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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
21/43

021

 日本支部総帥邸。


 昨晩のグール事件で荒れ果てた庭が目立つその建物の中で、暁悠馬は足を組んで書類に目を通している。


 ここは日本支部総帥邸、総帥室。


 過去に総一郎や寺坂が仕事を執り行い、つい昨日まで戀が仕事をしていた空間で、彼が残した仕事を処理する悠馬の表情は、かなり悪い。


「はぁ…」


 なんで日本支部に来てまで書類仕事しなくちゃいけないんだよ。クソ野郎が溜め込みすぎなんだよ。こっちは異能王の仕事もあるってのに。


 戀が重症で入院している上に、総帥を辞職する意向だから、業務は任せられない。


 総帥秘書は自分が来栖に操られていた事実を知り、精神を病んで連絡が付かなくなったし、マジでこれから日本支部どうするんだよ。


 今から総帥選を始めたところでまともな総帥が選ばれるまでには1年近くかかるだろうし、身体ひとつじゃ圧倒的に足りない。


 いっそのこと分離付与で2人に分かれて仕事やるか?


 悪羅が死神と同時に一人二役していたように、そうした方が早い気がする。


 だって単純に業務効率が倍になるしな。


 よし、そうと決まれば即分離だ。


「悠馬くん、変なことしたらだめだよ?今は状況が状況なんだから、自分のことを最優先に考えてよ。赤いシステムウィンドウの件もあるんだし、下手に弱体化したら、それが致命傷に繋がるかもしれないでしょ」


「う…夕夏…」


 横で書類を整理していた夕夏に、釘を刺される。


 分離はレベルを分けるから、業務効率は良くなるが実力的には弱体化も同然だからな。万が一に対応できなくなる可能性がある。


 多分よからぬことを考えていることに気づいたのだろう、20年も一緒にいたら、大抵の考えは見透かされてしまう。


 分離付与を発動しようとしていた悠馬は、そっと異能の発動をやめ、騒がしい外の景色を見る。


 外では警察や報道機関、野次馬が昨晩の出来事の痕跡を見に来ている。


 あれだけ派手な戦闘だったこともあって、まるで観光地みたいな賑わいだ。観光料でも徴収してやろうか?


 夕夏は外を見る悠馬に気づき、ゆっくりと口を開いた。


「なんとか連太郎くんたちのことは秘匿にしてもらえたけど、それ以上はダメだったね…」


「ああ…」


 夕夏は昨晩の戦闘後の出来事を口にする。


 実はあの後、潜んでいた記者たちの会社まで挨拶をしに行った。…いや、実際は挨拶というかほぼ頭下げに行った感じなんだけど。


 頭を下げた理由は、今回の件の情報統制。


 第一に連太郎たちのことに関してだ。

 この日本支部に裏がいることを知られると、今後の治安維持に大きく影響するから、2人のことは警備員だと伝えることにした。


 これに関しては各メディア暗黙の了解で統制を即承諾。


 この国の裏に目をつけられても良いことはないし、守ってもらっている立場だからか、すんなりと警備員という話で終わらせてくれた。


 あれは誰がなんと言おうが警備員だったという話までしてくれたし、問題はなさそうだ。


 しかしその次が問題だった。


 結論から行くと、戀が来栖を殺したことはもみ消せなかった。


 元々記念パーティー翌日に出ていた雑誌の報道もあり、総帥の器じゃないんじゃないか?と噂されている状況で、戀自ら決定打を出してしまったのだ。


 どのメディアだってこれを報道しない手はない。


 悠馬は戀の一件の報道規制を提案したが、各メディアはそれを拒否。


 報道の自由という名目で、戀の殺人は今朝の新聞の一面を飾っていた。


「双葉戀、異能王が生きて捕らえたグール事件犯人を隙を見て殺害。高校時代は私的トラブルで無期限停学か?問われる人間性…」


 夕夏は新聞の見出しをつぶやく。


 本来であればグングニルが紙面を飾るはずだっただろうが、日本支部としてはこっちの方がビッグニュースだからな。


 これで戀は完全に総帥には戻れなくなった。


 これから記者たちが詳細を報道し始めるだろうし、過去の来栖との因縁も掘り返されることだろう。


 ここまで来るともう、悠馬が手助けできることはない。


 元々完璧な情報統制なんて無理だと思っていたし、連太郎や雷児の話が表に出なかっただけ御の字と言ったところだ。


 そう思いながら外を見ていると、総帥室の扉がパタリと開く。


「随分とお疲れのようだな」


「…寺坂…」


 スーツ姿で現れた白髪の混じった男性、元日本支部総帥の寺坂は、左腕に付けている時計を右手で調整しながら、悠馬の前まで歩みを進める。


 悠馬の高校時代とは違い、寺坂も五十近いためスーツの似合う渋めなおじさまって感じだ。


「全く…前は寺坂さんと呼んでいたのに、いつから呼び捨てするようになったんだ?」


「アンタが総帥で俺が異能王になった時だよ…流石に部下のことさん付けで呼んでたら年齢も相まって立場ねえだろ…」


 呼び捨てなんて何年前の話をしてるんだよ。


 彼が総帥を辞職して14年近く経過しているが、一緒に仕事をしていた2.3年は呼び捨てだっただろ。


 久しぶりに会えて嬉しいのか、ニヤニヤしながら話す寺坂を、めんどくさそうに左手であしらう。


「いいから仕事手伝ってくれ。新聞は見ただろ?」


「ああ、彼のことだろう。いつかやると思っていた」


「テレビ局からインタビューされた近所の人みたいな返答をやめろ」


 何がいつかやると思ってた、だ。絶対思ってなかっただろ。


 てかお前、いつかやると思ってたならそんな奴を総帥に推薦するなよ。


 ふざけたことを抜かす寺坂に冷ややかな視線を向ける悠馬は、書類の山をそっと寺坂の方にスライドさせる。


「…なんだ?」


「ふざける余裕があるならやっとけ。こっちは整理しないといけないことが多すぎて、首が回らない」


「いいが…異能王直々に私を総帥代理に任命したという認識で大丈夫か?」


「ああ。現状アンタが1番信用できる。…一度病院に行った後、夕夏にはしばらくここに滞在して日本支部の後処理をしてもらうつもりだから」


 今から下手に総帥の代理を探すよりも、前総帥にお願いした方が良いに決まっている。


 寺坂は歴代総帥の中でも任期が短いほうだが、辞任までの間に問題を起こしていないし、何より夕夏繋がりで接することも多く、人となりは把握しているつもりだ。


 それにこいつの奥さんは鏡花先生だしな。


 流石に十数年ぶりの総帥業務を1人でやるのは酷だろうから、数日間は夕夏に総帥秘書として総帥の業務を手伝ってもらうようにしている。


 こいつも鏡花と結婚して身持ちが堅いから、今は夕夏と2人きりにしても不安は感じない。


 そういうわけで寺坂を代理に選んだ悠馬は、すんなりと仕事を受け入れてくれた寺坂に安堵しつつ、夕夏に視線を向ける。


「夕夏、行こう。あのバカがいる病院に」


「うん!それじゃ、寺坂さん、また後で!」


「ああ。任せておけ」



 ***



「…」


 静かな病院内を歩く。


 関係者しか立ち入りのできない、完全個室のみで仕切られた病棟の中、目的の病室へと向かう悠馬の表情は、総帥邸で仕事をしていた時と比べてもかなり悪い。


 それもそのはず、今から会うのは昨晩総帥を辞めると啖呵を切った戀だ。


 せっかく綺麗に片付くはずだったのに、全てを台無しにしたこの男には、一度ガツンと言ってやりたい。


 もちろんもう総帥に戻る気もないだろうし戻す気もないから、彼と会うのは今日で最後だ。


 今後戀と顔を合わせる気もない悠馬は、今日で彼との関係全てを終わらせる気満々だ。


 悠馬が考え事をしながら病棟内を歩いていると、廊下には1人の黒髪の男が壁に足をついて寄りかかっていた。


「黒咲…」


「よ。暁」


 彼を見て歩くペースを落とす。


 戀が逃走しないように見張っているのだろうか?

 普段見舞いに行くようなキャラでもないのに、なぜか病室の前の廊下の壁に寄りかかっている彼に、疑問を抱く。


「何してるんだ?」


「新聞見て、お前のことだから見舞いに来て空中庭園に戻ると思ってな。ここで待ってた」


「なるほど…」


 つまり戀の見舞いに来たわけじゃないってことか。先輩が死にかけてたのに本当に薄情なやつだよな、コイツ。


 戀のことなんて興味もないのか、病室にすら視線を向けない黒咲は、病室の前にたどり着き扉を開けようとした悠馬に手を伸ばす。


「?」


「先客がいる。少し待ったほうがいい」


 そう言われ、立ち止まる。


 先客だって?一体誰だ?


 ここに彼が入院しているのを知ってるのは、連太郎たち裏の人間と、悠馬に夕夏、そして可能性としてはここをよく利用する日本支部の上層部くらいだ。


 もちろん記者にはバレていないし、その中で戀と特別親しいような人は居ただろうか?


 まさかこのまま先客と逃亡したりしないよな?


 そんなことを考え、中の様子を伺うべく聴覚強化を使ってみる。


「戀くん…娘の仇を討ってくれて本当にありがとう…!なんで娘はあんな目にあったのに、あのクズはのうのうと生きているんだと考えると、夜も眠れなくなってしまうくらいだった…でも君のおかげで、ようやく娘も成仏できたと思う」


「いえ…随分と長くかかってしまいました…夏葉も…喜んでくれていますかね」


「ああ。きっと喜んでいるさ。…でも君はこれからどうするんだ?今の状況だと、総帥はもう続けられないだろう」


「…元より俺には向かない仕事だったんです。…学生時代に中途半端に良い成績を残したばっかりに偶々選ばれただけなんで…これからはゆっくり、自分のやりたいことを探そうと思います」


「……そうか。何かあったらいつでも相談してくれ。必ず君の力になるから」


「…ありがとうございます。俺みたいな人間に優しくしてくれて…」


 室内の声を聞く悠馬は、そこに誰がいるのかを悟る。

 蓮美夏葉の父親か。


 おそらく新聞の内容を見て、戀に連絡を取って飛んできたのだろう。


 病室内で何が起こっているのか察した悠馬は、扉に伸ばしていた手をそっと下ろし、黒咲の方へと振り返る。


「俺が行って話すのは野暮らしいな」


「そのようだな。俺は室内の状況はわからないが、入って行ったおっさんの様子を見て同じことを思ったよ」


 人格破綻者の黒咲でも状況を察するような雰囲気だったんだな。


 入室を止められたから何事かと思ったが、ちゃんと止めてくれて良かった。


「それじゃあ、俺は帰るわ。戀にお前クビって伝えといてくれ。いろいろありがとな」


 悠馬は止めてくれた黒咲に感謝をしながら、夕夏とともに元来た通路を歩き始める。


 本当は面と向かって文句の一つや二つ言ってやりたかったが、なんだか怒りも冷めてしまった。


 病室の中のやりとりを聞いて、怒りが冷めた悠馬は、後のことを黒咲に任せて立ち去ろうとする。


「待て。その様子からして報告が上がってなさそうだから、伝えたいことがある」


「なんだ?」


 黒咲に呼び止められ、振り返る。


 ここに来たのってもしかして、その報告のためなのか?


 てっきり別れの挨拶をしに来たのだと思っていたが、思えばこいつはそんな感動的な奴じゃなかったな。


 そんな失礼なことを考えている悠馬は、黒咲が話を切り出すのを待つ。


「17年前、強欲と名乗るバケモノと戦った。ソフィアさんから聞いてるよな?」


「ああ。日本支部の調査書も見たことあるぞ」


 それがどうかしたのか?

 混沌がルクスの体を依代として復活した際、混沌の配下として現れた超大型の敵で、当時の総帥や冠位を蹂躙し尽くしたと聞いている。


 報告書にあった戦艦の写真や現場の様子は悲惨なものだったし、当時ソフィアも居合わせていたことから悠馬はこの一件を多少詳しく知っている。


 結局、混沌を倒した後も強欲は現れることなく、第1異能高等学校海岸沿いに打ち上げられていたミイラのようなものが、強欲の一部だということで調査は終了したはずだ。


 そこから何も進展なく、状況からして強欲が何者かに殺されたと判断していた悠馬は、何があったのかと言いたげだ。


「あのミイラのような肉体だが、つい先日生体反応があることがわかった」


「うわぁ、まじかよ…?」


 あのシワシワでマジもんのミイラみたいなやつが?


 まだ記憶にある古代エジプトのミイラのような強欲の一部を思い出した悠馬は、それがまだ生きている可能性があると聞き、気持ち悪そうな表情を浮かべる。


「アレで生きてるって何者だよ…でも特に動くような様子はないんだよな?」


「ああ。17年間一度も動いてない。生体反応だって、間違いの可能性もあるからな。…ただ、お前には共有しておくべき内容だと思った」


「ナイス判断だ。その話は事前に聞いておくべき話だ」


 突然強欲が動き出したなんて言われたら頭が痛くなっていただろうが、事前に生体反応があると聞いていれば心の準備はできる。


 あの日、結局戦うことも遭遇することもなかった強欲に若干の興味を抱く悠馬は、混沌世代の聖魔に話を聞いてみることにして、黒咲に感謝の言葉を述べる。


「ありがとな。黒咲。これから少し、日本支部は慌ただしくなると思うが、パーティーで言った通りお前は治安の維持だけに専念して欲しい」


「ああ、任せろ」

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