向かった。


「…それで?俺をこんなパーティーに呼んだ理由はなんだ?」


 パーティー会場から少し離れたテラスへと出て、ドアを閉める。


 完全に会場と隔絶された空間で第一声を放った黒咲は、真っ黒な瞳で悠馬のレッドパープルの瞳を見た。


「聞きたいことがあってさ。覚えてたらでいいんだけど」


「なんだ?王サマの命令ならなんでも答えるぞ」


「タルタロスで1度目の混沌を殺したとき、紫色の光体が出てきたの覚えてるか?」


「あぁ…アレか…覚えてるな」


 タルタロスで初めて悠馬と顔を合わせたことを思い出しながら、夜空を見上げて返事する。


 天気は快晴、煌めく星々を眺めながら返事をした黒咲は、あの日とは全く違う星空に、ふっと笑みを浮かべる。


 あんな不気味なものを忘れるはずがないだろう。


「お前の異能で、アレは殺せたのか?」


 星空を見上げる黒咲に尋ねる。


 あの日、あの光体は間違いなく崩壊した。


 黒咲の異能によって、完全に崩壊したと判断している悠馬は、崩壊の異能に関して最も詳しいであろう彼に、疑問をぶつける。


 すると黒咲は、数秒考え込むような素振りを見せ、眉間に皺を寄せた。


「正直怪しいところだと思う。俺もあの後知ったんだが、崩壊の異能は自分と同じ次元の相手か自分より下の次元の相手にしか当てられないようだ。…つまり何が言いたいかというと、あの時点の俺が崩壊させられるのは、セラフ化も神格も得ていない物質に限るということだ」


「なるほどな…」


 2回目の混沌戦はセラフ化を使えていたから神格を得る前の混沌に異能をぶつけられたが、そうでない黒咲が光体を崩壊させることができたということはつまり、光体はわざわざ人間に干渉されるレベルまで格を落としていたということだ。


 人間界に干渉する条件が格を落とすことなら崩壊で殺せているだろうが、神々がそんなバカなやり方で死ぬとは思えない。


 そう考える黒咲が導き出した答えは、怪しい、だ。

 答えは出ない。生きているのか死んでいるのかなんて、あの一度の崩壊じゃ判断できない。


 17年前の懐かしい出来事を思い返す黒咲は、なぜ悠馬がそんな昔のことを尋ねてきたのか気になり始める。


「何かあったのか?」


「いや…何かっていうか、逆に何かあるなら教えて欲しいんだよな」


「なんだよソレ。十何年ぶりに会って言うのも申し訳ないが、歯切れ悪いぞ?ハッキリ言えよ」


 前の悠馬ならハッキリと物を言ったはずだが、今日の悠馬はどうも歯切れが悪い。


 17年ぶりの再会だから、最近はずっとこうだと言われたらそれまでだが、悠馬の歯切れの悪さに気持ち悪さを感じる黒咲は、相手が異能王だということなど置いておいて尋ねる。


 悠馬は黒咲の言葉を聞くと、笑みを消して真剣な表情になった。


「可能性の話だが、多分あの時お前が崩壊させた神がこの世界に顕現しようとしている。…アレは俺とお前しか接触してない存在だから、俺の考えとお前の考えが一致してるか聞きたかったんだよ」


「…なるほど、そういうことか」


 自分が呼ばれた本当の理由を知った黒咲は、現在日本で起きている奇妙な事件を思い返す。


「何かあるかといえば、グール事件だな」


「ああ。こっちにも話は来てる」


「なら話は早いな。グール事件が起きてから、双葉の様子がおかしい。現状そのくらいだな」


「そうか…」


 グール事件の話は異能王である悠馬の耳に入っているが、現状そこまで緊急度の高い案件ではない。


 なにしろグール事件はまだ殺人事件になっていないし、人型のグールではなく動物型のグールのみが使用されているのが現状だからだ。


 こういう言い方をすれば保護団体は怒るかも知れないが、極論人の死体が使われない限りは、事件性はそこまで上がらないだろう。


 この一件が話題に上ったのだって、一度グールが傷害事件を起こしているからだ。


 人を攻撃したことでグール事件が注目されることとなっているが、もしかするとそれよりも前から、グールを使う異能は日常的に使用されていた可能性だってある。


 しかし、総帥である戀の様子がおかしいのは気になる。


 一度確認をするべきだろうか?


 黒咲がおかしいと言うくらいだから、周りの人間のほとんどがその状況に気づいているはずだ。


 グール事件の発生後から様子がおかしいみたいだし、この事件に関する何らかの情報を持っていると見た方がいい。


 様々な可能性を視野に入れているが、現状一つ一つ問題に対処していくしかないと考える悠馬は、黒咲の答えに満足したのか、テラスの手すりに背を預け、深く息を吐く。


「グールの件はこっちでも調べてみるが、そのほかにあの光体が関わっていそうな事件や情報があれば教えて欲しい」


「わかった。万が一の時は、こっちで対処しても大丈夫か?」


「ああ。その時は事後報告でもいい。よろしく頼む」


 崩壊の異能をもってしても対処できるかどうかはわからないが、一応権限は与えておいた方がいい。


 現状瞬間的な最大火力を出せるのは崩壊だろうし、現に一度光体を崩壊させた実績があるのだから、万が一の時は黒咲に対処してもらうのがベストだろう。


 連絡を受けてからゲートを開く数秒の間に逃げられては元も子もないし、その間に決着をつけることができるなら、美味しい話だ。


「あとはタルタロス内の状況の確認もお願いしたい」


「また混沌がいたらどうするよ」


「そん時は出会い頭にお前の崩壊をぶちこんでやれよ。きっと驚く間も無く消えてくはずだ」


 タルタロスの確認に、出会い頭に崩壊をぶちこむ。

 そんな物騒な発言をする悠馬は、話を聞いてぷっと吹き出した黒咲を見て、同じように吹き出して笑ってみせる。


 日本支部は黒咲がいる限り、安全だろう。

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