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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅰ
20/43

020

「これがラストバトルだ。希くばお前の記憶に残ることを期待している」


 そう呟いた来栖は、自身の体に傀儡術を使用した。


 傀儡術は本来、触れた人間を自分自身の好きなように操ることができる異能だ。


 自分自身に傀儡術をかけた場合、身体能力は人間離れしたものになる代わりに、失敗すると糸が切れたように全身麻痺の廃人確定。


 だからこれまで、傀儡術を自分に掛けるような愚か者はいなかったが、来栖は自分の戦いたいという欲求のために傀儡術を自分自身に使用した。


 人を操るよりも壊滅的なほど難易度が上昇しているだろうが、さすがは死霊術から傀儡術に異能を昇華させただけのことはあって、並外れた胆力だ。


 この戦いのためならなんだってしてやるという覚悟が伝わってくる彼の行動に、悠馬は「根性がある」と評価した。


 来栖は上空から降り立った悠馬と目が合うと、獣のようなスピードで襲い来る。


 一体何を考えてる?


 さっきの鳴神と身体強化の圧倒的加速を見ていれば、真っ向からの殴り合いは忌避するはずだ。


 いくら傀儡術で基礎スペックを底上げしていようと、悠馬の鳴神と身体強化の重ねがけには到底対応できるものじゃない。


 なのになぜ躊躇いなく突っ込んで来れる?


 迷いなく突っ込むという選択をした来栖に、悠馬の中には一瞬の迷いが生まれる。


 何か他の仕掛けがあるのか、それとも本当に何も考えずに突っ込んできているだけなのか。


「悠馬くん、気をつけて!来栖はアキレウスの結界を保有してるの!」


「なるほどそういうことか!」


 夕夏の声が聞こえ、彼がなぜ突っ込んできたのかを理解する。


 生身の人間なら、いくら傀儡術を使っていても異能には勝てないが、アキレウスの結界を使うことで近接戦闘特化になってるってわけか。


 彼が最後に選んだのは、ノーガードの殴り合い。


 自分が悠馬に接近すれば勝ち、接近する前に弱点を見破られれば負けってことだろう。


 悠馬は懐かしく滾る感覚を覚え、笑みを浮かべる。


 高校1年のあの日、戀と初めて戦うことになったフィナーレでは、結局時間切れでの勝利という結果に終わってしまった。


 当時の悠馬は今ほどレベルが高いわけではなく、アキレウスの弱点を見つけ出すことができずにタイムアップとなったわけだが、今は違う。


 アキレウスの防御を真正面から打ち砕いてやるか、それとも弱点を見つけ出して制圧するか。


 戀とはあれから戦う機会もなく大人になってしまったから諦めていたが、今ならあの日の続きができる。


 そう考えた悠馬は、死の王が殴りまくって割れた総帥邸の庭を地続きの大地に変え、冷気を放つ。


「ニブルヘイム」


 動きやすくなった大地の中、容赦なくその上にニブルヘイムを放った悠馬は、跳躍して氷漬けを回避した来栖を迎撃すべく走り出す。


「対アキレウスで試してみたいことがあったんだ。お前も結界使えるなら、俺が結界使っても文句ないよな?」


「ハッ、当たり前だ!遠慮も手加減もいらない!全力でやってくれよ暁悠馬!」


 来栖はこの戦いから引く気もないし手加減される気もない。


 単純に全力の暁悠馬に自分の最後の戦いを飾って欲しいと考える彼は、悠馬の結界使用を許可した。


「結界…クラミツハ」


 悠馬がそう呟くと同時に、周囲は闇に染まったような気がした。


 駆ける来栖は、その空間に暁悠馬と自分自身しかいないように錯覚する闇の中に呑まれる。


「っ最高だな!」


 来栖はクラミツハの結界を使用した悠馬のオーラが変わったのを感じながらも、怯えることなく突っ込んでいく。


 どうせアキレウスの結界は破られない。


 そう自負しているからこそ、悠馬のオーラが変わっても大胆に特攻ができる来栖は、悠馬と十数メートルの距離まで辿り着き、大きく地面を蹴る。


 届く!


 近接戦に持ち込めばまず間違いなくアキレウスの弱点は見つからない!


 それに近接戦ならそれなりに自信がある!


 傀儡術で自身の体を動かし、近接戦に持ち込む来栖に、悠馬は武器を持たずに拳を構える。


「いいぜ。お前がその気なら遠距離異能と武器の使用はやめてやる」


 もちろん遠距離以外の異能は使わせてもらうけどな。


 接近してきた来栖の顔面に、容赦なく鳴神を纏い右ストレートを放つ。


 常人なら悠馬の鳴神の拳を受ければ顔面陥没だろうが、アキレウスの結界があると理由だけで、それなりの力で殴ってみる。


「っ…相変わらず硬えな…」


 この防御力は使用者が変わっても高校の時と変わらない。


 懐かしさを感じながら、掴みかかる来栖の左手を躱した悠馬は、左足の蹴りを彼の腹部に入れて距離を取る。


「その異能のレベルで武術も齧ってるのかよ…いったいお前は何なら持ってないんだ?」


「だからさっき言ったろ。挑戦するほどのものがないって」


「煽りでもなく事実だったのか」


 さっきまでの煽り合いを事実だと受け止めていなかった来栖は、武術まで齧っている悠馬に感嘆しつつ、拳を構える。


「来いよ」


「言われなくても」


 拳を繰り出す。


 真っ白な衣装を靡かせ、彼の腹部へと拳を捩じ込んだ悠馬は、さっきよりも火力を上げているがダメージの通る様子がない来栖に笑みを浮かべる。


 来栖は悠馬が腹部に拳を打ち込むのと同時に、カウンターで右フックで顔面を捉えようとするが、寸前で悠馬の左腕に受け止められ、ダメージを与えられない。


「少し火力を上げるぞ」


 鳴神に加え、身体強化も併用する。


 その頃にはもう、悠馬の動きは捉えられないものとなっていた。


 腹部に5発、顔面に2発、ほぼ同時に攻撃を喰らった来栖は、ダメージこそ受けていないものの、対応しきれないスピードで攻撃してくる悠馬に白い歯を見せる。


「次は俺の番だ」


 傀儡術の操作難易度を極限まで高め、自身の体を限界を超えたスピードで動かす。


 ここからは一瞬のミスも許されない。


 筋肉が軋むような感覚と、高速で体を動かすことにより、傀儡術の操作難易度は上昇する。


 失敗をすれば全身麻痺確定だというのに、躊躇いなくギアを上げた来栖の拳は、悠馬の頬を掠める。


「すげぇなお前。傀儡術でこのスピードに適応できるのか」


「俺がこの異能を何年鍛え上げたと思ってる?このくらいやれないなら異能王なんて目指してねえよ」


「なるほど確かに…そうだな!」


 死霊術を傀儡術へと昇華させ、ついには自分自身に傀儡術を使ってみせる来栖に敬意を表する悠馬は、ついに闇の異能を発動させてフルパワーで拳を振るう。


 悠馬の拳は、同時に2発撃ち込まれ、来栖の顔面と脇腹を捉えた。


「っ!?」


 瞬間、ゴッと鈍い音が響き、来栖は数秒宙を舞った後に転がっていく。


「アキレウスの結界を…」


「破ったのか?」


 連太郎と雷児は、歴史的な光景を前にして口を開く。


 神話の再現とまで言われたアキレウスの結界を、暁悠馬が破った。


 高校時代は破ることができず、弱点を見つけ出すという結論を導き出した悠馬だったが、約20年の時を経て、弱点ではなく強引にアキレウスの防御を破って見せた。


「ふぅ…初めて本気でぶん殴っちまった…」


 今のはしっかり捉えた感触があった。


 握っていた拳を広げ、確かな手応えを感じた悠馬は、転がる来栖へと視線を向ける。


 来栖は脇腹を抑えながら体制を立て直す。


「げぼっ…」


 大きく血を吐く。


 多分、肋骨が折れて肺に刺さっている。まるで溺れかけているように呼吸ができない。


 悠馬が本気で殴ったこともあり、アキレウスの結界を貫通してダメージを追ってしまった来栖は、格段に呼吸がしにくくなった体で、再び戦いを挑もうとする。


 それは一種の意地だ。


 自らが憧れ、親友と切磋琢磨して目指した玉座に座る者を前にして、倒れることなく最後まで戦い抜こうとする来栖に、悠馬は敬意を表する。


「来栖。もういいだろ。それ以上やると死ぬぞ」


 今でこそ後遺症が残る程度で終わらせれるだろうが、これ以上は命の保証がない。


 セカイで回復させてもいいが、回復をさせるとまた戦い始めそうだし、この辺りが引き際だ。


 自身がアキレウスの結界をぶち破れて満足している悠馬は、立っている来栖へと声をかける。


 しかし来栖の返事はない。



 …まさかまだやる気なのか?


「悠馬。気絶してるよ」


 連太郎の声が聞こえ、振り返る。


 来栖は立っているものの、気絶していた。


 おそらく最後の力を振り絞って、傀儡術で立ち上がったのだろう。しかし想像以上にダメージが大きく、そこで力尽きた。


「これで一件落着…ってことでいいのかにゃ〜」


「ああ…一応な。サーチしてみたけど付近に敵意は感じない」


 付近に敵がいないことを教えてやると、連太郎は両手を頭の上に当てながら、呑気に小躍りしている。


 コイツ本当にさっきまでちゃんと戦ってたのだろうか?ってかお前も聴覚強化で敵の位置くらい補足できるだろ。仕事サボるなよ!


 ふざけた態度の連太郎に、心の中でそう毒づく。


「いやぁ、まさかグーパンでアキレウス逝くとはなぁ」


「おい暁…愛菜を殴ったりしてないだろうな?同じ桜の人間として、神話を殴って壊すような男と結婚した愛菜には同情を禁じ得ない」


「殴ってねえよ!お前俺のことなんだと思ってんだ!?」


 確かにあのパンチを見れば嫁殴ってないよな?なんて聞きたくなるかもしれないが、流石にあのパワーで殴ってたら嫁さん命幾つあっても足りないよ。


 まるで化け物を見るような眼差しで問いかけてきた雷児に、ツッコミを入れる。


 そんなふざけた2人の横に並ぶ夕夏は、懐かしいやりとりに笑みを浮かべながら、ふと自身の物語能力が戻ってきたことに気づく。


 さっきまで使用できなかったが、どうやらきちんと戻ってきたようだ。


 来栖との戦いが終わり、自身の異能が戻ってきたことに安堵する夕夏は、安堵していた一瞬の隙に、悠馬の背後にいる影を発見し、大きく目を見開いた。


「ゆ…」


 悲鳴にも近い声。


 夕夏が叫ぼうとすると同時に、振り下ろされたナイフは、心臓部分に突き刺さり鮮血を撒き散らす。


「な…!」


「オイ…!何やってんだよバカ!」


 悠馬との会話に夢中になっていた連太郎と雷児も、悲鳴に近い声をあげて走り出す。


 悠馬の背後では、瀕死のはずの戀が来栖の心臓部分にナイフを突き刺していた。


「おい異能王…ちゃんとトドメは刺せよ…俺が代わりに殺らないといけなくなるだろ…」


 自身も致命傷を負っているため、立っているのもやっとなはずの戀は、悠馬に向かってそう呟く。


 悠馬はここに来て初めて、額に青筋を浮かべていた。


「…お前…自分が何したかわかってんのか?」


 総帥邸に冷たい声が響く。


 来栖の心臓を貫いたナイフは、引き抜かれ、彼の心臓は完全に停止した。


 連太郎もそれを把握したからこそ、冗談も言わずに唖然としているし、駆け寄りはしたものの救命活動も諦めている。


 それに連太郎なら把握しているはずだ。


 すでに近くには記者が潜んでいることも。


 総帥邸で爆発が起きてから戦闘が終わるまでにかなりの時間を要しているため、この現場付近に張り込んでいる記者は1人や2人じゃない。


 悠馬が現れたことで、ある程度綺麗に終わるはずだったグール事件だが、戀が来栖を殺したことで大きく拗れてしまう。


 しかし戀は記者が潜んでいることなど知りもしないようで、死にかけながらもかなり気分がよさそうだ。


 長年怨んできた相手を殺害することに成功した達成感に、酔いしれているのだろう。


「ああ…異能王の不手際を俺が処理してやった…コイツは生かす価値がない。獣以下の人間だ」


「それはお前が決めることじゃない。俺が決めることでもない。この国の法によって決めるものだろ」


 総帥だからと言って殺人が許されるわけではない。


 法律が存在する以上、法律に則って処罰を受けるべきだと話す悠馬に対し、フラつく戀は笑顔を浮かべる。


「ごちゃごちゃうるせえよ。目的は達した。俺は総帥を辞める。もうお前に文句言われる筋合いはねえよ」


「お前…」


「悠馬くん、一旦彼を眠らせて病院に連れて行こう。これ以上は命に関わる」


 記者も潜んでいる中で盛大にやらかした戀にお灸を据えてやろうと思ったが、夕夏の言葉でクールダウンする。


「…そうだな。連太郎、救急車頼む」


「もう呼んでるよ〜。…この後どうすんだ?お前」


 聴覚強化で周囲の状況を察し、すでに手遅れだと悟ったのだろう。


 悠馬が手遅れだと感じているように、どうするつもりだと尋ねてきた連太郎は、返事を返さない彼を見て、肩を竦めた。


「戀の件に関しては後で考える。…色々と整理しないといけないことが多いんだ。すぐに答えは出せない」


 聖魔は入れ替わりで影に入っていたから記者に見られていないだろうが、雷児と連太郎を見られているのは厄介だ。


 この国の人間なら裏の話くらい聞いたことはあるだろうし、桜の人間が実在すると噂になる可能性もある。


 それに戀が来栖を殺したこと、総帥を辞めると発言したことの処理もしなければならない。


 朱理はグングニルを落札できたか?


 悪神の言っていたこともよく思い返して、対策を立てなければいけない。


 やらなければならないことが同時に発生した悠馬は、こめかみが痛くなるような感覚を感じながら、来栖の亡骸へと視線を送る。


「悪かったな…あの世できちんと罪を償えよ」

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